1-4-11 なにも、覚えていない
両手が彼の肩に触れている。
隣にいるルカの手も、ほぼ同時に触れていた。
なぜ魂の武器で攻撃するのではなく、手で触れることを選んだのか。
根拠なんてない。
だけどあの揺らぎの中には、確実に彼の意識を感じた。
この状況の中、助けたいという思いが届いてほしい。
そんな幻想を抱いていたのかもしれない。
この思いが届いて欲しい。
いや、届くはずだ。
そう思い込むほどに。
これが失敗に終わったら、それまでなのかもしれない。
命を守る装置はもうない。
むしろ、誰かを助けようとして死ぬのなら本望だ。
数秒触れていたが、一向に変化が起きる気配はない。
「ダメか——」
直感でそう感じ、死期を悟ったようにゆっくりと瞳を閉じる。
しかし、彼に触れている場所からわずかな反応を感じる。
一度、魂の出力を片腕に集中させる。
すると、彼に触れた地点から爆発するように赤黒い物質が大きく波打つように広がった。
まるで、彼の内部で何かが抵抗しているようだった。
その余波が空間を支配し、やがて大きく黒い雲のようなものが形成される。
その雲のような物体は次第に大きく膨張していき、周囲の空間を包み込んだ。
内部の環境は劣悪で、空気は肺に吸い込めないほど熱く、粉塵も舞っている。
そんな状況でも、魂の出力を最大化していく。
彼の揺らぎに、自分の魂を近づけるように。
ルカも状況に気付き、同じことをしているのが肌越しに伝わってきている。
赤黒いオーラがさらに激しく波打ち、彼の体が痙攣を起こしている。
抵抗しているのか、それともこちらに応えようとしているのか。
どちらかはわからない。
それでも、手を離すことはなかった。
瞬間、周りの雲が音もなく離散するように消滅した。
その中央には、彼が立ち尽くしていた。
————
さっきの草原から一点、体の激痛を感じて目を覚ました。
目の前には、焼け爛れた森林と焦げ臭い匂いが充満していた。
視線を下に向けると、そこにはシャオの顔が目前に迫っていた。
ルカの顔も、すぐそこにあった。
何が起きたのか、何が起きていたのか。
全くと言っていいほどわからなかった。
ただ、手の熱と、肩の感覚だけが、はっきりとあった。
一つ、はっきりと覚えていることがあるとするならば。
心地の良い時間を過ごしていた。
そんな気がする。
「あ……」
言葉にならなかった。
体の力が自然に抜け落ち、意識も次第に薄くなっていく。
視界が徐々に暗くなり、四肢の力が抜けて地面へと倒れ込んでいく。
体を動かす力はどこにも残っていない。
そのまま、意識が途切れた。
————
体からの悲鳴で意識を取り戻した。
体が痛む中、ゆっくり目を開ける
そこには、見知った白い天井が広がっていた。
前にも、ここで目が覚めたことがある。
おそらく医務室だろう。
咄嗟に体を起こそうとした。
「っ……」
全身に、鈍い痛みが走った。
筋肉が軋むように痛み、思うように力が入らない。
「動かない方がいいわ」
部屋の奥から声がした。
横を見ると、ラヴェンツァが椅子に座っていた。
ドレスは着替えられていて、頬の傷も手当てされている。
「ラヴェンツァ……」
「無事だったんだ……」
「当たり前でしょ」
再度部屋を見渡した。
シャオとルカが、少し離れた場所に並んで座っていた。
二人とも、包帯を巻いている箇所が多く、顔には火傷のような跡も見受けられる。
シャオが、こちらに気づいて軽く手を上げた。
ルカは、何も言わずに目を逸らした。
そして、部屋の入り口にはデミラスが立っていた。
穏やかな表情だった。
でも、いつもより少しだけ目が鋭い気がした。
「キース君」
デミラスが、静かに口を開いた。
「こんなに早く死の淵から生還するとは、君は運がいいね」
「ともかく、目が覚めてよかった」
軽く頭を下げると、デミラスがベッドの近くまで歩いてきた。
「キース君」
「君はあの時、何が起きたか覚えているかい……?」
そう聞かれ、記憶を辿る。
全て覚えているつもりだった。
シャオとの戦闘。
ラヴェンツァの背中。
そして——
「ラヴェンツァが、装置で退場して」
「それから、シャオさんとルカさんと戦って」
言葉を続けようとする。
だが、そこで止まった。
「あれ……」
もう一度、記憶を辿る。
だが、そこの記憶だけ穴が空いたように消えている。
最後に残っている記憶は、先輩二人が近くにいて、なぜか自分に触れていたことだけ。
「それから……」
言葉をどうにかして繋げようとするが、どう言ったらいいのかがわからない。
「それから?」
デミラスが、静かに聞いた。
答えられなかった。
頭の中を探っても、何も見つからない。
「覚えてない……です……」
正直に言った。
「全然」
部屋に、沈黙が落ちた。
ラヴェンツァが、何も言わずにこちらを見ていた。
シャオとルカも、視線を交わしていた。
「森が燃えたことも?」
デミラスが続けた。
「燃えた……?」
確かに、意識を失う直前に焦げ臭い匂いを感じたのは覚えている。
「ああ」
「誰かが燃やしたんですか……?」
「そうだね」
デミラスが苦笑気味に笑う。
「あの日、君が何をしたのかを詳細に話すね」
デミラスの声色が変わった。
あの日、何が起きたのかを聞かされた。
謎の力の暴走。
意識を失っていたの出来事。
そのどれもが、現実味を感じなかった。
だが、冗談を言っている雰囲気も感じられなかった。
説明を受けてもなお、全ての出来事を覚えていなかった。
覚えていないというより、その部分だけ穴が空いたように抜け落ちている。
本当に自分がやったのかさえも懐疑的だった。
その上で、自分に対して恐怖心を抱いてしまった。
「すいません……」
そんな考えとは裏腹に、なぜか謝罪の言葉が口から出た。
謝る理由が、自分でもわからなかった。
デミラスが、少しだけ目を細めた。
「謝る必要はないよ」
それだけ言った。
しかし、その言葉の裏に何かがある気がした。
聞きたかった。
だが、聞ける雰囲気ではなかった。
「とりあえず、完治するまでは安静にね」
それを言い終わると、デミラスは部屋を出ていった。
ラヴェンツァが、静かに立ち上がった。
「休みなさい」
「まだ、聞きたいことが——」
「いや、今はいいわ」
「傷が治ったら、フェスティバルに向けての特訓よ」
それだけ言い残し、ラヴェンツァも続けて部屋を出て行った。
順番かのように、先輩コンビがこちらにやってくる。
「君、また勝負するよ」
「今度は、意識がある時に決着をつけるよ」
シャオが言い終わると、手を差し伸べてきた。
「ほら、『昨日の敵は今日の友』っていうでしょ」
「今日かられっきとした友達よ」
横からルカも手を差し伸べてきた。
それを両手を使って握り返した。
それが終わると、彼女らも部屋を後にしていった。
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