第9話 帰ってくれ諸出マロビ
~前回のあらすじ~
ついに始まった、笑太と圧士の取引関係。
笑太に課せられた最初のお願いは、「諸出マロビ」の説得だった。
なんでも、「裸部<ラヴ>」の部員によって静芽に危害が加わる前に、
部長であるマロビを力ずくで説得してほしいのだという。
打倒マロビに向けて特訓する笑太と圧士。
その最中笑太は、自身の弱点を実感させられるのだった。
「しょーちゃんそのケガどうしたの!?」
週明けの月曜、教室に丸夫の声が響く。
辺りが一瞬だけ静まり返り、何事もなかったかのように再び騒がしくなる。
「声デカ。」
「ご、ごめん…」
よほどケガの様子が気になるようで、
笑太から目を離さないまま丸夫は自席に荷物を置く。
実際に笑太は、特訓開始時点より明らかに多くの個所を負傷していた。
顔面はもちろん、腕や首筋などいたるところで
制服の隙間から擦り傷や青あざが顔を覗かせている。
「べつに、なんでもねぇよ。ちょっとこけただけだ。」
「そんなわけないでしょ!?」
たぶん言っても信用しないだろうと、説明をハナから放棄する。
それに、笑太は思い出したくなかったのだ。
この週末ははっきり言って”地獄”だった。
肉体と集中力の双方を鍛えるという名目で、圧士に散々苛め抜かれた2日間。
始めは取引を無かったことにしようと何度も思ったが、
笑太に残ったささやかなプライドがそれを許さなかった。
結果、意固地になってやり遂げた甲斐あって、
笑太はかなり多くのものを得ることができたのだ。
(よくがんばったな、オレ…!)
己の頑張りに思いを馳せ、その雄姿を称え涙を流す。
「泣いてる!?やっぱ痛いんでしょ!!?保健室行こうよ!」
「そうですよ、今日は大切な用事があるのでしょう?
少しでも休まれてはどうですか。」
「えっ…?」
笑太と丸夫の会話に、登校してきた静芽が自然と割り込む。
唐突な横やりに、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする丸夫。
「おー、そうだな。そこまで言うならお言葉に甘えさせてもらうわ。
じゃあオタマル、ヤナせんに伝えといてくれ。」
「えっえっ、なに?ちょっと待って、
いつの間に金栗さんと仲良くなったの???ねぇちょっと!!!」
状況が呑み込めていない丸夫を放置して席を立ち、
保健室へと向かうため教室を後にする。
始業時間直前の廊下は、教室へと急ぐ生徒で賑わっていた。
喧騒の波に逆らう最中、鼻歌交じりに悠々と歩く長髪の男子生徒とすれ違う。
(おいおい遅刻すんぞ…)
依然ゆっくりと歩いている生徒の後ろ姿をしばし目で追う。
彼が角を曲がったところを見送り、笑太は保健室へと入室した。
「なにアンタ、それ喧嘩のケガでしょ。ほどほどにしときなさいよ~」
「ん、まァ…そんなとこっす。」
原因は近からずも遠からずといったところだ、部分点はあげてもいいだろう。
保健室のお姉さまは笑太を見るなり嫌そうな顔をしかめた。
「体痛いんでちょっと寝させてもらっていいスか?」
「いいよ、寝ていきな。若いんだから寝りゃ少しはマシな顔になるでしょ。」
(毎回ひとこと多いよな)
案内されたベッドに潜り込むと、
ちょうどそのタイミングで小さなチャイムの音が聞こえる。
大切な用事に備え、英気を養うべく笑太はしばし瞳を閉じるのだった。
──────────
街の住宅街の一角にある、草木の生え散らかした雑木林。
そこの獣道を分け入りしばらく進むと、
突如道が拓けポツリと寂れた教会が現れる。
この宗派不明の教会、一見すると神秘的な建物に見えるが、
よく見ると外壁はひび割れ、あちこちに絡みつくツタ、
更には不自然に窓ガラスは割られており、
どことなく不気味な雰囲気を醸し出していた。
誰が、いつ、何のために建てたのかすら不明なここは、
当然若者の間では肝試しの定番スポットとなっている。
ささやかなテーマパークと化しているここを、
皆は安直に『廃聖堂』と呼び親しんでいるのだった。
時は夕刻、夕焼けに赤く染め上げられた廃聖堂.
「ナ~グリィ~~~ン!!!お・ま・た・せ~~~♡」
重厚な扉が勢いよく開かれ、一人の青年が軽快な足取りで入室してくる。
「今日は廃墟探索おディト、楽しもーーーネッ☆」
バァン!
その声を遮るかのように、背後で扉が勢いよく閉じられた。
「ヒィィ!!?だ、ダレェ!?ナグリン!?」
彼は大げさに飛び跳ねさせ振り返る。
扉の傍ら薄暗がりの中、黒い人影が揺れていた。
『 ゲラ 』
ゲラドクロが、居る。
「なになになになに!!?こわいこわい!!」
『騒ぐな。』
「ハイッ!」
一喝された彼は、背筋をピンと正し明後日の方向を向いて口を真一文字に紡ぐ。
(なんだコイツ…)
本気で怯えているのか、それともふざけているのか。
どちらにしろ調子が狂う。
全身を震わせている青年を睨め上げ、ゲラドクロが続ける。
『できれば穏便に済ませたい。簡潔に用件を伝える。』
「な、なんでしゅか…?」
『裸部の活動を止めさせろ。全部員、例外無く。』
「なーんだ、そういうことネ。理解理解!」
突如、青年は身体の震えを止め、気が抜けたように笑い始めた。
『何が可笑しい?』
「キミ、ナグリンのお友だち?妹ちゃん勧誘しちゃったこと怒ってるんでしょ?」
『ナグリンとは誰だ、そんなヤツ知らん。』
「しらばっくれないでヨ~ン!金栗 圧士のこと知らないワケないよね~?」
うすうす気付いてはいたが、ナグリンとはやはり金栗圧士の事だった。
どういう口実で呼び出したかは知らないが、
この男に圧士は妙な懐き方をされているようだ。
「でもゴメンね~?
裸部の活動はやめないし、妹ちゃんには引き続き勧誘かけるつもりだヨ☆」
『なぜだ。』
「なぜかって?だって、彼女は絶対に凄まじいポテンシャルを秘めてるんだよ!
なんてったってナグリンの妹だからネ♪」
どういう因果関係があるのかは定かでは無いが、
このセクハラ野郎が金栗兄妹に対して異常に執着していることは理解る。
『実力行使に出る、と言ってもか?』
「それでもやめないよ?負ける気もしないしネ。」
先程までとは一転し、やたらと好戦的な態度をとる。
彼の瞳は輝きに満ちていた。
まるで、自身が正義の使者であることを信じて疑わないかのように。
「それに、ラブじゃなくてラ”ヴ”ね。”ヴ”」
やたらネイティブな発音で訂正するマロビ。
確信した。彼に挑発の意図は無く、根っからこのような性格なのだろう。
『交渉決裂だな。』
「かかってきなよ厚着マン、ボクが成敗してやる!」
高らかな宣言と共に、マロビの上着が脱ぎ捨てられた。




