1-3-6 “違和感”
「ハァ、ハァ……ま、間に合っ……た……」
訓練場の重い鉄扉をこじ開け、俺たちはなだれ込むように床へ膝をついた。
廊下を全力疾走したせいで、喉の奥が鉄の味を帯びている。
「整列しろ、雛ども!!」
教壇に立つ教師の怒声が、演習場の冷たい空気を震わせた。
名札にはバルガ・ゼインと書いてあった。
「俺の授業では、体術などの実技を行う」
「今日の授業は、体の扱い方だ」
「ここにいる者は、全員魂の武器を使える前提で進めていく!」
「とは言ったが、俺の授業では魂の武器の使用を禁止する」
「結局、戦闘で大事になるのは己の体のみだ」
「怪物共が悠長にこちらの能力発動を待っている」
「そんなことは戦場では一切ない!」
「生身の体術のみで、己の『器』の強度を証明してみせろ!」
演習場がざわつく中、ガーツ先生が鋭い視線をこちらへ向けた。
「さて…」
「まずは、君たちの力量を計らせてもらう」
「キース・ラヴェント」
「それと…」
「アリス・グレイブス」
「魂絆選定に選ばれた二人なら、このクラスの力量を測るのにちょうどいいだろう」
「個々の基礎を洗う」
「互いに、全力でぶつかれ」
アリスが「……了解」と短く応じ、俺の前に立った。
隣でラヴェンツァが不服そうに眉を寄せたが、教官の指示は絶対だ。
他の生徒は見守る。
「……ねえ。キース」
アリスが低く構えをとる。
普段の気迫迫る声とは対象に、低い声でこちらに話しかけてきた。
その瞳には冷徹なまでの集中力が宿っていた。
「あんたの魂の武器は相当強い」
「だけど、体術だとまだまだ」
「…女だからって手加減しなくていいわよ」
「むしろ、手加減してくれると助かるんだけど……」
「そんなの、するわけないでしょ!」
アリスの一歩は鋭かった。
踏み込んだ瞬間に、彼女の鋭い眼光が飛んでくる。
魂の武器を使っていないはずなのに、いつも以上に気迫を感じる。
無駄のないストレートが、俺の顔面を掠める。
速い……!
アリスは、ラヴェンツァとはまた違う意味で洗練されている。
魂が肉体と完全に同調し、迷いがない。
「避けてばかりじゃないの! 打ってきなさいよ!」
アリスの連撃に、俺は必死に腕を交差させてガードする。
重い。
彼女の拳に込められた重さが伝わってくる。
「……っ、ああもう!」
俺は無意識に、右拳を突き出した。
その瞬間。
アリスが目を見開く。
彼女のガードが間に合うよりも早く、俺の拳が彼女の胸元に吸い込まれていく。
「え——」
アリスの体が、不自然な角度で後ろへ弾かれた。
俺は触れた感触すらなかった。
ただ、殴られたという事象のみがそこに提示された。
「……なによ、今の」
地面に膝をついたアリスが、胸を押さえながら俺を睨みつける。
その瞳には、恐怖を塗りつぶすような強い憤りがあった。
しかし、周りは今の不自然な現象に対して何も気が付いていないようだった。
「そこまで!!」
教師の鋭い一喝が訓練場に響き、張り詰めた空気が一気に弛緩した。
だが、そんなものでは覆せない違和感が右拳に居座っている。
まるで、時間が飛んだような感覚。
「いい一撃だったぞ、キース」
「流石学長が見込んだ男だ」
「身体能力も申し分ないな!」
教師が豪快に笑いながら歩み寄ってくる。
「おい、見たかよ今の」
「速すぎて見えなかったぜ」
「アリスをあんなに飛ばすなんて、キースって実はパワータイプなのか?」
などと言う驚嘆の声が上がる。
しかし、皆は今の一撃の違和感のことには気づいていない。
ただ、突き抜けた拳が人並み外れて速く、強い一撃を放ったのだと。
正当な実力の結果として受け止めている。
「……っ、ゲホッ、……なによ、今の」
地面に膝をついたアリスが、胸を押さえながらこちらを畏怖の目で見る。
俺が差し出した手を、彼女は素直に受け取る。
しかし、アリスは気が付いているはずだ。
彼女だけが、直接拳を受けた瞬間の不自然さを肌で感じていた。
理屈に合わない衝撃。
加速の予兆がない一撃。
「……キース」
隣で見ていたラヴェンツァが歩み寄ってくる。
彼女の目は、いつになく鋭い。
「……次は私の番よ」
ラヴェンツァが俺の前に一歩踏み出し、アリスと入れ替わるように位置につく。
彼女は俺の右拳をじっと見つめていた。
周囲の喝采に流されず、コンビである自分の力量を肌で感じようとしている。
「バルガ先生。次は私に彼と戦わせてください」
「コンビとしての連携……その前提となる個々の力量を、私も肌で知っておきたいので」
「コンビ同士の戦いか…」
「いいだろう!全力でぶつかりなさい!」
バルガ先生が面白そうに腕を組んだ。
「……行くわよ」
ラヴェンツァのしなやかな構え。
「うおおおおお!!!」
周囲はまるで格闘技のように盛り上がっているが、俺の背中には嫌な汗が流れていた。
自分でも制御できない何かが、もし次は、彼女の命を奪ってしまったら。
しかし、そんなことを知る由もないラヴェンツァはすでに拳を突き出していた。
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