第11話 オタクの聖地アキバ、同人作家は七天の娘!?
日曜日の午前。青く澄み渡った空の下、無数の高層ビルと電子看板がひしめき合うオタクの聖地──秋葉原。
駅の改札を抜けた途端、押し寄せる人波とビルの壁面を彩る巨大なアニメ・ゲームの広告群に、アゲハは目を輝かせながら立ち尽くしていた。
「うわぁぁぁぁ……っ! ここが……ここが伝説のサブカルチャーの聖地、アキハバラ……! 凄い、凄すぎるよ理音おばあちゃん! 街全体がまるでアニメとゲームのテーマパークみたいだね!」
アゲハは未来のナノマシン技術で一本一本が輝く美しい銀髪をなびかせ、まるでテーマパークに来た幼子のようにぴょんぴょんと跳ね回っていた。
「ちょっと、アゲハさん! あんまり目立つような動きをしないでくださいって言ったでしょう! ただでさえアゲハさん、色素が薄くて目立つんですから!」
隣を歩く理音は、周囲からの視線を気にしてキャップを目深にかぶり、アゲハの袖をぐいっと引っ張った。
案の定、すれ違う通行人やオタクたちが、アゲハの類稀なる美貌と銀髪に目を奪われ、ひそひそと囁き合っている。
『おい……あの銀髪の美少女、もしかして昨日レアボスをレールガンで吹き飛ばした天音アゲハじゃね?』
『マジで!? 生で見るとCGレベルで可愛いんだけど……!』
『隣にいるのは配信者の天音理音ちゃんか!?』
「う……やっぱり気づかれ始めてますよ。ほら、早く会場に向かいますよ! 人混みに紛れちゃいましょう!」
「うん! 待っててね、シオン様の新刊……! 私、絶対に手に入れてみせるんだから!」
理音に手首を引かれながら、アゲハは意気揚々と同人誌即売会が開催されるビルへと向かった。
§
熱気に包まれたイベント会場内。
見渡す限りの長机と、そこにうずたかく積まれた同人誌、そしてお目当てのサークルを求めて整然と並ぶ無数の参加者たちの熱気に、アゲハは「ふぉぉぉ……っ!」と感涙にむせんでいた。
「見てよこの熱気! ディストピアの暗黒街には、こんなに創作の愛に満ち溢れた空間なんて一ミリも存在しなかったよ! 人間が自分の『好き』を自由に表現して共有できるなんて……なんて素晴らしい世界なんだろう……っ!」
「はいはい、感動するのは後ですよ。アゲハさんのお目当てのサークルはどこなんですか?」
「あ、ええとね! 壁際のスペースにある……『月夜の黒猫亭』っていうサークルだよ! ペンネームは『ニネミーア』先生!」
「ニネミーア……? あ、その名前なら知ってます。SNSでシオン様の神イラストをバズらせまくってる、超有名なイラストレーター兼漫画家の人ですよね?」
「そうなの! 未来の欠けたデータベースで唯一、完璧な高画質で残っていたシオン様のファンアートが、ニネミーア先生の描いた絵だったんだよ! 私にとって、先生はシオン様と並ぶ命の恩人なんだ!」
アゲハは鼻息荒く語ると、壁際にある『月夜の黒猫亭』のスペースへと理音の手を引っ張って突進した。
スペースの前にたどり着くと、そこには美しいポスターが掲げられていた。
神聖な光を纏い、空を仰ぐ姫宮シオンのイラスト。息を呑むほど繊細なタッチと、息づかいまで聞こえてきそうな圧倒的な描写力。
そして、その売り子として長机の奥に座っていたのは──。
ゴスロリ風の黒いドレスを身に纏い、サイドテールに結った艶やかな黒髪を揺らす、可憐で勝気そうな一人の少女だった。年齢はアゲハや理音と同じ、高校生くらいだろうか。
「いらっしゃい。……あら、シオン様の新刊かしら? 一冊千円よ」
少女──ニネミーアは、鈴を転がすようなクールな声で応対した。
アゲハは感動のあまり直立不動になり、眼前の少女を見つめてプルプルと震え出した。
「ニ……ニネミーア先生……ッ!! 私、あなたの描く同人誌とイラストの大ファンなんです……っ!!」
アゲハは両手を胸の前で固く握りしめ、熱い情熱を込めて叫んだ。
「未来にいたずっと前から、先生の描くシオン様の絵にどれだけ心を救われてきたか分かりません! 線の美しさ、光の表現、そして何よりシオン様への溢れんばかりの尊い愛! すべてが私の生きる糧でした!」
「な……っ!?」
突如として現れた銀髪の美少女から凄まじい熱量で愛をぶつけられ、クールだったニネミーアの頬が一瞬で朱に染まった。
「あ、あなた……なによ急に……っ! そんなにストレートに褒められたら、調子が狂うじゃない……っ!」
ニネミーアは扇子で顔の下半分を隠しながら、ツンと澄ました視線をアゲハに向けた。
「あなたも、シオン様の信者なの?」
「はい!! 重度の信者であり、一生を捧げると決めた追っかけです!!」
アゲハが迷いなく即答すると、ニネミーアは「ふふっ」と満足そうに口元を緩ませた。
「そう……見込みのある子ね。シオン様の美しさと気高さが理解できる人間に、悪い子はいないわ」
そう言って新刊の同人誌をアゲハに差し出そうとしたニネミーアだったが、ふとアゲハの顔をまじまじと見つめ、驚いたように目を丸くした。
「って、あら……? あなた、もしかして……今ダンジョン配信で話題になっている、天音アゲハじゃないの?」
「えっ!? 私をご存知なんですか!?」
アゲハがパッと顔を輝かせると、ニネミーアはフッと誇らしげに胸を張った。
「当たり前じゃない。ええ、同じシオン様を崇拝する同志として、しっかりチェックさせてもらったわよ。あのレアボスを大砲で粉砕した戦闘……なかなか見応えがあったわ。それに、私も配信者なの」
「ええっ!? ニネミーア先生もダンジョン配信者なんですか!?」
「ええ。イラストを描く傍ら、たまに深層のソロ探索配信をしているわ。チャンネル名は『黒猫の剣舞』。知らなかったかしら?」
「知ってます!」
横から叫んだのは、これまで後ろで静観していた理音だった。
「『黒猫の剣舞』って……登録者数80万人を超える、超有名な上級Dtuberのチャンネルじゃないですか! 華麗な二刀流の剣技で深層の魔物をサクサク倒すっていう……まさか、あの覆面剣士の正体がニネミーア先生だったなんて……!?」
「ふふん、プライベートでは正体を隠して配信しているからね。でも、同じシオン様を推す同志なら、隠す必要もないでしょう」
ニネミーアは嬉しそうに微笑むと、長机越しにアゲハの手を優しく握りしめた。
「アゲハさん。貴女の配信での『シオン様と同じ舞台に立ちたい』という言葉、とても胸に響いたわ。同じ推しを戴く者として、貴女のその熱意、本物だと確信したの」
「ニネミーア先生……っ!」
「私と貴女なら、最高のシオン様推しチームになれる気がするわ」
「はいっ! 私、先生と意気投合できて最高に幸せです!」
二人はガシッと固い握手を交わし、まるで長年の親友のように瞳を輝かせ合った。
§
興奮冷めやらぬまま、イベント会場の隅にある喫茶スペースへと移動した三人。
テーブルにはアイスティーとケーキが運ばれ、アゲハとニネミーアはシオン様の魅力を熱く語り合っていた。
「やっぱりシオン様の何が素晴らしいって、あの【聖光剣舞】の時の凛とした立ち姿ですよね! 一切の無駄がない完璧なフォーム!」
「分かってるじゃない、アゲハ! 特にあの剣を引く瞬間の、一瞬だけ揺れる髪の軌跡! あれこそが至高の芸術よ! 私はあの数フレームを再現するために、今回の新刊の表紙を三日三晩描き直したのよ!」
「分かります! その血と汗と涙が、あの神々しい表紙を生み出したんですね……尊い……っ!」
「ふふっ、貴女とは本当に良いお酒……じゃなくて、良い紅茶が飲めそうだわ」
二人の熱狂的な推し語りを前に、理音はズズズ……とアイスティーを啜りながら、遠い目をして呟いた。
「オタクの波長が合いすぎてて、ついていけないです……」
そんな理音の呆れ顔をよそに、ニネミーアはふと表情を引き締め、真剣な眼差しをアゲハに向けた。
「ところで、アゲハ。貴女、初配信で言っていたわよね。未来からやって来て、魔神王の覚醒を阻止するために仲間を探している……って」
「あ、はい! あれは全部本当のことなんです! 私は七人のエージェントを倒して、この素晴らしい世界を守るために仲間を集めてるんです!」
アゲハが力強く頷くと、ニネミーアはニッコリと不敵で魅力的な笑みを浮かべた。
「そう。なら、私が仲間になってあげてもいいわよ」
「え……!? ほ、本当ですか!? ニネミーア先生が私の仲間に……!?」
アゲハは思わず椅子から立ち上がり、目を丸くした。
「ええ、本当よ。同じシオン様を愛する同志が世界を救おうとしているのに、黙って見過ごすわけにはいかないでしょう? それに、未来の強敵と戦うなんて、剣士としても心が躍るわ」
「わぁぁぁい! 嬉しいです! ニネミーア先生が仲間になってくれるなら百人力です!」
大喜びで跳ね回るアゲハの横で、理音はふと首をかしげ、ニネミーアの気品ある佇まいと洗練された雰囲気に注視した。
「あの……ニネミーアさん。差し支えなければ、本名を伺ってもよろしいですか? いくらなんでも『ニネミーア』はペンネームですよね……?」
「ええ、もちろんよ。仲間になるんだもの、隠す必要はないわね」
ニネミーアは優雅に紅茶のカップをソーサーに戻すと、まっすぐな瞳で二人を見つめた。
「私の本名は──新堂凪」
「……っ!?」
その名前を聞いた瞬間、理音の顔色が一変した。持っていたグラスを落としかけ、盛大に声を裏返した。
「し、新堂……!? え、もしかして、あの【七天】の一人──【刀神】新堂蓮さんの娘さんですか!?」
「ええ、そうよ。私がその新堂蓮の娘、新堂凪よ」
ニネミーア──凪は、当然のように頷いてみせた。
「ええええええええええッ!?!?」
理音の叫び声が喫茶スペースに響き渡った。
「【七天】の……あのアジア最強の剣士と呼ばれる新堂蓮さんの娘さん!? 超名門・新堂家の令嬢が、なんでこんなところで同人誌なんて売ってるんですかー!?」
「失礼ね。漫画を描くのも、剣の修行も、私にとってはどちらも高尚な表現活動よ。父親の光に隠れることなく、自分の力でシオン様への愛を形にしたいだけだわ」
凪はフンと可愛らしく鼻を鳴らした。
「私は幼少期から父に叩き込まれた、古流剣術の最高峰『新堂流剣術』の免許皆伝よ。近接戦闘なら、そこらの中堅探索者には絶対に負けないわ」
「新堂流剣術の免許皆伝……! 本物のガチ勢じゃないですか……!」
理音が戦慄する中、アゲハは目をキラキラと輝かせて凪の手をぎゅっと握りしめた。
「凪ちゃん! 私、すっごく心強いよ! よろしくね、私の大切な仲間!」
「ええ、よろしくね、アゲハ。……あ、でも配信や探索の時は『ミーア』って呼んでちょうだいね? 新堂の名前に縛られたくないの」
「うん! 分かったよ、ミーアちゃん!」
凪──ミーアは嬉しそうに微笑むと、自信に満ちた笑みを浮かべた。
「よし! 仲間になった記念に、今度一緒にダンジョン攻略に行きましょう! 私の新堂流剣術と、アゲハの未来兵器があれば、どんな深層のモンスターも一撃よ!」
「はいっ! ぜひ一緒に行きましょう!」
こうして、アキバの同人誌即売会という奇跡の出会いを通じて、アゲハは二人目の心強い仲間──【七天】の娘にして神絵師剣豪・新堂凪を獲得したのだった。
魔神王の野望を粉砕し、未来を書き換えるためのレジスタンスチームは、熱きオタクの絆とともに、着実とその規模を広げ始めていた。




