第4話 はじめてのバレンタイン
※時間軸としては141話頃、高等学校2年の2月なんですが、本編では黎明祭決勝直前でこんなヒマはありません。
ifストーリー的にお楽しみください
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「ここで湯せんね。毎年鍋に直接チョコ入れるバカタレがいるけど、焦げるから禁止! しっかり気合い入れてやんなさい」
寮の食堂にヴァレリアさんの大きな声が響き渡る。
今日は学校が休みだが、希望者が集まってチョコの作り方を教わっているのだ。
なぜかというと――。
「バレンタインデーだっけ? なんでアリーチェ様はそんな日作ったんだろね?」
「さあ。奥手な女性のためじゃないかな?」
マリーナの質問に適当に答えておく。
私は澪に教わったけど、適当に濁されてしまい詳しくは知らない。
とりあえず女性が男性にチョコと共に気持ちを伝える日になってるらしいというのは分かった。
で、なぜ私がこんなところに紛れ込んでるのかと言うと……。
◇◆◇
「女子力高めるために、お菓子の一つくらい作れるようになりましょう!」
温泉下着事件(と、私は呼んでいる)以来、服装やメイクなどの鬼教官……もとい熱心な指導者を務めてくれるマリーナからそんなことを言われたのだ。
「ちょうどバレンタインデーが迫ってるし、チョコを作れるようになりましょう。板チョコを溶かす、一番簡単なやつで構わないから」
「えー、でもバレンタインって好きな人にあげるやつでしょ?」
「セレナにはそういう相手いないの?」
「い、いるわけないじゃん!」
私が顔を赤らめて返事をしたので、マリーナは隠しているとにらんだようだが、本当にいないんだ。
ただ、ちょっとその手の話題が少し恥ずかしい感じがしてしまって……。
「それじゃあセレナの初等学校だと義理チョコ、友チョコってやってなかった? 好きじゃない男子にも付き合いで上げたり、女の子の友だち同士であげたり」
ヴェルダ初等学校のことを思い出す。
そう言えばこの時期やたらとチョコをもらってたような記憶があるけど……。
「あれってバレンタインだったのか! みんなチョコくれて優しいなーって思ってた!!」
「……まあいいわ。そのために私がいるんだもんね!」
マリーナは何故か気合を入れ直し、
「近く、ヴァレリアさんがチョコ教室を開くからこれ参加申し込んでおいたからね。一緒に出るよ」
そう言ってチラシを渡してくる。
「え! この日はマルクスの実家の工房で魔導具見せてもらう予定が……」
「そんなのはいつでも出来るでしょ!」
私の教官は誰も彼も厳しくないといけないというルールでもあるんだろうか?
マリーナの迫力に、私は「――はい」としか答える権利を持たなかった。
◇◆◇
というわけだ。
ヴァレリアさんは当日は旦那さんとデート、前日までは学校。だから今日しかなかったらしい。
まあ、とは言え作り方はそんなに難しくはなさそうだ。
溶かして固めるだけ――のはずだった。
溶かした後に一回テンパリングというのをやると、より滑らかに仕上がって美味しいらしいが、そんなことに時間をかける気はない。
すると、私のその考えを読み切っていたかのように、
「ちゃんとテンパリングもやるのよ?」
ポン、と肩を叩いてくるマリーナ。
えー、面倒だなぁ。
と、その時私の頭の中に思い浮かんだことがある。
「ねえ、マリーナ、入れるチョコの量を一定に守れば、温めて、冷やして、またちょっと温めるって、魔導具いけそうじゃない?」
「そんなの……アリね。しかもすぐ作れそう」
どうやらマリーナもチョコ作りは面倒だったようだ。
「よし! 研究室で実験して、週末に製作、実践して一気にチョコ作っちゃおう!」
「分かった!」
ガシッ!
互いに手を組む私たち。
こうして、実験バカコンビはまた余計なことを思いついた。
◇◆◇
「お前ら……試したいことは分かるが、男子もいるここでやるのに罪悪感はないのか?」
レオニス先生がそんなことを言ってくるが、
「面倒なことを魔導具で便利な世界に変えてあげるのが魔導具師の務めでしょ? それと、夢壊すようで悪いですけど、たぶん商品化したらこれ、飛ぶように売れますよ」
「そんなわけあるか。うちの妻のように、しっかり手作りしてくれる女性だって多いはずだ」
「まあ見ててください。男性がどれだけ女性に夢見てるか教えてあげますから」
仕組みは簡単、正直チョコの温度計測だけで済むので、あっさりと終わってしまった。
作り終えた魔導具からは、テンパリング後のチョコが蛇口をひねるだけで流れてくる。
「出来たー!」
「意外と簡単だったね」
私はみんなに向き直って協力を仰ぐ。
「さて、それじゃあ魔導回路五枚書くから、みんな焼き付けよろしくね。ティミナとクーラは組み立てお願い。終わったら一つずつあげるからね」
「あ、一つで大丈夫です。私たちそんなにあげるつもりないので」
私は了解の合図を送ると、ポカンと呆れたままのみんなに手を叩きながら、
「ほら、手伝ってよ。絶対この時期売れるから百個は作るからね。一人二十個、難しい回路じゃないから簡単でしょ」
と声をかけると、
「こら! 百個売れるという根拠はなんだ、それを示せないのなら許可出来んぞ!」
そう、レオニス先生が遮ってきた。
「根拠は女子寮のみんなのうつむき加減です。ねぇ、ティミナ?」
「そうですね、隣の部屋の子とかはこの前チョコ作りの下手さに気付いてしまって、毎日泣きそうになってますよ」
「ほら、少なくとも女子寮だけで、かなり見込めますよ。ここは学生割引で少し安く売りましょう」
すると恐ろしいものでも見るかのような目で私を見てきたレオニス先生は、
「お前は魔導具師じゃなくて魔導具商人だな」
と言ってきたので、
「はいはい、じゃあそれでいいですから、レオニス先生は販売期間明示したチラシを作ってきてください。販売期間は明後日からバレンタインデー前日まで。先着百個で売り切れってね」
といなしておく。
「それは構わんが、名前はどうするんだ?」
「あ、名前か。うーん……『愛の運び手』とかどうです?」
「――まあ、お前にしては悪くないな。分かった。しかし、これでコケたら、お前が責任持って売り払い、素材代を返すように。分かったな?」
まだ疑うか。
私は生返事を返しておき、レオニス先生をさっさと研究室から追い払う。
「じゃあ、やろうか?」
後々マリーナに聞いたところ、この時の私は逆らいようもないほど怖い顔をしていたそうだ。
失礼しちゃう!
◇◆◇
そして……
「いやー、まさか受け付け始めて三時間で売り切れるとは、ちょっと私も見くびってたわ」
「ちょっと観光客計算に入れてなかったね。お土産買うよりこっちに並ぶとは思わなかったし」
私とマリーナのホクホク顔と対照的に、マルクスは少し元気がなく、リディアは疲れ果て、カリウスはいつも通り。
レオニス先生はというと、
「ローザ……なぜだ」
そう言って床に四つん這いになっている。
どうやら家でこの話を漏らしてしまい、奥さんは朝一番に並びに来てしまったのだ。
まさか一番前にいるとは思いもしなかったけど。
「だから言ったじゃないですか。現実教えてあげますよって」
「あのね、手作りが価値あるなんて男性の妄想ですよ。女性だってラクしたいんです。でも、気持ちがなけりゃわざわざこんな魔導具買ってまで作ろうとはしませんよ」
「お前もそうなのか?」
珍しく小さな声のレオニス先生の質問に、少し戸惑いながら、
「わ、私はそんなのいないけど、友チョコみたいな意味で送りたい人がたくさんいるの。だからこれ作ったんですから」
「友チョコ……」
その時リディアがそう小さく呟くと、
「ねえ、セレナ。それってもう一つも残ってないわよね?」
と聞いてきた。
「はいはい、だろうと思ってリディア用に一つ残しておいたわよ。全く、その天邪鬼な性格そろそろ直したらどうなの?」
「ち、違うわよ! あげたい人がいたけど、そういう意味じゃないから、作るのどうしようか迷ってたんだけど、友チョコならいいなって思って」
差し出した私の愛の運び手を少し乱暴に奪い取るようにしながら、
「あ、ありがとね。助かったわ」
と、頬を赤くして礼を言う。
「あー、終わったね。それじゃあ私もチョコ作り始めないと」
◇◆◇
――ヴェルダの街
「おおっ、セレナからチョコのプレゼントが来てるぞ! あいつも少しは女らしくなったなぁ。マリー、見てみろ。ハートの形だぞ!」
「どうせ友だちに焚き付けられただけよ。これだってあの子が作ったか怪しいもんだわ」
「それでも贈ってくれることが嬉しいじゃないか! 大切に食べるぞー、セレナー!!」
――王都セントーレ
今日は『蒼玉の輝き』にて、久しぶりにカイル殿とオーギュスト様との会食の日だ。
まさかこんな日に合わせて意外な贈り物が来るとは思わなかったが。
「カイル殿、オーギュスト様、セレナ嬢からバレンタインデーのチョコが届いておりましたので、お渡しいたします」
すると二人はとても驚いた表情を浮かべる。
「グレッダ殿、それはセレナ嬢からのプレゼントと見せかけて、貴方が用意したチョコということでしょうか?」
「さすがに疑いすぎです。紛れもなくウルヴィスから届き、セレナ嬢の筆跡で手紙が添えられたプレゼントですよ」
カイル殿の疑念に思わず苦笑してしまうが仕方ない。
何せバレンタインデーのチョコは今までで初めてのプレゼントだ。
見た目は長方形の小さな箱だ。
まずは私から箱を開ける。
すると、中には一口サイズの小さなチョコが六粒入っていた。
特に何が飾られているわけでもない、しかしとても温かみを感じられる。
私が一粒口にすると、カイル殿達も口に運ぶ。
「なるほど、とても一生懸命作ってくれたのだね。……ところでグレッダ殿、これは全て私が食べるべきかな?」
「料理人の立場から言わせてもらうと、食べるべきでしょうな。味はもちろんですが、込められた気持ちも大切に味わうべきと考えますから」
そう言いながらもオーギュスト様は静かにワインを口に含む。
セレナ嬢の作ったこれは、かなり甘い部類に入るだろう。
「本日の酒のアテに楽しませてもらうとしましょう」
私の言葉に二人は苦い笑いを返してきた。
――ウルヴィス高等学校
「はい、レオニス先生と、マルクスとカリウスの分ね」
私は三人にチョコを渡すと、レオニス先生とマルクスは少し不可解な物を見つめるような視線を向けてくる。
「何よ、ちゃんと、私が作ったチョコよ」
「お前とマリーナで考えた魔導具が作った、な? 言葉は正確に使うことだ」
そう言いながらも、目の前でチョコを口に放り込むあたり、レオニス先生は大人だなと思う。
そして……。
「な! なんだこれは。チョコがザラザラで、変な苦みがあるぞ!」
「へへー、さすがにいつもお世話になってる三人にはちゃんと手作りしたんだけど、失敗しちゃった」
そう言って舌を出すと、マルクスとカリウスも先生同様苦々しい顔になっていた。
あーあ、悪いことしちゃったかな?
「センセっ、下手な手作りと愛の運び手で作った、それなりに美味しいチョコ、どっちが欲しいですか?」
レオニス先生は迷いもなく
「手作りで美味しいチョコに決まってる!」
そう声高に叫んだ。
「仕方ないなぁ。……だってさ、マリーナ」
この間すでにマリーナは机の上にチョコを広げ、リディアとティミナ達は全員分のコーヒーの準備をしていた。
「すいません、セレナがどうしてもって言うんで。でもこっちはちゃんと食べられるやつを用意しましたから、みんなで一緒に食べましょう」
マリーナのチョコはとても美味しかったが、これには理由がある。
◇◆◇
三日前、私宛に届け物があり、中を開くとアミーカからの友チョコがたくさん入っていた。
「学校の友だちと作ったから、みんなで食べてね」
その、あまりの美味しさに対抗心を燃やしたマリーナが突然、手作りもやる! と言い出した。
私の手作りは、それに付き合わされた副産物。
なのでマリーナが変に燃えなければ三人はそれなりに美味しいチョコが食べられたのだ。
みんなが食べてるのは、マリーナの手作りとアミーカの手作り、両方が混じった特別製。
ちなみにマリーナのチョコもアミーカほどではないが、とても美味しかった。
どうやら故郷でよく作っていたらしい。
「これは美味いな。味が二種類あるが、正直どちらも好きな味だ」
カリウス、それはあまり褒め言葉にならないんだよ?
ほら、マリーナがちょっと微妙な表情になってるじゃない。
「片方は甘さが抑えられていて、片方は色々な果物が混ぜられてるんだね。僕は果物の入った方が味が楽しめて好きだな」
お、マルクスナイスフォロー。
そっちはマリーナのやつだ。
「私は甘さ抑えめだな。王都で口にしていたものと近しい味を感じる」
なるほど、アミーカのは何か王都っぽい特徴があるのか。
私はよく分からずどちらも美味しくいただいてるけど。
騒がしくて、甘くて、少しだけ苦さのまじる一日だった。
なお、私の本気の手作りのチョコをアミーカに送ってみたところ、
「セレナ、春にヴェルダ帰ったら本気の特訓やるから覚悟しておいてね」
という恐怖の手紙が帰ってきたことだけは伝えておこう。
あぁ、鬼教官がまた増えたよ……。
でもその時はまだ、本当に誰かに『本命』を渡す日が来るなんて、考えてもいなかった。




