9話 アマラントスの花束
俺はしばらくアイギスの盾を鑑賞したのち、「譲ってくれ」と言ってみた。
しかしヘイムダルは「絶対無理じゃ」と断った。
まぁ仕方ねぇか。
「じゃあ俺はそろそろ帰るな」
「と、泊まっていっても構わんのじゃぞ?」ヘイムダルがもじもじしながら言う。「別に寂しいとかじゃないけども……部屋も余っておるし? 妾しか今、ここに住む神おらんし? 魔神と邪神竜じゃが、まぁ特別に?」
これ絶対寂しいやつぅぅぅ!
「悪いけど俺は帰る」
明日にはサビナのところに行くつもりだしな。
そしてそのまま、しばらく地下帝国にいようかなって……。
あ、でもそうなると俺の村……。
戻って来た頃にはみんな俺のこと忘れてそう。
「俺様は残るぞ」ケイオスが言う。「ここにいりゃぁ、神と戦えるんだ、無理に帰る理由はねぇ」
「そうか! では部屋に案内してやろう!」
ヘイムダルが嬉しそうに言った。
いや、ケイオスはお前と戦うって言ってんだぞ!?
うーん、ヘイムダルも意外と好戦的なのかも?
まぁどっちもでいいか!
「じゃあ、またな」
俺は軽く手を振ってから、【ゲート】で自宅に戻った。
「おお?」
久々に魔力が減った感覚があったので、オリュンポスはめちゃくちゃ遠いんだなぁと思った。
本当、どこにあるんだよあの山。
エレノアとかだったら【ゲート】で行けないんじゃね?
魔力不足で。
……俺、魔神だから魔力も実は多いのか……。
色々とこう、根底が崩れたから注意しねぇとな。
あとで恥ずかしくならないように!
と、ブラピが寄って来たので俺はブラピの頭を順番に撫でた。
「なぁブラピ、俺ってば実は魔神なんだぜ?」
◇
今更、何を言っているんだろう?
ブラピはキョトンとした。
「だよなぁ、俺が魔神だって言われても、よく分かんねぇよなぁ」
違う、そうじゃない、とブラピは思った。
そんな誰でも知っていることを、いきなり真面目に言われたから驚いただけである。
「ああ、サビナは知ってんのかなぁ?」
いやむしろ知らない人いるぅ!?
ブラピは目を丸くした。
当然、6つの目全てを丸くした。
「……さすがにサビナは気付いてるか……。エレノアは……? ロザンナは気付いてるよなぁ。ニナはどうだ?」
うーんとアルトが思い悩む。
何を悩んでいるのか、ブラピにはよく分からなかった。
でもとりあえず頭をアルトの足に擦り付けて、「大丈夫」と慰めておいた。
◇
翌日、俺がアマラントスを庭に植えているとエレノアがやってきた。
「おお! その魔力に満ち溢れた花がアマラントスですか!?」
確かにアマラントスは魔力を帯びている。
帯びているけど、満ち溢れてる!?
そんなに魔力多いか!?
これも俺が神視点だから、そんな多くないって思ってるだけ!?
「ああ、これがアマラントスだ」
「素晴らしい花ですね、これならサビナも喜びますよ!」エレノアが楽しそうに言う。「あ、でもなぜ植えているのです? 花束にしないんですか?」
俺は異次元ポケットからアマラントスの花束を取り出す。
「さすがアルト様! すでに用意していたのですね!」
「まぁな」
俺は花束を異次元ポケットに仕舞う。
俺はコホン、と咳払い。
エレノアが小さく首を傾げる。
「落ち着いて聞いて欲しいんだが」
「はい。わたくしはいつも冷静沈着ですが?」
そ、そうかぁ?
「俺、実は魔神なんだ」
「……えっと……」
エレノアが反応に困ったような表情を浮かべる。
そうだよな!
いきなり魔神ですって言われても困るよな!
でもどんなステップを踏めばよかったのか!
「まさかとは思うのですがアルト様」
「うん?」
「隠しているつもり……だったのですか?」
あ、これ俺が恥ずかしいやつだ。
間違いない、俺が恥ずかしいやつだ。
「いやいや、まさか! ははははは! ちょっとハッキリ言ったことないなぁ、って思ってな! ははははは!」
あっぶねぇぇぇぇ!!
エレノアでさえ気付いていたなら、これ知り合いの大半は知ってるぞ!
「そ、そうですか。確かにアルト様の口からハッキリそうだと聞いたのは初めてでしたね!」
うんうんとエレノアが頷く。
よかった、とりあえずごまかせたか。
「でもなぜ急に?」
俺が昨日知ったからだよおぉぉぉぉぉ!
魔神なのに普通のヴァンパイアだと勘違いしてたんだよぉぉぉぉ!
穴に、早く穴に入らなくては!
「深い意味はない。あ、そうだ、結婚前にサビナにも伝えようと思うんだけど……」
たぶん知ってるだろうし、言わなくてもいい気もするな……。
「かなり今更ですが、アルト様のことですから、何か意味があるのでしょう」
俺、深い意味はないって言ったよね!?
言ってなかったっけ!?
「ですので、わたくしはアルト様の好きにすればいいと思います」
全幅の信頼っ!
だけどエレノア!
俺は自分が魔神であることにさえ気付いていない人間!
違う、人間じゃねぇ、ヴァンパイアなんだぁぁ!
「分かった。とりあえず着替えたらサビナの家に行ってくる」
俺、今作業着なんだよな。
さすがに作業着のまま行くのがダメってことは俺にも分かる。
「それでエレノア、留守を頼んでいいか?」
「構いませんが、どの程度サビナの家に滞在する予定ですか?」
「せ、千年ぐらい……」
「はい!?」
エレノアが驚いて飛び上がった。
「な、なーんてな」
さすがに領地を1000年も任せるのは酷か。
「まぁ、数日程度ならこの家の管理もブラピの面倒も、わたくしが見ておきましょう」
エレノアは腰に両手を当てて胸を張った。
す、数日だと!?
俺のこの恥ずかしさが、数日で消えるといいなぁ……。
とりあえず滞在期間は行ってから考えるかぁ。
◇
「いいい、いらっしゃいアルト君……ふへへ……」
サビナはなぜか赤いドレスを着て、髪の毛もクルクル巻いてなんだか貴族の女性みたいな感じになっていた。
どうした!?
もしかしてさっきの待ち時間は着飾るためだった!?
そう、俺はサビナの家を訪ねたんだけど、マイルズに応接室(今いる部屋)に案内され、それから3時間ぐらいここにいたんだよな。
「に、似合うかな……」
「俺はいつものサビナの方が好きだけど……」
「すすすす、好き!? ちょっと待ってて!」
サビナはすごい速度で応接室を出て行った。
俺の言葉の途中で。
「えっと……だけど、似合ってるよ……」
とりあえず、続きを言っておいた。
マイルズが右手で自分の顔を覆って、首を左右に振った。
サビナも着飾ったりするんだなぁ、と俺は思った。
幼馴染の中ではニコルがおしゃれ好きなヴァンパイアだったけど、サビナは全然そんな感じじゃなかったのに。
「新しくお茶を淹れましょうか?」とマイルズ。
「いや。もう結構飲んだし、遠慮しとくよ」と俺。
それから待つこと20分ほど。
「お待たせ!」
サビナがいつもの恰好でやって来た。
ピンクの髪をツインテールにまとめて、目の下にはクマがある見慣れたサビナだ。
ザ・闇の者、って感じの。
服装は俺とほとんど同じ。
いつも思うけど、それ俺の服じゃね?
子供の頃から思ってたけど、サビナって時々俺と同じ服着てね?
「きょ、今日はどうしたの……?」
言いながら、サビナが俺の対面に座る。
「うん、ああ、えっと……」正面切って言うのは少し照れるな。「その、側室の件だけど……」
「ううううう、うん」
サビナが小刻みに何度も頷く。
おい大丈夫か!?
首取れるぞ!?
俺は異次元ポケットからアマラントスの花束を取り出す。
……このタイミングでいいのか?
「俺の側室になってくれるって、聞いたけど……本当に……」
「もちろん! わたし、側室、なる!」
大丈夫か!?
いきなり言語が下手になってるけど!?
「ありがとうサビナ。これ、アマラントスを束ねたんだけど、やるよ……」
俺は花束をサビナに差し出す。
「うほぉぉぉぉぉぉぉ! アルト君が花束くれたぁぁぁぁぁぁ!!」
サビナがアマラントスの花束を抱きしめて叫んだ。
この反応は!?
喜んでるんだよな?
チラッとマイルズを見ると、グッと親指を立てた。
良かった。
「サビナ様、花瓶に挿しておきましょうか?」
「いやぁぁぁ! しばらく抱いとくぅぅぅ!」
マイルズが手を伸ばし、サビナがアマラントスを抱いたまま身を引いた。
そんなにアマラントス気に入ったの!?
今度アマラントスを食べる時も誘ってやろう。




