1-4-9 危機迫る
声が、届いている。
気のせいかもしれない。
だが、彼は確かにこちらを意識しているはず。
「キース…!」
もう一度呼んだ。
しかし、オーラはまた元の勢いに戻っていく。
ーーーー
フィールドには、熱風と火の粉が絶え間なく吹き荒れている。
数メートル離れているだけで、肌が焼けるような熱さが伝わってくる。
目の前には、赤黒い炎の奔流があった。
地面にある木の葉が次々と燃え移り、周囲の木々は黒く変色している。
その轟々とした空間の中心には、あの飛び級君がいる。
動こうとはしていないようだ。
その場に立ち尽くし、虚な目を地面に向けている。
しかし、火だけは着実に迫ってきている。
怖くないと言えば嘘になる。
死ぬのは怖い。
誰だって同じだ。
だが、助けたいと言う気持ちも本物。
ここで彼を助けないと、後々後悔するはず。
そして、自分の信念も曲げることになるだろう。
『昨日の敵は今日の友』
飛び級君とは、さっきまで生死のやり取りをしていた関係だ。
だからこそ、私は大事な後輩を助ける。
迷わずに、一歩進む。
装置のおかげで、一回なら攻撃を防御できる安心感も少なからずある。
「シャオ」
ルカが低く言った。
「止まれ」
振り返ると、彼女が肩をしっかりと掴んできていた。
目の奥には、今までに感じたことのない威圧を感じる。
今までにないくらいの本気だ。
「止まれない」
その静止を振り切るように、肩をすかす。
「死ぬかもしれないんだぞ」
後ろを振り返らなかったが、声には圧を感じる。
だが、その声の奥には恐怖の感情も混じっているように感じる。
喉奥が震えているように聞こえた。
「わかってる」
彼女が少し間を置いた。
「…馬鹿じゃないの」
「そうかもね」
一歩踏み出した。
熱風が、さらに体を侵食していく。
長時間この場にいるのは危険だと、本能が警鐘を鳴らしている。
振り返らなかった。
振り返ったら、止まってしまう気がした。
あの飛び級の一年生。
戦っていて、こんなに楽しかったのは久しぶりだった。
だから。
こんなところで彼に死んでもらうには惜しすぎる。
もう一歩。
炎が、体を包み始めた。
ガサ。
背後で枯れ葉を踏む音がした。
「…っ」
振り返らなかったが、気配でルカだと確信した。
「来るな」
「うるさい」
低い声が返ってきた。
「一人で死にに行かせられるほど、感情がないわけじゃない」
彼女と隣り合って並ぶ。
久しぶりの感覚だ。
奇襲を得意とするチームだからこそ、戦闘中に並ぶことは滅多にない。
「……意外と仲間思いなんだな」
笑い混じりで彼女に聞いた。
「……うるさい」
彼女は照れ隠しのように顔を隠す。
「で、どうする気なの?」
ルカが聞いてきた。
正直、作戦などあってないようなものだ。
こんな状況も経験したことがない。
対処法も確立されていない。
そもそも、彼をあの状況から助けられるのかすらもわからない。
「そのまま突っ込む気?」
「他に方法があるとでも?」
彼女は考え込んだ。
そしてすぐに顔を上げる。
「…ないな」
「じゃあ、それで」
長く戦いを共にしてきた戦友との間には、それ以上の言葉は不要だった。
ルカは後方へと下がり、状況確認かつ援護の体制を取った。
魂の出力を上げる。
彼に近づくように、一歩を着実に踏み込んだ。
体に当たる熱風が一気に増す。
それと同時に、彼もこちらに近づいてくる。
動きは遅いが、着実にこちらへと歩み寄ってくる。
人の生気は感じられず、代わりに殺気立った瞳が視線を向けてきている。
さらに出力を上げ、熱による体力の消耗を限りなく抑える。
魂の形の色がさらに濃くなる。
周りの炎とほぼ同色になり、見分けがつかないほどだ。
それでも、足がどうしても前に向かない。
彼が放つ殺気も作用して、土壇場で足が震える。
「っ…熱い…!」
数歩進むが、これ以上は体が持たない…
思わず後ずさる。
「正面は無理だね……」
息を切らしながら言った。
「援護する」
森の奥から、ルカの小さな声が聞こえる。
後方を見ると、ルカがダガーを構えていた。
それを炎の隙間を狙って、いくつか投げ込む。
しかし、ダガーは彼に届かなかった。
途中で炎によって燃え、魂の残滓と共に消滅した。
「これも無理か……」
ルカがそう呟く。
どうするべきか——
正面からは絶望的。
遠距離攻撃も意味を為さない。
それでも、彼は止まる気配を見せない。
一歩。
また一歩。
速度を上げながらこちらに近づいてきている。
炎を纏ったまま、ゆっくりと。
目的もなく、ただ歩いているように見える。
しかし、殺気は依然消えない。
「待て!」
バルガの声が、フィールド全体に響き渡る。
「応援を呼んでいる、待つんだ」
「そんな悠長に待ってる時間はない」
拳を強く握る。
「間に合わないよ、多分」
二人の答えは同じだった。
ここで彼を止めないと、取り返しのつかないことになる。
どこからこの考えが湧いてきているのかはわからない。
だが、胸騒ぎが止まる気配はない。
「危険だ!下がれ!」
再びバルガの声が響き渡る。
「だから行く」
彼との距離が、また縮まった。
刻一刻と、時間は迫ってきている。
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