1話 ポチャンナ様の憂鬱 前編
魔王城の会議室。
そこには円卓が置かれていて、今は魔王ロザンナ、参謀アスタロト、それからアルト以外の四天王が座っていた。
ロザンナ以外の4人の背後には、それぞれの副官が立っている。
「今日の……モグモグ……議題は……バリバリ……最近の……ゴクゴク……人間の動向……モグモグ」
ロザンナは右手でお菓子を食べ、左手でジュースを飲みながら言った。
「えっと……魔王ちゃん?」
妖精女王にして四天王のビビが引きつった表情で言った。
「バリバリ……ん?」
「ちょっと食べ過ぎなんじゃないかなーと、妾は思ったりしちゃったりして?」
苦笑いしつつ、言い方に気を遣ってビビ。
「そういえば……ゴクゴク、ぼく最近ちょっと……モグモグ……間食が止められないんだよね」
えへへ、とロザンナ。
「……ロロの尻尾、食べる?」
四天王の1人にして原初のアレ、不思議幼女ことロロが自分の尻尾を掴んで言った。
「それは遠慮するかな」
「まぁ、それだけ食べていれば尻尾はいらぬだろうな」
四天王の1人、毛並の綺麗な人狼ジョージが溜息混じりに言った。
「とりあえず会議を続けましょう。まぁ大した議題ではありませんが」アスタロトが言う。「ねぇポチャンナ様」
「誰がポチャンナじゃーい!」
言ってから、ロザンナはのそっと立ち上がる。
立ち上がると、その丸っこさがよく分かった。
詳しく言うなら、以前のロザンナの体重は45キロ程度だったが、今のロザンナは80キロほどある。
ロザンナはドスドスと歩いて隣のアスタロトの席まで移動してから、アスタロトをグーで殴った。
「ふぎゃ!」
殴られたアスタロトは後方に吹っ飛んで会議室の壁にめり込んだ。
「なんと!」ジョージが目を見開く。「驚くべきパワー! さすがポ……ロザンナ様!」
「いや、避けれるでしょ……あの速度なら」
苦笑いしつつビビが言った。
「あ……壁が……総務に怒られる……」
ロザンナが真っ青な表情で言った。
「ああ、ロザンナ様の拳……最高……」
アスタロトは壁にめり込んだままでウットリしていた。
「き、キモいよぉ! ねぇネビロス! アッスーがキモいよぉ!」
ロザンナが言うと、アスタロトの副官であるネビロスがロザンナを抱き締める。
「よしよし、アスタロト様はいつもキモいですよポ……いえ、ロザンナ様」
「今、『ポ』って言った? ねぇネビロス、今ぼくのこと、何て呼ぼうとした?」
「いえいえ、私はちゃんとロザンナ様と言いましたよ! ですから聞き間違いかと!」
ネビロスは焦ってロザンナから離れ、右手を左右にブンブン振りながら言った。
「そう……? ならいいけど」
「ふっ……ロザンナ様、あなたはデブでも可愛いですよ」とアスタロト。
「デブ!?」
ロザンナが驚愕の表情を浮かべた。
痩せていた頃なら、飛び上がっていたに違いない。
ロザンナがネビロスを見ると、ネビロスはサッと目を逸らした。
ロザンナがジョージを見ると、ジョージは素早く目線を下げた。
ロザンナがロロを見ると、ロロはキョトンと首を傾げて言う。
「少し前から……魔王様はデブだよ……」
その言葉に、会議室が凍り付く。
ああ、ロロ、なんて素直な子なの!? とビビは思った。
「ま、まぁワシも……その、魔王様は運動不足なのかな、と思ってはいたが……」
ジョージがフォローにならないフォローを入れた。
「あ、あはは……あははははは」ロザンナが力なく笑った。「ぼくも本当は……気付いていたよ……。ちょっと太ったかな……って」
「ちょっと?」とビビ。
ロザンナがビビを睨む。
ビビがサッと目を逸らした。
「ちょっとみんなに聞きたいんだけど……」ロザンナが言う。「どうすれば楽して痩せれるかな?」
「運動ですな」とジョージ。
「食事制限」とビビ。
「いやいや、そういうんじゃなくてさ」ロザンナが肩を竦める。「なんか飲んだら痩せる薬みたいなのない?」
(あるわけないじゃーん! 魔王ちゃんがバカになってるぅ!)
ビビはそう思ったけど何も言わなかった。
いくら脂肪が増えたとはいえ、魔王は魔王なのだから。
「そういえば」壁から出ながらアスタロトが言う。「何かの文献で見たのですが、古代魔法に【身体最適化】という、一撃で最高の肉体に変われる魔法があるとかないとか」
「それだ!」
ロザンナが手を叩いて喜んだ。
しかし。
「使い手はいないのでは? 何せ古代魔法ですからねぇ」とアスタロト。
「あ、でもアルト君なら使えるんじゃない?」とビビ。
「え? ちょっと待ってよビビ」ロザンナが言う。「アルトに今のぼくの姿は見せられないよ! こんなのアルトの愛したぼくじゃないっ!」
「……愛されてたっけ?」
ロロがキョトンと首を傾げてボソッと言った。
悪意はなく、ただ疑問に思っただけである。
ビビはその発言で顔を青くしたが、ロザンナには聞こえていなかったようで、ビビはホッと息を吐いた。
「サビナ様も使えるのでは?」
「さすがネビロス! 参謀の参謀! 天才! 美人! できる女!」
ロザンナがバチバチと手を叩いて言った。
「連絡先、知りませんけどね」とネビロス。
ガーン、とロザンナ。
「エレノアが知っているのではないか?」とジョージ。
「ダメダメ!」ロザンナが両手を振る。「あの子に今のぼくの姿がバレたら、絶対にアルトにチクられるから! 『はっはっは! アルト様聞いてくださいよ! ロザンナの奴がデブンナになっておりましたよ! 面白いのでからかいに行ってはどうです?』ってな感じで」
「そっくりすぎて笑えるぅ♪」とビビ。
「めちゃくちゃ言いそう」とネビロス。
「はははっ、ポチャンナ様はエレノアマスターですねぇ」とアスタロト。
「だからポチャンナって呼ぶなっ!」
ロザンナはアスタロトを蹴っ飛ばした。
アスタロトはゴロゴロと転がりながらもどこか幸せそうだった。
「それはそれとして、よく考えたらサビナさんも恋敵だし……【身体最適化】を頼むのはちょっと止めておこうかな」
ロザンナが肩を竦めた。
(さっきまで乗り気だったのにっ!? 乙女心と秋の空ってやつ!?)とビビは思った。
「ではどうするのです?」とネビロス。
「地道にダイエットするよ」
ロザンナは肩を竦めた。
「ではお菓子とジュースは片付けますね?」
「待ってネビロス! それだけは! それは途中だから! 仕方ないからそれは食べてからダイエットする!」
(ダイエットは明日から、ってやつだわね~)
ビビは心の中で苦笑い。
たぶん続かないだろうな、とみんな思った。
◇
みんなの予想に反して、ロザンナはかなり頑張った。
むしろ頑張りすぎた。
あの会議の日から10日、ロザンナは何も食べずに活動していた。
「ロザンナよ、少しは食ったほうがいいのではないか?」
心配したグリムが言ったが、ロザンナは首を横に振った。
「さすがに断食は不健康ですよ」
ネビロスが諭したが、ロザンナは首を横に振った。
「魔王ちゃん、なんか顔色が悪いよぉ? お花の蜜だけでも舐める?」
ビビが蜜を持って来たが、ロザンナは頑なに拒んだ。
そして定例会議の日。
「どうかなみんな……ぼく、痩せたかな?」
死にそうな表情でロザンナが言った。
(か、変わってなぁぁぁぁい!!)
ビビは心の中でそう叫んだ。
正確には、2キロちょっと痩せたのだが、見た目にガッツリ反映されるほどではない。
しかしあれだけ頑張っていたのだ、「変化がない」など言えるはずもなく。
そう、原初の純粋な不思議ちゃん以外は。
キョトンとしたままのロロが言う。
「……痩せてないよ」
その言葉を聞いて、ロザンナはパタッと倒れた。
そして「そ、そんな……バカな……」と言いながら意識を失った。
「ロザンナ様!?」
アスタロトは急いでロザンナを抱き上げて、部屋へと運ぶ。
ネビロスも付いて行った。
「緊急事態だし……アルト君、呼んで来ようか……」
ビビはゆっくりと首を振りながら言った。




