第21章 新たな惨劇
綾瀬さんを連れて取調室を出ると、ロビーには林さんと花子ちゃんの姿があった。
そして、花子ちゃんの隣には一二三君もいた。おそらく、花子ちゃんのことを心配して駆けつけたのだろう。
綾瀬さんは林さんのもとへ歩み寄った。
「林君、ここまで付き添いありがとう。今度お礼するね。ちょっと私、出てくるから、うちに帰ってていいわよ。あと、花子ちゃんと一二三君もおうちに送ってあげて」
「えっ! ちょっ、どこへ? 俺も行くよ」
林さんが慌てて立ち上がる。
しかし、綾瀬さんは首を横に振った。
「ううん、大丈夫。これは私が解決しなければならないことだから」
その言葉には、揺るぎない決意が込められていた。
林さんは、先ほどまでとは別人のように変わった綾瀬さんの様子を、戸惑いながら見つめていた。
何か聞きたいことがあるのだろう。
だが、彼女の真剣な表情を見て、無理に引き止めることはしなかった。
「……わかった。二人のことは任せてください。それと、あとで何があったのか説明してくださいね」
「ええ、もちろん!」
綾瀬さんは力強くうなずいた。
その様子を見届けてから、俺は一二三君の前へ歩み寄った。
「一二三君、すまなかった。君には辛い思いをさせてしまった。でも、花子ちゃんのおかげで事件の真相に近づけた」
一二三君は、何か思うところがあるようだった。
それでも、俺の言葉に素直に答えてくれた。
「大丈夫です。花子も戻ってきましたし」
一二三君は隣に座っている花子ちゃんへ、そっと視線を向けた。
花子ちゃんも、静かにうなずく。
二人の姿を見て、俺は少しだけ安堵した。
すると、綾瀬さんが二人に向き直った。
「二人とも、いろいろとごめんなさい。今度ゆっくりお話しするから」
花子ちゃんと一二三君は顔を見合わせ、それから小さくうなずいた。
綾瀬さんは二人に一度だけ微笑みかけると、すぐに表情を引き締めた。
そのとき、俺の携帯電話が鳴った。
誰からだろう。
画面に表示された着信相手の名前を見て、俺は思わず声を上げた。
青島さんだ!
「はい、もしもし。亀山です」
『おお、亀山、今どこにいる』
「いま警察署にいます。これから綾瀬奈々さんを連れて大和大学病院に行こうと思ってます」
『綾瀬奈々さん、まさか、みさえさんの子か』
「はい、彼女からいろいろ聞きまして……」
『待て、いま俺も大和大学病院に向かってるところだ。向こうで落ち合おう』
「えっ、どうして青島さんも?」
『事件の糸口が見え始めた。詳しくは向こうで話す』
「わかりました」
プツッ……。
電話が切れた。
青島さんも、何かをつかんだようだ。
いったい、何がわかったのだろうか。
疑問は尽きなかったが、今は考えている場合ではない。
「綾瀬さん、車を回します。ついてきてください」
「わかりました」
綾瀬さんはそう答えると、俺の後ろについてきた。
*
今日も一日が終わろうとしていた。
雨は相変わらず降り続いている。道路を走る車は、どれもヘッドライトを点灯させ、濡れた路面に光を反射させていた。
俺は綾瀬奈々さんを車に乗せ、大和大学病院へと向かっていた。
鈴木理事長に話を聞くために――。
「あっ!」
突然、俺は声を上げた。
「えっ、どうしたんですか?」
隣に座る綾瀬さんが、驚いたように聞き返す。
「鈴木理事長は外出してて、月曜日まで帰らないんだった」
一昨日、柳田室長と会ったとき、確かにそう言っていた。
「えっ、そんな話、聞いてませんけど?」
「え?」
「出張の話ですよね。たしか、来週だったはずですけど」
俺はハンドルを握りながら、眉をひそめた。
おかしい。
受付の人は、電話ではなく内線で鈴木理事長に連絡を取っていた。
もし、鈴木理事長がその場にいたにもかかわらず、居留守を使っていたのだとしたら……。
それに、柳田室長も妙だった。
俺が理事長に会えないとわかり、帰ろうとした直後、あまりにも早く俺のところへやって来た。
まさか……。
柳田室長も、俺が鈴木理事長に会うのを阻もうとしていたのか?
やられた!
「やはり、このまま行きます」
「はい!」
綾瀬さんが力強く答えた。
俺はアクセルを踏み込んだ。
雨が降りしきる中、車は大和大学病院へと向かって走り続けた。
* * *
警察署から病院までは、それほど距離はない。
やがて病院に到着すると、俺は車を正面玄関の前に止めた。
急いで車を降り、入口へと駆け寄る。
しかし――。
「開かない」
自動ドアは反応しなかった。
すでに受付時間は終了しており、正面玄関は閉鎖されていた。
「こっちです」
綾瀬さんが少し離れた場所から裏口を指さした。
「わかりました」
俺は彼女のもとへ駆け寄り、裏口へと向かった。
その途中、青島さんにも連絡を入れようと携帯電話を取り出した。
だが、聞こえてきたのは通話中を知らせる電子音。
プー、プー、プー……。
「話し中か。とりあえず、綾瀬さんと二人で向かおう」
俺は携帯電話をしまい、先を行く綾瀬さんを追いかけた。
裏口から病院内へ入り、階段をいくつか上がる。
人の気配はほとんどなく、足音だけが静かな廊下に響いていた。
やがて、俺たちは理事長室の前にたどり着いた。
俺は扉の前で足を止め、ノックをするために手を上げた。
隣に立つ綾瀬さんの顔を見る。
彼女も、緊張した面持ちでうなずいた。
トントン――。
扉をノックする。
しかし、返事はない。
もう一度ノックしようかと迷ったが、俺は意を決してドアノブに手をかけた。
ゆっくりと回す。
「開いてる……」
思わず、そうつぶやいた。
俺は扉を押し開けた。
ギギィ……。
鈍い音を立てながら、扉がゆっくりと開いていく。
室内は暗く、奥の様子はよく見えなかった。
だが、窓から差し込むわずかな光の中に、誰かが椅子にもたれかかっているような影が見えた。
「誰かいる……?」
俺がそうつぶやくと、綾瀬さんが室内へ足を踏み入れ、壁にある照明のスイッチを探した。
そして――。
パチッ。
明かりがともった。
「なっ……!」
目の前の光景に、俺は息をのんだ。
綾瀬さんも、とっさに口元を手で覆った。
鈴木理事長が、椅子に座ったまま動かなくなっていた。
その胸には、一本のナイフが深々と突き刺さっていた。
そして、胸元から流れ出たおびただしい血が、衣服を赤く染めていた。
「きゃああああ!」
綾瀬さんの悲鳴が、静まり返った室内に響き渡った。
鈴木理事長が……死んでいる。
俺は目の前の光景を信じられず、その場に立ち尽くしていた。
何が起きたのか、すぐには理解できなかった。
そのときだった。
廊下から足音が近づいてきたかと思うと、柳田室長が理事長室へ飛び込んできた。
「どうしたんですか!」
そして柳田室長は惨状をみる。
「り、理事長!!!」
柳田室長は、机のそばまで歩み寄った。
そして、理事長の変わり果てた姿を前に、膝から崩れ落ちるようにして机に伏した。
その背中は小刻みに震えていた。
俺は動揺を押し殺し、遺体を落ち着いて見定める。
自殺……か!?
争った形跡はない。
さまざまな疑問が頭の中を駆け巡る。
俺は室内を見回した。
そのとき、ふと、理事長の机の上に目が留まった。
そこには、一通の便箋が置かれていた。
俺は柳田室長の様子を横目でうかがいながら、机へと近づいた。
便箋の中には、一枚の手紙が入っていた。
俺はそれを取り出し、慎重に広げた。
それは鈴木理事長の遺書のようだった。
そして、俺はそこに記された文字を読み始めた。




