第2章 数式
時系列の調整のため、学年と年齢を訂正しました。
「ああ、こりゃ自殺だな」
同じ刑事課の青島警部補が、憐れむような表情を浮かべながらつぶやいた。
その子の傍らには飲んだ薬が入っていたであろう、空のタブレット入れが転がっている。
「服毒自殺でしょうか……。まだ若いのに」
私こと亀山薫は目の前に横たわる少年の遺体を見つめながら、青島警部補とともに静かに手を合わせた。
見たところ、高校生くらいだろうか。
いったい、何があってこんなことを――。
ふと、遺体のズボンのポケットから、手帳のようなものがずり落ちた。
「生徒手帳かな。」
私はそれを拾い上げ、表紙を開いた。
中の写真には、目の前に横たわる少年と同じ顔が写っている。
名前は――。
「佐藤浩太……か」
さらに目を通すと、大和高校2年E組と記されていた。
「青島さん、生徒手帳がポッケからずり落ちてきました。佐藤浩太君という名前のようです」
「どれ、見せてみろ」
青島警部補は手帳を確認すると、顎に手を当てた。
「ふむ。まずは親御さんに連絡だな。服毒したんだとすれば、毒物の種類も鑑識に調べてもらわないといかん。……今のところ、他殺を疑わせるような状況は見当たらないが、詳しいことは調べてからだな」
「そうですね……」
私はうなずいたものの、どうしても気になるものがあった。
遺体のそばの地面に、何やら数式のようなものが書かれていたのだ。
そこには、はっきりとこう記されていた。
【50+50+20+3】
どう見ても、少年自身が書き残したもののように思える。
「何だ、亀山。こんな簡単な計算もできないのか?」
私が数式を見つめていると、青島警部補がからかうように声をかけてきた。
「いや、さすがに分かりますよ。答えは123ですよね」
「おお、すごいすごい! 正解だよ!」
青島警部補はそう言うと、私の頭をくしゃくしゃとなでた。
そのニヤニヤした顔に少しばかり腹が立ったが、ここで言い返したところで、どうせ面倒なことになるだけだ。私は愛想笑いで受け流した。
しかし、そんなことをしている場合ではない。
この数式は、いわゆるダイイングメッセージなのではないだろうか。
「青島さん。これ、ダイイングメッセージという可能性はありませんか?」
私は気になっていたことを、そのまま口にした。
「うーん……。可能性がないとは言えんな。ただ、今の段階じゃ何とも言えん。ほかの手がかりと合わせて調べていけば、何か分かるかもしれんぞ」
青島警部補はそう答え、改めて現場を見回した。
そのときだった。
立ち入り禁止のテープの向こうから、悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「浩太! 浩太っ!」
声のする方に目を向けると、佐藤浩太と同じくらいの年頃の少女が、必死にこちらへ訴えかけていた。
どうやら、亡くなった少年の知り合いらしい。
「君、佐藤君の知り合いかい?」
私が声をかけると、少女は今にも泣き出しそうな顔で答えた。
「はい……。私、田中花子といいます。浩太は……浩太は無事なんですか?」
私は言葉に詰まった。
彼女の顔を見れば、何も知らないことは明らかだった。
何と答えればいいのか、私が迷っていると、隣から青島警部補が口を開いた。
「残念だが、彼は亡くなっている。今のところ、自殺の可能性が高いと考えているんだ。田中花子さん、何か心当たりはないかな?」
「自殺……? そんなわけありません! 浩太が自殺だなんて……! どうして……。 分かりません……!」
少女は、最後まで言い切ることができず、その場に泣き崩れた。
「おい、花子! 大丈夫か!」
すると、そばにいた少年が駆け寄り、彼女の肩を抱き寄せた。
おそらく、彼女の同級生だろう。
少年は花子の背中をさすりながら、落ち着かせようとしていた。
「ええと、君は?」
私が尋ねると、少年は花子を気遣いながら答えた。
「俺は鈴木一二三です。浩太とは昔からの親友で……。あいつが自殺したって、本当なんですか?」
「今はまだ、詳しいことを調べているところだ。君も、佐藤君について何か知っていることがあれば、あとで話を聞かせてほしい」
「分かりました。でも、花子が落ち着いてからでもいいですか?」
「もちろんだ。まずは彼女についていてあげてくれ」
「ありがとうございます」
そう言うと、鈴木一二三は花子を支えながら、公園の隅にあるベンチへと向かっていった。
その後ろ姿を見送りながら、私は先ほどの数式を思い返していた。
【50+50+20+3】
合計は123。
鈴木一二三――。
偶然にしては、あまりにも気になる名前だった。
「どう思う、亀山?」
青島警部補の声で、私は我に返った。
「そうですね……。まだ何とも言えません。ただ、あの数式のこともありますし、二人から詳しく話を聞く必要はあると思います」
「だな。ところで亀山、悪いが、俺はこのあと署に戻らなきゃならん。いろいろ調べたいことがあってな。あとのことを任せてもいいか?」
「了解しました」
青島警部補は私の肩を軽くたたくと、現場を離れていった。
周囲では、鑑識や警察官たちが慌ただしく動き続けていた。
私はその喧騒の中、ベンチに座る二人を遠くから見守りながら、彼らが落ち着くのを待った。




