第8話 絶対反射鏡面と浪漫咲く電磁加速砲
重厚で巨大な石造りの大扉が、ずずずと地響きを立てながら押し開かれていく。
ダンジョン上層十階の最奥部、フロアボスの座す『試練の間』。
「うわぁ……広ーい! 天井も高いし、なんだか古代の神殿みたいだね!」
アゲハは配信用ドローンを頭上に従えながら、物怖じひとつせず軽快なステップで足を踏み入れた。
広大な円形の部屋。壁面には古代のルーン文字が青白く明滅し、広大なフロアの中央には、異様な存在感を放つ『それ』が静かに佇んでいた。
全高約8メートル。あまりにも巨大で荒々しい人型の巨躯。
けれど、本来このフロアに君臨するはずの、ゴツゴツとした無骨な鉄の塊──〈アイアン・ゴーレム〉とは、その質感が決定的に異なっていた。
「……え? なにあれ……めちゃくちゃ綺麗なんだけど!」
アゲハの視線が捉えたのは、部屋の天井から降り注ぐ微かな光を浴びて、眩いばかりの輝きを放つ巨躯だった。
全身を磨き抜かれた鏡の装甲で固めた、美しくも禍々しい巨人の要塞。胸部深くだけが、脈打つ魔導炉心からあふれ出る光によって怪しく明滅していた。
・うわあああ、なんか来た!!?
・これアイアン・ゴーレムじゃないだろ!
・鏡!? 全身ピカピカじゃん! 部屋全体が反射でめちゃくちゃ眩しい!
・なんだこのボス、見たことないぞ!?
・待って、上層のボスってこんなのだったっけ?
・アゲハちゃん、気をつけろ! あからさまにヤバい雰囲気が漂ってる!
配信画面のコメント欄が瞬く間にざわめき立つ中、視聴者たちのチャットログの中に、ひときわ目立つスタイリッシュなフォントのメッセージがぬっと滑り込んできた。
・プロフェッサー・アルファ:あらあら、驚いたわね。通常、このエリアのボスは〈アイアン・ゴーレム〉のはずだけれど……どうやらアゲハ氏、とんでもない確率の希少変異個体、いわゆる『レアボス』を引き当ててしまったようね
・アルファネキきたあああ!
・マジか、レアボスなのかこれ!?
・遭遇率どれくらいなんだ?
・プロフェッサー・アルファ:推定遭遇率は0.05%以下。だが問題はそこではないわ。アゲハ氏、私の見立てでは、おそらく貴女のその美しい【セラフィム・フェザー】から放たれるレーザー砲撃は、すべて完璧に反射されるわよ
「ええっ!? レーザーが反射されるの!?」
アゲハが驚きに目を見開くと同時に、頭上から可憐な電子音が響き渡り、ステラが蝶のようにひらひらと舞い降りてきた。
『アルファちゃんが先に解説しちゃったから、解析結果はいらないかもだけど、一応出すね! 頑張って、アゲハ!』
【アナライズ・システム起動:ステラ】
個体名:レフティ・ミラー・ゴーレム(希少変異個体)
等級:B+(レアボス)
推定レベル:376
耐性:光・レーザー属性攻撃を完璧に反射・無効化。黒曜石の素体により高い近接物理耐性を持ちます。
特殊能力:【プリズム・リフレクション】【キャノン・カスケード】【ミラージュ・シャドウ】
弱点属性:打撃・重圧系物理、および「鏡面を汚損・曇らせる」特殊属性
解説:通常出現するアイアン・ゴーレムの変異種であり、全身を完璧な『絶対反射鏡面』で覆った危険な要塞型レアボスです。放たれたレーザーや光学的攻撃を減衰なしで完璧に反射し、追尾軌道で撃ち返してくるほか、蓄積した光エネルギーを胸部コアから一括放射する【キャノン・カスケード】は極めて危険です。遠距離からのレーザー兵器や光系魔法は自爆の危険があるため厳禁。非光沢の重物理打撃で外殻を砕くか、鏡面装甲を物理的に汚して反射率を低下させることが攻略の鍵となります。
ドロップアイテム:絶対鏡面の結晶板、黒曜の重甲革、虹彩魔導炉心、鏡王のコア
・レベル376!!??
・ファッ!? 上層フロアの適正レベルって80くらいだろ!?
・桁が違うんですがそれはwwww
・光・レーザー完全反射って、アゲハちゃんの十八番封じられてるじゃん!
・詰みでは? これ流石のアゲハちゃんでも詰みでは!?
・自爆の危険があるって怖すぎる……。
コメント欄が絶望とパニックに染まる中、当のアゲハは困惑するどころか、逆にポンと可愛らしく手を打って目を輝かせた。
「なるほどねー! レーザーは反射しちゃうんだ! ふふん、なるほどなるほど……じゃあ、ちょうどいい機会だし、私の自慢の別のサイバー・ウェポンも皆にお披露目しちゃおうかな!」
「グオオオオオオン……ッ!!」
アゲハの呑気な声に応じるように、重厚な地響きが部屋全体を揺らした。
《レフティ・ミラー・ゴーレム》の胸部に埋め込まれた魔導炉心が、ドクンと激しく脈打つ。その巨大な足が地面を踏み鳴らし、アゲハに向かってゆっくりと、圧倒的な威圧感を持って歩みを進め始めた。
「ふふっ、待っててね鏡の巨人さん! 今、とっておきを出してあげるから!」
アゲハは腰の空間収納のポシェットから、一見すると手のひらサイズの金属製スマート・デバイスのような小さなパーツを取り出した。
「【ナノマトリクス・システム】──変形展開コマンド、承認!」
アゲハが澄んだ声で叫び、デバイスを宙へ放り投げた、その瞬間だった。
シュヴァアアアアッ!!
空間に走る眩い青白色の幾何学ホログラム。放たれた極小デバイスから、数兆個ものスマート・ナノマシンが一気に爆発するように噴出し、空中で複雑な立体構造を描きながら高速で連結・再構築されていく。金属とナノマシンが噛み合い、緻密な駆動音をカチカチカチと奏でる。
わずか一秒足らずの間。
アゲハの手元に降りてきたのは、彼女の華奢な身長を遥かに上回る、全長二メートルを超える重厚かつ流線型の巨大な砲身──。
【超磁導収束投射砲ナノマトリクス・レールガン】。
「よっ……と! んー、やっぱりこの重みが最高だね!」
銀髪の小女が、自身の体躯よりも巨大なSF感溢れる漆黒とシルバーの巨大大砲を、軽々と両手で構えてみせる。
ズズズン……と、レールガンの砲身が左右にスライドしてスリットが開放され、内部に配置された超電導アクセラレータが、バチバチと鋭い青白い電磁プラズマの火花を散らし始めた。
砲頭の周囲に、幾重もの円環状のホログラム・エフェクトが回転しながら展開される。
キーーーン、という耳を刺すような高周波の電磁チャージ音が部屋全体に響き渡り、圧倒的な熱量と重圧感が画面越しにもビシビシと伝わってくる。
・うおおおおおおおおおおお!!??
・なんだあれええええええええ!!??
・レールガン!? レールガンじゃないか!!!
・ロマンの塊きたあああ!!!
・美少女×デカい大砲=神!!!!!
・変形モーションかっこよすぎて鳥肌立ったわ!
・画面のエフェクトと発射音が重厚すぎて耳と目が幸せなんですが!?
・作画崩壊レベルのSFガジェット出てきたぞオイ!
コメント欄が怒涛の歓喜と興奮の弾幕で埋め尽くされる。その熱狂の渦の中に、またしてもあのスタイリッシュなメッセージが流れた。
・プロフェッサー・アルファ:光学的アプローチを即座に捨て、電磁誘導による運動エネルギー弾への切り替え……素晴らしい判断力と技術仕様ね。レーザーが効かないなら、実体弾の極限の運動エネルギーで粉砕する。理にかなっているわ。その電磁加速レート、非常に興味深いわね
・アルファネキも大興奮で草
・レーザーダメなら実物弾でぶん殴ればいいじゃない!
・脳筋解決法に見えて一番合理的なの好き
・っていうか、あんなデカい大砲を華奢なアゲハちゃんが普通に構えてるのヤバない?
・反動で吹っ飛ばないの!?
「ふっふーん! リスナーのみんな、心配御無用だよ!」
アゲハはニカッと八重歯を覗かせて笑うと、大砲を〈レフティ・ミラー・ゴーレム〉の胸部コアへ一直線に狙いを定めた。
「私の体は生体維持ナノマシンと義体化技術でバッチリ補強されてるからね! どんな超絶反動だって、全身のナノマシンが衝撃を完璧に吸収・拡散してくれるから、一ミリもブレないのだ!」
「ゴ……オオオオオオッ!!」
アゲハの言葉を遮るように、〈レフティ・ミラー・ゴーレム〉が咆哮を上げた。
敵もまた、アゲハの手にする巨砲から漂う超危険なエネルギーを察知したのだろう。全身の絶対反射鏡面を激しく回転させ、周囲の光を乱反射させ始めた。
シュシュシュシュッ!
光の屈折によって、ボスの周囲にまったく同じ姿をした実体を持たない幻影──〈ミラージュ・シャドウ〉が三体、四体と連続して生み出されていく。どれが本物か、目視では到底見分けがつかない乱反射の幻惑空間。
「近距離での力押しだけじゃなく、光の分身まで作ってくるなんて、なかなかに賢いねぇ!」
アゲハはくすりと笑うと、レールガンのサイドグリップをグッと握り込んだ。
・分身したぞ!?
・どれが本物だ!? 画面越しじゃ全然判別できない!
・あんなの打っても外れたらスキだらけになっちゃうよ!
・アゲハちゃん、危ない!
視聴者たちが固唾を呑んで見守る中、ステラの声がアゲハの耳元で弾けた。
『アゲハ、本物の位置のトラッキングデータ、網膜視界に送るよ! 鏡面の熱源反応と質量波から算出して、右から二番目が本物!』
「了解、ステラ! 助かるよ!」
アゲハの青い瞳に、赤い照準用のホログラム・サイトが瞬時に重なり合う。ターゲットロック。
「弾頭選択──【徹甲重圧弾】装填!」
カチリ、と重厚な装填音が鳴り響き、高密度の特殊合金弾頭が電磁レールの中にセットされる。
アゲハの脚がダンジョンの石畳を力強く踏みしめる。銀色の髪が、電磁気流の風に煽られて激しく舞い上がった。
「見せてあげる。これが未来のレジスタンスが誇る、電磁加速の威力だよ! 【ナノマトリクス・レールガン】──フルドライブ!」
キーーーーーン……ドコオオオオオンッ!!!!!
部屋全体を揺るがす、耳を劈くほどの凄まじい衝撃波と重雷鳴。
砲口から解き放たれたのは、マッハ15を超える超音速の電磁の閃光だった。
空気が目に見える形でひずみ、直進する弾丸の周囲に円錐状のソニックブームが幾重にも発生する。
〈レフティ・ミラー・ゴーレム〉の生み出した〈ミラージュ・シャドウ〉の幻影など、通り過ぎる衝撃波の余波だけで一瞬で掻き消された。
そして、本物の〈レフティ・ミラー・ゴーレム〉の胸部へ。
バリイイイイイイイイッッッ!!!!
クモの巣状に亀裂が走り、誇り高き絶対反射鏡面がガラスのように爆散四散する。
「グ、ガ……ッ!?!?」
ゴーレムが苦悶の混じった機械的な断末魔を上げた。
貫通した徹甲弾はそのまま胸部奥深くの『魔導炉心』を一瞬で穿ち、背後へと突き抜けてダンジョンの分厚い壁面すらも削り取って消え去った。
一瞬の静寂。
そして──ドゴオオオオオオンッ!!!!!
内部のエネルギー炉を破壊された〈レフティ・ミラー・ゴーレム〉の巨躯が、内側から激しくオーバーロードを起こし、鮮やかな虹色の爆発とともに内破。光の粒子となって部屋中に弾け飛んだ。
後には、超高純度の魔石と、レアボス特有の豪華なドロップアイテムの数々が、コロコロと音を立てて転がるのみだった。
一撃。
レベル376の希少変異種レアボスが、たった一発の電磁加速砲によって、文字通り影も形もなく消滅せしめられたのだ。
「はい! 撃破完了ー! みんな、見てくれたかな?」
・…………は?
・え???
・一発?????
・嘘だろおいwwwwwwww
・レベル376のレアボスが粉砕されたんだがwwwww
・貫通力が次元違いすぎて草
・反射を無視して物理で砕く脳筋スタイル(科学の力)
・凄すぎて言葉が出ないんだが……。
・マッハ15って何? そんなの当たったら一瞬で消し飛ぶわ!
・アゲハちゃん強すぎだろwwww
驚愕と絶賛の嵐でチャット欄が目にも留まらぬ速さでスクロールしていく中、プロフェッサー・アルファからのコメントが悠然と流れてきた。
・プロフェッサー・アルファ:見事な一撃ね、アゲハ氏。絶対反射という強力な概念防御に対し、反射処理の限界速度を超える超音速運動エネルギー弾で装甲ごと物理破砕する……まさに技術の勝利だわ。非常に素晴らしいデータを採取させてもらったわ、感謝するわね
「ふっふーん、研究者さんにも喜んでもらえてよかったよ!」
アゲハは大砲を「えいっ」と軽く持ち上げると、再び変形コマンドを作動させた。
カチカチカチとナノマシンが急速に折りたたまれ、重厚なレールガンはあっという間に元のコンパクトなスマート・デバイスの姿へと戻り、アゲハのポシェットの中へと収まった。
「というわけで、無事にボスも倒せたし、今日の初配信はこれくらいにしようかな!」
アゲハは配信用ドローンのカメラの真正面に飛び込むと、満面の笑みでダブルピースを作ってみせた。
「みんな、最後まで見てくれて本当にありがとう! 私、天音アゲハは、これからもっともっと強くなって、この世界を狙う悪いやつらの野望を粉砕してみせるからね! そのためには皆の応援と、一緒に戦ってくれる頼もしい仲間が必要なんだ! 少しでも『応援したい!』って思ってくれた人は、チャンネル登録と高評価、よろしくねー!」
アゲハがカメラに向かってとびっきりのウインクを飛ばすと、配信のコメント欄は「登録した!」「神配信だった!」「次の配信も絶対見る!」という熱狂的なメッセージで埋め尽くされた。
こうして、未来からやってきた銀髪の少女、天音アゲハの衝撃的な初配信は、現代のネットワーク世界に巨大な爪痕と熱狂を残しながら、大盛況のうちに幕を閉じたのだった。
§
配信を終え、ダンジョンを脱出して天音家のリビングへと帰還したアゲハ。
「ただいまー、理音おばあちゃん!」
「おかえりなさい……って、アゲハさん、あなた本当にやってくれましたね……」
リビングのソファで頭を抱えていた理音が、泣きそうな顔でアゲハを迎えた。その手にあるスマホの画面には、信じられない数字が表示されていた。
「なに? どうしたの理音おばあちゃん?」
「どうしたの、じゃないですよ! アゲハの初配信、同時接続者数が五万人を突破して、チャンネル登録者数も一気に五十万人を超えました! ネットの急上昇トレンドも、まとめサイトも、全部アゲハさんの話題で持ちきりです!」
「ええっ、本当!? やったぁぁぁぁ!!」
アゲハはバンザイをして大喜びで跳ね回った。
「これで私の目標に一歩近づけたよ! 仲間もたくさん集まるかもしれないし、憧れの姫宮シオン様にも、私の存在が届くかもしれないよね!」
「まあ、確かにここまでの大バズりなら、シオン様の目にも留まるかもしれないですけど……はぁ、明日からの学校やギルドで、私がどんな目で見られるかと思うと胃が痛いです……」
ガックリと肩を落とす理音の横で、キッチンから理乃が温かいダージリンティーのカップをトレーに乗せて運んできた。
「ふふ、アゲハちゃん、初配信お疲れ様。とってもかっこよかったわよ。さあ、温かい紅茶でも飲んで一休みしなさい」
「ありがとう、理乃おばあちゃん!」
アゲハは嬉しそうにカップを受け取り、芳醇な香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
未来の暗黒のディストピアを変えるための、アゲハの壮大な戦いと配信者活動。
その最初の一歩は、現代日本の温かな家族の笑顔と、ネットワークを揺るがす熱狂とともに、最高の形で踏み出されたのだった。




