5話 勇者と魔王の結託
「聞いてよロザンナ! アルトがサビナさんと結婚するんだって!」
魔界の荒野の片隅で、勇者ニナが言った。
「アルトが結婚するって噂にはなってたけど、相手サビナさんなの!? ぼくじゃなくて!?」
酷く驚いた様子で魔王ロザンナがそう質問した。
ニナが力強く頷く。
「こんなところでする話じゃないね」ロザンナが言う。「一旦、魔王城まで行こうか。あ、暴れるなよお前」
「あたし暴れたこととかないけど?」
ニナが言うと、少しの沈黙が訪れた。
「……まぁいいよ。とにかく魔王城で武力を使わないで」
「はぁい」
ニナの返事を聞いてから、ロザンナが【ゲート】を使った。
次の瞬間には巨大な魔王城の外に移動していて、ニナは「おお、これが魔王城」と呟いた。
「こっちよ」とロザンナが歩き始めたので、ニナが後に続く。
「城って言うか城塞都市じゃん」とニナ。
「お城の中に街を作ったの、先代魔王が」とロザンナ。
「そういや、昔の魔王とかよく知らないけど、先代ってもう死んでるの?」
「え? 勝手に殺すな。普通に総務部にいる」
「いるんだ!?」
「いるでしょそりゃ!」ロザンナがブルブルっと震える。「ぼくだってあのロリババアには早く死んでもらいたいよ。いっつもぼくに罰正座させるし……」
ちなみに、魔王と勇者が会話しながら歩いている様子を、魔物たちは戦々恐々としながら遠巻きに眺めていた。
ロザンナは城門を潜ったらすぐにまた【ゲート】を使用し、ニナと一緒に魔王城の応接室の一つに移動した。
「ああ! 見学したかったのに一瞬で移動された!」
ニナがショックを受けたように言った。
「いやお前、アルトの話が先でしょ普通に」
ロザンナは酷く呆れたような表情で言った。
「そうだったわね」
ニナは勝手にソファに座った。
ロザンナがその対面に座る。
「アルトが結婚するって噂は、ぼくも知ってる。てっきり、ついにぼくをお嫁さんにしてくれるのかなとか思っていたけど……」
「そんなわけないじゃん」
やれやれ、とニナが肩を竦めた。
「確認だけど、本当に、本当に、相手はサビナさん?」
「そうだってば! あたしはアルトに直接聞いたんだから間違いない!」
ニナが言うと、ロザンナは酷く落ち込んでしまう。
「そんな……よりによって……サビナさんだなんて……ぐす……脅迫することも……亡き者にすることも……無理だよ……うぅ……」
「そうでしょ? 今どんな気持ち?」
「見たら分かるよね!?」
ロザンナが怒って言うと、ニナは満足そうに頷いた。
ロザンナはしばらく呻いていたが、何かを思いついたようにふと顔上げる。
「でもサビナさんって正室じゃないよね?」
「え? 分かんない。結婚するとしか聞いてないし」ニナが言う。「なんでそう思うの? 普通結婚って一人としかしないんじゃないの?」
「人間はそうかもだけど、力のある魔族は伴侶を複数得ることはよくあるし、そもそも人間の王様とかもそうだよね?」
「……そうだったかも?」
ニナは王様や貴族のことはよく知らないのだ。
「あと、普通に考えてクイーンのエレノアがいるんだから、普通のヴァンパイアであるサビナさんが正室になることはない」
「ノアちゃん? なんでノアちゃんが出てくるの?」
「なんでって、すごくムカつくけど、あいつアルトの正式な婚約者」
アルト自身もそのことを認めているので、魔界ではみんな知っている。
ロザンナはその事実を受け入れるのに酷く苦労したが、今では割り切っている。
それはそれとしてぼくもアルトと結婚する、と。
「へ?」ニナは目を丸くした。「ノアちゃんって……アルトの娘……だよね?」
「ああ、その設定まだ続いてるんだ?」
ロザンナも目を丸くした。
「どどど、どういうこと!?」ニナが焦って言う。「うちの村じゃ、ノアちゃんはアルトの娘で通ってるし、みんな『領主様もやることやってたんだぁ、良かった』って感じになってるのに!?」
「なんか都合が良かったんだろうね、娘ってことにした方が」ロザンナが小さく肩を竦めた。「ぼくも詳しくは知らないよ? いつの間にかアルトもエレノアもそれで通してたから。あ、人間に対しては、ってことね。ぼくたちは二人の関係知ってるし」
「そ、そんな……」ニナは驚愕し、微かに震えながら言う。「まさ……か……アルトは……ロリコンだったの!?」
「それは違……違う?」
ロザンナはふと疑問に思った。
そういえば、ぼくがアルトに助けてもらった時は、今より幼かったなぁと。
もしかしてぼくがまだ子供だったから助けてくれ……。
「いやいや待って」ロザンナが首を左右に振る。「そもそもアルトから見たらみんなロリだと思うけど!?」
「確かに!!」
ニナがグッと拳を握った。
「とにかく、アルトもサビナさんも神の領域に踏み入れてるのに、自分より圧倒的に弱いエレノアにすごく優しいでしょ?」
「うん。今までは娘だと思ってたから疑問にも思わなかったけど、娘じゃないなら不自然なぐらい過保護!」
アルトは村の子供たちにも優しいけど、エレノアに対してはそれ以上だ。
「それはエレノアが最後のクイーンだから。ぶっちゃけ誰かがエレノアを殺したりしたら、世界終わるんじゃない? アルトとサビナさんの手で」
そんなことはないのだが、周囲にはそう見えている。
アルトもサビナも『エレノアが最初に死にそう』とか思っているわけだが。
「そんなに!?」
「そうだよ。ヴァンパイアにとってクイーンやキングは特別だから。ぼくだってエレノアには気を使ってる」
生意気なエレノアにお仕置きする時、叩きすぎないようにしよう、という程度だが。
そもそも最近のエレノアは素早く逃げるので、叩くこともできていないのだが。
「そ、そうだったんだ……。娘かと思ったらライバルだなんて……」
「ぼくだってアルトと結婚したいし、するつもりだけど」ロザンナが言う。「種族的にアルトとエレノアがくっつくのは仕方ない。そこはもう現実的に目を瞑るしかないって正直思ってた。こう、真実の愛はぼくと、エレノアとは種族のため、みたいな感じで」
「し、真実の愛!?」
魔王から飛び出した言葉に、ニナはすごくビックリした。
ロザンナは照れたのか頬を染めて視線を下に向けた。
(ちょ、ちょっと可愛いじゃんこの魔王!)とニナは思った。
しばらく沈黙を挟んでから、ロザンナが視線を上げた。
「とにかく、エレノアがいる限りサビナさんは側室だと思う。たぶんだけど、早くヴァンパイアの数を増やす方向で合意したんじゃない?」
「なるほど! 絶滅危惧種だもんね!」ニナが言う。「でもだけど何も解決しないっ! 政略的だと分かってちょっとあたしの心が安らいだだけ!」
「確かに何も解決しないね」ロザンナが言う。「そもそもサビナさんとアルトの間に愛がある可能性もある」
「確かに!」
二人はアルトとサビナがイチャイチャしている風景を想像して落ち込んだ。
「一体どうしてこんなことに……」
ロザンナが頭を抱えた。
「本当にね……」
ニナも頭を抱えた。
もちろんエレノアの思いつきのせいなのだが、ニナたちはそのことを知らない。
「相手がサビナさんじゃ」ニナが天井を仰ぐ。「正面切って邪魔するわけにもいかないし」
「精々ぼくたちにできるのは、この機に乗じてぼくたちもまとめてお嫁にしてもらうことぐらい?」
「それ意外とありなんじゃない?」とニナ。
「……確かにありかも」
ロザンナが頷き、ニナがグッと拳を握る。
「なりふり構わず、あたしたちも側室にしてって頼めば! なんか二人で押しまくったらいけそうな気がする! アルトって意外と押しに弱いとこあるし!」
「勇者と組むなんて悍ましいけど、確かに二人で押せば押し切れるかも?」
「これがいわゆる、ピンチをチャンスに変えるってやつね!」
そもそもあんなに好き好き攻撃をしていたのに相手にされていなかったニナは、これが最後のチャンスになるんだろうな、という予感がしていた。
こうしてアルトの知らないところで、アルトの嫁(自称)が増殖してしまったのである。




