第五話
「行ってきます」
「おう」
いつもガルト叔父さんはソファで煙草を吸っていることが多い。
しかし、今日は違った。
玄関まで来て、わざわざ見送りをするようだ。
それ以外は、いつもと同じ朝だった。
玄関を出て、少し歩いたところで振り返った。
家の窓から、ガルト叔父さんがこちらを見ていた。
目が合った。
ガルトは小さく手を振った。
俺も手を振った。
それだけだった。
振り返って、歩き出した。
朝の田舎道は静かだった。
虫の声も、風の音も、全部いつも通りだった。
なのに、足取りだけが少しだけ重かった。
道中は怪物が出ることもなく、無事に首都へと着いた。
セントラル・サンクタムに着いたのは昼過ぎだった。
昨日と同じ街並みなのはずなのに、全然違って見えた。
昨日は観光客として歩いていた道を、今日は別の目的で歩いている。
指定された場所は学術院の正門だった。
重厚な鉄の門が、目の前にそびえ立っていた。
「おぉ…」
でかい。
昨日の怪物や怒ったガルト叔父さんより、よっぽど威圧感がある。
雰囲気で押しつぶされそうな勢いだ。
「ずいぶん早い決断だったね」
背後から声がした。
デミラスだった。
昨日と同じコートを着て、穏やかに微笑んでいた。
「…来ました」
「君がその選択をしてくれて、私は非常に嬉しいよ」
「ありがとう」
デミラスは正門へと歩き出した。
「中で話そう」
門をくぐった瞬間、空気が変わった。
広い敷地に、いくつもの建物が並んでいる。
訓練場らしき場所では、すでに何人かの生徒が動いていた。
「どう?初めて見る感想は?」
「…でかいですね」
「ふふ、昨日と同じような感想だね」
デミラスは静かに笑った。
案内された部屋は、学長室だった。
本棚が壁一面に並んでいる。
窓の外から、生徒たちが一様に並んでいる訓練場が見えた。
様々な色の魂の形が、生徒を介して滲み出ていた。
赤、青、紫、白。
それぞれが違う色を持っている。
なんだか綺麗だ。
向かい合って座る。
デミラスは書類を一枚取り出した。
「これが推薦状だ」
「サインをもらえれば、君の入学が正式に決まる」
書類を見た。
名前の欄に、「キース・ラヴェント」と印字されていた。
ペンを手に取った。
少しだけ、躊躇した。
これにサインをしたら、何かが変わる。
大きく動き始める。
そんな気がした。
「…一つだけ聞いていいですか」
「もちろん」
「ガルトさんのこと、知ってますよね」
デミラスの手が、一瞬だけ止まった。
しかしすぐに、穏やかな表情に戻った。
「調べたのかい?」
「あ、あの。まぁ、そんなところです」
反応的に、ガルト叔父さんと関わりがあることを知っているわけではなさそうだ。
こちらからの深掘りは余計だろう。
「昔、この学術院に在学していた時のクラスメイトでね」
「今はかなり疎遠になってしまって、どこで何をしているかは知らないがね」
嘘をついている顔じゃなかった。
でも、全部話している顔でもなかった。
「そうですか」
それ以上は聞かなかった。
ガルト叔父さんと同じだ。
聞いても、今は答えてくれない。
ペンを走らせた。
紙の上に、自分の名前を書いた。
「ありがとう、キース君」
「14歳、か」
デミラスは推薦状を受け取って、静かに微笑んだ。
「…若すぎますか」
「いや」
デミラスは書類に目を落としながら、続けた。
「若いということは、それだけ伸びしろがあるということだ」
「むしろ、歓迎しているよ」
「でも、飛び級って…周りから何か言われませんか」
「言われるだろうね」
あっさりと答えた。
「気にするかい?」
「…少しは」
「正直だ」
デミラスは小さく笑った。
「ただ、気にする必要はない」
「すぐに皆がキース君に対して、尊敬の眼差しを向けるはずさ」
異常な期待をされているのが、心に重くのしかかる。
「しかも、さらに結果が出れば、誰も何も言えなくなる」
「それが学術院という場所だ」
「入学式は一週間後だよ。よろしく頼むね」
「はい」
立ち上がって、窓の外を見た。
訓練場で、生徒たちが動いているのが見える。
様々な色の魂の形が、空中に滲み出ていた。
しばらく眺めていた。
先ほどと同じような感想だが、なんだか綺麗だ。
「気になるかい?」
「…はい、少し」
「君もすぐにああなる」
デミラスは静かに言った。
学長室を出た。
デミラスが正門まで送ってくれた。
「何か不安なことがあれば、いつでも聞きに来なさい」
「はい」
「親御さんにもよろしく、と伝えておいてね」
門をくぐって、振り返った。
デミラスはまだそこに立っていた。
穏やかな目で、こちらを見ていた。
「では、一週間後に」
「はい。失礼します」
歩き出した。
背後で、門が閉まる音がした。
首都の喧騒が、また遠くから聞こえてきた。
昨日と同じ街並み。
昨日と同じ人混み。
でも、昨日とは全然違う帰り道だった。
これからどうなるのかの不安。
それは建前としての感情なのかもしれない。
実際は、高揚感に包まれていた。
一度、諦めた夢。
学術院への入学。
それが、今しがた叶った。
しかも、魂守りになれるかもしれない。
「くぅぅ!」
喜びを噛み締める。
「頑張るぞぉ!!」
ポケットの中には、推薦状の控えが入っている。
紙の感触が、妙にリアルだった。
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