1-4-10 あと、一歩
体がすごく軽く感じる。
心地の良い風が体をなぞり、木々のざわめきが聞こえてくる。
目を開けると、見渡す限りの草原の真ん中に立っていた。
上を見上げると空がやけに高く、雲がゆっくりと流れている。
鳥たちが囀りを奏でている。
ここは、どこなのだろうか——
こんなに綺麗な場所、一度も来たことがない。
だが、不思議と懐かしく感じる。
視線を奥にすると、そこには人影が立っている。
草原のさらに奥、木々が立ち並んでいる場所。
誰かが立っている。
距離が離れているのもあり、顔は視認できない。
あの人影は、見るからに怪しい。
しかし、不思議と嫌悪感は抱かない。
歩いて近づくことにした。
近づくほど、その姿が鮮明になっていく。
数メートルまで近づいた。
背丈は同じくらいだろうか。
黒い装束を身にまとい、穴が空いているフードを深く被り顔を隠している。
完全には見えないが、隙間から顔を覗かせている。
右目には眼帯をしてるのが見えた。
こちらをまっすぐに見つめる、もう一つの目も垣間見える。
フードの中から眼光が鋭く光り、こちらを見つめる緊張が増す。
知らない人だ。
でも、その顔を見た瞬間、胸の奥が締め付けられるような感覚がした。
どこかで懐かしく感じる。
なぜだろうか。
会ったことなど、ないはずなのに。
その人物が、静かに口を開いた。
「……やっと、会えたな」
声が、風に乗って届いた。
「あなたは、誰ですか」
静かに聞いた。
答えが返ってくる直前、直感が脳内を駆け巡る。
この人を、知っている。
理屈ではなく、もっと深いところで。
彼は口を開いた。
その瞬間、強い風が吹いた。
草木がそれに靡いて、咄嗟に手で顔を覆う。
その隙間から、彼が口を開いているのが見えた。
風によって、何を言っているのかは聞こえなかった。
風が吹き止むと、彼は再度口を開いた。
「ずっと、探していた」
その人物が言った。
「お前を」
「俺を、ずっと…?」
言葉を続けようとした。
その瞬間だった。
ドンッ。
足元が、大きく揺れた。
草原全体が、震え地震のような奇妙な揺れが襲ってくる。
バランスを崩しそうになり、地面に手をつける。
その人物は、揺れの中でも微動だにしなかった。
ただ、静かにこちらを見ていた。
「時間が、来たようだ」
そう言って、彼は遠くを見つめ始めた。
「待ってくれ、まだ——」
聞きたいことが、たくさんあるはずだった。
なのに、縛られたように言葉が出ない。
「また会おう」
それだけ言って、その人物の姿が光に溶けるように消えていった。
景色が、揺れながら崩れていく。
草原が、白く塗り潰されていく。
————
その瞬間、彼の動きが変わった。
こちらに来る速度が、さっきとは比べ物にならないほど速くなる。
幸い、炎は弱まったようだ。
距離がさらに縮まる。
あと数メートル。
キースが、確実にこちらを捉えている。
眼光が鋭くなり、明確に殺意を孕んでる。
「来る…!」
ルカが小さく叫んだ。
二刀が振り上げられ、剣先が飛んでくる。
赤い刀からは炎が間欠泉のように定期的に吹き出し、黒い刀からは怨嗟のような黒い粉塵が舞っている。
咄嗟に横へ跳んだ。
赤い刀は空を切る。
「危ない…!」
ルカの観察眼を頼りに回避に専念する。
今度は右の黒い刀だ。
回避先を狙ったかのように、的確に向けられていた。
「まずい——」
そう感じたのも束の間。
後方から飛んできたダガーが彼の剣に当たり、直前で軌道がズレる。
「援護は私がする」
「シャオは隙を見つけて」
後ろから頼もしい声が聞こえてきた。
だが、このままではいずれ限界を迎えるだろう。
「なにか策を……」
その時だった————
炎の中心、わずかな揺らぎが見えた。
色が歪み、微妙な揺れが生じている。
もう一つ。
赤黒い不気味なオーラの中に、一瞬だけ別の色が見えた。
紫がかった、不安定な光。
彼が扱う、赤い魂の形とは違う。
『あれは…』
もう一度、しっかりと視線を集中させる。
魂の形が、明らかに二色になっている。
二色が混ざり合い、奇妙な光を生み出している。
その中に、揺らぎも確かに混ざっている。
考える間もなかった。
彼がまた動く。
的確な狙いが、眼光と共に近づいてきている。
「下がって」
後方にいるであろうルカに言うように口に出した。
「は……?」
「下がれって言ってる!!!」
彼が地面を蹴り、真っ直ぐに向かってくる。
速い。
今までとは、全然違う。
『本気で、殺すつもりだ』
そんな感覚が、彼が発する違和感と共に伝わってくる。
悠長に思考を回す暇もなく、二刀が交差するように振られた。
咄嗟に両拳を交差させ、二刀を受け止める。
ガンッ。
衝撃が骨まで響き、鍔迫り合いの地点から衝撃波が周りを襲う。
「っ……!」
その衝撃に耐えられず、後方へと転がる。
それを逃すまいとすぐに追ってきている。
「シャオ!」
ルカの声がした。
ダガーが、横から飛んできた。
彼の足元に着弾し、わずかに軌道を逸らした。
それでも、全く気にしていない様子だった。
それを回避できず、咄嗟に右腕を顔の前に掲げた。
彼の剣先がわずかに触れると、その瞬間に後方へと飛ばされた。
腰の装置の点灯が消え、保険が消えた。
彼も同様に後方へと飛ばされている。
しかし、なぜか彼は動こうとしない。
また目を凝らすと、先ほどの揺らぎがさらに顕著になっている。
『今しかない』
その状況を咄嗟にチャンスと考えた。
すぐさま立ち上がる。
ルカに視線を送った。
ルカが、何も言わずに頷いた。
二人で同時に踏み込み、彼の元へと踏み込んだ。
その間も、彼は動く気配を見せない。
やがて、彼の身体へと手が届いた。
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