第二十三話
一日の講義が終わり、寮へと戻る。
四人は寮の使われていない部屋に集まった。
しかし、皆は話し出そうとしない。
一様に何かを考えているようだった。
沈黙が続いた。
窓から差し込む夕暮れの光が、部屋の床に長い影を作っている。
最初に口を開いたのはアリスだった。
「キース」
「はい」
「今日の授業で起きたこと、全部話して」
「私が受けた時の感覚、理屈に合わなかった」
「加速の予兆がなかった」
「普通、拳が来る前に空気とか感覚が反応して体が動くはず…」
「でもあの時」
「気づいた時には既に当たってた」
「…まるで時間が飛んだみたいに」
俺は少し考えた。
「俺の感覚で言うと」
「一瞬だけ、世界がゆっくりになる感じがして」
「その間に体が動く」
「自分で意識してやったりできるわけじゃなくて」
「勝手に起きる感じで」
「それはいつから起きているの?」
ラヴェンツァが聞いた。
「ついさっき、アリスとの近接訓練をした時から…」
「確かに違和感はあった」
「でも、アリスとの時は気にも留めてなかったんだよ」
「ラヴェンツァ以外に気づいている人いなさそうだったし」
「だけど、ラヴェンツァとの近接訓練の時は、明らかな違和感があった」
「自分以外がゆっくりになって」
「その間に、体が勝手に動いた」
「終わった時には、何が起きたかわかってなかった」
部屋に沈黙が落ちた。
アリスが腕を組んだ。
「意識して出せるわけではないんでしょ?」
首を縦に振る。
「さっき試したけど、予兆すら感じなかった」
「おそらく、追い詰められた時に勝手に出る反射的なものなんだと思う」
「あ、ごめんね」
「わかりにくい説明で」
自然と謝った。
「大丈夫よ」
デイジーが静かに口を開いた。
「刻魂工学の文献に、似たような記述があるのを見たことがある…」
「…どんな文献なんだ」
「刻魂工学の応用理論書だ」
「授業で使う教本じゃない」
「ほぼ歴史の教科書のようなものだったよ」
「図書室の奥の棚に置いてある、一般の生徒はあまり読まないやつだ」
「いつ読んだの…?」
「入学してすぐ」
「…はっや」
「暇だったから」
アリスが眉をひそめた。
「それで、どんな記述だったの」
「魂の出力が極限まで高まった時、極稀に時間感覚の歪みが生じる、と書いてあった」
「ただし、通常の魂では到達できない領域とされている」
「理論上は存在するが、実際に観測された記録はほとんどない、とも書いてあった」
「つまり」
アリスが続けた。
「キースの魂は普通じゃないってこと?」
「可能性としては」
また沈黙が落ちた。
誰も急かさなかった。
ただ、夕暮れの光が少しずつ薄くなっていった。
「…前から思ってたけど」
デイジーが静かに口を開いた。
「育ての親とか学長は何か知ってるんじゃないの?」
「多分、知ってると思う」
「でも教えてくれなかった」
「いつか自分で知ることだって言われて」
「…含みがあるわね」
ラヴェンツァが静かに言った。
「スカウトされた時に、魂の武器が普通じゃないって言われた」
「それ以上は何も」
「大人はみんな、肝心なところで黙るのね」
アリスが少し苦々しそうに言った。
「とりあえず」
ラヴェンツァが立ち上がった。
「今日起きたことは、私たちの中だけにしておきましょう」
「同意だね」
アリスがすぐに答えた。
デイジーも小さく頷いた。
「ありがとう」
「お礼はいらないわ」
ラヴェンツァがこちらを見た。
「ただし」
「次に起きた時は、必ず教えなさい」
「わかった」
アリスも立ち上がった。
「私も同じ」
「ひとりで抱え込まないように」
デイジーは何も言わなかった。
ただ静かに付け加えた。
「…俺もいる」
ラヴェンツァとデイジーが部屋を出ていった。
アリスも部屋を出ようとしていた。
「あれ?アンタ帰らないの?」
「うん。少し一人で考えたい」
「そう」
「…とは言ったけどなぁ…」
実際は、ただ一人になりたかっただけだ。
考えるも何も、自分ではわからない。
部屋に一人残った。
幼少期から違和感自体は持っていた。
しかし、こうして現実の状況として出たのは初めてだ。
「なんで叔父さんは…」
俺を育てたのだろうか。
そんな考えが頭を巡る。
窓の外に、夕暮れの空が広がっていた。
自分の右手を見た。
いつもと変わらない手だった。
フォロー、感想、評価大変励みになります
読者の皆様の応援によって活動を維持し続けられているところもあります
どうぞ、これからもよろしくお願いします




