3話 サタナキアのその後
サタナキアは山奥で滝に打たれていた。
ヤギの頭に大きなツノ、ムキムキの肉体に短パンのみという見た目。
滝に打たれているから軽装なのではなく、普段からこれである。
「俺様は……ロリすら支配できなかった……」
目を瞑って、あの忌々しい砂浜での出来事を思い出す。
サタナキアは自分より弱い女性を支配する能力者だ。
しかし、ロザンナ、ニナ、サビナを支配できなかった。
とはいえ、それだけならここまで心にダメージを負っていない。
「あの生意気ロリめ……」
そう、サタナキアはエレノアすら支配できなかったのだ!
つまり!
エレノアよりも弱いのである!
あれからすでに1年以上が経過しているが、未だにサタナキアの心の傷は癒えない。
「いくら滝に打たれても、いくら叫んでも、いくら自分を追い込むような修行をしても、俺様の心は晴れない……」
もしかして根本的に間違っているのでは? とサタナキアは思った。
よく考えたら、サタナキアは無法の楽園パンデモニウムの出身である。
なぜ自分を鍛えるような真似をしていたのだろうか?
自分より強い相手に傷つけられたならば――。
「ええい! やってられるかぁぁぁぁ!! 俺様は自分より弱い奴を探しに行くっ!」
サタナキアは勢いよく滝から飛び出て、地面に着地。
――そう、雑魚狩りをしてうっぷんを晴らせばいいのだ。
「男は皆殺し! 女は全員支配だぁぁぁぁ!!」
こんな簡単なことに気づけなかったとは、俺様は本当に精神をやられていたんだな、とサタナキアは思った。
それから魔法で宙に浮く。
弱者のいる場所に移動しようと思って周囲を見回す。
そうすると、川の下流の方で釣りをしている者たちを発見。
「とりあえず、あれらでいいか」
最初の生贄である。
圧倒的な強さで、泣いて命乞いをするまで痛めつけ、それから殺してやる、とサタナキアは醜悪に微笑む。
ビュン、とサタナキアは高速で飛行し、釣り人二人の背後に立った。
「悪く思うなよ。たまたま偶然、俺様の目に入ったのが運の尽きだ」
サタナキアがそう言うと、座って釣りをしていたオッサン二人が振り返る。
一人は長いボサボサの黒髪に、上半身裸のマッチョ。
少し自分に似ているか、とサタナキアは思った。
もう一人は恰幅のいいオッサンで、王様のような服装をしている。
「なんだ?」ボサボサマッチョが言う。「目にゴミでも入ったのか?」
「ああ、その通り! お前らというゴミがな! ふははははは! 死ねぇ!」
サタナキアは蹴りを放った。
ボサボサマッチョは反応すらできなかったのか、一切動かなかった。
なので、当然サタナキアの蹴りはボサボサマッチョに命中したのだが。
「うぎゃぁぁぁぁぁ! 足がぁぁぁぁ! 俺様の足がぁぁぁ!」
サタナキアはその場でゴロゴロと転がった。
痛かったのだ。
蹴った足が、すごく、すごく痛かったのだ。
「おい、エクス、このヤギ頭は何してんだ?」とボサボサマッチョ。
「分からんが、たぶん蹴りではないか?」と恰幅のいいオッサン改めエクス。
「蹴りぃ? あれがか?」
表情を歪めながらボサボサマッチョが立ち上がる。
「蹴りってのは最低でもこうだろ?」
ビュン、とボサボサマッチョが素早い蹴りを放った。
そうすると、その蹴りの衝撃波でサタナキアの背後の木々が消し飛んだ。
サタナキアは地面に転がったまま、見晴らしの良くなった森を見つめ、硬直した。
「おいケイオス!」エクスが言う「森林を破壊するな!」
「知るかよ。弱いのが悪いだろ」
「植物に強いも弱いもあるかっ!」
「……そいつは一理あるな」
ケイオスと呼ばれたボサボサマッチョが肩をすくめた。
「……えっと、ケイオス……?」
聞き間違いか? そう思ってサタナキアが呟いた。
「ちっ、普段はゲイルって名乗ってんだよ。言っただろうがナマクラめ」
「誰がナマクラだ! 吾輩は神話の時代の剣だぞ! カリブルヌス・エクスカリバーだぞ! もう少し敬意を払え!」
「ああ、何度も聞いたし、払ってんだろうが敬意」
やれやれ、とケイオスが小さく首を振った。
「そうは見えんが!?」とエクス。
確かに、とサタナキアは思った。
「って……エクス……カリバー……?」
サタナキアはブルブルと震え始めた。
ケイオスはかつて世界の半分を破壊したイカレたドラゴンで、エクスカリバーは正真正銘、神話の時代の武器である。
どちらもあまりにも有名で、サタナキアも当然知っている。
(輝く者よ、助けてくださいっ……)
サタナキアは生まれて初めて、心から祈った。
「つーか、本当にこんなんで強くなれんのかよ?」
ケイオスが釣竿を上下に動かしながら言った。
「当然だ。貴様に足りないのは忍耐と冷静さだ。その二つを養うのに、釣りは最適である」
「……テキトー言ってねぇか?」
「バカにするな! 本当に貴様に足りないのはそれだけなのだ! 静かな心で悟りを得れば神竜……いや、邪神竜になれるのだ!」
「ちっ、神の領域に入れなかったらテメェ、へし折ってやるからな?」
(輝く者ですら関わりたくないというケイオス……え? こいつまだ神の領域じゃないだと?)
サタナキアは驚愕した。
(神の領域でもないくせに、世界の半分を壊したのか……次元が違う……逃げなければ)
そっと立ち上がろうとしたが、やはり足が痛い。
(いやいや、命がかかっているのだから足ぐらいっ!)
サタナキアは必死に立ち上がる。
「ああ、それと」エクスがサタナキアをチラッと見てから言う。「弟子を取るのもいいぞ」
「ああん? 弟子だと?」
「他人を鍛える時、己もまた鍛えられるのだ。さっき蹴りを教えただろう? あの要領だ」
「やっぱテキトー言ってんだろテメェ」
「バカ言うな! アルトを見てみろ! 奴は何人もの戦士を育成したらしいぞ! 噂だが!」
「……ふむ。アルトも通った道だというなら、仕方ねぇか」
ケイオスがサタナキアを見つめる。
あ、これすごく嫌な予感がする、とサタナキアは思った。
「こいつでもいいのか?」
ケイオスが左手だけで釣竿を持ち、右手でサタナキアを指さす。
(やっぱりな! そうだと思ったぞ! そういう流れに見えた! 嫌だぁぁぁぁ!! 絶対に嫌だぁぁぁ!)
「そのつもりで言ったのだ。いいか? 教える相手は弱ければ弱いほどいいだろう」とエクス。
「つまりこいつは最適ってことだな?」
ケイオスが聞いて、エクスが頷く。
「いやぁぁぁぁ! たしゅけてぇぇぇぇ!」
サタナキアは全力で飛行魔法を使ってその場から遠ざかった。
「おい、どこに行くんだ?」
しかしケイオスに回り込まれた。
あ、これ無理だわ、逃げられないわぁ、とサタナキアは察した。
あらゆる面において、能力が違いすぎる。
「お前、今日から俺様の弟子な?」
「……い、いえいえ、俺様如きがあなた様の弟子などと……」
「ああん? 俺様だぁ?」ケイオスが顔を歪める。「テメェ、今日から『ぼくちん』って言え。俺様だと俺様と被るだろーが!」
そんな無茶苦茶なぁ! とサタナキアは心の中で叫んだ。
その文句を口に出す勇気はない。
「分かったのか?」
「はい! ぼくちん分かりましたぁ!」
サタナキアはその場で気をつけの姿勢を取って言った。
「よぉし、んじゃあ、とりあえず戻って釣りだ」
「あ、はい」
サタナキアはケイオスと一緒にさっきの川辺に戻った。
そしてオッサンが三人並んで釣りを開始。
サタナキアの竿は、エクスが亜空間から取り出したものだ。
何が悲しくてオッサンで集合しなくてはいけないのか、とサタナキアは思った。
そうして30分が経過し、1時間が経過した。
女を支配したい……、とサタナキアは切実に思った。
まさかこの先ずっとこの三人で暮らすのでは……と地獄のような日々を想像して吐き気を催した頃、サタナキアは意を決して言う。
「あの、1つだけ聞きたいのですが」
「なんだ?」とケイオス。
「……ぼくちん、女の子が大好きなんですが……」
「だから何だ?」
「えっと……攫ってきても?」
サタナキアが言うと、ケイオスとエクスがポカンとした。
「女を攫いたいのですが……?」
サタナキアにとっては大事なことなのでもう一度言った。
「俺様は気にしねぇから、好きにしろや」
「そんなことをしなくても、吾輩が世界で一番と二番の美女を紹介してやる。まぁ性格に難はあるが、見栄えだけはいい」
やれやれ、という風にエクスが言った。
「そ、そうですか。ありがとうございます。楽しみですエクスカリバー様」
サタナキアはホッと胸を撫で下ろした。
女がいるのなら、めちゃ強ドラゴンの傘下に入ったとポジティブに考えよう。
しかも世界で一番と二番の美女まで紹介してもらえるのだ。
性格なんて支配すればどうにでもなるので、何も問題ない。
普通に楽しみなサタナキアだったが。
「羽々斬と叢雲というのだが……」
あ、たぶんダメなやつだな、とサタナキアは察した。




