第16章 北への手がかり
大和中央病院での聞き取りを終え、大和警察署に戻ってきた亀山は、いつものように受付カウンターの横を通り過ぎようとした。
「亀山さん」
カウンターにいた女性警察官が、彼を呼び止めた。
亀山は足を止め、声のした方へ振り返る。
「ん? どうしました?」
声をかけてきたのは、吉川恵だった。
この署でも一、二を争う美人警察官である。男女を問わず、彼女に好意を寄せる者は少なくない。
そして、どうやら亀山もその一人らしい。
名前を呼ばれたことがよほどうれしかったのか、口元がわずかに緩んでいる。その表情の変化は、本人が思っている以上に周囲へ伝わっていた。
「先ほど青島さんがいらっしゃって、亀山さんが戻ってきたら執務室に来るように、とのことです」
「そうですか。わざわざありがとう!」
亀山は、いつになく爽やかな笑顔を浮かべた。
その瞬間、どこからともなく小声が聞こえてくる。
「……いやらしい」
「完全にデレデレじゃねえか」
「くそっ、うらやましい……」
「俺のめぐちゃんと、何を楽しそうに話してやがる……」
聞こえているのか、聞こえていないのか。
亀山は周囲の嫉妬混じりの陰口を一切気にすることなく、軽い足取りで執務室へと向かった。
執務室の扉を開けると、青島警部補がホワイトボードの前に立っていた。
「おう、亀山。戻ったか」
「はい。お待たせしました」
亀山は青島の隣に立ち、ホワイトボードに目を向けた。
そこには、今回の佐藤浩太君の事件と、十年前に起きた綾瀬みさえさんの事件について、それぞれの概要や関係者の名前が整理されていた。
二つの事件を比較できるよう、共通点と相違点も書き出されている。
青島が、これまでの捜査で得た情報をまとめたものだった。
「今回の事件と、昔の事件の概要ですね」
「ああ。二つの事件を並べてみると、見えてくるものもあるかもしれんからな」
青島はホワイトボードに視線を向けたまま、尋ねた。
「それで、大和中央病院では話を聞けたのか?」
「はい。あいにく鈴木理事長は不在でしたが、柳田研究室長から話を聞くことができました」
「……柳田か」
その名前を聞いた瞬間、青島の表情がわずかに変わった。
ほんの一瞬のことだったが、亀山は見逃さなかった。
「何か、気になることでも?」
「いや、今はいい。それで、何を聞いてきた?」
青島はそれ以上説明を求めず、亀山に続きを促した。
亀山は、大和中央病院で柳田から聞いた話を順を追って説明した。
その話を聞き終えた青島は、腕を組み、しばらく考え込んだ。
「そうか……。だいたい、俺が聞いた話と同じだな」
「えっ? 青島さんも、すでにご存じだったんですか?」
「ああ。十年前の事件のとき、当時の鈴木医院長……今の鈴木理事長に会ったことがあってな。そのときも、今回お前が聞いた話とほぼ同じ話を聞いている」
「そうだったんですか……」
亀山は、ホワイトボードに書かれた二つの事件を見比べた。
十年前と今回。
時を隔てて起きた二つの事件には、何かしらのつながりがある。
そして、その鍵を握るかもしれない人物が、現在の鈴木理事長だ。
偶然と片づけるには、気になる点が多すぎた。
「ただな……」
青島が、再び口を開いた。
「一般の人間には生成できないことと、専門の設備がなければ生成できないことは、当時の俺も聞いていなかった」
「えっ?」
「十年前に鈴木医院長と話したときには、そこまで具体的な話はしなかったんだ。今回、新たに分かったことだな」
青島は亀山に向き直った。
「でかしたぞ、亀山。よくそこまで聞き出してきたな」
「はは……。ありがとうございます」
亀山は照れくさそうに頭をかいた。
普段、青島からこうして素直に褒められることは、そう多くない。
うれしさを隠しきれないまま、青島と亀山はもう一度ホワイトボードへ目を向けた。
青島は青島は再び腕を組みながら口を開く。
「その内容が正しければ、少なくとも医療に携わってる人間に絞られそうだな。」
「はい、ですが可能性的に…、ですね。」
「もちろんだ。」
しばらくの間があく。やがて、青島が何かを決めたように顔を上げる。
「亀山」
「はい?」
「ちょっと、思うところがある。一、二日署を空けたいんだが、いいか?」
「思うところ……? 一、二日……ですか?」
突然の話に、亀山は目を丸くした。
「ああ。少し確かめたいことがある」
「それって、捜査に関係することですよね?」
「もちろんだ」
「だったら、俺も一緒に――」
「いや、お前はこっちに残ってくれ」
青島は、亀山の言葉を遮るように言った。
「こっちに?」
「今回の事件も、十年前の事件も、まだ調べなきゃならんことがある。お前には、こっちで引き続き情報の聞き込みをしてもらいたい」
「……分かりました」
亀山は少し不満そうな顔をしたものの、すぐに気持ちを切り替えた。
「それで、どちらへ行かれるんですか?」
青島は、ホワイトボードから視線を外し、亀山を見た。
「北海道だ」




