第6話 衝撃の初配信始動!
週末の土曜日の朝。
週末のショッピングや観光を楽しむ人々で早くから賑わいを見せていた東京新宿の街並み。その喧騒から少し外れた一角にある巨大な建造物──『新宿ダンジョン』。
アゲハは、あの時タイムマシンで突如として現れ、理音と初めて出会った記念すべきその場所の、上層一階のフロアに再び足を踏み入れていた。
あれから理音やステラの全面的な協力を得て、自身の公式配信チャンネルの開設と初期設定を完璧に済ませた。SNSや関連コミュニティでの告知もバッチリ、準備は万端である。
そして、いよいよ彼女の記念すべき初のダンジョン探索の生配信が、刻一刻と迫っていた。
配信が始まる前にすでに解放されていたチャンネルの待機所には、世界中から集まった野次馬や物好きな探索者、そして前回のバズり配信を目撃した熱狂的なファンたちのコメントが、まるで怒濤の滝壺のように凄まじい勢いで流れ続けている。
・いよいよアゲハちゃんの初配信か、正座待機待ったなし!
・未来少女の真価が問われるな、あの時の瞬殺がガチなら最強候補だろ
・フェイク動画だっていうやつらも多いけど、俺は信じてるぞ
・銀髪美少女ってだけで推せるからノープロブレム!
・無双劇を期待してる! 派手に暴れてくれ!
・前回の理音ちゃんの配信見てからすっかりファンになりました
・タイムマシンとか中二病全開で草生えるけど嫌いじゃない
・ガチの未来人なら科学技術の片鱗をガンガン見せてほしいわ
・初配信で同接何万人行くんだこれ……サーバー耐えられんの?
・アゲハちゃん、緊張しないで頑張れー!
画面の向こうで渦巻く期待と疑念の入り混じった熱気を肌で感じながら、アゲハは深く息を吸い込んだ。
『いよいよだね、アゲハ! 世界を揺るがす歴史的な第一歩だよ!』
アゲハの視界の隅で、蝶のようにひらひらと舞いながらステラが励ましの電子音を飛ばす。
「うん! ドキドキが止まらないよ、ステラ!」
胸を押さえて小さくブルッと身震いしたあと、アゲハは未来のナノマシン技術で一本一本が完璧に整えられた美しい銀髪を軽やかに揺らし、宙にふわりと浮かぶ配信用の超高性能ドローンに向き直った。
やがて、あらかじめ設定されていた配信開始の時間が訪れ、モニターのインジケーターが鮮やかな緑色へと切り替わった。
「はじめまして! ダンジョン配信者になった、天音アゲハだよ!」
少女の澄んだ、しかし芯のあるクリアな声が、ネットワークの海を伝って何十万人もの視聴者の耳へとダイレクトに届けられた。
・キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!
・顔面偏差値が高すぎて画面が割れるんだが
・声可愛すぎかよ、耳が幸せになるわ
・アゲハちゃんこんにちわー!
・ガチの美少女降臨で草
・初配信の挨拶キタコレ
・背景の新宿ダンジョンがまるで引き立て役になってるの笑う
・これから一体何が始まるんです……?
視聴者からの爆発的な歓声と歓迎のコメントが、秒単位ですさまじい速度で流れていく。
アゲハはカメラのレンズに向かって満面の笑みを浮かべ、両手を軽く振ってみせた。
「私の配信見てくれてありがとー。皆聞いて。私がダンジョン配信者になった理由はね──」
アゲハは少しだけ表情を引き締め、自分がこの時代にやって来た本当の目的と、背負っている使命について語り始めた。
今から約三年後、カルト教団【終末の十三夜】が、ダンジョンの奥底で長い眠りについていた邪悪な『魔神王』を目覚めさせようと暗躍すること。
その世界線では勇者パーティーの活躍によって未然に防がれ、魔神王は無事に封印されるはずだったこと。
けれど、【終末の十三夜】は諦めず、長い年月をかけてタイムマシンを開発し、過去のこの時代に七人の精鋭エージェントを送り込んで魔神王の封印を妨害したこと。
その結果、歴史は完全に書き換えられ、目覚めた魔神王の手によって世界は一度、修復不可能なほどの壊滅状態に陥ってしまったこと。
そして今の未来の世界は、全地球を網羅する巨大な管理AIによってあらゆる自由が統制され、人間の感情や意思が剥ぎ取られた息の詰まるような暗黒のディストピアと化していること。
自分は、その最悪の未来を根本から覆し、歴史を本来の正しい軌道に戻すために、反体制レジスタンス組織からこの時代へ遣わされた特別エージェントなのだと──。
「──というわけで、私はその七人のエージェントを倒し、魔神王の覚醒を未然に防ぐための仲間をこの現代で募集するために、ダンジョン配信者になったの!」
・魔神王ってガチのファンタジーじゃねえかwww
・設定が重すぎてついていけない件
・SFとファンタジーのちゃんぽんで草しか生えない
・ディストピアからの刺客とか中二病設定がガチすぎて逆に好き
・冗談にしてはリアリティありすぎるんだよなぁ……
・でもあのクリスタル・オーガ一撃で倒した実績があるから侮れんのよ
・仲間集めのためにダンジョン配信者になるの草
・レジスタンスの資金稼ぎが配信活動なの?
・スケールデカすぎてリスナーがぽかーんとしてるぞ
・信じるか信じるかはあなた次第的なやつか?
コメント欄は、あまりにも壮大すぎるSF設定と現実味のない陰謀論のような語り口に、ツッコミと困惑の嵐で埋め尽くされていた。
「何か、私への質問はある?」
アゲハが小首をかしげて問いかけると、待っていましたと言わんばかりに、リスナーたちの疑問や好奇心がコメントの弾幕となって画面を埋め尽くした。
・理音ちゃんとの関係は? この前は『ひいひいおばあちゃん』って呼んでたけどあれマジ?
「あ、理音おばあちゃんはね、私の遠い過去の血筋にあたる、ひいひいおばあちゃんにあたる女の子だね。だから私と顔立ちがちょっと似てでしょ?」
・アゲハちゃんはどれくらいの強さなの? レベルはいくつなんだ?
「私の強さ? うーん、未来の測定器は計測の限界レベルが1000だったから、私の実力は綺麗に『計測不能』って表示されちゃったよ」
・嘘乙。今世界最強の七天でさえ、レベルは800ぐらいって言われてるんだぞ
・レベル1000オーバーとかゲームのバグだろ常識的に考えて
・測定不能ってRPGのラスボスじゃん、格が違いすぎる
・いやでもあの時の瞬殺劇を見たらマジでそれくらいありそうで逆に怖い
・インフレが加速しすぎてて草
・アゲハちゃん、盛ったな? 絶対盛っただろ
・ガチ勢の検証班が発狂しそうな設定で草
・ダンジョンが解禁されて一年かそこらの女の子がそこまで強くなれるわけないだろ
視聴者たちが次々と疑いの声を上げるなか、アゲハはくすくすと楽しそうに笑い声を立てた。
「うっふふん、みんな信じてないみたいだけど、私、こう見えて実年齢は108歳のおばあちゃんだよ?」
・は???
・聞き間違いか? 今なんて言った?
「常にナノマシンで肉体を修復し続ける生体維持『バイオメインテナンス』システムによって、老化を防止して若さを維持しているからね! レジスタンスが秘匿管理する秘密のダンジョンで、ずーっと過酷なレベリングを繰り返してきたから、それだけ強くなったの。それに、身体能力を限界まで引き上げるための強化手術も特別に受けたんだよね。おかげでその副作用として、なんと性別転換しちゃったんだけど……まあ、結果的にめちゃくちゃ可愛い美少女になれたから、オールオッケーだよ!」
・TS(性転換)だと!?
・は??? 108歳ってマジかよおい
・色々情報量多すぎて脳みそが完全にショートしたわ
・108歳のおばあちゃんで、美少女で、しかも元男(TS)……?
・属性の盛り合わせが渋滞起こしてて大草原
・マジで言っているのかガチのネタなのか判断に困る設定だなオイ
・強化手術の副作用で性転換とかエージェントの苦労が垣間見えすぎて涙出そう
・アゲハちゃんのキャラが濃すぎて今日のネットのトレンド独占確定だろこれ
コメント欄はもはやお祭り騒ぎを超えてカオスな領域へと突入していた。アゲハはそんなリスナーたちの反応を面白そうに眺めながら、さらに話を続ける。
・着ているのがワンピースだけど、防具を装備しなくていいの?
「あ、このワンピースは 未来の未来の特殊技術で編まれたナノマトリクス繊維でできてるんだ。動きを阻害しない柔らかさなのに防御性能がとっても高くて、しかも汚れもつかないし常に清潔なんだよ」
・鎧より硬いワンピースwww
・洗濯要らずか。服飾業界も注目しそうだな
・あの〈クリスタル・オーガ〉を圧倒した時に使った『アルターエゴ』っていうシステムは一体どんなものなの? 気になる!
「いい質問だね!」
アゲハはキリッとした表情を作り、右手を軽く掲げてみせた。
「首の後ろにあるデータ・ポートに専用のスキルカードを差し込むことで、そのカードに刻まれた、歴史上の各分野における天才たちの戦闘思考や特殊能力を、一時的に自分のものとして完全再現・行使できるようになる──それが『アルターエゴ・システム』だよ!」
アゲハは得意げに胸を張る。
「言葉で説明するよりも、実際にこの目で確かめてもらった方が早いよね。じゃあ、ちょっとそこらのモンスターと戦ってみせまっしょう!」
セーフティエリアの境界線を軽やかに飛び越え、アゲハはダンジョン上層一階の奥へと続く通路を進んでいった。
しばらく歩くと、前方の暗がりから「ガサリ」と嫌な物音が響き渡り、続いて低い威嚇のうなり声が聞こえてきた。闇の中から姿を現したのは、一匹の凶暴な魔物だった。
赤くギラギラと光る鋭い眼光。全身を赤褐色の硬い毛皮に覆われた、大型の狼型のモンスターだ。その口元からは、周囲の空気を歪ませるほどの不気味な青白い炎のゆらめきが漏れ出している。
『アゲハ、解析結果を出すよー!』
視界の隅で、ステラがホログラムのウィンドウをパッと展開させた。今日の彼女はリスナーにも音声が届くようにスピーカーモードにしてある。
【アナライズ・システム起動:ステラ】
・個体名:フレイム・ファング
・等級:D
・推定レベル:162
・耐性:物理耐性は標準的。ただし、体表を纏う高熱のオーラにより、生半可な近接攻撃は重度の火傷を負うリスクがあります。
・特殊能力:『ヘル・ハウル』『烈火の牙』
・弱点属性:水属性、氷属性
・解説:口内や体内の熱源器官で生成した高熱エネルギーを、牙や咆哮に変換して容赦なく攻撃してくる危険な魔獣です。全身が常に超高温状態であるため、『極低温の冷却水』や『水属性の魔力弾』を浴びせることで、体表の熱源が一気に冷却され、行動不能に陥ると同時に防御力が著しく低下します。
・ドロップアイテム:烈火の牙、溶岩の毛皮、紅蓮の魔石
「なるほどね、熱々で危険な狼さんってわけだ。じゃあ、これにしようかな」
アゲハは迷うことなく腰の空間収納ポケットに手を突っ込み、一枚の青く冷たい光沢を放つ小さなスキルカードを取り出した。それを首の後ろにあるデータ・ポートへと差し込む。カチリ、と心地よい機械音が響いた。
「【アルターエゴ・システム】、スキルカード【氷帝シュヴァルツ】装填」
スッと冷徹な光を帯びた瞳になり、アゲハは手にした細剣を中段に構えた。
「凍てつけ」
彼女が静かにそう唱えた瞬間、周囲の温度がガクッと急激に下がり、手にした細剣の刃全体に真っ白な霜や美しい氷の結晶が一気に付着した。それは周囲のわずかな光を反射して、まるでダイヤモンドのように眩しくきらめいている。
その圧倒的な冷気を纏った究極の一撃を、突進してきたフレイム・ファングに向けて迷いなく放つ。
一刀両断。
すれ違いざまに閃いた氷の軌跡は、高熱のオーラを纏う巨体を一瞬で凍結させ、次の瞬間にサラサラとした光の粒子へと変えて消し去った。
・この前の雷属性の攻撃と全然属性が違うんですけど……!
・マジで固有スキルがいくつでも使えんのこの子?
・無敵すぎて草も生えない
・物理無効とか熱とか関係なしに秒殺じゃん
コメント欄が驚愕の弾幕で埋め尽くされているその最中、ひときわ目を引くスタイリッシュなフォントで、興味深いメッセージがチャット欄に流れてきた。
・プロフェッサー・アルファ:お邪魔させてもらうわ。未来小女アゲハさん、とても面白い見世物ね
「研究者さんが来てくれたみたいだね。いらっしゃい!」
・プロフェッサー・アルファ:私はダンジョンやモンスターの生態を研究している者よ。ダンジョン奥底で魔神王とやらが眠っているということ、未来から送り込まれたという七人のエージェント、それにアゲハ氏の規格外の戦闘力とサイバー・ウェポンの数々……どれも非常に興味深い研究対象ね。これからも配信を密かに追わせてもらうわ
・研究者ネキが降臨してるぞおいwww
・この人、その筋じゃ有名だぞ。大物学者まで引き付けるとかアゲハちゃんマジ者じゃん
視聴者たちがさらなる興奮のるつぼに包まれる中、アゲハはドローンのカメラに向かってパッと満面の笑みを向けた。
「じゃあ、紹介も終わったところで、どんどんダンジョン探索の奥へと行ってみよー、おー!」
軽やかな掛け声で拳を突き上げるとともに、アゲハはさらなる強敵が待ち受けるダンジョンの深部へと、堂々たる足取りで踏み出していった。




