第二十二話
デミラスは、キースの訓練の様子を観察していた。
学長室からちょうど見える。
外から見えない位置に立ち、ガラス越しに眼下を見下ろしている。
キースが構えを取る。
ラヴェンツァと向き合って、じりじりと距離を詰めていく。
手元の端末に、数値が表示されている。
キースの魂の反応値だ。
通常の生徒とは明らかに異なるグラフが、画面を埋めていた。
ガチャ。
学長室の扉が開いた。
「学長、キース君はどうですか?」
どうやらラウェイのようだ。
「見ての通りだよ」
デミラスは窓から目を離さずに答えた。
ラウェイが隣に立った。
端末の数値に視線を落とす。
「また出ましたね」
端末上に異常な数値が立ち並んでいる。
「ああ」
「今日で三度目だ」
「本人は気づいていますか」
「どうだろうね」
デミラスが静かに続けた。
「…いつも濁しますよね。学長って」
「そんなことないさ」
ラウェイが小さくため息をついた。
「……キース君に、いつ話すつもりですか」
「なんのことだね」
「はぁ…」
ラウェイは何も明かさないデミラスに嫌気がさしているようだ。
「せめて“あれ“くらい教えてあげたらどうですか」
「あれって…?」
またとぼけている。
「始源遺物ですよ」
デミラスは何も答えなかった。
ただ、窓の外のキースを見ていた。
「キース君と始源遺物の関係を、学長は知っているはずです」
「なぜ黙っているんですか」
「…まだ早い」
「また同じ言葉ですか」
「そうだよ」
ラウェイが口を開きかける。
「知ることで、あの子が壊れてしまうかもしれないからだよ」
デミラスの視線は、まだ訓練場のキースに向いていた。
「あの子はまだ、自分が何者かを知らない」
「だからこそ、今は純粋に成長できている」
「知った瞬間に、それが変わってしまうかもしれない」
「ラウェイ君」
「私は思うのだよ」
「この世界を救えるのは、この小さき命達だ」
「そして」
「この世界の鍵を握るのはキース君」
「それと、キース君が選んだ仲間達だ」
「…彼らは、いずれ過酷な戦いを強いられる」
「だからこそ、この平穏な現状を味合わせてあげたいのだよ」
「これは『学長』としてではなく『デミラス』という一人の人間としての願いだよ」
ラウェイは何も言わなかった。
デミラスの言葉が、静かに部屋に沈んでいく。
反論する言葉が、見つからなかった。
二人は長い付き合いだ。
デミラスがこういう言い方をする時は、本心から言っている。
それをラウェイはよく知っていた。
「学長は」
しばらくして、ラウェイが口を開いた。
「…優しいですね」
「そうかな」
「そうですよ」
「私には、ただの臆病者に見えるがね」
デミラスが静かに笑った。
自嘲するような笑い方だった。
「あの子たちに真実を話さないのは」
「守りたいからですか」
「それとも、怖いからですか」
デミラスは答えなかった。
ただ、窓の外を見ていた。
訓練場では、キースとラヴェンツァが向き合い続けていた。
二人の距離が、じりじりと縮まっていく。
「両方だね」
デミラスがようやく答えた。
「守りたいのも本当だ」
「怖いのも本当だ」
「あの子が全てを知った時に」
「それでも前を向けるかどうか」
「それでも戦えるのだろうか…」
「杞憂なのかもしれないがね」
ラウェイは端末に視線を落とした。
グラフが、じわじわと上昇している。
訓練が激しくなるにつれて、数値も動いていた。
「学長」
「なんだい」
「もし、あの子が自分で気づき始めたら」
「その時は話しますか」
デミラスは少し間を置いた。
「…その時が来たら、考えるよ」
「また濁す…」
「そうだね」
デミラスが小さく笑った。
訓練場の様子が、変わり始めた。
キースが追い詰められていく。
ラヴェンツァの連撃が、じわじわとキースを壁際に追い込んでいた。
端末の数値が、また上がった。
「出力値が上昇しています」
ラウェイが端末を見ながら言った。
「わかっているよ」
デミラスの目が、細くなった。
キースが壁際に追い詰められた。
逃げ場がない。
その瞬間だった。
端末が、鳴った。
ピピピピピッ。
これまでとは違う、甲高い警告音だった。
「学長!」
ラウェイの声が上ずった。
「キース君の魂の出力値が」
「基準値の…十倍を超えています」
「今までで一番高い数値です」
デミラスが初めて窓から目を離した。
端末の画面を見た。
グラフが、画面の上限を完全に振り切っていた。
二人が同時に窓の外を見た。
訓練場の中は特に変わった様子はない。
周囲の生徒たちが、歓声をあげていた。
ここまで聞こえてきている。
ラヴェンツァだけが、その場に踏み止まっていた。
デミラスは、その光景を静かに見ていた。
表情は変わらなかった。
しかし、握りしめた手が、わずかに白くなっていた。
二人はキースの戦闘を注意深く見て、どうやら気がついたようだ。
「学長、あれって…」
ラウェイが聞いた。
デミラスは少し間を置いた。
「…確定だな」
「ですね」
「あの子たちなら、大丈夫」
誰に言うでもなく、デミラスの口から言葉が漏れる。
窓の外が、夕日で赤く照らされている。
訓練場の空気が、歪んでいるように見えた。
デミラスはただ、その光景を見ていた。
「…早く来ないといいが」
小さく、独り言のように呟いた。
ラウェイには、その言葉の続きが聞こえなかった。
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