第12話 美しき剣士たちの舞踏会
秋葉原の同人誌即売会という奇跡的な出会いから数日が経ち、週末を迎えた東京・新宿。
朝の爽やかな陽光がビル群の隙間から差し込む中、アゲハたちは再び『新宿ダンジョン』のエントランス前に集まっていた。
今日のダンジョン探索配信は、これまでにないほど特別な意味を持っていた。
なぜなら、アゲハの隣には、先日仲間になったばかりの新堂凪──ミーアがいて、さらに苦労人枠の理音も一緒にいるからだ。
三人でのパーティ結成、そして記念すべき中層エリアの本格攻略配信が、今まさに始まろうとしていた。
「ふぅ……。いつ来ても、このダンジョンの独特の空気感は身が引き締まる思いがするわね」
エントランスの広場で、ミーアはゴシック調の黒いドレスの裾を軽く翻しながら、キリッとした眼差しでダンジョンのゲートを見つめた。
彼女には大きな心境の変化があった。これまでの『黒猫の剣舞』としての配信では、顔バレや父親である新堂蓮の威光を避けるために覆面を被って活動していたのだが、先日のアゲハの破天荒でありながらも自分らしく輝く姿に強く感化されたらしい。
「これからは、私も覆面を脱ぎ捨てて、素顔で堂々と配信していくことにしたの。シオン様を推す者として、隠れながらコソコソやるなんて似合わないと思ってね」
そして、そんな彼女のために、アゲハは昨夜、一つのサプライズを用意していた。
「ねえねえ、ミーアちゃん! これ、着心地はどう?」
「え? あ、この服のこと? うん、すごく軽くて動きやすいし、何よりデザインが私の好みにドストライクすぎて感動してるわ」
ミーアが嬉しそうに自分の体を包むドレスの布地を指先でつまみ、クルリと一回転してみせる。
彼女が纏っているのは、アゲハが自分の空間収納の中にしまってあった『特殊な自動衣服製作装置』を使い、自分が着ている高性能ワンピースと同じナノマトリクス繊維をベースにして新たに編み上げた、特製のゴシック調ドレスだった。
漆黒と深紅のアクセントが効いたそのドレスは、見た目の美しさと高貴さを完全に保ちながらも、物理・魔法の防御性能は最高クラスのプレートアーマーを遥かに凌駕している。
「よかったぁ! 動きにくい鎧をわざわざ着なくても、これ一着でスタイリッシュに、しかもノーガード並みの軽快さで配信できるでしょ?」
「本当に助かるわ、アゲハ。これなら新堂流のどんな激しい体捌きや二刀流の連撃だって、一切のストレスなしで繰り出せるもの。最高のプレゼントをありがとう」
ミーアは満面の笑みを浮かべ、アゲハの手をキュッと握りしめてくれた。
その様子を少し離れた場所から見ていた理音は、やれやれといった調子で大きなため息をつく。
「まったく、いつの間にそんな洋服まで作ってたんですか……。ていうか、二人とも戦闘力はバケモノ級なのに、ビジュアルだけ見たらまるでアイドルのライブ前の控室みたいになってますよ……。あ、そろそろ配信開始時間ですからね、二人とも準備してください!」
・キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!
・今日の中層配信待ってましたあああ!!
・待て待て待て待て待て、隣にいる黒髪のゴスロリ美少女誰だ!?
・覆面取ってる!? え、待って、『黒猫の剣舞』のミーアちゃんじゃねえか!?
・マジかよ! ミーアちゃんが顔出し解禁したぞおい!!!
・ビジュアルの破壊力が画面越しでも伝わってきて心臓が持たん
・アゲハちゃんとミーアちゃんのツーショット、画面の華やかさがエグいことになってるぞ
・理音ちゃんの苦労人ポジションも相変わらず健在で草
理音の合図とともに配信用の超高性能ドローンが起動し、アゲハたちの姿がリアルタイムでネットワークの海へと放り出された瞬間、チャット欄は秒速で爆発的なコメントの嵐に包まれた。
「皆こんにちは! 天音アゲハだよ! そして今日は、心強い二人の仲間──理音おばあちゃんと、新しく仲間に加わったミーアちゃんも一緒だからね!」
「新堂凪ことミーアよ。一応新堂蓮の娘だけど、Dtuberとして父さんは関係ないから、一人の双剣士ミーアとして見てちょうだい。今日はアゲハと一緒にこのチャンネルで配信させてもらうわ。皆、よろしくね」
「天音理音です……。皆さん、今日は胃薬多めでお送りしますのでよろしくお願いします……」
・ミーアちゃん素顔初解禁おめでとうううう!!
・顔良し、スタイル良し、声良しってマジで最強コンビじゃねえか
・ミーアちゃんがあの新堂蓮の娘!? どうりで戦闘スタイルが似てると思った
・理音ちゃんの「胃薬多め」に草生える
・この三人でパーティ組むのか? メンツが豪華すぎてレジスタンス結成ガチっぽくなってきたぞ
視聴者たちの温かくも熱狂的な歓迎のコメントが次々と流れる中、アゲハはふっと悪戯っぽく笑ってみせた。
「それじゃあ、さっそく探索を始めましょうか」
ミーアちゃんが気合を入れて二刀の剣の柄に手をかけたその瞬間、アゲハは「ふふん」と鼻を鳴らして首を横に振った。
「あ、待ってミーアちゃん。いちいち上層から攻略するのって、すごく時間がかかって面倒くさくない? 上層はスルーしようよ」
「え? 上層をスルーって……どうするのよ? 中層へ行くには階段を下りるか転移トラップでもない限りいけないはずだけど……」
「ふふーん、普通はね! でも、このアゲハちゃんに任せてよ。一気に中層まで行っちゃおう! 『空間転移』で!」
「「え……?」」
アゲハが平然と言ってのけると、ミーアと理音が、揃ってぽかんと口を開けて固まった。
チャット欄が一瞬で騒然となる。
・空間転移!?
・いやいやいや、転移魔法とか超高位の魔導士が触媒使ったり魔方陣描いたりしなきゃ無理だろ常識的に考えて
・アゲハちゃんの口からまたとんでもないワード飛び出したぞ
・空間転移が本当なら探索の常識が完全に崩壊するんだが
『アゲハ、空間転移の座標ロック完了してるよ! 量子干渉も安定してるから、いつでもいけるよー!』
ステラの弾んだ声が響く。
アゲハがうなずき返すと、腰の空間収納から手のひらサイズの小さな円盤状のデバイスを取り出し、カチリと起動音を鳴らして足元の石畳の上にそっと置いた。
「私ね、この間上層のボスを倒したあと、こっそりその場所に次回来るための『空間座標のマーキング』をしておんだよね。だから、ここから一気に中層の入り口付近までワープできちゃうの!」
「マーキングって……そんなこといつの間に……!?」
「理音おばあちゃん、ミーアちゃん、ほら、突っ立ってないで早くアゲハの手を繋いで! リスナーの皆、ドローンも一緒に飛ばすから少しの間我慢してね」
「ちょっ、ちょっと待って、心の準備が……!」
驚愕して固まっている二人の手を、アゲハは両側からグイッと強引に掴んだ。
「それじゃあ行くよ──『転移:地点A』!」
アゲハが詠唱した瞬間、足元のデバイスから眩い青白い光の波紋が広がり、次の瞬間に周囲の空間がぐにゃりと歪んだ。
重力が消失したような浮遊感のあと、視界が一気に切り替わる。
「……っえ?」
「うそ……ここ、もう中層の入り口……!?」
目の前に広がっていたのは、上層のじめじめとした石造りの通路とは全く異なる、広大で乾いた荒涼とした大地だった。遠くには切り立った岩肌が見え、不気味に赤く澱んだ空気が漂う中層フロアの入り口である。
上層から中層への難所を一切の苦労もなく、たった一瞬でスキップしてしまったのだ。
アゲハがすぐに空間収納からドローンを飛ばすと、リスナーたちの驚愕コメントが流れた。
・ファッ!?!?
・マジで空間転移したぞおい!!!!
・一瞬で景色変わったんだけど!? 編集か!? いやこれ生配信だぞ!?
・上層の苦労はいったい何だったんだ……チートすぎる……!
・プロフェッサー・アルファ:空間曲率を瞬時に書き換えての量子テレポート……? いや、あらかじめ仕込んだビーコンを起点とした超長距離転移か……驚異的な技術だわ。これほどの次元移動技術が存在するなんて……!
チャット欄は信じられないものを見たという驚愕と恐怖の弾幕で一気に埋め尽くされ、あのプロフェッサー・アルファまでもが長文の感嘆コメントを連投してきた。
「すご……本当に一瞬で中層に着いちゃったわね……アゲハ、あなた一体どこまでが底なのか全然分からないわよ」
ミーアは目を見張り、自分の足元を確かめるようにパチパチと瞬きを繰り返した。
「ふふん、未来のエージェントを舐めてもらっては困るのだ! さあ、驚いてる暇はないよ、ここからが本番なんだからね!」
アゲハは胸を張り、目の前に広がる開けた荒野のフィールドへと踏み出した。
中層フロアの大部分は、仰ぎ見ると空まで広がっている広大な『フィールドタイプ』の空間になっていた。
すると、開けた荒野を進むアゲハたちの前方に、カサカサと不気味な足音を立てながら、地中から突如として巨大な影が飛び出してきた。
「お、早速お出ましみたいだね!」
現れたのは、通常の何倍もの巨体を誇り、背中に禍々しい毒針をそそり立たせたサソリ型の魔獣だった。
『はい、解析データ送るよー! 個体名〈デスストーカー〉、等級C、推定レベル183! 強靭な外殻と猛毒の尾針が武器の厄介な奴だよ!』
ステラの声が頭の中に響く。
「ふっ、雑魚相手に手間取る暇はないわね。ここは私に譲ってもらうわ!」
ミーアちゃんが前に出た。彼女は新堂流の構えを取り、腰に差した二振りの美しい剣を鮮やかに引き抜いた。
「見せてあげるわ、新堂流双剣術──【影縫いの一閃】!」
彼女の体がまるで一筋の黒い彗星のように疾走した。ミーアが身に纏うゴシック調ドレスの裾が優雅に舞い、彼女の繰り出す二刀の双剣が、目にも留まらぬ高速の十字クロスを描いて〈デスストーカー〉の硬い外殻を正確無比に両断する。
スパーン! と乾いた清涼な音が響き、巨大なサソリの魔獣は一瞬硬直したのち、綺麗に真っ二つに分かれて光の粒子となって消えていった。戦闘時間、わずか三秒。
・ミーアちゃんつええええええ!!
・新堂流双剣術の本気、美しすぎだろ……!
・ドレス姿で華麗にサソリを両断とか絵になりすぎやろがい!
・アゲハちゃんだけでなくミーアちゃんも規格外の実力者とか、このパーティ強すぎんだろ
「ふぅ……どう? 私の剣さばきも中々のものでしょう?」
ミーアはフッと息を吐き、艶やかな前髪をかき上げながら満足そうに微笑んだ。
「完璧すぎだよミーアちゃん! さすが新堂流の免許皆伝!」
アゲハたちが盛り上がっているその時、荒野の岩陰からさらなる魔物の群れがガサリと姿を現した。
「あ、また来たわよ! 今度は……あれは……!」
理音が前方を指さした。そこにいたのは、全身が黒曜石のような硬い岩の装甲に覆われた、巨大なクモ型の魔獣だった。
『解析完了! 〈ロック・スパイダー〉、等級C、推定レベル192! 物理耐性が高くて糸を吐いてくるよ!』
ステラの警告が飛ぶ。
「ここは、私にやらせてください!」
理音が、いつもの少し気だるげな様子を引っ込め、凛々しい表情で前に出た。彼女は手にした愛用の魔剣をスッと構えると、一歩前に踏み出す。
「たまには私も、先輩Dtuberとしてのプライドを見せないと、妹分(孫)に舐められちゃいますからね!」
理音おばあちゃんは鋭い気合の声を上げると、突進してきた〈ロック・スパイダー〉の吐き出す強靭な糸の束を剣の切先で華麗にいなし、隙を突いて一閃を叩き込んだ。
ザシュッ!
岩の装甲ごと胴体を綺麗に両断された〈ロック・スパイダー〉は、そのまま崩れ落ちて消滅していった。
「ふう……どうにか格好はつきましたかね」
理音は額の汗をぬぐい、ホッとしたように胸をなで下ろした。
・理音ちゃんもキレッキレで草
・親族揃って強すぎる件について
・アゲハちゃんがチートすぎるだけで、本来は理音ちゃんもミーアちゃんもトップクラスの実力派だもんなぁ
・この三人パーティ、バランス良すぎて見てて安心感しかない
「二人とも大活躍だね! この調子でどんどん中層の奥へ進んでいこっか!」
アゲハが元気よく拳を突き上げると、ミーアと理音も苦笑いを浮かべながらもうなずいてくれた。
未来の暗黒のディストピアを変えるため、そして自分たちの未来を自分たちの手で切り拓くため、最強の三人が揃ったレジスタンスチームの本格的な中層攻略の旅は、さらに鮮烈な軌跡を描いて進んでいく。




