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arithmetic  作者: たろSAN
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第9章 思わぬ出来事

 理事長からいただいたお茶。

 私は、まだ開けていなかったペットボトルのキャップをひねった。

 カチッ。

 小さな音を立てて栓が開く。私はそれを口に運び、一口飲んだ。

 ……考えても仕方がない。

 先に進むしかないのだ。

 そう自分に言い聞かせ、気持ちを切り替えようとしていた、そのときだった。

 窓の外を、歩いていく2人の子が目に入った。

 そのうちの1人には見覚えがあった。

「あれ? 花子ちゃん!?」

 思わず声が出た。

 私は窓を開け、2人に向かって大きく手を振った。

「おーい! 花子ちゃーん!」

 声に気づいた2人が、そろってこちらを振り返る。

 そして、私の姿を見つけた花子ちゃんは、ぱっと顔を輝かせた。

「あれ、なな姉!」

 2人は進路を変え、こちらへ歩み寄ってきた。

「なな姉、こんなところで何してるの?」

 花子が、不思議そうに尋ねてきた。

「私、ここでお仕事をしているのよ。大学病院の研究室で、いろいろな研究をしているの」

「えー! なな姉、ここで働いてたんだ! すご!」

「そうよ。花子ちゃんこそ、どうしたの? こんなところまで来て」

 私が尋ねると、花子が元気よく頬を赤らめて答えた。

「一二三君のお父さんがここで働いてて、今から会いに行くの!」

「一二三君?」

 そういえば、花子ちゃんの隣には、見覚えのない男の子が一人立っていた。

 その子は、きちんと私の顔を見ると、礼儀正しく頭を下げた。

「初めまして。僕、鈴木一二三といいます」

「こんにちは。私は綾瀬奈々よ。よろしくね」

 私も笑顔で挨拶を返した。

「ところで、一二三君のお父さんって、何科で働いているの?」

「科、とかではなくてここの理事長をしてまして。」

「……え?」

 私は思わず聞き返した。

 理事長って、まさか……。

「鈴木理事長の息子さん!?」

 驚きのあまり、つい声が大きくなってしまった。

 一二三君はきょとんとした顔で私を見つめた。

「え? 父のこと、知ってるんですか?」

「ええ、知ってるも何も……。さっきまでお話ししていたところよ」

「そうなんですか」

 一二三君は、さほど驚いた様子もなく、あっさりと答えた。

 いやいや、ちょっと待って。

 まさか、さっきまでお話ししていた理事長に、こんなに立派な息子さんがいたなんて。

 しかも、花子ちゃんのお友達だったとは……。

「よかったら、案内しようか?」

 私がそう提案すると、一二三君は首を横に振った。

「大丈夫です。場所はわかりますので。」

「そっか。それならよかった」

 私は2人の顔を順番に見た。

 あれ、浩太君がいないな。

「花子ちゃん、浩太君は?」

「こうちゃんは…、今日は勉強があるとかで家にいると思います。」

 あれ。なんか聞かれたくなかったのかな?

 私はそう思うとそれ以上の事を聞くのをやめた。

「そか。じゃ、二人とも。気を付けてね」

「なな姉、さよなら」

「失礼します。」

 花子ちゃんはかわいらしく手を振り、一二三君は丁寧にお辞儀をして去っていった。

 その後ろ姿を見送りながら、私は小さく息を吐いた。

 まさか、花子ちゃんが鈴木理事長の息子さんと知り合いだったなんて……。

 世間は狭いものだ。

 それにしても、あんなに仲の良かった浩太君がいないのは気になるな。

 そんなことを考えながら窓の外を眺めていると――。

「あ・や・せ・さん!」

「うわっ!?」

 突然、背後から声をかけられ、私は思わず飛び上がった。

 振り返ると、そこには同期の林君が立っていた。

「もう! 急に声をかけないでよ、林さん!」

「ははっ。だって、ぼーっと外を眺めてるからさ」

「知り合いの子がいたんです」

「知り合いの子?」

「ええ。近所に住んでいる子と、理事長の息子さんの一二三君……だったかな」

「ふーん。そっか」

 林君は、興味があるのかないのかよくわからない返事をした。

 どうやら、子どもたちの話にはあまり関心がないらしい。

「で、何の用?」

 私が尋ねると、林君は待ってましたとばかりに口元を緩めた。

「いやあ、綾瀬さんが理事長に呼び出しを食らって、とぼとぼと出ていったって聞いたからさ。どうなったのかなと思って!」

 どことなく、人の不幸を笑いに来た気がしてならない。

「とぼとぼなんて出ていってませんし、怒られてもいません!」

 私は思わず声を張り上げた。

 まったく、人のことを何だと思っているのだろう。

 ただ理事長に呼ばれて話をしていただけなのに、いつの間にそんな話になっているのやら。

「なんだ、つまんないの」

「つまらなくない!」

 即座に言い返すと、林君は楽しそうに笑った。

 ……絶対、面白がってる。

 これ以上付き合っていたら、また余計なことを言われそうだ。

 私は林君の横をすり抜け、研究室へ向かって歩き出した。

「あっ、ちょ、待ってくださいよー!」

「待ちません」

 背後から聞こえてくる林君の声を無視して、私は足を速めた。

 まったく、油断も隙もあったものじゃない。

 私は小さくため息をつきながら、研究室へと戻っていった。

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