148.閑話 芸術の街と蒼海のドライブ
# 閑話「芸術の街と蒼海のドライブ~大学生6人組の豪州旅行記(中編)~」
### 1.メガシティの選択――なぜ明爾湾なのか
旅行3日目。
翠海の熱帯リゾートを満喫した6人は、国内線に乗り込み、豪州地方の南部に位置する巨大都市へと降り立った。
「いやー、国内線アプリかざすだけで南半球の端から端まで移動できる帝国、マジで最高だな!」
手荷物受取所でキャリーケースを引き上げながら、健人が笑う。
彼らが降り立ったのは、豪州地方第2の都市・**明爾湾(めいじわん/史実のメルボルン)**である。
旅行の計画段階で、6人は行き先を大いに迷った。豪州最大の人口1800万人を誇るメガシティ・志度新(しどにい/史実のシドニー)という選択肢もあったからだ。
志度新には、『天空回廊』と呼ばれる三都金融環の超高層オフィス街、旧豪州総督府公邸跡を含む歴史保存地区、南十字帝国神宮とその門前町、そして『SONY松竹ワールド・オブ・JAPAN』といった超ド級の観光名所があり、かつての南洋文化の起点としての圧倒的な優位性があった。
しかし、現在の若者――特に女子大生やインフルエンサーたちの間では、志度新よりもここ「明爾湾」の方が圧倒的に人気なのだ。
その理由は、NTTが開発した帝国最大の写真共有アプリ**『LINKPhoto』、通称「リンフォ」**の存在である。
「うわぁ……! 見て、すっごい高い! しかもウネウネしてる!」
空港から明爾湾市街へ向かうモノレールの窓に張り付き、アンナが青い瞳を輝かせた。
街の中心に天を貫くように聳え立つのは、高さ450メートルを誇る超高層ビル**『明爾湾スカイヒルズ』**。四角い箱型ではなく、流れるような曲線を多用した「非対称構造」という、現代建築工学の限界に挑んだ前衛的なデザインは、それ自体が巨大な芸術作品だった。
「よし! 今日は女子と男子で別行動な! 俺たちは男のロマンを追求しに行くから、結衣たちは存分にリンフォ映えの街を楽しんでおいで」
駅のコンコースで、健人が結衣の頭をポンと撫でる。
「うん、ありがとう! 男子チームもハメ外しすぎないようにね!」
こうして6人は、芸術と文化の街・明爾湾で、男女に分かれての観光をスタートさせた。
### 2.女子旅――リンフォ映えと芽南風ベーグル
「さあ、まずはスカイヒルズの低層階にある『国立現代美術館』に行こ!」
莉愛が、最新のスマホを片手に結衣とアンナを先導する。
明爾湾の街角は、歩いているだけで感性が刺激される。洗練されたオープンカフェやガラス張りのギャラリーが立ち並び、自由でクリエイティブな空気が都市全体を包み込んでいた。
美術館では、帝国内外の気鋭のアーティストたちの常設展示を鑑賞し、その後は2007年に設立された曲線美が際立つ『明爾湾フォレストセンター』へ。
「ねえ結衣先輩、ここの『国立デジタルアート記念館』の前のモニュメント、リンフォでめっちゃバズってる場所ですよ! 並んで撮りましょ!」
「本当だ、すごい行列! でも並ぶ価値あるくらい綺麗だね」
「私、莉愛と結衣のツーショット撮るよ! はい、チーズ!」
リンフォ目当ての女子たちに混ざり、三人で何度もシャッターを切る。
その後、歩き疲れた彼女たちは、街角のテラスカフェに腰を下ろした。お目当ては、明爾湾名物**『芽南風パン』**だ。
「ん〜っ! このベーグル、外はカリカリなのに中もっちもち! フルーツのクリームチーズが最高!」
アンナが、口の端にクリームをつけながら幸せそうに頬張る。芽南県北部の広大な穀倉地帯で採れる上質な小麦をふんだんに使ったこのベーグルは、帝国中の女子から絶大な人気を集めている。
「アンナ、クリームついてるよ」
結衣が笑って紙ナプキンでアンナの口元を拭いてやる。
「……ねえ莉愛ちゃん。翔くんへのアピール、翠海ではどうだった?」
結衣がアイスティーをストローでかき混ぜながら、直球で尋ねた。
「う〜ん、それが全然! あの筋肉バカ、ウミガメと珊瑚に夢中で私の水着なんてこれっぽっちも見てくれなかったんですよ!」
莉愛がベーグルをヤケ食いしながら愚痴をこぼす。
「でも……ディスコの時は、酔っ払った外人に絡まれそうになった私を、スッと後ろに隠して守ってくれたんです。そういうところ、マジでズルいんですよね……」
「ふふっ。翔くん、鈍感だけど根はすごく優しいし、莉愛ちゃんのことちゃんと特別に思ってるはずだよ。明日のドライブ、絶対助手席勝ち取りなね!」
「もちろん! 結衣先輩こそ、健人先輩とラブラブで羨ましいです!」
「……私は、どうすればいいのかな」
アンナが、ミルクティーのグラスを両手で包み込みながら、ぽつりと呟いた。
「俊樹、いっつも私が転びそうになったり落とし物したりすると、すぐ助けてくれるの。でも、顔がちょっと怖くて……私、迷惑かけてないかなって」
「アンナ、あんたは自分の顔面偏差値の高さをもっと自覚しなさい!」
莉愛がビシッと指を差す。
「俊樹先輩、いかつい顔してアンナのことしか見てないじゃん! 両片思いバレバレなんだから、明日のドライブで一気に距離詰めなよ!」
「りょ、両片思い……っ!?」
アンナの顔が、芽南風ベーグルのベリージャムよりも真っ赤に染まった。女子たちの賑やかな恋バナは、午後のテラス席で尽きることなく続いた。
### 3.男子旅――HONDA Museum PARKの熱狂
一方その頃。
明爾湾市の郊外に広がる広大な敷地で、男子3人は子供のように目を輝かせていた。
「うおおおおおっ!! マジでテンション上がるぜ!!」
翔が、巨大なエントランスゲートを見上げて雄叫びを上げる。
そこは、自動車メーカー国内第2位のHONDAが誇る巨大複合施設**『HONDA Museum PARK』**。
宇都宮からここ明爾湾に本社を移したHONDAは、この地に主幹工場、大規模テストコース、試乗スペースを併設した、まさに「車好きの聖地」を作り上げていたのだ。
「F1の歴代マシンがズラッと並んでるの、圧巻だな……」
健人も、理系男子としての血が騒ぐのか、展示されたエンジンの構造を食い入るように見つめている。
「俺はあっちの新型スポーツEV『AFEELA』の実車が見たい。明日のレンタカー、これ予約してるからな」
車好きの俊樹が、洗練されたフォルムの次世代EVを指差す。
工場見学で最新の『シビック』の組み立てラインを見た後、三人はアミューズメントパークエリアへと繰り出した。
「おらぁっ! 俊樹、健人! 抜けるもんなら抜いてみろ!!」
「翔、お前体重(筋肉)重いから直線で遅いんだよ! コーナーで刺す!」
本格的なエンジンを積んだレーシング・ゴーカートで、男三人のガチバトルが勃発。翔の力任せのドライビングを、俊樹のテクニックと健人の計算されたライン取りが猛追する。
カートを降り、F1のG(重力)を体感できる絶叫ジェットコースターに乗り込んだ後、三人はフードコートでコーラを一気飲みした。
「ぷはぁっ! 最高に面白かったな!」
「ああ。……で、翔。お前、莉愛ちゃんのことどう思ってんの?」
健人が、ハンバーガーをかじりながら唐突に切り出した。
「ぶふっ!? な、なんでいきなり莉愛の名前が出てくんだよ!」
翔がコーラを噴き出しそうになる。
「お前、鈍感すぎるだろ。あの子、翠海からずっとお前にアピールしまくってんじゃん。水着の時も、お前の隣キープしてたろ」
俊樹が呆れたように言う。
「いや、そりゃ……可愛いとは思うし、一緒にいて楽しいけどよ。今は、こうやってサークルの皆(お前ら)とワイワイやってるのが一番楽しくてさ」
翔が頭を掻きながら照れくさそうに言うと、健人と俊樹は顔を見合わせて笑った。
「まあ、お前らしいけどな。でも、明日のドライブで女の子を退屈させたら承知しねえぞ」
「わ、わかってるって!」
「そういう俊樹はどうなんだよ。アンナちゃんのこと、目で追いすぎだろ」
今度は健人が俊樹をイジる。
「……なっ、俺はただ、あいつがドジだから見ててハラハラするだけだ!」
いかつい顔を真っ赤にしてそっぽを向く俊樹に、健人と翔は腹を抱えて大爆笑した。
### 4.小麦の宴と、熱狂のカラオケナイト
夜。明爾湾の市街地で合流した6人は、賑やかな日本風の居酒屋へと雪れ込んだ。
豪州地方の豊かな小麦と、日本の食文化が融合したこの店は、メニューのバリエーションが豊富だ。
「お待たせしましたー! 豪州和牛の肉うどんと、明爾湾風海鮮お好み焼きです!」
「「「いただきまーす!!」」」
「んー! うどんのコシがすごい! さすが小麦の産地!」
結衣がお好み焼きを綺麗に切り分けながら言う。
「HONDAパークどうだった? 楽しかった?」
「おう! カートで俊樹と健人をボコボコにしてやったぜ!」(※実際は俊樹が1位だった)
「女子チームの美術館も最高だったよ! 芽南風ベーグル、明日のおやつ用にいっぱい買っちゃった!」
ジョッキをぶつけ合い、美味しい料理を食べながら、今日一日の出来事を矢継ぎ早に報告し合う。
その後は、お決まりのカラオケボックスへ。
翔がマイクを握ってアニソンを熱唱し、莉愛がタンバリンを叩いて盛り上げる。健人と結衣はデュエット曲を完璧にハモリ、俊樹とアンナはソファの端っこで「アンナ、飲み物おかわりいるか?」「うん、コーラお願い!」と、夫婦のような自然なやり取りを見せていた。
若者たちの尽きないエネルギーは、明爾湾の夜を明るく照らしていた。
### 5.南氷洋の絶景ドライブ――動き出す恋
旅行4日目。
この日は、今回の旅のハイライトとも言える大自然のドライブだ。
明爾湾のレンタカーショップで、俊樹が代表して手続きを終える。
用意されたのは、昨日HONDAパークで見た最新のEV**『AFEELA』**の新車、しかも色違いの3台だ。
「すげえ! 内装めちゃくちゃ未来じゃん!」
翔が運転席に座り、大興奮でハンドルを握る。
ペアの割り振りは、暗黙の了解(健人と結衣の完璧なアシスト)により、以下の通りとなった。
・1号車:健人 & 結衣
・2号車:翔 & 莉愛
・3号車:俊樹 & アンナ
明爾湾の市街地を抜け、車は南海岸沿いのハイウェイへと出る。
彼らが目指すのは、南氷洋の荒波によって削り出された石灰岩の奇岩群が連なる絶景ルート、**『蒼海湾と断岩帯(史実のマーターズ湾およびザ・トゥエルブ・アポストロズ)』**だ。
3号車の車内。
AFEELAの極めて静かなモーター音と、高級オーディオから流れる落ち着いた洋楽だけが響いている。
俊樹が滑らかにハンドルを切り、海岸線のワインディングロードを進んでいく。
「……俊樹、運転上手だね。車の中、すっごく静か」
助手席のアンナが、窓の外の青い海を見つめながらポツリと言った。
「親父の車でよく走ってたからな。……寒くないか? エアコン下げるか?」
「ううん、ちょうどいい。……ありがとう」
沈黙が落ちる。しかし、それは気まずいものではなく、どこか甘く、心臓の音が聞こえてしまいそうなほど心地よい緊張感だった。
(……どうしよう。莉愛ちゃんに言われたこと、思い出しちゃう)
アンナは、横目で俊樹の横顔を盗み見た。ハンドルを握る大きな手、いかついけれど真剣な眼差し。自分が落とし物をした時、いつも誰よりも早く拾ってくれるその手。
(……俺、今、アンナと二人きりなんだよな)
一方の俊樹も、平静を装いながらも内心は心臓が爆発しそうだった。助手席から香る、アンナの甘いシャンプーの匂い。窓の外を見る彼女の、金糸のような髪と透き通るような白い肌。
二人の頭の中に、同時に同じ思いがよぎる。
『――もしかして、両思いなんじゃ……?』
「「あのさ!」」
声が見事に重なった。
「あ、ごめん。アンナ先言って」俊樹が慌てて譲る。
「えっと、その……! 俊樹、いっつも私を助けてくれて、ありがとう。私……俊樹のそういう優しいところ、すごく……す、好き、だよ」
言い切ったアンナは、顔から火が出そうになって両手で顔を覆った。
俊樹は、一瞬ブレーキを踏みそうになるほど動揺したが、すぐにグッとハンドルを握り直し、前を見たまま、耳まで真っ赤にして答えた。
「……俺も。アンナが、一生懸命で、ちょっとドジだけど……誰よりも可愛いって、ずっと思ってた」
車内の空気が、一気に甘く弾けた。
窓を開けると、南氷洋から吹き込む潮風が、熱くなった二人の頬を心地よく撫でていった。
### 6.断岩帯の絶景と、明日の約束
昼過ぎ。3台のAFEELAは、連なるようにして目的地の巨大なドライブインに到着した。
「うおおおおおっ!! なんだこれ、すげええええ!!」
車を降りた瞬間、翔が展望台へ向かって猛ダッシュした。
「ちょっと翔! 待ってよぉ!」
莉愛もヒールのあるサンダルで必死に追いかける。ドライブ中、翔は「車すげえ!」ばかり言っていたが、最後に「莉愛、今日の服似合ってんな」と一言だけ褒めてくれたため、彼女の機嫌は最高潮だった。
展望デッキから見下ろすのは、まさに息を呑むような大自然のパノラマだった。
荒れ狂う濃紺の南氷洋。そこにそそり立つ、数十メートルもの高さを誇る巨大な石灰岩の柱(奇岩群)。何万年もの歳月をかけて波と風が削り出した地球の彫刻が、延々と海岸線に続いている。
「すごい……写真で見るより、ずっと雄大で圧倒されるね」
結衣が、健人の腕にそっと身を寄せながら呟く。
「ああ。帝国の領土がどれだけ広大か、実感するよ」
その横で、俊樹とアンナが並んで立っていた。
二人は言葉を交わさなくても、その手が、どちらからともなくそっと触れ合い、そして不器用に、けれどしっかりと繋がれていた。
大いなる自然のエネルギーを全身に浴び、6人は心ゆくまで写真を撮り、笑い合った。
帰りのドライブでは、遊び疲れた女子たちが助手席でスヤスヤと眠りにつき、男子たちは西日に照らされる海岸線を、大切な人を乗せて静かに走った。
明爾湾の市街地に戻り、ホテルへと帰還した彼らは、心地よい疲労感とともにそれぞれの部屋へと戻っていった。
芸術の街と、大自然のドライブ。
青春の煌めきをすべて詰め込んだような豪州旅行は、彼らの心に決して色褪せない一枚の写真として、深く刻み込まれたのであった。




