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第5話 ネットワークの海に投じられたアゲハ


 夜、静まり返った住宅街の一角にある天音家の部屋。


 デスクの上に置かれたモニターが、青白い冷たい光を放ちながらチカチカと明滅している。画面の端では、チャットログの文字が、まるで瀑布のように高速で流れていた。


「うわ……すごい勢いだね、これ」


 ベッドの端に腰掛けたアゲハは、目の前で展開される無数のコメントの嵐を眺め、目を丸くしていた。


 その隣で、理音は頭を抱えながら、ぐったりとしたトーンで大きくため息をつく。


「すごい勢いっていうか、もう大パニックですよ。私のチャンネル、普段はせいぜい数十人からよくて数百人程度の常連さんがまったりコメントしてくれるアットホームな雰囲気だったのに……今日のダンジョン配信のアーカイブがいきなりバズり散らかして、今やチャンネル登録者数がうなぎ登りに増え続けてるんですからね」


「えっ、それってすごいことじゃない! 私の華麗な戦闘シーンが、この時代の多くの人たちに目撃されちゃったってことだよね?」


「そうですけど……。突然空から未来のポッドが降ってきて、一撃でB+等級の変異種モンスターを消し飛ばして、おまけに現役女子高生の私に向かって『ひいひいおばあちゃん』なんて叫びながら飛びついてきたんですよ? ネットの住民たちがざわつかないわけないでしょう!」


 理音がスマホの画面をスクロールしながら指さすと、そこには数々のまとめサイトのタイトルや、SNSのトレンドワードがずらりと並んでいた。


 【速報】Dtuber天音リオンの配信にとんでもない美少女が乱入、B+変異種を一撃粉砕。


 謎の銀髪ポッドっ娘「ひいひいおばあちゃん」発言の真相は?


 アルターエゴ・システムってなんだよ、ガチの未来人説。


 今日の神回アーカイブ、何度見ても作画崩壊レベルで草生える。


「ほら見てくださいよ、これ。『電波系コスプレっ娘のガチ芝居か?』って疑う声もある一方で、『いや、あの映像のクオリティは絶対フェイクじゃない』って検証班が勝手に盛り上がって、私の個人情報が特定されかけたり、色んな意味で冷や汗が止まらなかったんですから……はあ、まったく……」


「うっふふん、さすが私の戦闘力。どうやらこの時代のネットワークも、私の魅力にすっかりメロメロみたいだね」


「全然褒めてないですし、むしろ頭が痛いですよ……。まあ、でも、アゲハさんの目的が『多くの人に知ってもらうこと』『仲間を集めること』なら、最初の布石としてはこれ以上ないくらい大成功……なんですかね……」


 理音はやれやれといった表情で肩をすくめながら、呆れ混じりの笑みを浮かべた。


 アゲハはその様子を嬉しそうに見つめると、自身の端末でそのネットの掲示板の特定のスレッドを開き、リスナーたちのリアルな反応を一つひとつじっくりと読みふけり始めた。



 大手匿名掲示板のダンジョン配信実況板。


 その片隅に立てられたスレッド『【Dtuber】天音リオン応援スレッド Part.42【今日の神回何だったの】』には、あの日の配信を目撃したリスナーたちの興奮と混乱が、今なお熱狂的な勢いで書き込まれ続けていた。



1 名無しのリスナーさん

 理音ちゃん、今日もかわよ。

 今C級だろ?

 上級探索者への仲間入りも近いな

 可愛い上に実力もあるんだからすごい


12 名無しのリスナーさん

 »1

 それな。今日の初動も動きがキレッキレで見てて安心するわ。

 最近の若い子の中ではマジで頭一つ抜けてる実力派だと思う。


24 名無しのリスナーさん

 なんか、唸り声が……?

 低層の安全エリアのはずじゃ……。


35 名無しのリスナーさん

 »24

 音聞こえたよな? なんかバリバリって変なスパーク音もしてないか?


48 名無しのリスナーさん

 オーガの変異種!?

 えっ、待って待って、画面の奥から赤く光ってる巨体見えたぞ……!


59 名無しのリスナーさん


 理音ちゃん、逃げてええええええ!!!!


72 名無しのリスナーさん

 無理だろ、あんなの初中級者が相手にしていいサイズじゃねえよ!

 グレード高すぎんだろ、運営バグってんのか!?


88 名無しのリスナーさん

 ファッ!?


95 名無しのリスナーさん

 え、何が起きた?


103 名無しのリスナーさん


 突然宙からポッド型の乗り物みたいなのが現れたぞ……?

 え、空から落ちてきた? ダンジョンの天井ってこんな構造だっけ?


112 名無しのリスナーさん

 フェイク動画か!? ドッキリ企画の類か!?


125 名無しのリスナーさん

 とんでもない銀髪の美少女が出てきた!?

 なんだあの服、コスプレのクオリティ高すぎだろ……。


133 名無しのリスナーさん

 いや、顔の作りが美形すぎてビビるわ。CGじゃないよな?


142 名無しのリスナーさん

 なんか理音ちゃんにちょっと似てね?

 髪の色は違うけど、目鼻立ちは姉妹って言われても通じるレベルだぞ。


156 名無しのリスナーさん

 首筋にカード差し込んだぞ……!

 え、何それ、新しいデバイス? 見たことないんだけど!


168 名無しのリスナーさん

 強烈な電撃!

 周囲の空気がバチバチ鳴ってんだけど! 演出のレベル超えてないか!?


180 名無しのリスナーさん

 やべえ! 〈クリスタル・オーガ〉を瞬殺!


185 名無しのリスナーさん

 嘘だろ……一撃……?

 B+の変異種が溶けるように消えたぞ……おいおいおい……。


192 名無しのリスナーさん

 今の技、詠唱かっこよすぎだろ……。

 『白閃雷装アストラーペ』って聞こえたぞ。 中二病全開だけど威力本物じゃねえか!


201 名無しのリスナーさん

 待って、その後の会話www

『ひいひいおばあちゃん』って何wwwww


210 名無しのリスナーさん

 理音ちゃんが「私まだぴちぴちのJKですよ!」ってガチトーンでキレてるの草


225 名無しのリスナーさん

 あの銀髪の子、名前なんて言ったっけ?

天音アゲハ? 未来から来たとか言ってたよな?


 238 名無しのリスナーさん

 電波系美少女の皮を被ったガチの化け物じゃねえか。


250 名無しのリスナーさん

 このチャンネル、今日の配信で一気に登録者数10万人突破してるぞ……。

 歴史的瞬間を目撃してしまったかもしれん。


264 名無しのリスナーさん

 アゲハちゃん推せる。あのクールビューティー理音ちゃんを圧倒する天然マイペース感最高だわ。

 次回の配信はいつなんだ!? 早く続きが見たいんだが!!



「ふっふーん、みんな私の圧倒的な戦闘力と美貌にすっかりメロメロみたいだね。『アゲハちゃん推せる』だって! すごいじゃない、理音おばあちゃん!」


 アゲハはホログラムのコメント欄を指でスクロールしながら、誇らしげに胸を張ってみせた。その顔には、ディストピアの冷たい管理社会では決して浮かべることのなかった、底抜けに明るい少女らしい笑顔が咲いている。


「推せる、って……。皆さん面白がって好き勝手言ってるだけですよ……それに、私のチャンネルがいきなりこんなバズり方しちゃって、明日からのダンジョン探索で周りの目がどうなるか想像したら、私、今から胃が痛くて眠れません……」


 理音は頭を抱え、ベッドの上にバタリと後ろ向きに倒れ込んだ。


「大丈夫だよ、理音おばあちゃん。私がついてるからさ! 明日は機材を買い揃えて、いよいよ私の正式な配信者デビューの準備をするんでしょ? 世界を救う第一歩として、盛大に盛り上げていこうよ!」


「おばあちゃん呼びは相変わらず直らないですし……まあ、いいです。わかりましたよ。明日は専門店をしっかり案内してあげます。その代わり、私のプライベートな平穏はこれ以上脅かさないでくださいよね?」


「もちろん! 約束するよ! 心配ご無用! 私を信じて!」


 アゲハはニカッと満面の笑みを浮かべ、理音の隣にちょこんと腰を下ろした。


「そのどこまでもポジティブで突き抜けているところが、逆に酷く不安を煽るんですけど……」


 嘆くのが板についてきた理音。


 窓の外では、静かな夜空に、ひときわ明るい星が二人の未来を祝福するように、優しく穏やかな光を放ち続けていた。



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