2-1-2 父親
「久しいな。我が娘よ」
こ綺麗な男がラヴェンツァに向けて視線を向けた。
彼の声と存在感は喧騒の中でも妙に立っている。
「元気そうで何よりだな」
嫌味ったらしく言葉を刺す。
「——はい、お父様」
ラヴェンツァは彼に頭を下げた。
思わず隣にいるアリスに耳打ちをした。
「ねぇ」
「なによ」
「ラヴェンツァのお父さん、その、なんか」
いかにも毒親らしいと言おうとしたが、間一髪のところで理性が働いた。
別の言葉に例えようとしたが、オブラートに包める類似語が見当たらない。
「みんな思ってる、だから言葉に出さないで」
「おっと、申し遅れたね」
ラヴェンツァに向けていた嫌味さが抜けて、こちらにお辞儀をした。
今更な気がするが。
「私はサンクタム生活圏ユニオンの党首、ルシアン・ヴェイルである」
「以後、お見知り置きを」
さっきまでの言動が嘘と思えるほどの丁寧な挨拶に意表を突かれた。
ラヴェンツァ以外が目を丸くしている。
「あと…君はラヴェンツァのバディかい?」
ルシアンの値踏みするような目線が向けられた。
まるで睨んでいるようにも感じられる。
「そうですが……」
建前上、謙遜を語気に含ませた。
そう言うと、彼が吹き出した。
「失礼だが…その…」
笑いを堪えるように口を手で抑えている。
嘲笑されているのが見て取れる。
殴りたい気持ちをグッと胸の奥にしまった。
「娘を預けるにはあまりにも矮小だと感じるのだが」
その言葉を聞いた瞬間、ガルトが一歩前に出た。
呆れたように頭を掻いている。
「あのな……」
「こいつはあんたの娘さんよりも数倍能力があるんだ」
ガルトの言葉を聞いてルシアンはさらに吹き出した。
それを我慢できずに高笑いをし始めた。
それと同時に周りの視線がこちらに集中し始める。
ひとしきり笑った後にこちらをニヤニヤしながら見つめてくる。
「親がこれなら子がこれになるのも納得だな」
「能力があるだけでは宝の持ち腐れだと思うが?」
「くっ……」
ガルトがグッと拳を抑えた。
言われた本人よりもイライラしていそうだ。
「と言うかもしかして…君が噂の学長推薦の子なのかい?」
こちらを覗き込むように見てきている。
「そうですけど……」
愚直にそのまま答えた。
すると、ルシアンが驚いたような顔をした。
「あらら、デミラス学長も見る目がないのだね」
「もっと骨のある生徒なのかと思っていたが、これは学長も災難だろうね」
その瞬間、ガルトの視線が明確な殺意を含んでいた。
また一歩と近づき、ルシアンの胸ぐらを掴んだ。
「それ以上言ったら許さんぞ」
ガルトのドスの効いた声が響いた。
ルシアンは掴まれながらも両手を上げていた。
まるで降参のポーズとも言いたげだ。
だが、その中に嘲笑の意味合いも入ってるように感じられる。
「おっと、暴力を振う気かい?」
ニヤリと白い歯をキラつかせる。
「いやはや怖い怖い」
「服装に似合う野蛮さだな」
「てめぇ……」
ガルトは静かに胸ぐらから手を離した。
その瞬間、ガルトが何か思いついたように顔を上げた。
いつもの悪知恵が働いたように見える。
「ところで」
「あんたの娘は出会った時に喜んでいないようだが?」
ルシアンが目を細めた。
その目線はガルトにしっかりと向けられている。
「なんだと……?」
さっきまでの煽り口調とは真逆で、低い声がガルトに向けられている。
ガルトはルシアンのその反応を見て、すかさず続けた。
「久しぶりに会ったって言うのに、娘が最初にする行動がお辞儀って……」
「まるで躾けられた犬ってところだな、愛がないんじゃないか?」
ガルトが大声で晒しあげるように言った。
冷たい視線がルシアンに一斉に向けられる。
「っ!」
ルシアンがグッと拳を握った。
「おっと図星だったのか?こりゃ失敬失敬」
ガルトはその動作を見逃すことなく、嘲笑するように言った。
それに呼応するようにルシアンが見上げるような視線を送っている。
「貴様……!」
「お、やる気かよ」
ガルトが腕を捲った。
誰から見ても煽り合いが始まりそうになっている。
これは止めないと大事になる。
周りの視線も集中している。
「ちょいちょい熱くならないで」
ガルトの手を掴んでそう言ったが、力が収まる気配は微塵も感じられない。
「お父様、おやめください……」
ラヴェンツァも服の裾を掴んで説得していた。
ルシアンも収まる気配がなさそうだ。
すると、奥の方から警備の服を着た人たちがこちらに向かってきていた。
「はーい、そこの二人落ち着いて〜」
そう言いながら、警備の人たちがガルトとルシアンを後ろから抑えている。
「ちょ、まだ終わってねぇぞ」
ルシアンが腕の中で暴れていた。
「続きはこっちで聞きますからね〜」
そう言って二人は連れてかれて行った。
「変な親を持ってるね」
ラヴェンツァに呆れながらそう言った。
「あなたもね」
彼女も呆れていた。




