第10話 脱衣は聖なる癖につき
~前回のあらすじ~
圧士から廃聖堂へと呼び出された諸出マロビは、
浮かれた気持ちで現地へ向かった。
しかしそこで待ち受けていたのは、圧士ではなく黒づくめの謎の人物だった。
その正体はもちろん、圧士と事前に打ち合わせし待ち伏せていた
ゲラドクロ(笑太)なのであるが、マロビは知る由もない。
手荒な真似はしたくなかった笑太は話し合いでの解決を求めたが、
マロビはそれを断固拒絶。
更にマロビは今後も静芽への勧誘を止めないと表明し、交渉は決裂してしまう。
怯えた態度から一転して、挑発的な態度をとるマロビ。
結局笑太は、力づくで説得を行う”本来のプラン”へと移行するのだった。
西日が差し込む廃墟の中で、向かい合う影が二つ。
片方の影の主は、整った顔に挑戦的な笑みを湛えて眼前の敵を見据えている。
かたや向かい合う人物は、黒ずくめの服装に覆面を身に着け、
さらに深々とフードを被っておりその風貌はまさしく不審者そのものであった。
事情を知らない人物がこの現場に出くわした場合、
咄嗟の判断で加勢に入ってしまうのは、おそらくイケメンの彼の方だろう。
「不審者に襲われている、助けてあげよう!」と。
しかし、事態はそんな単純なものではなかった。
さわやかな彼『諸出マロビ』は、
"静芽"を謎の部活動”裸部"に勧誘したがっており、
一度は断られているものの引き続き勧誘を続けると宣言。
かたや不審人物『ゲラドクロ』はその少女の兄”圧士”に依頼され、
勧誘活動を実力行使で止めようとしているのだ。
いわば、『露出狂』と『暴力犯』が向かい合う構図となっている。
世間一般の法的な基準で測るのであれば、どちらも『悪』なのだった。
「どうしたの?ボクを止めたいんでショ、かかって来なよ!」
『そのつもりだ。』
まずは小手調べに、マロビのこめかみ目掛け拳を振りかぶる。
当然のように上体を反らし避けられたその右腕には、
マロビのワイシャツがかけられていた。
「遅いよっ☆」
素肌を露わにした上体を反らしたまま、笑太の腹部へ蹴りを放つ。
彼の奇行に一瞬気を取られ、少々ガードが遅れてしまった。
痛みは弱い。少し距離を取り体勢を立て直す。
『まじめにやれ。』
「ボクはいつだって真剣だヨンっ!」
いつの間にか外していたベルトを指で弄びつつ、マロビは余裕の表情で応える。
独特の世界観を持つ彼にペースを持って行かれるわけにはいかないと考え、
笑太は一方的に攻め入る方針に移行した。
『ほら、返してやるよ。』
腕にかけられたシャツを投げつけ、マロビの視界を奪う。
払いのけようと右腕を咄嗟に上げたとき、その聲は聞こえた。
『ゲラ ゲラ』
「ぅお?」
突如マロビに襲い来る、脳を直接揺らされたかのような感覚。
完全に無防備になった彼の右脇腹に笑太の蹴りがクリーンヒットした。
「うふゥっ!?」
珍妙な声をあげて脇腹を手で覆うマロビだったが、
そのワンテンポ遅い防御反応のせいでやや前傾姿勢となったところで
流れるように真下から顎に叩き込まれる膝蹴り。
さらに打ち上げられてちょうどいい位置に来た顔面に、
拳を振り抜かれて彼は勢いそのままに後方へ吹き飛ばされた。
ガシャーン!!!と木製のベンチに激突し、その瓦礫に埋もれる。
(未だだ)
嗤い聲を途切れさせず、マロビのもとへ歩みを進める。
先程の攻撃は、様子見を兼ねてある程度手加減をしていたのだ。
圧士が警戒するほどの相手がこの程度で終わるわけがない。
『効いたフリしてんじゃねぇよ。』
最大限警戒しつつ、マロビの足元にたどり着き声をかけた。
当然、嗤い聲は響かせ続けている。
「…。」
しかし笑太の警戒とは裏腹に反応がない。
少々やりすぎたか?あの程度で?
『おい。どうした、降参か?』
打ち所が悪かったのだろうか。
流石に殺人犯にはなりたくないので、様子を伺おうと屈んだその時。
「 ばあっ☆ 」
ガバッ!とマロビは四肢を広げて大の字で飛び上がり
笑太の眼前に
もろだしの股間を魅せつけた。
『うわああああぁッッッ!!!??!!?!?』
「隙ありっ♪」
そのままマロビは異常な速度で身体を旋回させ、
笑太の頭部をシュートを決めるかの如く蹴り抜いた。
油断と動揺により生じた隙を完璧に突かれ、
成すすべなく本物のサッカーボールのように柱にバウンドしながら壁に激突する。
今度はこちらが倒れ伏す番となった。
(こ、コイツッッッ!!!頭おかしいンじゃねェのか!!?!?)
辛うじて受け身は間に合ったものの、その衝撃は凄まじいものだった。
マロビの身体能力が明らかに向上している。
この現状は、前にも体験したアレだ。
ふらつきながらもなんとか立ち上がりマロビの姿を確認すると、
彼はやはり全裸になっていた。
「へぇ!立てるんだ~!タフじゃんっ☆」
彼は先程までのダメージは無かったかのように笑顔で、
ベルトのバックルを指にかけてクルクル回しつつこちらの様子をうかがっている。
全裸で。
『……やっぱ、アイツと同じ陽暗示か。』
「アイツ?」
ベルトを回す手を止め、マロビの表情が少し含みのある笑みに変わる。
「もしかして、ウシくんのことかナ?」
『さあ、どうだか。』
ウシくん。
おそらく、以前静芽に勧誘をかけていた学生のひとり『岌克』の事だ。
散々な負け方をした相手ということで、笑太の記憶に新しい相手である。
裸部に所属していた彼が”脱衣すること”で身体能力を向上させていたことから、
部長のマロビもおそらく同系統の陽暗示の使用者であろう。
「そっか…じゃあ、ウシくんにあんなことしたのはキミだったんだね。
いくら聞いても何も話してくれなかったから、ちょうどいいや。」
厳密に言うと岌克を打ち負かしたのは圧士であるのだが、
今はわざわざ訂正する必要もないだろう。
マロビの纏う雰囲気が、わずかに変化した。
「部長としてさ、やっぱり部員のトラブルは解決しなきゃじゃない?」
『だからどうした。』
「ボクにも、キミにおしおきする理由ができた。」
マロビが駆け出す。
もう少し呼吸を整える時間が欲しいところであったが、
そんな悠長なことも言っていられない。走り寄るマロビを迎え撃つ準備だ。
笑太は小さく息を吐き素早くしゃがみ込む。
狙うは軸足。接地した瞬間を狙いマロビの足を蹴り払う。
手ごたえは無かったものの、マロビの両脚は宙に浮いた。
空中のマロビを目掛け、両手と片足を軸にして蹴り上げる。
しかしマロビは、驚異的な反射神経と身体能力で身を捻り蹴りを躱し、
その回転エネルギーを攻撃へと転じて笑太の顔面目掛けて拳を振り下ろす。
間一髪身を引き直撃を逃れる笑太。
拳は笑太の真横の床にめり込み、小さなクレータができていた。
『バケモンが。』
「どうも♪」
覆いかぶさるマロビの胸元を、足裏で押すように蹴り込む。
再び宙に浮いた彼に追撃を仕掛けようとしたそのとき、
まだ地についていない笑太の脚に何かが巻き付いた。
ベルトだ。
「逃がさないよッ☆」
グンッ!と引き上げられるその先には、
マロビが右拳を振り上げて待ち構えていた。
(マズい…!)
即座に身体の左側面を全力で防御する構えをとる。
それと同時に笑太は出来る限り大きく息を吸い込み、マロビの眼前で嗤った。
『 ゲ ラ 』
「ぐうッ…!」
目を瞑り苦悶の表情を浮かべつつも、お構いなしに拳を振りかぶるマロビ。
幸い狙いを外してしまったのか、その拳は笑太の左肩を掠めた。
掠めただけ、なのだが。
大型の動物に衝突されたかと錯覚するほどの衝撃で吹き飛ばされる笑太。
(畳み掛けるなら今しかないッ!)
吹き飛ぶさなか痛みに耐えながら必死に姿勢を変え、
壁に対して足で着地することに成功。
頭を抱え片膝をついているマロビを目掛けて飛びかかる。
『終わりだッ!』
この一撃で決める。
空中で一回転し、遠心力と想いを乗せた全力の踵落としを脳天にかまして、
顔面から床に叩きつけた。
すさまじい衝撃音と共に砂埃が巻き上がる。
視界が晴れるまで、残響と笑太の息遣いだけが聞こえていた。
「いちち…」
(うそだろ……)
まるで”ちょっと転んでしまっただけ”かのように平然と起き上がるマロビ。
「いった~~~い!鼻血でちゃった☆」
たしかに彼の鼻周辺はわずかに赤くなり鼻孔から流血はしているものの、
その態度はダメージを負っているものとは思えない。
「キミの暗示効果、ヤバくない?それなんなの?どういう理屈?」
『お前に教える義理は無い。』
”お前の方がヤバいだろ”とは言わないでおいた。
こんな変態のくせに、かなり高水準の陽暗示を使いこなしているのが癪だから。
「キビシいね~!たぶん陰暗示でしょ?相手に干渉するタイプの。」
『ああ、そうなんだろうな。』
「素っ気な~~~!」
この素っ気無い返事は決して意地悪などではない。
笑太自身も、自らの暗示効果について未だ把握しきれていないのだ。
「うーん。すぐ終わると思ったんだけど、そうもいかなそうだねー。」
わざとらしく困ったような表情をしながら立ち上がるマロビ。
もう奇抜な彼の戦闘スタイルに翻弄されてしまわないよう、笑太は身構える。
しかしまたしても意表を突かれるハメになるのだった。
「じゃあちょっと、本気だしちゃおっかナ♪」
ウインクを飛ばしてそう宣言すると、
マロビは自らの髪を鷲掴みにしてその手をゆっくりと下し始めた。
髪は一塊となり、彼の頭から全て抜け去る。
「全界抱擁モードだよ!死んじゃったらゴメンねッ☆☆☆」
『は???』
その頭部は西日を反射し、眩いほど光輝いていた。




