第13話 紅の美味と、狙撃王の弾丸
新宿ダンジョン中層、襲いくるモンスターの群れをその圧倒的なチームワークで軽々と蹂躙しながら、アゲハたちは着実に階層を下へと進めていた。
ミーアの華麗な新堂流双剣術と、天音理音の洗練された剣技、そして未来のエージェントであるアゲハの圧倒的な科学兵器が織りなすパーティは、もはや無敵の要塞と化していた。
配信のコメント欄は、先ほどの空間転移の衝撃から引き続いて大盛り上がりを見せており、同時接続者数は前回の初配信を超える勢いでうなぎ登りに増え続けている。
・空間転移の衝撃がまだ冷めやらんのに、雑魚戦が秒で終わるから見てて最高に気持ちいいわ
・ミーアちゃんのドレス姿での双剣捌き、何度見ても神業すぎて眼福
・理音ちゃんのサポートも安定感抜群だし、このパーティー隙がなさすぎだろ
・次は何を見せてくれるんだ? ワクワクが止まらん!
リスナーたちの熱狂的な賛辞を背景に、アゲハたちはついに中層の第16層フロアへと足を踏み入れた。
周囲は相変わらず疎らに草木の生えた荒野のようなエリアで、冷たく乾燥した風が地面を這うように吹き抜け、無機質な灰色の岩肌や、トゲのある奇妙な低木を揺らして乾いた音を立てている。
「ふう、16層か。モンスターの気配も一段と鋭くなってきたわね。みんな、油断しないでいきましょう」
ミーアが二振りの剣の柄に軽く手をかけながら、周囲を警戒して目を光らせる。
「そうですね。確かこのあたりの層は、素早さが高い厄介な魔物が多いはずですから」
理音も魔剣をしっかりと握りしめ、足音を忍ばせて周囲を観察していた。
その時だった。
『アゲハ、前方、直線距離で約一キロメートル先の岩影に、ものすごい高速で移動する熱源反応をキャッチしたよ! あれは……通常のモンスターじゃない、超レアな個体だ!』
ステラの実況めいた弾んだ声が飛んできた。
「おっ、ステラのレーダーに引っかかった?
どんな奴なの?」
『それがね、全身がルビーみたいに真っ赤で、宝石のようにつやつやした毛並みをしたウサギ型の魔獣だよ! その名も〈ルビー・グレイス・ラビット〉!』
「ルビー・グレイス・ラビット……?」
アゲハが小首をかしげると、ステラはさらに興奮したトーンでデータを投影し始めた。
『そう! ダンジョン全体でも滅多にお目にかかれない超希少なレアモンスターでね、倒すと極上の『高級魔物肉』をドロップするんだって! その肉は一口食べたら天にも昇る美味しさで、食べた者に凄まじいバフを付与してくれる幻の食材らしいよ!』
「幻の食材……! 高級魔物肉……っ!」
その言葉を聞いた瞬間、アゲハの青い瞳がピカーンと星のように輝いた。
「みんな聞いた!? あそこの遠くに、極上の高級肉を落とす超レアなウサギさんがいるんだって!」
「ウサギ? そんな話、聞いたことないわよ……?」
ミーアが怪訝そうな顔をするが、アゲハの耳にはもう美味しいお肉のことで頭がいっぱいになっていた。
「とにかく、逃がすわけにはいかないよ! 絶対に仕留めて美味しいお肉をゲットするんだから!」
・〈ルビー・グレイス・ラビット〉!?
・待て、それって一部の超廃人探索者の間ですら「都市伝説」って言われてる幻の激レア魔獣じゃねえか!?
・高級魔物肉とか聞いただけでヨダレ出てきたんだが
・アゲハちゃん、獲物を見つけたハンターの目になってて草
・プロフェッサー・アルファ:ほう……〈ルビー・グレイス・ラビット〉ね。その個体から採れる脂の乗った魔肉は、魔力回路を一時的に活性化させる最高級の触媒としても機能するわ。非常に興味深いわね。ぜひともその生態とドロップ品をこの目で観察させてもらうとしましょう
・アルファネキも降臨してて草。学者も注目するレベルのレア素材なのかよ!
チャット欄が『高級肉』の三文字で一気にざわめき立つ中、アゲハは素早く周囲を見回した。
「よし、あそこにいるんだね。それじゃあ、サクッと仕留めに行こっか!」
そう言って、アゲハは腰の空間収納から愛用の自律稼働兵器を取り出そうとしたが、すぐにピタリと動きを止めた。
「あ……そうだった」
「どうしたのアゲハ?」
「いけない、私の愛用してる【セラフィム・フェザー】ちゃん、有効射程距離はそんなに長くなかったんだっけ……。あんな遠くにいたら、ファンネルのレーザーが届かずに全速力で逃げられちゃうよ!」
ステラのマップデータを確認すると、〈ルビー・グレイス・ラビット〉がいる位置は、【セラフィム・フェザー】の射程距離の限界を遥かに超えていた。
「遠距離から一撃で仕留める必要がある……か。けど、私の新堂流の投擲術でも届かないわね……どうするの、アゲハ?」
ミーアが腕を組んで思案していると、アゲハはニカッと不敵な笑みを浮かべた。
「ふふん、そんなこともあろうかと、私には別のとっておきがあるのさ!」
アゲハは空間収納のポシェットに手を突っ込み、ずっしりと重厚な金属の質感を放つ、洗練されたロングバレル型の武器を取り出した。
それは、幾重もの超電導コイルと精密なスコープが備わった、美しくも禍々しい超長距離用の未来型スナイパー・ライフルだった。
「【アルターエゴ・システム】、スキルカード【狙撃王ワーグナー】装填!」
アゲハが澄んだ声で告げ、首の後ろにあるデータ・ポートへと鮮やかな青い光を放つ小さなスキルカードを差し込んだ。
カチリ、と心地よい機械音が響いた瞬間、アゲハの瞳の色がキリッと冷徹なスナイパーのそれに切り替わる。歴史上の伝説的な狙撃手の戦闘思考と計算能力、スキル群が、彼女の脳内ネットワークへと一気に同期されていく。
「アゲハ、それって……!」
「うん、狙撃用の超長距離ライフルだよ。これなら一キロ先のターゲットだって、風速や湿度をミリ単位で計算して正確に撃ち抜けるのさ!」
アゲハは足元の石畳の地面にピタリとライフルをセットすると、華奢な体を地面に伏せ、両手でしっかりとストックを固定した。
その頬が銃の冷たい金属に密着し、片目がスコープのレンズを覗き込む。
スコープの視界のなかで、一キロ先の暗がりをピョンピョンと跳ね回る、ルビーのように真っ赤で愛らしい〈ルビー・グレイス・ラビット〉の姿が、鮮明なデジタル・レティクルの中心に捉えられた。
「ターゲット・ロックオン。風速ゼロ、障害物なし、弾道計算……完璧!」
アゲハが息を整え、引き金に掛けた指先に力を込める。
その瞬間、彼女の銃口から、目にも留まらぬ一筋の鋭い青白いレーザー光の軌跡が空間を切り裂いて放たれた。
・うわあああ、伏せ撃ちスナイパーモードきたあああ!!
・美少女がスナイパーライフル構えてる絵面、ロマンの塊すぎて爆発しそう
・一キロ先のウサギを狙撃とかガチのプロスナイパーじゃん……
・アゲハちゃんの引き出し多すぎて毎回ビビるわ
ジュンッ!! と空気を引き裂く衝撃音の直後。
一筋の閃光は、一瞬の迷いもなく一キロ先の闇を駆け抜け、跳ね回っていた〈ルビー・グレイス・ラビット〉を射貫いた。
「キュキューッ……!」と可愛い鳴き声を残し、やがてドロップアイテムである魔物肉を残して消えていく。まさに神業の狙撃。
「やったぁ! 見事に一発命中だよ!」
アゲハはライフルをパッと畳んで空間収納にしまい込み、パチパチと両手を叩いて大喜びで跳ね回った。
「嘘でしょ……一キロ先の、あんな素早い小動物を狙撃だけで無傷で仕留めるなんて……もう人間業じゃないわよ……」
ミーアは開いた口が塞がらないといった様子で、呆然とアゲハを見つめていた。
「さすがアゲハさん、やるときは本当にやってくれますね……」
理音も冷や汗を拭いながら、感嘆の声を漏らしている。
アゲハたちが急いでその場所へと駆け寄ると、そこには、まるで宝石のように透き通った、極上の霜降りの美しさを誇る『高級魔物肉』のブロックが、上品な光を放ちながらドロップとして静かに置かれていた。
「わあぁぁぁ……! 見てこれ、すごい綺麗なお肉……! 絶対に美味しいやつだこれ……!」
アゲハは目をハート型にしながら、その高級魔物肉を両手で大切そうに拾い上げた。
・マジで高級魔物肉ドロップしたぞおい!!!
・都市伝説じゃなかったのかよwww
・アゲハちゃんの狙撃スキルがエグすぎて気絶するレベル
・そのお肉、画面越しでも絶対美味いの伝わってくるんですけど……!
・プロフェッサー・アルファ:素晴らしいわ……。高度な狙撃能力の見事な狩猟技術ね。その魔肉、ぜひとも一口分けてほしいくらいだわ
視聴者たちが羨望と驚愕の入り交じったコメントを連投する中、アゲハたちはさらに階層を進み、安全に休憩ができる場所を目指すことにした。
§
それからしばらく進んだ『第18層』。
そこには、ダンジョンの荒々しい空気が嘘のように遮断された、魔物の侵入が絶対にできない神秘的な結界に守られた『セーフティエリア』が広がっていた。
柔らかな明かりを放つクリスタルが周囲を照らし、心地よい湧き水が流れるその安全地帯で、アゲハたちはようやく一息つくことができた。
「ふう……やっと一息つけるわね。16層からここまで来る間も、ちょこちょこ面倒な魔物が湧いてきて結構疲れたわ」
ミーアはゴシック調ドレスの裾を整えながら、セーフティエリアの岩場にちょこんと腰を下ろした。
「お疲れ様です、ミーアさん」
と理音もその傍に座る。
「ふふーん、みんな、お待たせ! ここからが本日の本当のメインイベントだよ!」
アゲハは空間収納のポシェットから、未来の先端技術で作られた超小型のポータブル・クッキングストーブや、お洒落なフライパン、スパイスのボトルなど、ダンジョンの中とは思えないほど本格的な調理器具を次々と取り出し始めた。
「ちょ、ちょっとアゲハ、あなた空間収納の中にそんな家庭的な料理道具まで入れてたの……?」
ミーアが呆れたような顔をするが、アゲハのやる気は高まる一方だった。
「当たり前でしょ! 美味しい食材を手に入れたなら、その場で一番美味しい状態で食べるのがグルメの鉄則なんだから! それじゃあ、さっそくあの幻の高級魔物肉を調理しちゃいまーす! スキルカード【三ツ星シェフエリアーヌ】装填!」
伝説の料理人のスキルを得たアゲハは、手際よく高級魔物肉を適度な厚さにカットしていく。
包丁を入れた瞬間、サクッという心地よい感触とともに、鮮やかなルビー色の断面から、みずみずしく甘い香りを放つ極上の脂がじゅわりと滲み出てきた。
「うわ……なにこのお肉……包丁を入れただけで、ものすごく良い香りが漂ってきたわよ……!」
ミーアが思わず身を乗り出して覗き込む。
「でしょでしょ? これは絶対に美味しいやつだよ!」
アゲハはクッキングストーブの火をつけ、フライパンに少量のバターを溶かした。
ジューーーッ! と、食欲を刺激する最高の音とともに、〈ルビー・グレイス・ラビット〉の高級魔物肉がフライパンの表面で香ばしく焼き上げられていく。立ち上るスパイスと肉汁の芳醇なアロマが、セーフティエリア全体に一気に広がった。
「仕上げに、特製のハーブ塩をパラパラと……よし、これで完璧!」
お皿に綺麗に盛り付けられた、外側はこんがり香ばしく、中は美しいピンク色のレアに仕上がったステーキ。その上からは、キラキラと輝く特製のソースがトロリとかけられている。
・画面越しに飯テロ食らって深夜なのに胃袋が刺激されてるんだが
・ステーキの焼き加減がプロのシェフすぎて草
・アゲハちゃん、マルチスペックすぎだろ。
エージェント兼スナイパー兼料理人とか無敵かよ
・早く! 早くそのお肉を食べる姿を見せてくれ……!
「お待たせしました! 『ルビー・グレイス・ラビットの極上ステーキ特製ソース添え』、完成だよ!」
アゲハが誇らしげに皿を差し出すと、理音もミーアもゴクリと生唾を飲み込んだ。
「それでは、さっそく……いただきまーす!」
アゲハはフォークで一口大にカットしたお肉をすくい上げ、迷うことなく口へと運んだ。
瞬間。
「──んんっ……!?!?!?!」
アゲハの全身がビクッと跳ね上がり、その美しく青い瞳がこれ以上ないほど見開かれた。
口に入れた瞬間、トロリととろけるような極上の柔らかさとともに、噛みしめるたびにジュワッと溢れ出す芳醇で甘い肉汁の旨味が、舌の上で盛大に花火を打ち上げたかのように爆発する。
これまでの人生で味わったどんな高級食材とも違う、大自然の魔力と清らかな生命力が凝縮されたような、圧倒的な美味しさ。
「なにこれ……美味しい……美味しすぎるよ……っ! 口の中で本当にお肉がとろけて消えちゃう……! こんなの反則だよ……っ!」
アゲハは両手で自分の頬を押さえ、あまりの美味しさにその場で身悶えした。
「そんなに大げさな……んっ!?」
ミーアも我慢できず、フォークで一口分をとって口に運んだ。
直後、彼女の優美な整った顔立ちが驚愕に染まり、思わず両手で口元を覆った。
「……っ! 嘘……美味しい……! お肉の旨味が濃厚なのに、後味が驚くほどすっきりしてて……新堂家の晩餐会で食べたどんな高級和牛よりも、はるかに美味しいわ……!」
「でしょでしょ!? 最高だよね!」
さらに理音も一口食べて、「んん~……! これは疲れが一気に吹っ飛ぶ美味しさですね……!」と幸せそうに目を細めた。
『あ、アゲハ! すごい数値が検知されたよ! その高級魔物肉を摂取した効果で、三人全員の魔力回路と身体能力に『永久バフ(全ステータス極大上昇)』と『超高速自動回復』の特殊効果が付与されたよ!』
ステラの興奮した声がその場に響く。
実際、肉を食べ終えた瞬間、アゲハたちの体全体が温かな光のヴェールに包まれ、これまでのダンジョン探索で溜まっていた肉体的・精神的な疲労が嘘のように綺麗さっぱりと洗い流されていくのが実感できた。
・永久バフとリジェネ付与だと……!?
・モンスターの肉食ってステータス永続強化とか、マジのファンタジーRPGじゃねえか!
・うらやましすぎる……! 俺もそのウサギの肉食べたい……!
・アゲハちゃんの料理スキル、戦闘力と同等かそれ以上にチート説
「すごいよ、体中がポカポカして、なんだか無限に力が湧いてくるみたい! これならどんな強敵が来ても絶対に負ける気がしないよ!」
アゲハは両手をグッと握りしめ、満面の笑みを浮かべた。
・プロフェッサー・アルファ:素晴らしい……魔力活性化触媒としての効果がこれほど強力だとは。データとして完璧すぎるわね。アゲハ氏、恐るべき食の探求心だわ
・アルファネキも完全にグルメ枠として楽しんでて草
・最強の武器を持ってて、料理の腕も一流ってアゲハちゃん弱点どこにあるの?
・可愛い、強い、料理上手、推せる要素しかねえ!
美味しい極上ステーキによって心も体も完全に満たされ、最高のコンディションを取り戻したアゲハたち。
美味しい食事の余韻に浸りながら、最強のチームは、さらなる深層エリアへと歩みを進めるため、静かに立ち上がった。




