第二十七話 力の差
木々の間を縫うように進む。
葉の擦れる音が、風の音に混じっている。
足元の土が柔らかく、走るたびに沈む感覚がある。
まるで本物の地面のようだ。
だが…
あまりにも静かすぎる。
シャオもルカも、どこにいるかわからない。
相手が人間なら、少なからず魂の形が滲んで見えるはずだ。
しかし、その痕跡すら見当たらない。
「…どこだ」
息を殺しながら、周囲を見回す。
その時だった。
左の木陰から、影が動いた。
速い。
反応が間に合わなかった。
シャオの拳が、脇腹をかすめた。
それをギリギリで片腕で受け止める。
「っ…!」
防御の構えを取ったつもりだったが、体ごと吹き飛ばされた。
バン。
木の幹に背中をぶつける。
目の前に木の葉が散る。
「いって…」
「一年生にしては、反応悪くないね」
シャオが数歩先に立っていた。
手の関節を鳴らし、余裕綽々といった表情をしている。
しかも、魂の形がほとんど見えない。
しかし、魂の武器で顕現させたであろうメリケンサックを両拳につけている。
魂の出力を意図的に抑えている、とでも言うのだろうか。
「魂の形を消してる…?」
「気づいた?」
シャオが笑った。
「これがうちの家系に伝わる拳法よ」
「魂の形を特殊な方法で一時的に無効化」
「それで気配を消せるってわけ」
「それで、奇襲がしやすい…ってことか」
二刀を構え直した。
「ご名…」
「答っ!」
シャオが再び踏み込んだ。
周りの空気や木々が音を立てている。
とてつもなく速い。
ラヴェンツァの比じゃない。
油断すると、すぐに懐に潜り込まれそうだ。
しかも、動きが全く読めない。
魂の形が見えないから、出力の変化もわからない。
通常の怪物相手とは、全く勝手が違う。
「さぁ…」
右側から声が聞こえる。
「休んでる暇なんてないよ!」
拳が来た。
右の刀で受け止めた。
「おっも…!」
一体、こんな小柄な体のどこにこれだけの力があるのか。
「へぇ、受け止めれるんだね」
「あと、『重い』は女の子には禁句だよっ!」
鍔迫り合いが続く。
こちらから力を引いたら一気に押し負ける。
冷や汗がダラダラと体を流れていく。
シャオはまだまだと言わんばかりに笑顔を浮かべている。
しかし、そんな可愛い笑顔には似つかわしくない、とてつもない気迫を感じる。
まるで、この戦闘を娯楽として楽しんでいるようだ。
「と言うか、珍しいね」
「その魂の武器」
こんな状況で話せる気力があるのか。
はたまた、虚勢で見栄を張っているのか。
どちらにせよ、押されているのは事実だ。
「二刀一対…初めてっ…ですか…?」
「見たことすらないよ」
「そうです…」
「かっ!」
魂を一時的に高出力にし、一時的に解放される。
「お」
「やるね」
シャオが一時的に森へと姿を消していった。
「君、人と戦うのは初めてじゃないよね」
森から声が聞こえる。
「どうして、そう思うんですか?」
「動きに迷いがないから、だね」
声の方向が、変わった。
「怪物相手に慣れてる奴は、それ相応に強い人間だ」
「だけど、そんな人でも戦う時に一瞬だけ躊躇するタイミングがある」
「それが、人間との対峙だ」
「でも、君にはそれがない」
「私は思うんだよ」
「人と戦ったことない魂守りなんかに“価値はない“ってね」
「大事な局面で立ち上がれない人間に、力なんてない」
声からとんでもない気迫を感じる。
しかし、依然として魂の形は感じられない。
気は抜けない。
「そうで…すか…」
「ご想像に…お任せします」
息を切らしながら返事をする。
「ふっ、生意気な後輩ね」
返事をしながら、周囲に意識を向ける。
声の方向はわかる。
でも、それが罠かもしれない。
「飛び級君を観察してて思ったけど…」
シャオの声が、また違う方向から聞こえた。
「さっきから、魂の形が揺れてるよ」
「制御できてないでしょ、それ」
図星だった。
さっきの鍔迫り合いで体力を消耗している。
「…自覚はあります」
そんな会話をしていると、木の葉が揺れた。
右だ。
刀を構えた瞬間、左から拳が来た。
「っ!」
腹に直撃した。
「ぐっ…」
脇腹に重い一撃を喰らう。
「声で釣って、別の方向から来る、か…」
「正解」
「卑怯ですね…」
「なんとでもいいな」
シャオが目の前に立っていた。
「飛び級君が負ける前に教えてあげる」
「魂の形が揺れてると、感覚が鈍る」
「動体視野も、反応速度も、魂の出力も」
「飛び級君の力、まだ半分も出てないはず」
息を整えながら、シャオを見た。
オレンジのオーラは相変わらず見えない。
「なんで…教えてくれるんですか」
「負けた相手に何も言わないのは、つまらないからね」
「それだけ」
シャオがメリケンサックを構え直した。
「さ、続けるよ」
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