第11章 観覧車の約束
電車に揺られることしばらく、私たちは『パティオ・ワンダー(Patio Wonder)』という遊園地にやってきた。
アトラクションに動物園、博物館に広場まで、さまざまな施設がコンパクトにまとまった場所だ。
「浩太君」
「なに、なな姉?」
「ここまで来てなんだけど、ひとつ大事なことを話しておかなきゃいけないの」
「大事なこと?」
「あたし、こういうところに来るの、初めてなの」
「ぷっ……」
「あっ、笑ったな!」
そんなやり取りを交わしながら、私たちは園内へと足を踏み入れた。
「というわけで!」
私は浩太に向き直り、胸を張った。
「今日はどこに行くか、君に任せた! 少年!」
「おーし! じゃあ、今日は俺に任せろ!」
頼もしく宣言する浩太を見て、私は思わず頬を緩めた。パチパチと拍手を送る。
さて、今日はどんな一日になるのだろう。
最初に向かったのは、アトラクションエリアだった。
まずはゴーカートに挑戦することになった。
「負けないかんな、なな姉!」
「ふふん、追いつけるもんなら追いついてみな!」
スタートと同時に、私たちのカートが走り出した。
そして、結果は――私の圧勝。
「ふふーん、どんなもんだい!」
「なな姉、速すぎー!」
悔しそうな浩太を見て、私は得意げに胸を張った。
まさか、私にこんな才能があったとは。
……今度、免許でも取りに行こうかな(笑)。
そんなことを考えながら、次に向かったのはジェットコースターだった。
ガタガタ、ゴトゴト。
レールを進むコースターが、ゆっくりと高度を上げていく。
しかも、座席はなぜか一番前。
景色を楽しめるという意味では最高の席だが、今の私にとっては、ありがた迷惑以外の何物でもなかった。
「こ、浩太さん……。高いんですけど……」
「なな姉、まさか怖いとか!?」
「そ、そんなわけないでしょ! こんくらい全然怖く……」
言い終わる前に、コースターが頂上へと到達した。
一瞬、視界が開ける。
そして次の瞬間――。
「きゃあああああっ!!」
コースターは勢いよく斜面を駆け下りた。
右へ、左へ。体が振り回され、気がつけばコースターは宙返りまでしていた。
私はというと、最初から最後まで叫びっぱなしだった。
そして、ようやく終点にたどり着いた。
……生きて帰ってこられて、本当によかった。
コースターから降りた途端、足がガクガクと震え始めた。まともに歩くことさえままならない。
「ほら、なな姉!」
浩太が心配そうに手を差し出してくれた。
私はその手につかまり、なんとか体勢を立て直す。
「ありがと……」
小さく礼を言い、私たちはその場を離れた。
近くのベンチを見つけ、腰を下ろす。
すると、隣に座った浩太が、こらえきれないといった様子で吹き出した。
「ぷぷっ……あはははは!」
「な、なによぉ!」
「だって、おかしくって! あははは!」
「もうっ!」
抗議してみたものの、浩太は笑いを止められないらしい。
そんな浩太の姿を見ているうちに、私までつられて笑いそうになった。
……まあ、こんなに楽しそうに笑っているのなら、いいか。
私は改めて思った。
浩太を連れてきて、本当によかった。
その後も、私たちは動物園や博物館を巡った。
そして、一日の締めくくりに選んだのは観覧車だった。
ゴンドラに乗り込み、向かい合って座る。
「扉を閉めまーす」
スタッフの声が響き、扉が閉じられた。
やがて、ゴンドラはゆっくりと上昇し始めた。
窓の外では、空が少しずつオレンジ色に染まり始めていた。
高度が上がるにつれ、地上の人々や建物が、見る見るうちに小さくなっていく。
私は窓の外を眺めながら、ふと思いついて口を開いた。
「浩太、見ろ。人がゴミのようだ」
「あ、そのアニメ知ってる」
「でしょ?」
そんな他愛のない会話を交わし、ひとしきり笑ったところで、私は浩太に尋ねた。
「ねえ、どう? 少しは気が紛れた?」
浩太は私の顔をじっと見つめた。
そして、ふっと表情を和らげると、再び窓の外へと視線を向けた。
「ありがと、なな姉。落ち込んでた自分が嘘みたいだよ」
「そっか」
私は微笑んだ。
よかった。
私でも、少しは力になれたらしい。
そのことに、胸の奥がふっと軽くなった。
しばらく二人で景色を眺めていると、浩太が不意に口を開いた。
「ところで、なな姉って好きな人とかいないの?」
「えっ? なに、急に?」
あまりにも唐突な質問に、私は思わず目を丸くした。
「いや、なな姉みたいな美人さん、絶対誰も放っておかないと思うんだけど」
「そんなことないよ。ちょっかいを出してくるバカはいるけど……」
そこまで言って、私は口をつぐんだ。
すると、浩太がニヤリと笑った。
「へえ。その人のことが好きなんだ」
「ばっ、そんなわけないでしょ!」
私は慌てて否定し、むっと頬を膨らませた。
まったく、このませガキは……。
「ははは!」
浩太は楽しそうに笑っている。
まったく、人の気も知らないで。
そんな冗談を交わしているうちに、観覧車はゆっくりと頂上へ近づいていった。
窓の外には、夕日に染まる街並みが広がっている。
浩太はしばらく黙って、その景色を眺めていた。
やがて、こちらに顔を向けた。
「なな姉」
「ん?」
「今日は、本当にありがと」
いつになく真剣な声だった。
「俺、ずっと花子のことばかり考えてた。どうしたらいいのか分からなくて、何もする気になれなくてさ」
浩太は少しだけ視線を落とした。
「でも、今日ここに来て、いっぱい笑って……なんか、少しだけ前を向けた気がするんだ」
私は何も言わず、浩太の言葉に耳を傾けた。
「だから、明日、花子に告白する」
「……うん」
「たぶん、振られると思う」
浩太は苦笑いを浮かべた。
「でも、何もしないまま諦めるのは、もっと嫌なんだ。ちゃんと自分の気持ちを伝えて、それから前に進みたい」
その言葉を聞いて、私は小さくうなずいた。
さっきまで、あんなに落ち込んでいたのに。
この短い時間で、浩太は自分なりの答えを見つけたのだ。
私は浩太の肩をポンポンと叩いた。
「そっか。よく決めたね」
そして、いつもの調子で笑いかけた。
「頑張れ、少年!」
「うん!」
浩太も笑った。
その顔には、ここに来たときにはなかった力強さが戻っていた。
私はほっと胸をなで下ろした。
今日、ここに連れてきてよかった。
本当に、そう思った。
すると、浩太がふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、なな姉も、その人とのこと、ちゃんと考えてね」
「……は?」
「だって、思い浮かんだってことは、少しは気になってるってことでしょ?」
ニヤニヤと笑う浩太。
「うるさい、このませガキが!」
私は浩太のこめかみを、ぐりぐりと拳で押し当てた。
「いたたたた! 痛い、痛いよ~!」
「余計なことを言うんじゃありません!」
「ごめん、ごめんってば!」
狭いゴンドラの中に、二人の笑い声が響いた。
やがて観覧車はゆっくりと下降し、私たちを地上へと運んでいった。
オレンジ色に染まった空の下、私たちの一日は、こうして幕を閉じたのだった。




