第7話 舞い踊る光翼
ダンジョン上層の薄暗い通路を、アゲハは配信用の浮遊ドローンを引き連れながら、観光気分のように軽やかな足取りで進んでいく。
視界の端では、ステラが蝶のようにくるくると舞い、ライブ配信のチャット欄から流れてくる無数のコメントを整理してアゲハへと伝えてくれていた。
・アゲハちゃん、さっきから気になってたんだけどさっき使ってたレイピア、いきなり腕輪の形に戻ってたよね? あれって一体どういう仕組みなの?
ステラが厳選して拾い上げたリスナーからの質問を読んで、アゲハはふふんと鼻を鳴らして得意げに左腕のブレスレットを掲げた。
「お、いい着眼点だね。この剣の名前は【ナノ・ウィーヴ・レイピア】。刀身そのものが最初から固定された硬い金属物質でできてるわけじゃなくてね、数兆個もの極小『スマート・ナノマシン』の集合体で構成されているんだよ」
アゲハが指先で軽くブレスレットの縁を叩くと、カチリと微細な駆動音が響く。
「普段はこうして持ち運びに便利なコンパクトなブレスレットの形態をとっているんだけど、私の脳内ネットワークからのコマンド一つで、一瞬で剣の形にも、しなやかな鞭の形態にも自由自在に形状を変化させられるの。すごくスタイリッシュでしょ? 空間収納は多少取り出す時の展開に時間がかかるからね」
・すげえ、完全変形ガジェットじゃん
・未来の技術力ロマンの塊すぎて草
・持ち運び楽そうだな、羨ましい
「しかもね、それだけじゃないんだよ」
アゲハはさらに言葉を続け、視聴者たちの興味を惹きつける。
「『分子切断』と言ってね、刀身の振動周波数をミリ秒単位で超高周波に切り替えることができるの。これによって、どんなに硬度を持つ特殊な装甲や頑丈な魔獣の皮であっても、分子レベルでバターみたいにスパーッと抵抗なく切り裂くことができちゃうんだよね。もちろん、そこに私の保有するスキルを併用すれば、炎や雷といった属性をダイレクトに付加して広範囲の敵をまとめて焼き払ったりもできるの。どう? 私の装備、めちゃくちゃかっこいいでしょ?」
・分子レベルでバターは草
・切れ味の次元が違いすぎてビビるわ
・そんなのもう反則じゃん……
チャット欄が感嘆とツッコミの入り交じった弾幕で盛り上がる中、アゲハは軽快な足取りでさらにダンジョンの奥へと踏み込んでいった。
その時だった。
「ん……?」
前方の天井や壁の隙間からざわざわと無数の羽音が響き渡ってきた。
空間を埋め尽くすように飛び交っていたのは、およそ通常の昆虫のサイズを遥かに超えた異形の魔獣の群れだった。
「お、敵さん登場! あれは……」
アゲハが足を止めると同時に、視界の隅でパッとウィンドウが展開される。
『ほい、解析結果だよ、アゲハ!』
ステラの声に呼応するように、宙に浮かんだホログラムに詳細なデータが映し出された。
【アナライズ・システム起動:ステラ】
・個体名:ヒュージ・モス(群れ個体)
・等級:D+
・推定レベル:185
・耐性:物理耐性は標準的ですが、空中を飛び回るため回避力が高く、体表を覆う特殊な鱗粉により、一部の魔法干渉に対して一定の軽減耐性を持ちます。
・特殊能力:『幻惑鱗粉(パラライズ&ミラージュ・パウダー)』『超音波フラッター』
・弱点属性:火属性、風属性
・解説:巨大な羽から特殊な成分を含んだ鱗粉を広範囲に撒き散らし、視界を奪うと同時に、吸入した獲物の神経を麻痺させたり厄介な幻覚を見せたりする飛行型の魔獣です。一匹あたりの戦闘力はそれほど高くありませんが、十数体の群れで連係し、四方から翻弄するように襲いかかってくる戦法を得意としています。火属性の炎で鱗粉ごと焼き払うか、風属性の暴風で一網打尽に吹き飛ばすのが最も効果的な攻略法です。
・ドロップアイテム:幻惑の鱗粉、巨蛾の薄羽、虫の強靭糸
「ふーん、群れで囲んで幻覚を見せる厄介な虫さんってわけだ。でもねぇ……」
十数匹もの〈ヒュージ・モス〉が、バサバサと羽を打ち鳴らしながら、チカチカと不気味な光を放つ鱗粉を撒き散らしつつ一斉に襲いかかってくる。
・うわ、気持ち悪いの来たぞ!
・数多すぎだろ、これ囲まれたら詰みじゃね?
・理音ちゃんだったら絶対大苦戦するやつだ……
「一匹ずつ剣で斬り伏せるなんて、そんなの時間がかかって面倒くさいよね。それに、あんな怪しげな粉を私の綺麗なお肌に浴びるわけにはいかないし」
アゲハはふっと不敵な笑みを浮かべ、腰の空間収納ポケットに両手を突っ込んだ。
そこからスルスルと取り出されたのは、青白く洗練された光沢を放つ、手のひらサイズの小型シリンダー状のデバイスが七つ。
「私の新しいおもちゃを見せてあげる。いっけー、『セラフィム・フェザー』!」
アゲハが宙に放り投げると、七つのシリンダーはふわりと空中で静止し、それぞれの先端から淡い光の翼のようなパーツを展開して完全に自律稼働モードへと移行した。
それは、未来の先端テクノロジーが生み出した超高精度ファンネル型のサイバー・ウェポンだった。
・なんだあれ!?
・ビット兵器みたいなの出てきたぞ!
・ファンネル展開とかもう世界観が完全にSFなんよ
「撃て!」
アゲハが指先を軽く一振りした瞬間、周囲に展開された七つの『セラフィム・フェザー』から、目にも留まらぬ超高速の収束レーザーが一斉に放たれた。
ビビビビッ! と空気を切り裂く鋭い電子音と閃光が走り、飛び回っていた十数体の〈ヒュージ・モス〉の群れを次々と正確無比に貫いていく。
鱗粉を撒き散らす暇すら与えず、蜂の巣にされた巨大蛾たちは、一瞬の静寂ののちに光の粒子となって次々と消え去っていった。戦闘開始からわずか数秒の出来事だった。
・爽快すぎるだろwww
・一網打尽どころの騒ぎじゃねえぞ!
・こんなん反則だろ、モンスターがかわいそうに見えてきたわ
・無双がすぎて草
・これが未来のエージェントの力か……!
チャット欄はあまりの圧倒的すぎるワンサイドゲームに、歓声と驚愕のコメントが滝のように流れ続けている。その熱狂の只中へ、再びあの特徴的なスタイリッシュなフォントのメッセージが滑り込んできた。
・プロフェッサー・アルファ:素晴らしいわね。分散制御されたサイバー・ウェポンによる全方位殲滅……美しい軌道制御だわ。やはりアゲハ氏の背後にある技術体系は一見の価値がある。もっと私を楽しませてちょうだい?
・また研究者ネキが来てるぞ!
・プロフェッサー・アルファさん、完全にアゲハちゃんのファンになってて草
・大物学者もガチビビりする未来兵器のヤバさよ……
視聴者たちがさらなる興奮とざわめきに包まれる中、アゲハはドローンのカメラに向かって得意げに胸を張り、眩しい笑顔を向けた。
「ふふん、これくらいは序の口だよ! もっともっとすごいところを見せちゃうから、みんなチャンネル登録と高評価よろしくねー!」
アゲハは誇らしげに胸を張りながら、パッと華やかな笑顔をカメラに向けてみせた。
そのあとも、彼女は警戒心を微塵も感じさせない悠々とした足取りで通路を進み、途中で物陰から襲いかかってくる他のモンスターたちを、近づくことすら許さずにファンネルからのレーザーで次々と打ち倒していく。
・モンスターたちがただの動く的になってる件
・雑魚戦が秒で終わるからテンポ良すぎてずっと見てられるわ
・もはやダンジョン散歩じゃん
リスナーたちがその圧倒的な無双劇に酔いしれる中、アゲハは軽快な足取りのまま、ついにダンジョン上層の最奥部へとたどり着いた。
目の前にそびえ立っていたのは、重厚な魔力障壁で閉ざされた巨大な石造りのゲートだった。
そこは、ダンジョン上層のフロアボスが待ち受ける、運命のボス部屋の入り口だ。
「お、到着したみたいだね。ここが上層のボスが眠る部屋かぁ」
・いよいよボス戦か
・さすがに少しは手こずるだろ
・ここまで雑魚を秒殺しすぎてボスが可哀想になってきたわ
・上層のボスって確か『アイアン・ゴーレム』だっけ? 物理耐性エグいぞ
・アゲハちゃん、ファンネルだけでボスもゴリ押ししちゃうの?
・いや待て、初見殺しのギミックとかあるから油断は禁物だぞ!
・プロフェッサー・アルファも見てるぞー、ボスの解析楽しみだな
・108歳のおばあちゃんの力、見せてもらおうか!
・ワクワクが止まらん、早く扉開けてくれ!
・プロフェッサー・アルファ:上層の門番ね。強力なサイバー・ウェポンがボスをどれだけ圧倒できるのか。そのデータを、ここで実測させてもらうわ。楽しませてちょうだいね。
アゲハはゲートの前に立ち止まり、ワクワクとした好奇心を瞳に宿しながら、ゆっくりとその巨大な扉へと手を伸ばした。




