第十話
「もう!なんなのよ〜!」
金髪を靡かせ、怪物数体から追われている。
背後からは、骨が軋んでいるような不気味な音が聞こえていている。
「なんなのよこれ…!」
「入学早々これって、ちょっと聞いてないんですけど〜!」
魂の武器で顕現させた三節棍を持ちながら、木々の間を駆け回る。
走っていたが、やがて行き止まりに着いてしまった。
逃げる道は、もうないだろう。
「も〜!」
「やってやろうじゃないの!!!」
三節棍を器用に振り回し、怪物を寄せ付けない体制を整える。
三節棍が空気を切り裂く。
「…よし」
ザッ。
地面を蹴り踏み込む。
しかし、この動作はフェイントだ。
予想通り、先頭の怪物が地面を蹴って跳んだ。
「…甘いね」
一撃。
三節棍の先端が怪物の側頭部を捉える。
だが、手応えが悪い。
「くっそ…」
空間異常のせいで、脳から四肢への情報伝達が歪んでいる。
思ったように力を発揮できない。
力が抜け、体がよろめく。
その隙に、さっきとは別の個体が踏み込んでくる。
着地と同時に足元へ爪を伸ばした。
「嘘、間に合わな……っ!」
致命傷の覚悟を決め目を細めた、その時だった。
横の茂みから、青い閃光が爆発した。
パァァァンッ!!
空間が弾けたような高い音。
目の前にいた怪物の胴体が、内側から粉砕された。
霧になることすら許されず、黒い泥となって地面に叩きつけられる。
「…ふぅ」
「危なかったな」
低い、地響きのような声。
アリスが顔を上げると、そこには華奢だが威圧感がある背中が立っていた。
黒髪のウルフカット。
その手には、青いオーラを纏った魂の武器が握られていた。
鞭のような、長い縄。
しかし、その先端には非常に鋭い刃が取り付けられている。
「感嘆してる場合じゃない…」
その男はこちらに手を出してきた。
思わずその手を掴む。
「ぞっ!」
掛け声と共に、地面から持ち上げられる。
「さぁ、行くよ」
優しそうな顔でこちらを向いてきた。
「う、うん」
自然な流れで共闘することになった。
先ほどまでは劣勢であったが、この男が一体を倒してくれたおかげで五分といったところだろう。
「…行くよ! 足を引っ張らないでね!」
三節棍を短く持ち直し、再び正面を見据えた。
「…そっちこそ、ね!」
男は淡々とした口調で応じ、青いオーラを纏った鞭を無造作に構えた。
残った怪物は二体。
私の境地を救ってくれた彼の動きに、怪物たちも警戒を強めている。
「私があっちの二体を引きつける! その隙にあなたは――」
指示を出し切る前に、男の姿が揺らいだ。
速い。
計算していた速度を、彼は踏み込み一歩で超えていった。
刃付きの鞭が、空中で鋭い放物線を描く。
パァァァンッ!!
空間を断裂させるような音が再び響き、一体の怪物の右腕を根元から刈り取った。
「まずは一体、っと」
そのまま鞭を引き戻し、独楽のように自分の周囲を旋回させる。
青い閃光の防壁が、近づこうとした二体の怪物を弾き飛ばした。
「な…なによその出力……」
「魂の無駄遣いもいいとこじゃない!」
「ご忠告どうも」
呆れながらも、その隙を逃さなかった。
彼が作った決定的な隙。
三節棍を連結させ、最長のリーチで跳ね飛ばされた怪物の核を貫く。
「でも、これならいけるっ!」
私の連撃と、彼の圧倒的な破壊力。
即席のコンビとは思えないほど、二人の攻撃は噛み合っていた。
私が追い込み、彼が粉砕する。
最後の一体が霧となって消えるまで、一分もかからなかった。
「……ふぅ」
「まあ、助かったよ。感謝してあげる」
武器を納め、少し上目遣いに彼を見た。
「してあげるって、いったい何様だよ…」
「俺が助けに行かなかったら死んでただろ、あれ」
「うるさいっ!」
「そういえば、あなた名前は?」
「……ああ。デイジー・バーグだ」
「そういう君は?」
「アリス・グレイブスよ」
「あぁ、噂に聞いてるよ」
「試験を二位で突破したんだってね」
「そうだよ。よく知ってるね」
少し得意げに言った。
「主席合格じゃなかったのが悔やまれるけどね」
「それでも十分だと思うけどな。俺は」
デイジーは視線を東に向けたまま、淡々と答えた。
「まあ、そんなことより」
話を流された。
「出口、探さないといけないだろ」
確かにそうだった。
今はこうして談笑している場合ではない。
「そうね」
三節棍を手に持ち直した。
「どっちに行けばいいかしら」
「こっちだ」
デイジーが東の方向に歩き出した。
迷いがない。
「…わかるの?」
「なんとなくね」
「なんとなくって…」
「勘だよ」
「勘で動くの…?」
「外れたことないから」
なんとも雑な根拠だった。
しかし、今は信じるしかない。
しばらく無言で歩いた。
デイジーは前を歩いている。
背が高い。
ローブのような服を着ているのに、動きが全く乱れない。
「さっきの攻撃」
歩きながら聞いた。
「ほら、最初に助けてくれた時」
「あの出力、どうやって出してるの」
「魂を一点に集中させてるだけだ」
「それだけで、あんなことができるの?」
「君だってできるだろ」
「…あそこまではできないと思う」
「練習すればできる」
「本当に?」
「多分」
「多分って…」
また流された。
この男、会話が続かない。
「デイジー」
「なに?」
「なんで学術院に来たの?」
少し間があった。
「…さあ」
「さあって、自分のことでしょう」
「そうだな」
どことなくはぐらかされている気がする。
話す気がないのか、本当にわからないのか。
廃墟を抜けると、前方に光が見えた。
出口だった。
「あった」
「言っただろ、勘は外れない」
「認めてあげるわよ、今回だけ」
「今回だけって」
二人で出口に向かって歩き出した。
その瞬間、地面が大きく揺れる。
「…っ」
思わず足を止めた。
デイジーも立ち止まった。
揺れは一度だけじゃなかった。
一歩、また一歩。
規則的な重さで、地面が沈み込んでいく。
禁区の奥から、低い音が聞こえた。
唸り声のような、巨大な音だった。
さっき戦った怪物とは、音圧も質量も全然違う。
次元が違う。
「…何、あれ」
思わず呟いた。
声が震えていた。
鞭を顕現させた。
青いオーラが、静かに滲み出た。
廃墟の向こうで、何かが動いている。
大きい。
異常に大きい。
普通の怪物の数十倍はあるだろうか。
一歩踏み出すたびに、地面が沈み込んだ。
「デイジー」
呼びかける。
「行くよ」
迷わず歩き始めていた。
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