第九話
二人は禁区から抜け出すために歩き始めた。
並んで歩くのは妙な緊張感を感じる。
しかし、依然として位置がわからないことに変わりはない。
「どっちに行けばいいんすかね」
「わからないわ」
「わからないんすか…?」
「私はそんなに便利じゃないわ。あなたもわからないでしょう?」
「まあ、そりゃそうですけど…」
二人で廃墟の合間を歩いた。
ラヴェンツァは地図でも読むように、周囲を観察しながら進んでいた。
俺はただついて行った。
「キース」
後ろをついて行っていると、呼び声がかかった。
「方向感覚はあるかしら?」
「まぁ、普通くらいには」
「なら東に向かうわよ」
「なんで東なんすか?」
ラヴェンツァはため息を吐いた。
「…なんとなくよ」
「おぉ」
感嘆の意味を意味を込めて、小さな拍手も送る。
「流石っすね」
「バカにしてるでしょ」
「いやいや、そんな。滅相もない」
ラヴェンツァが肩をガクッと落とした。
「…とりあえず、行くわよ」
二人は東に向かって歩き出した。
とはいえ、木々や廃墟が邪魔でまともに方角がわかるわけもない。
ラヴェンツァは本当にわかっているのだろうか。
「ラヴェンツァ」
「なに」
「本当に東ってわかってるんすか?」
「わかってる」
「…どうやって?」
「風、かしらね」
「禁区の外側が、国境線なのは知っているわよね?」
首を縦に振る。
「サンクタム連邦の他にグレイブボーン領が隣接しているのよ」
「んで、国によって微妙な風の…」
「ん〜なんて言うのかしらね」
「温度差?のようなものが存在するのよ」
「温度差…ですか…」
そんなこと気にしたこともなかった。
「そうよ」
「グレイブボーン領は怪物発生が世界一だったり、人種差別などの国家問題で内紛が起きている国なのよ」
「だから、戦闘で使われている魂の断片が風に乗ってここまで届いているのよ」
「そう言うのも込みで、禁区内だと方角がわかるのよ」
「はぇ〜勉強になります」
「…本当にわかってるのかしら」
ラヴェンツァの感覚のおかげで、進めているようではある。
引き続き、後ろをついて歩く。
どこも同じような景色だった。
空間の揺れは相変わらず強い。
時々、足元の地面が微かに沈む感覚がある。
「ここ、本当に気持ち悪いですね」
「同感ね」
珍しく素直に頷いた。
「キース」
「はい」
「さっきの戦闘で、魂を増幅させたでしょう」
「わかりますか」
「魂の形の色が少し変わっていた」
「禁区の中では魂への負担が大きい」
「なるべく節約しなさい」
「了解です」
また沈黙が続いた。
廃墟を三つ越えたところで、ラヴェンツァが足を止めた。
「待って」
小声だった。
「どうしたんすか」
「いる」
声が終わる前に、影が動いた。
左から二体。
右から三体。
合計五体のバンキッシャーが、同時にこちらへ向かってきた。
「囲まれましたね…」
「状況説明は後でいいから!」
ラヴェンツァがメイスを顕現させた。
紫のオーラが広がった。
「左二体は私が引き受ける!」
「右三体をお願い!」
「こっち三体っすか!?」
「あなたの魂の武器の武器は二刀一対じゃない!」
「しかも、さっき一人で三体やってたでしょう!」
「あれは…なんとかなっただけで」
「もう!いいからなんとかしなさい!」
有無を言わさない口調だった。
二刀を顕現させた。
赤いオーラが滲み出る。
右側の三体に向き直った。
「行くよっ!」
「はい!」
二人が同時に動いた。
ラヴェンツァが左の二体に向かって踏み込んだ。
やはり、風のように速く感じる。
ラヴェンツァの背後で滲み出す魂の形が、置いて行かれているように見えるほどに。
一体目の腕を躱して、メイスを側面に叩きつける。
重い音が響いた。
二体目が背後から来ようとしたが、振り返りざまに迎撃した。
一切無駄がない。
俺は右の三体に向かった。
一体目が正面から来た。
左の刀で受け流して、右の刀を首元に走らせた。
深く入った。
霧になって消えた。
二体目が右から入ってくる。
横に跳んで躱す。
背後に回って、両刀で挟み込んだ。
断末魔が響いた。
霧になって消えた。
二体。
三体目が来た。
さっきより動きが速い。
腕が来た。
受け止めようとして、わずかに間に合わなかった。
「くっ」
肩がかすめた。
でも止まっていられない。
体の奥から魂を引き出す。
赤いオーラが濃くなった。
三体目が再び腕を振り上げた瞬間、横から紫のオーラが走った。
ラヴェンツァだった。
メイスが三体目の脇腹を直撃した。
よろめいた。
「今だよっ!」
「言われなくても…」
二刀を交差させて、全力で振り抜いた。
「分かってるッ!」
三体目の体に深い傷が走った。
霧になって消えた。
静寂が戻った。
「…ありがとうございます」
「お互い様よ」
ラヴェンツァが息を整えながら言った。
「肩、大丈夫?」
「かすっただけです」
「見せなさい」
「いや、大丈夫っすよ」
後退りする。
「見せなさいって言ったら…」
「見せなさい!」
有無を言わさない口調だった。
渋々、肩を見せた。
ラヴェンツァが傷を確認した。
「大したことはないわね」
「でしょ」
「黙りなさい」
また歩き出した。
「さっきより連携が良くなりましたね」
「そうかしら」
「なんとなく、動きが読めてきた気がします」
「…まあ、悪くはなかったわね」
それだけだった。
しばらく歩くこと、数分。
廃墟が途切れて、前方に広場のような場所が見えてきた。
あの先に出口があるかもしれない。
「あそこを抜ければ」
ラヴェンツァが言った。
二人で広場に踏み込んだ。
その瞬間だった。
地面が、揺れた。
さっきとは比べ物にならない揺れだった。
二人で思わず立ち止まった。
低い音が聞こえた。
唸り声のような、巨大な音だった。
でも、さっきの怪物とは全然違う。
「まさか…」
ラヴェンツァが後退りをする。
もっと低く、もっと重く、もっと大きい。
廃墟の向こうから、影が動いた。
大きい。
異常に大きい。
普通の怪物の数十倍はあるだろうか。
首都に来た時に戦った怪物よりも、遥かに大きい。
輪郭が歪んでいる。
一歩踏み出すたびに、地面が沈み込んだ。
「…ラヴェンツァ」
「ああ、見えてる…」
声が、わずかに低くなった。
その存在が、ゆっくりとこちらを向いた。
「あれは…」
ラヴェンツァが息を呑んだ。
巨大怪物だった。
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