第10話 名もなきつむじ風【外伝】
初等学校に入学して半年ほど経った頃。
セレナとアミーカは、校舎の片隅で木箱を挟んで顔を寄せ合っていた。
「今日仕掛けるのは隣の教室ね」
「うん。ドアを開けた瞬間、紙の花びらがふわって舞うの」
こういうイタズラはいつもアミーカが率先して考える。
セレナはそれをより見つかりにくく、より楽しくなるようアイデアを広げる係だ。
「バルガス先生怒るかな?」
「怒ると思う。でもみんなは笑うと思うよ」
二人は声を殺して笑い合う。
二人の目指すいたずらは、生徒のみんながクスッと笑ってしまうもの。
だからやり過ぎちゃいけない。
もちろん、仕掛けているところを誰にも見られちゃいけない。
だから仕掛けは軽く、すぐ片付くものだけ。
昼前、セレナとアミーカはまだ誰もいない隣の教室へ忍び込んだ。
学校は十三時から。
こんな時間にいるのは二人くらいのものだろう。
紙の花びらを詰めた袋を窓辺に仕込み、それを縛っている細い糸を扉に引っかける。
最後に、前の扉へ『ひらきにくいので、うしろから入ってください』と書いた紙を貼った。
「これでみんなは後ろから入るね」
「バルガス先生は?」
「きっと『そんな話は聞いてない』って言って開けると思うよ」
二人は顔を見合わせ、声を殺して笑った。
仕込みを終えると、二人は教室を飛び出す。
早い子たちがちょうど姿を現したけど、その頃には二人は廊下の角を曲がってすでに見えなくなっていた。
そして始業後、最初の授業。
バルガス先生の声が聞こえてきた。
「扉が開きにくい? 何だこの張り紙は」
バルガス先生が張り紙をベリッと剥がし、前の扉を開けた瞬間、袋を縛っていた糸が解け、窓から入った風に乗って紙の花びらが教室いっぱいに舞い広がった。
「うわぁ、なにこれー」
「すごーい、キレイだねー」
隣の教室から聞こえる歓声に、セレナは隣の席のアミーカと軽く手を叩きあった。
「誰だ、こんなイタズラをしたのは!」
バルガス先生の怒る声が聞こえてくる。
その声を聞いて、セレナたちの担任であるマチルダ先生が慌てて隣の教室へ移動した。
「バルガス先生、うちにまで怒鳴り声が……まぁ、これは」
「またきっと例のヤツラですよ」
マチルダ先生は床にしゃがみ、紙切れを一枚拾う。
「これは、花びらを模してるのね。こんなにたくさん」
「そうです、こんなにたくさん迷惑なことを」
「バルガス先生、イタズラは叱るべきですが、まだ確定してない生徒を叱るのは違いますよ。それに……」
指でつまんだ花びらをバルガス先生へ見せた。
「かわいらしいイタズラじゃないですか」
そう言って微笑むマチルダ先生に、バルガス先生はすっかり毒気を抜かれてしまったらしい。
落ち着いたバルガス先生が生徒に呼びかける。
「よし、まずはこの花びらを片付けるぞ。ほうきとちりとりを出せ」
マチルダ先生はその様子を見てまた自分のクラスへ戻り、何事もなかったかのように朝の会を再開した。
こうして姿を見せずに騒ぎだけを残していく二人は、教員たちの間で『つむじ風コンビ』と呼ばれ、その正体を探す教員たちを困らせながらも、校舎に小さな笑いを残し続けることとなる。
その帰り道、アミーカの家の『月のしずく』の前を通りかかると、アミーカの父、バルドに呼び止められた。
お菓子を作ってみたから味見をしてほしいそうだ。
セレナは目を輝かせて「うん!」と頷いた。
目の前に並べられたお菓子を口に運ぶと、
「美味しー!」
と歓声を上げる。
アミーカはジュースを飲みながら、家の味を褒められたのが嬉しいのか、少し得意そうに笑っていた。
そして夜。
「まだまだ! もう一回だ!」
五歳から始めたセレナの魔導回路の焼き付け訓練。
もはや日課となり、投げ出すこともなく取り組む姿に、後ろから見ていた母のマリエッタは頬を緩ませた。
同じ頃、『月のしずく』では、店の幼い看板娘のアミーカが今日も店を手伝っていた。
「お待たせいたしましたー、煮つけとサラダになります」
運ぶ料理に目を落とし、材料を頭に入れて味付けを予想する。
運ぶだけでは済まさない、アミーカの貪欲な料理への探究心。
昼間の『つむじ風』たちは、夜の時間にじっと力を溜めていた。
翌年、初等学校二年生の冬。
二人の未来を大きく動かす出会いが待っているとは、まだこの時の二人は気付いていなかった。




