第2話 きらめく現代の街並みと、未来からの居候
「ところで理音おばあちゃん、さっきからおばあちゃんの上にぷかぷか浮かんでるそのデバイスはなに? 腕に装着してるデバイスにも、なにか大量の文字が流れ続けてるみたいだけど」
戦闘の興奮がようやく収まり、ダンジョンの薄暗い通路に静けさが戻ったころ、アゲハは小首をかしげながらその二つのデバイスに目を向けた。
理音の頭上には小型のレンズのついた球体が浮遊しており、左腕にはスタイリッシュなブレスレット型の小型端末が装着されていて、ホログラムの半透明なスクリーンが宙に浮かんでいる。そこには見慣れない絵文字や、目まぐるしく流れるフォントの羅列が高速でスライドしていた。
「あ、そうでした! 私、配信してたんです!」
その言葉を聞いた瞬間、理音はハッとしたように両手で自分の口元を覆い、慌ててデバイスの操作パネルをタッチした。
「はい、皆さんすみません! ちょっと色々あって通信が乱れてましたが……あ、あはは、ご覧の通り生きてます! 今の美少女? ええと、その、遠い親戚の……じゃなくて、通りすがりの助っ人さんです!」
理音は苦し紛れの言い訳を早口でまくし立てながら、ライブ配信の視聴者に向けて愛嬌のある笑顔を作ってみせる。
「配信っていうとあれかな? もしかして、この時代のネットで流行っている『ダンジョン配信』ってやつ?」
「そうですよ。私、これでも登録者数そこそこのダンジョン配信者なんです。今日は初心者向けの安全な低層エリアで、のんびり素材集めを兼ねたソロ配信のはずだったのに……まさか、あんな深層クラスのイレギュラーモンスターに遭遇するなんて……」
理音はぐったりとした様子で肩を落とし、冷や汗の滲んだ額を袖でぬぐった。あのまま〈クリスタル・オーガ〉の一撃を受けていれば、配信の画面が強制終了するどころか、彼女の人生そのものが終わっていたかもしれないのだ。
『理音、そのライブカメラの映像、私のネットワークにも一部データリンクさせてもいい? 二百年前の一般メディアのリアルタイム記録は、歴史的資料としても非常に価値が高いんだよね』
アゲハの視界の端で、ステラが楽しげに舞いながら提案してくる。
「おっと、ステラは少しおとなしくしていてね。今は理音おばあちゃんとお話中だからさ」
アゲハが頭の中でこっそり相棒をなだめていると、理音はジト目を向けながら首を傾げた。
「なんかさっきから一人でブツブツ喋ってるけど、やっぱり電波……じゃなくて、不思議な子ですね、アゲハさんは。それで、未来から来たってことでしたけど、これからどうするんですか? 行くあては?」
「うん、あるよ」
アゲハは迷うことなくうなずき、理音の顔を指差した。
「え? 私? まさか──」
「理音おばあちゃんの家にご厄介になろうと思って。ね? ダメかな?」
「嫌です。そりゃあピンチ助けてもらったことは感謝してますけど、だからって、いきなり見ず知らずの未来人を家に連れ込むって、うちの両親になんて説明すればいいんですか」
理音はぴしゃりと拒絶するが、アゲハは全く怯む様子もなく、子犬のようにきらきらとした瞳でじっと彼女を見つめ返した。
「そんなこと言わずにさ。ねえ、お願い。心優しい理音おばあちゃんなら、路頭に迷う可愛い孫を見捨てるような酷い真似はしないはずだよね。ね?」
「押しの強い人ですね……その、上目遣い、なんかすごく反則気味なんですけど……」
理音は頭を抱え、その場でぐるぐると足早に歩き回る。押しに弱い彼女の性格を見透かしたかのようなアゲハの猛アプローチに、完全に気圧されている様子だった。
「はあ……わかりましたよ。とりあえず、今日のところはうちに連れて帰ります。お母さんにもうまく説明してみますので」
「やったー! やっぱり理音おばあちゃんは世界一優しいね! 私、すごく嬉しい!」
「孫におばあちゃん扱いされる十代女子の気持ちにも少しはなってください……まあいいです、とりあえず早いとこダンジョンから脱出しますよ。これ以上ここに長居したら、別の変異種が湧いて出てきかねないですし」
大きく息を吐き出した理音に続き、アゲハは足元に転がっていた戦利品に目を留めた。
「あ、そうだ。〈クリスタル・オーガ〉を倒した時のドロップアイテム、全部私の空間収納に入れておくねー。重たいし、理音おばあちゃんの配信の邪魔になっちゃうといけないから」
アゲハが手をひょいと翳すと、青白い光の空間の裂け目が現れ、巨大な晶角の雷破片や帯電結晶のコアが次々と吸い込まれていく。
「便利ですね……。それ空間収納ってやつですか?」
「そう。未来の技術力はパないぜ?」
「……そうですか。ほら、こっちですよ」
呆れと感嘆が入り混じった表情を浮かべながらも、理音はアゲハの手を引いてダンジョンの出口へと歩き出した。
§
ダンジョンを無事に抜け出し、地上の探索者ギルドの施設へと立ち寄った二人。
受付カウンターの職員は、高校生の理音が見るからに一級品の〈クリスタル・オーガ〉の素材や高純度の魔石を次々と差し出した瞬間、目を剥いて椅子から転げ落ちそうになった。後続の査定員たちが慌ただしく走り回り、ギルドの奥からベテランの鑑定士が何人も飛んでくるという大騒動に発展した。
「これ、本当に君たちが討伐したのかい!? いや、嘘偽りなく本物の変異種上位個体の反応だ……! B+等級のイレギュラー指定モンスターをたった小女二人で狩るなど正気の沙汰じゃない!」
「あ、はい、色々あって偶然なんですけど……その、換金手続きお願いします」
冷や汗を流しながら頭を下げる理音の横で、アゲハはその様子を楽しそうに眺めていた。
そうして、ギルドの事務手続きを終え、二人が外の歩道に出たときには、すでに夕暮れ時の淡いオレンジ色の光が街を包み込み始めていた。
「ふう……疲れました。まさかギルドであんなに囲まれるなんて思いませんでしたよ。変な噂が広まりませんように……」
理音が小さく伸びをしながら呟くと、隣を歩いていたアゲハは、目の前に広がる現代日本の光景に釘付けになっていた。
「うわあ、これが二十一世紀の日本かー!」
石畳の綺麗な舗道、ガラス張りの綺麗なショップ、そして頭上に電線が交差する青空。アゲハの育った灰色の管理社会には存在しない、生命力に満ち溢れた喧騒と色彩がそこにあった。
「ねえ理音おばあちゃん、あそこの建物はなに?」
アゲハがキラキラした目を輝かせながら、道路の向こう側にある大きな看板を指さした。そこには見慣れないロゴマークの看板が掲げられている。
「あそこですか? あれはファミリーレストラン、通称ファミレスですよ。家族や友達同士でご飯を食べるところです」
「ファミレス……! あ、それ、未来の歴史アーカイブで映像を見たことある! 二百年前の人たちは、あんなところで美味しいものをワイワイ食べてたんだね。私、一度でいいからパフェってものを食べてみたいな!」
「パフェですか。甘くて冷たくて、生クリームとアイスがてんこ盛りになってるやつですね。美味しいですよね、あれ」
「いいなー。いつか食べてみたいな、パフェ」
アゲハが名残惜しそうに看板を見上げていると、理音はふっと柔らかく微笑んだ。
「なに言ってるんですか。今日〈クリスタル・オーガ〉の魔石とレア素材を換金したお金が山ほど手に入ったじゃないですか。あの買取金額なら、パフェなんて毎日お腹いっぱい食べてもお釣りがくるくらいの大金ですよ」
「えっ、本当!? じゃあ、今すぐ行ってもいいの!?」
「そんなに慌てなくてもパフェは逃げやしません。その前にまずはうちのお母さんに挨拶して、居場所を確保するのが先決です。パフェはまたいずれ近いうちに」
「うん! きっとだよ!」
アゲハは嬉しさのあまり、その場でくるりと一回転してみせる。銀色の髪が夕日に照らされて、まるで星屑のようにきらめいた。
§
やがて二人は、駅から少し離れた閑静な住宅街へと足を踏み入れた。
綺麗に手入れされた生垣、季節の花々が彩る小さな庭、そして真新しい外観の立派な切妻屋根を持つ、とても瀟洒な二階建ての邸宅の前へとたどり着く。
「ここが、我が家──天音家の実家です」
理音が門扉を開け、カラカラと心地よい音を立てながら庭の敷地内へと入っていく。
「わあ……すごく素敵なおうちだね。私の知っている未来の居住区は、どこも無機質なコンクリートの四角いボックスしかなかったから、こんなに温かみのある建物があるなんて感動しちゃう」
「そうですか? ごく普通の日本の戸建てですけどね。あ、ちょうどお母さんが庭の手入れをしてるみたいです」
玄関脇の花壇のあたりで、エプロンをつけた優しげな女性がしゃがみ込み、植木鉢の土をいじっているのが見えた。理音の母親であり、アゲハの血筋を辿る先祖の一人である女性だろう。
「ただいまかえりました、お母さん」
「お帰り、理音ちゃん。今日もダンジョン配信お疲れ様……って、あら?」
母親が手を拭きながら立ち上がり、理音の隣にピタリと寄り添う見慣れない美少女の姿に気づいて目を丸くした。色素の薄い銀髪に、未来的なデザインの服を着たアゲハを前にして、母親は軽く瞬きを繰り返してから、相好を崩した。
「まあ、可愛い。銀髪でお人形さんみたいね。理音ちゃんのお友達?」
彼女の優しげな声色に、アゲハは胸の高鳴りを覚えた。
データベースの中にしか存在しなかったひいひいひいおばあ様が、今、目の前で自分に微笑みかけてくれている。
アゲハは胸のなかでこみ上げる感動をぐっとこらえ、淑女の嗜みとして独学で身につけた最高級の礼儀作法を実践した。
「こんにちは。今日からこのお家でお世話になる天音アゲハといいます。どうぞよろしく、ひいひいひいおばあちゃん」
アゲハは美しくドレスの裾をつまむような仕草を模しながら、上品にぺこりと頭を下げた。
「あらあらあら? 私がおばあちゃん?」
理乃は編み物をする手をピタリと止め、自分の顔を人差し指で指し示しながら、きょとんとした顔で目を丸くした。若々しく、とても「おばあちゃん」と呼ばれる年齢には見えない彼女にとって、その呼称は寝耳に水だった。
「私、この世界を救うために二百年後の未来から来たの。実年齢は108歳のおばあちゃんだけど、常にナノマシンで肉体を修復し続ける生体維持『バイオメインテナンス』システムによって、老化を防止して若さを維持しているんだよ。心はいつだって永遠のセブンティーン!」
アゲハは胸を張り、得意満面な笑みを浮かべて自らのプロフィールをとうとうと語り始めた。その姿は自信に満ち溢れているが、言っている内容はあまりにもSFじみている。
『アゲハ、少し自己紹介のテンションがフライング気味だよ。せめて段階を踏んで説明しようよ』
アゲハの脳内で、ステラが額に手を押さえるジェスチャーをしながらツッコミを入れるが、アゲハの熱弁は止まらない。
「できれば、親愛なるおばあちゃんたちとこの家で一緒に住まわせて欲しいんだけど、いいかな?」
「あら、そうなの? それは大変ねえ。うちでよければいつまででもいてくれていいわよ。アゲハちゃんみたいな可愛い孫がいれば、家のなかが一気に賑やかで華やかになって楽しいわ。私は理乃よ。よろしくね」
しかし、理乃はアゲハの突飛な発言を微塵も疑う様子を見せず、それどころか温かい笑顔で快く受け入れてくれた。
懐の深さという次元を超えた、どこか天然の包容力すら感じさせるその返答に、アゲハは感激のあまり目をうるませる。
「ホント? ありがとう、理乃おばあちゃん!」
「私がお願いするまでもなかった……こんな荒唐無稽な話をなんの疑いも持たずに信じて、しかもなんのためらいもなく同居を許すのは、世界広しと言えどもお母さんくらいですよ……」
理音は両手で自分の顔を覆い、ガクリと肩を落として深く息をついた。
「それじゃあ、温かい紅茶を淹れて、みんなでお話しましょうか。アゲハちゃんから、未来の面白いお話を聞かせて欲しいわ」
理乃は楽しそうに微笑むと、軽やかな足取りで玄関へとアゲハを促した。




