6 追跡
夜の街を、影のように駆け抜ける。
荒い息が喉を焼き、脚は限界に近い。
だが少年の眼差しは冷静で、わずかに余裕すら漂わせていた。
背後には、複数の足音と無線の声。
父の差し向けた部隊と、政府の監視網。
普通なら追い詰められて終わるはずの状況。
けれど少年にとっては、まだ「計算の範囲内」だった。
政府に伝えたのは「ツノ付きの居場所を探す力」だけ。
だが実際には――「絶対観測」だった。
――追手の数。
――封鎖される交差点。
――屋根の高さと瓦の強度。
――崩れかけた壁の耐久。
頭の中に浮かぶ光の粒をつなげると、いくつもの逃走ルートが見える。
その中から最も安全な一つを選ぶのに、迷う必要はなかった。
「……こっちだ」
息を切らせながらも、声は落ち着いている。
銃声が響いても、角を曲がると同時に射線から抜ける。
誰かが罠を張ろうとすれば、その網目を一歩先んじて避ける。
身体は必死でも、思考は澄んでいる。
まるで追跡そのものが、頭の中の地図に沿って進む「予定調和」に見えていた。
少女は乱れる息を抑えつつ、それでも少年の手を離さなかった。
その小さな温もりが、冷徹な計算の中で唯一、彼の余裕を揺らすものだった。
政府が欲したのは「ツノ付きの居場所を暴く道具」。
だが今、少年はその枠を超えていた。
偽ってきた力を惜しみなく使い、冷静に二人を生かすために動いている。
廃ビルの影に身を潜める。
壁の冷たさが背を冷やすが、鼓動はもう乱れていなかった。
遠くで追跡者の声が響く。「見失うな!」と。
少年はかすかに息を整えながら、その気配を冷静に測る。
――まだ大丈夫。
彼の頭の中には、次の手がいくつも残されていた。
そのとき、少女の手が衣服を掴む。
少年は無表情のまま、ほんの一瞬だけ視線を落とした。
冷徹さの奥で、かすかな熱が静かに燃えていた。




