第5話 ひな祭りと秘密の一夜
※時期的には54話から55話の間の頃の話を116話でバラされたお話です。
――――――――――――――――
間もなく初等学校の卒業式。
あと二週間もしたら、私はヴェルダを離れウルヴィス高等学校の寮へ、アミーカは王都の高等学校の寮へと旅立っていく。
卒業式の後は準備だなんだと忙しいだろうと、アミーカのパパ、バルドさんが、卒業の前祝いをやろうと声をかけてくれた。
もちろんパパはおおっぴらにお酒が飲めると大賛成。
喜ぶパパを横目に、私とママは仕方ないと視線を交わしあったものだ。
そしてその日の帰り際、バルドさんが本を見せながら、何やら大きな紙包みを寄越した。
「この『セントーレ食材事典』を書いたアリーチェ様曰く、三月三日の『ひな祭り』の正装らしい。当日着てきてくれ」
なんかやけに重たいけど、そろそろ暖かくなってきてるし、あまり着込むと暑くないかな?
そんなことを思いながら私は衣裳を受け取った。
そして三月三日。
私は急いで学校から帰って衣裳の袋を確認した。
色んな色の生地が見える。
あぁ、やっぱり。
澪が脅してくるわけだ。
◇◆◇
それは昨日の夜のこと。
いきなり澪に心の中へ引きずり込まれた。
そしてやけに神妙な顔をしてこんな事を言ってきたのだ。
「セレナ、明日学校急いで帰ってきたほうがいいかもよ?」
「え、なんで? 約束は閉店後だから遅くて大丈夫だよ」
「違うの。アリーチェ様ってたぶん私と同じ国からの転生した人だと思うんだけど……」
そう言って澪は取り出した本を広げる。
そこには『十二単』と書かれた衣裳と、その着方について書かれていた。
枚数たくさん、それぞれに名前や意味があって、何言ってるか分かんないよー!
「分かったでしょ? 私たちみたいな日本人ですら、ほぼ縁のない衣裳なのよ。もしアリーチェさんが、それを本気で用意してたらと思うと、相当苦労するわよ、これ」
「澪ぉ、助けてよー」
「無理よ。あなたが寝てる間しか出られないんだから」
「そんなぁ……」
と、ここで夢は途切れてしまった。
やっぱりまだまだ不安定らしい。
澪の手助けが願えない以上、あとはママを捕まえるしかない!
私は明日の朝にママへお願いしようと心に誓った。
「へ? 私無理よ。その日は遅くまで孤児院のボランティア入れちゃってるもの」
うわー!
終わった。
もう終わった。
というかこんな衣裳渡してきたバルドさんが悪いっ!
でもバルドさんいい人だからなぁ。
良かれと思ってやってくれたんだろうし。
あー、どうしよう。
「セレナ、なんならパパが手伝うか?」
「娘のあられもない姿を見る趣味が?」
「うっ! ……マリー、セレナが怖いぞ」
「バカなこと言うからでしょ」
途方に暮れた私の顔を見ると、ママが面白くなさそうに、
「っていうかアミーカちゃんも着るのよね? それならきっと着方知ってるだろうから、学校急いで帰って、アミーカちゃんの家にお世話になったらいいじゃない」
「それだっ!」
さすがはママ。
なんていい案を出してくれるんだろう。
今日アミーカにお願いしてみよう!
「え、無理だよ。私たちも初めて見たんだもん。なんかジェラールさん交えて飲んだ時に話を聞いて、勢いで買ったんだって。昨日ママからこってり絞られてたよ」
バルドさん……扱いがうちのパパとあまり変わらないのは可哀想だな。
料理は抜群に美味しいのに。
「私たちも心細いから、セレナ、やっぱり学校終わったらすぐうち来たら? で、一緒に着替えしようよ。それなら間違えても同じ間違えになるから分かんないし、どうせうちらの家族だけだから、多少間違えたって大丈夫だよ」
「そっか、それもそうだね。なら、学校帰ったら急いで行くからよろしくね」
「うんっ!」
◇◆◇
私は次の日衣裳を持って急いで『月のしずく』へ向かう。
ちょうどこれから混み合う時間だが、幸いまだ店はすいていた。
「バルドさんっ! アミーカいる?」
「おお、アミーカなら自分の部屋だ。すまんな、セレナちゃん。なんか面倒な代物だなんて知らなくてよ。厳しかったら無理しなくていいんだぞ?」
「ううん。せっかくバルドさんが用意してくれたんだもん。自信はないけど着てみるよ。ありがとうっ!」
そう言って私はアミーカの部屋へと急ぐ。
ドアをノックして返事を待って入ると、アミーカがすでに衣裳を着ていた。
あ、あれ?
思ってたのと違うぞ?
私の頭の中にあったのは、澪が見せてくれた『十二単』だった。
でもアミーカがいま着てるのは、全く違う。
色とりどりの布が使われた、カラフルなドレス姿だった。
「ア、アミーカ、それ?」
「うん、私もたくさん着るものかと思ってたんだけど、単にドレスだからかさばってたみたい。しかも着るのとっても簡単だったよ」
これが正装?
いや、たぶんこれでいいんだろうな。
だって『十二単』を正装とかされたら、絶対着る気なんかしなかった。
アリーチェ様は元の形にこだわるんじゃなくて、みんなが楽しくお祝い出来る、その想いを大切にしたんだろう。
「じゃあ着替え、後でいっか?」
「うん、私もいったん普段着に戻るよ。汚しそうで怖いし」
その後はお店が終わるまで私たちはリオを連れてヴェルダの街を適当に散歩した。
しばらく見られなくなる、私たちが育った街。
どちらからそうしたわけでもないけど、自然と言葉少なに歩く私たちを、リオが不思議そうに見上げているのが印象的だった。
◇◆◇
「今日はアミーカちゃんとセレナ、二人の一足早い卒業祝いと、『ひな祭り』だ! みんな、どうか祝ってくれ!!」
パパの掛け声に、着替えた私たちがお店へと出ていく。
すると閉店したはずのお店は、なんなら今がピークかと思うほどに混み合い、賑わっていた。
「パパっ、何これ? 私たち家族だけじゃなかったの?」
「ああ、なんか俺が一足早くここで飲んでたら、このあと二人のお祝いをやるんだって言ったら、みんなが参加したがってな。気が付いたらこうなってた」
あちらこちらからお祝いの言葉や激励の叫びがあがる。
中にはアミーカの前に花束を持って現れた――あれは幼馴染のケンちゃんか――が、勇気ある告白を行い、あっさりと振られていた。
これで三回目かぁ。
その根性は大したもんだと思うが、アミーカにその気が全く無いのを知ってる私からすると、ちょっと可哀想でもある。
ちなみに来ている人の中に、珍しい人たちを見つけてしまった。
「あっ、マチルダ先生にバルガス先生! もう隠さなくていいんですか?」
二人は私たちの初等学校の担任と体育教師。
マチルダ先生と私たちは仲も良い。
私たちのイタズラをバラすかも? と軽く脅された直後にアミーカからこのお付き合いをバラすかも? と反撃され、痛み分けに終わったのはもう一年以上前だ。
「二人とも、高等学校合格おめでとう! あまり個人にお祝いするのって本当は良くないんだけど……まあ二人とは色々あったからね。今日だけ特別よ」
「やっぱりお前らが『つむじ風コンビ』だったんだな。結局尻尾も掴ませぬまま卒業するとは、大したもんだよ」
付き合い解禁したからバラしたな?
まあ別にいいけど。
「ふふっ、それにしても二人とも良く似合ってるわよ、そのドレス。私も小さい頃を思い出しちゃった」
「先生の時もこれだったんですか?」
「そうね、『ひな祭り』といえばこれよ。これを着て、ひし餅を食べて、甘酒をいただいて……」
「ええっ! 先生、子供の頃から飲んでたの!?」
私の反応に、マチルダ先生は肩を揺らして笑った。
「違うわよ。甘酒っていって、お米で作られた飲み物で、お酒代わりに飲んでいたのよ。今ではヴェルダでもお米が広がってきたけど、私たちが小さい頃は、お米といったらそれしかなかったわね」
へぇ……そんなのがあるんだ。
「おーい、セレナ、アミーカちゃん!」
「あ、パパが呼んでる。すいません、先生。行きますね。今日はゆっくり楽しんでいってください」
私たちは軽く会釈をして、パパたちのもとへ向かった。
◇◆◇
「セレナもアミーカちゃんも綺麗だな! 二人とも元気に育ってくれて何よりだ、カンパーイ!」
ねぇ、私たちへの言葉よりも乾杯したかっただけでしょ、パパ?
なんの溜めもなしに乾杯したよね?
私がパパを睨むと、アミーカはクスクスと肩を震わせた。
「なんか不思議だね、もうすぐこれが終わって新しい場所に行くとか、まだ実感湧かないよ」
「それは私も。なんか不思議だね」
「セレナ、私と同じこと言ってるよ」
そう指摘されてから気付き、ついつい苦笑いしてしまう。
「はいよっ、セレナちゃんにアミーカ。ひな祭りの『ひし餅』と『甘酒』だ」
バルドさんが持ってきてくれた、花形のお皿に乗ったひし餅は、食べるのをためらうほどに、かわいらしい。
こう言っちゃ何だけど、バルドさんの太い腕で持ってくるものではない気がする。
そしてパパが持ってきてくれた甘酒は、白く濁っていて、パパがいつも家で飲んでるお酒とは全然違って見えた。
それはそうか。
お酒だけどお酒じゃないもんね。
「「いただきまーす!」」
私たちは手を合わせてひし餅や、他の料理も食べつつ、甘酒を楽しんだ。
でもおかしいな、なんかお酒じゃないのにお酒の匂いがするような……?
まぁ、これだけ周りでたくさんの人が飲んでれば自然とそうなるか。
私は気にせず甘酒を飲み干す。
「パパ、甘酒おかわり!」
「おうっ! セレナの頼みなら何でも聞いちゃうぞ!」
そう言ってキッチンからパパが持ってきた瓶を見て、バルドさんの表情が青ざめた。
「ルギウス! そっちは白酒だと言ったろう、甘酒はもっと小さい瓶の方だ!」
ん?
もしかして?
「いやー、すまん、アミーカちゃん、セレナ。お酒を飲ましてしまったみたいだ」
そう聞いた瞬間、急に天井が揺れた気がした。
隣のアミーカも目がとろんとしてきている。
「はいはい、慌てない。ほら、セレナちゃん、アミーカ、水持ってきたからこれ飲んで、今日はもう寝ちゃいなさい。ゆっくり休めば酔いもすぐ覚めるわよ」
持ってきた水を飲むが、やっぱり頭は戻らない。
私とアミーカはフローラさんに手を引かれ、アミーカの部屋へと連れて行かれた。
「ごめんなさいね、まさか泊まりになるとは思ってなかったから、今日は一緒のベッドで寝てもらえる? 掛け布団はもう一枚持ってくるから」
そう言ってフローラさんは部屋を出ていく。
手を繋いだ私とアミーカは、お互いボケーッとしたままベッドに倒れ込む。
「なんでこんなの飲めるのよ」
「ホント」
「ボーッとする」
「私も」
お互い頭が回らず、だんだんと一言しか話さなくなってきた。
眠気もひどい。
私はアミーカの顔に手を伸ばす。
「離れちゃうんだね」
「ヤダな、私」
アミーカも私の顔に手を伸ばし、優しく頬を撫でてきた。
離れたくない……な。
お互いの身体を引き寄せようとするが、顔だけが近寄っていく。
すぐ目の前に、アミーカの息がかかる。
その下に、触れたことのない柔らかさが。
「セレナ……」
「アミーカ……」
お互いの名を呼び合い、そして――
◇◆◇
朝起きると、昨日と同じ位置にアミーカの顔があった。
どうやら二人してあのまま落ちたようだ。
布団がかかってるところを見ると、フローラさんがあの後来てくれたらしい。
うぅん、なんか体がだるいけど、頭は痛くなってないようだ。
良かった。
私が背中を伸ばしていると、アミーカも目覚めたようだ。
「おはよー。なんか頭少し痛いかも」
「大丈夫?」
と、振り返って見たアミーカの、寝起きのとろんとした目を見て思い出した。
……あれっ!!
私、昨日何した?
なんか寂しくなって、お互い名前呼んで……なんだっけ、そこから思い出せないっ!
何にせよえらく近くに顔があったことだけは覚えてる。
ダメだ、もう顔が熱すぎる。
私のそんな様子をしばらく不思議そうに眺めていたアミーカだったが、分かりやすいくらい、「ああっ!」と声を上げたあとは、たぶん私と同じくらい顔を真っ赤にして、俯いてしまう。
そこへドアをノックして、こちらの返事も待たずにママがドアを開けてきた。
「お、起きてるね、不良娘たち」
「何が不良なのよ」
「へー、昨日のことなのにもう記憶ないんだ?」
努めて冷静に声を出したはずだが、頭の中では
(どれ? どれ? 何のこと?)
それだけがぐるぐる駆け回っていた。
「まさかセレナとアミーカちゃんがねぇ。ビックリしたわよね、フローラ?」
「ええ、驚いちゃったわ」
(何、本当に何したんだろ? まさかアミーカと……)
アミーカと二人して涙目になった時、
「お酒飲んじゃうなんてねー、本当にビックリしたわ」
「ええ、いつもの酔っぱらい相手の対応したけど、心の中はもうビクビクしてたわよ」
えっ……?
「あら、どうしたの、セレナ? 何かそれ以外に心当たりでもあった?」
「う、ううん。全然。全く」
するとフローラさんが、着替えを出してくれた。
「ほら、朝ごはん出来てるから、これに着替えて食べてきちゃいなさい。そのドレスはかたしておくから」
私とアミーカは急いで着替えて階下へ降りていく。
もうこれ以上何も悟られないように。
◇◆◇
二人が下に降りたのを確認して、私は部屋のドアを締めた。
「はー、あの子達、あれで誤魔化せたつもりなんだから、まだまだかわいいわね」
「あまりアミーカをいじめないでよ? あの子優しいんだから」
「そう思ってるならフローラ、もう少ししっかりアミーカちゃんを見た方がいいわよ? あの子の強さはセレナにだって負けてない。去年の王都では私も舌を巻いたくらいだもの」
「あの子がねぇ……」
そう言ってフローラは信じられないといった顔でドアの方を見る。
昨日二人を寝室に連れて行ったフローラが、掛け布団を持って降りてきた時は何事かと思った。
もしかしたら二人の様子がおかしいのかも。
薬師でもある、夫のルキウスも連れて上に上がると、二人がドレスのままベッドに横たわり、お互い抱き合ってスヤスヤと寝ていた。
しかし……顔近いわね。
後ろから一押したらキスしそうな距離なんだけど。
「もう、可愛くってさ。思わずマリエッタ呼んじゃったの!」
小声でそう興奮するフローラと、二人を見て特に急ぎではなかったと思い、とりあえず胸を撫で下ろす。
「全く、いい気なもんね。お酒飲ませちゃって、私たちがどれだけヒヤヒヤしたか」
「まったくだな」
能天気に同意してきたルキウスに、私たちはこの上なく冷たい視線を送る。
誰のせいだと思ってるのか。
後でこってり絞ってやらないと。
「は、はは、まあ何事もなく良かったじゃないか。それじゃあ俺は下に戻ってるからな」
ルキウスは足音を立てないよう注意しながら下に降りていく。
その気の遣いようを、甘酒を入れる時に回してほしかったけどね。
すると、背後で「うん……」と小さく声が上がった。
起こしちゃったかな?
と、息を潜めて見ていると、
「アミーカぁ……」
とセレナが呟いた。
なんだ、寝言か。
と、思った次の瞬間、アミーカちゃんがセレナを抱き寄せてしまい、そして……。
私たちは部屋を出て、固く誓う。
「フローラ、私たちは何も見なかった。いいわね?」
「ええ、マリエッタ。私は何も見てないわ」
そう言い合って、二人して遠い目をしながら、
「「なんでこうなるのよ」」
奇しくも言葉が被り、私たちは膝から崩れ落ちるしかなかった。
◇◆◇
「なーんてことがあってさ。もうしばらくフローラと二人してドッキドキよ。いつかバレやしないかってね」
私とアミーカが唖然とする中、マリーナは
「可愛らしいですね〜、女の子同士だなんて。まあそういう組み合わせも、なくはないですから」
とフォローにもならない一言を入れて、ママにお酒を注ぐ。
「な、な、な、な、何でそれ今言ったの?」
「んー? あんた浮いた話もないから、そういえばそんなこともあったなーって思い出してさ。もしかしてそっちに目覚めてたのかも? と思って」
「えー、それ聞いたら私、セレナと同じ部屋、怖いんですけど」
笑いながらそんな冗談を飛ばすマリーナは、後で時間無制限のくすぐり地獄確定だ!
「マ、マリエッタさんとママだけがそれ見てたんですか?」
「うん。ルキウスが一足先に降りてて良かったわよ。さすがにこの話はあの人にも言えないからね」
「だったら娘と親友にも言うなぁーーー!!」
夜の王都、貴族街。
フォルティウス伯爵邸に、私の魂の叫びが響き渡るのだった。
なお、この日以降、私とアミーカの中ではこの話はなかったことになっている。
マリーナはしっかり懲らしめたし、ママは次言ったらリオと二人で風魔法乱打するからねと脅しておいた。
みんなも、本当に気をつけてね。
……はぁ。




