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角の系譜  作者: ふりゅね
12/16

11 選択


路地裏の湿った空気が、少年の肌を刺す。



意識を市場の雑踏へと広げれば、情報の濁流が脳を突き刺した。


賞金首の噂、兵士の巡回、人々の汚れた欲望。


それらすべてを「観測」の網で弾き飛ばしながら、少年は街の深部へと意識を沈めていく。



守るべきは、背中の少女。


だが、少年の計算式は冷徹に告げている。



蓄積する疲労、摩耗する靴底、尽きかけた食糧。


このまま走り続ければ、いずれ限界が来る。


今の逃走は、いつか必ず行き止まりへ繋がる。


自分以外の「逃げ道」を、探さなければならない。



孤児を囲む女性。

その路地裏には、確かに陽だまりがあった。


だが、少年は網を引く。


彼女の優先順位の最上位は、今抱えている五人の孤児たちだ。


少女という「ツノ付き」を一人紛れ込ませれば、その均衡は脆くも崩れる。

彼女にとって、少女は守るべき子供ではなく、守りきれない「リスク」だ。


一番後回しにされ、いつか誰かの犠牲になる。


少年はただ、その背中から視線を逸らした。




元兵士。

路地の奥で火を焚く男。


身体は頑強で、追手の気配を一瞬で殺す技術も見て取れる。


だが、男の腰に下がる短剣に刻まれた「×」の傷跡。

焚き火の煙を見つめるその瞳には、子供を育てるための安らぎではなく、過去の敵への剥き出しの憎悪が焼き付いていた。


ここに預ければ、少女の瞳からは笑みが消え、代わりに鋭い警戒心が宿るだろう。


彼女を「子供」としてではなく、復讐のための「駒」として育てる男に、託せるものなど何もない。


少年は即座に網を引いた。




病に伏すツノ付きの男。

部屋に立ち入った少年の意識は、男の肺の音を聞き取る。


不規則な喘鳴。

床に散らばった薬の空き瓶。


彼のもとでなら、少女は優しい時間を得られるだろう。

だが、少年は計算する。


男の死後、少女はどうなる?

守護者を失い、見知らぬ街で一人、途方に暮れる少女の姿。


一度得た温もりを喪ったとき、彼女は以前よりも深く傷つくはずだ。


不安定な場所は、健やかな成長を阻む。


少年はただ、その部屋を素通りした。




どれも、違う。


自分一人で背負う重圧と、常に突きつけられる死の影。


少年は瓦礫に背を預け、冷え切った指先で頬を叩いた。


視界が上下に揺れる。

誰も信じられない。誰も選べない。


ならば、自分の命が尽きるその瞬間まで、彼女を離さないのが唯一の選択なのか。



その時だった。


雑踏を抜けていくひとりの人物の姿が、少年の視界に飛び込んできた。


何気ない歩み。通り過ぎるだけの他人。


だが、その背中を見た瞬間、少年は強烈な眩暈に襲われた。



視界がぐらりと歪む。まただ。


最近、極限の緊張が脳の回路を焼き切っているのか、知らない風景が勝手に重なって見える。


陽光。


窓辺。


人形。


大きくなった少女の横顔と、その傍らに佇む誰かの影。



少年は自分の拳を、硬い壁に叩きつけた。


鈍い痛み。


だが、幻影は消えない。


あまりに詳細で、現実の風景よりも鮮明な「ノイズ」。



「……違う」



少年は唇を強く噛み締め、血の味を飲み込んだ。

こんな幻に縋らなければならないほど、自分は追い詰められているのか。



誰も信じられない。誰も選べない。

ならば、自分の命が尽きるその瞬間まで、彼女を離さないのが唯一の「選択」ではないのか。


だが、その人物がふと道端の子供に果物を手渡し、小さく笑った。



その動作が、幻の中の人物と完全に重なった。


少年の足は、思考とは裏腹に勝手に動き出していた。

確信などない。妄想かもしれない。


それでも、その人影を見失うことへの、得体の知れない恐怖が少年の背中を突き飛ばす。



「……ここじゃない」


少年はそう呟きながら、幻影が重なるその背中を追った。



確信などない。


それでも少年は、夜の闇に紛れ、その不確かな影の正体へと足を踏み入れていた。


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