表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/33

白の賢者と第四白波学園事件3

 第四白波学園、正門前。

 午前最後の講義が行われているこの時間、この辺りは暫しの静けさに包まれる。


 青い制服に身を包んだ警備員の男は、小さくあくびを噛み殺していた。


 本来なら二人組であたる警備だが、この時彼は一人だった。

 相方の一人は五分前に便所へ用を足しにいったきりだ。

 しかし、少々それが長い。


 あまり怠慢な奴ではなかったが、まあこんな日もあるだろう。


 そんなことを考えていたその時だった。


「フ……フフ……ハハハ……ッ」


「……ん?」


 聞こえてきたのは、胸元でつかえさせるような少年の笑い声。


 視線を正面に戻した彼は、思わずその場を飛び退いた。


「っ!?」


「やあ、こんにちは?」


 いつからか、すぐ目の前に一人の幼い少年がたっていたのだ。

 歳は八つもそこらだろうか。

 黒い髪を長く伸ばし、裸足のまま病室で着せられる検査衣のような物を身に付けている。

 酷く痩せ細っているが、目だけは別人のように爛々と光っている。線が細く中性的な印象を与えるが、何処か体温を感じさせない。そんな不気味な少年だった。


「き、君は……こんなところで何をしている?」


 警備員の男は、無意識のうちに腰から吊られている拳銃型の魔動機に触れていた。

 彼も現役の魔術師。三年前までは警察庁の対魔科の養成所で首席の座を争っていたほどの実力者だった。


 そんな彼に、少年はまた不気味に笑い始めた。


「何をしている……って?いいや、まだ何もしちゃいないよ。

 それより聞いてくれないかな。今日は俺の誕生日、何か特別な事が起こるべきだと思わない?」

「……。」


 警備の男は顔をしかめる。

 どういうわけかは分からないが、きっとこの少年はどこかの病院や施設から抜け出してきた子に違いない。だとすれば、最寄りの病院にでも連絡を入れるべきか。

 そう考えたのだ。


「とりあえず君、こっちに来なさい」


 先ずは保護が先だろう。

 男は少年に手を伸ばした。


「"来なさい"なんて言われなくても……来るから心配なんてしないでよ、ね」


「ん?」


 男は首を傾げる。

 しかし、その直後。


 青い制服に、赤い鮮血が迸った。



「がっ……!?」



 少年の頬に、帰り血の一滴が散る。


「ああ、ああ。指示も出さないうちから動くなんて、堪え性のない奴らだね……。

 そんなんだから刑務所なんかに入れられてたんだよ。」


「がふっ……がっ……な、に……!?」


 警備員の男が見たのは、自らの胸から飛び出した刃物だった。


「申し訳ありません」


 マスク越しのようなくぐもった男の声がそう言い、背後から突き刺したブレードを引き抜いた。

 支えを失った体が、血液を失いながら地面へと倒れ伏す。


 そこで彼は初めて背後に敵が迫っていたことに気がついた。


 黒い無地の仮面と、同じく黒いコート。

 手にしているのは、ブレード型の魔動機だった。


「別に責めてる訳じゃないさ……やっちゃったものはしょうがないからね。じゃあ、もう始めるとしようか。待たせて悪いね"みんな"?」


 少年はそう言うと、何処からともなく現れた|黒の集団を背に従えて学園内へと踏み込んでいった。


 男は最後の力を振り絞り、胸にかけてあった無線を取る。

 血の混じった咳を繰り返すと、やっとのことで言葉を紡ぐ。


「第四白波学園正門より……侵入者だ……魔術師……無認可の魔術師……だ……!

 数は……3……8……17……いや、もっと……ッ!?」


 死角から現れた銃口が火を吹き、彼の最後の息を刈り取った。




「ええ、お集まりの諸君……今日は俺の誕生日パーティーに集まってくれて、本当にありがとう。

 出せるものなんてないけど、今日は存分に楽しむといいよ。」


 黒い魔術師の一団をその背後に従え、少年は芝居役者のような仕草で片手を上げた。


「さあ、このふざけた世界を終わらせよう!今日、この日をもってね!」


 少年の狂気に満ちた笑みに、白い霜が走った。



 第四白波学園事件。

 歴史に残る最大規模のテロ事件の始まりだった。






ーー三日前




「蘇る?」


「ああ……厳密には"生まれ変わる"と表現するべきだろうな」


 いつも通う喫茶店のテーブル席で、白葉はコーヒーを啜りながらそう言った。


「あの日、"暴走した賢者"は死に際にとんでもないことをしでかした。

『天の公式』への干渉だ。」


『天の公式』

 万物の根元に存在すると言われる法則、概念を意味する魔法学用語だ。


「そんなこと、本当にできるのか?」


 マガリはアイスティーをストローで吸いつつ口の端で言う。

 天の公式へと干渉するとはつまり、この世の摂理を一部書き換えてしまうという事だ。


「さあな。だが現に、その通りの現象が起こっている。」


 マガリは首を傾げる。


「『蘇りの賢者』か。」


 一度肉体が滅びたとしても、その賢者の存在は無へ還元することなく情報体として漂い、そしてある日もう一度、その記憶と力を残したまま『別人』として生まれ変わるという。


 それを押さえる為に、白葉は永遠の時間を与えられた。


 こうして、何度殺したとしてもその賢者は再び蘇り、時間を置いてまた猛威を振るう。

 それが繰り返されてきたのだ。


「でも、それが何で賢者を殺しに来るわけさ?世界を終わらせるなんて言うからには、別に今さらあんた一人に拘らなくても……」

「二回目の戦い。つまり一回目の転生で俺が奴にかけた魔法のせいだ。奴は俺が死ぬまで他の人間を殺せない。奴の概念をそう書き換えた。」


 暴走した賢者は、あくまで初めに死んだときの記憶までしか持ち合わせていない。

 一度殺せば記憶はリセットされる。


 だが、生まれて何年も経てば、自らに掛けられた魔法には気付くだろうという事だった。


「つまり、奴はあんたを殺すまで無力だと?」

「ああ……恐らくはな。」

「なら、ほっといたっていいじゃん。」

「そうだといいんだが……そうもいかん。奴は一応時代を築いた賢者だぞ?放っておいて無駄な力や知恵を付けられれば何か抜け穴を見つけるかもしれん。」


 現に、四度目の戦いではその抜け穴を突かれ、苦戦を強いられた。


 だから殺す。

 何度も、何度も。


 その為に白葉は無限の時間を生きている。


「……世の為人の為とはいえ、昔の仲間を殺し続けるってわけね。」

「馴れたさ……」

「賢者の癖にウソへただよな。」

「黙れよ。」


 そんなやり取りをしていた時だった。


「……ん、待てよ?」


 突然マガリが顎に手を当てた。


「天の公式への干渉……いや、干渉といっても理論上書き換えは不可能だろう……だっていくら魔力を詰んだって、魔力と天の公式は全く別の概念の元に存在する訳であって……」

「マガリ?」


 声をかけた白葉を手で制止する。


「待って、いま考えてる。」

「お……おう。」


 マガリは何処からかメモ帳を出すと、ボールペンで何かを書きなぐり始めた。


「単純な魔力量のなしえる範囲で可能なのは……円環構造による魔法の永続化……天の公式の局地的無効化……!」


 ペンのインクでほぼ真っ黒に染まったページを捲り、そして更に次のページも黒く変える。


「来てる……来てる、来てる!蘇りの賢者を終わらせる方法!

 ……天の公式の書き換えは理論上不可能……なら何が起こっているかは明確、永続魔法による天の公式からの保護……つまり、概念の隔離、」


「マガリ、お前いったい……」


 突然マガリの手がテーブルを叩く。


「思い付いた、いま。」


 真っ黒になったメモ用紙をばら蒔くようにテーブルに置くと、彼女は目を光らせた。


「この戦いを終わらせる方法、見つけたよ」





「至極、簡単な話。その暴走した賢者が甦るのは、天の公式の一部《終点》が奴に対して正常に機能していないからだと思う。」


 《終点》

 つまり、終わり。


 終わりが無ければ、同時に対となる始まりも無くなる。

 故に、それは存在できなくなる。

 ごく簡単な法則で、この世に存在するもの全てが逃れることのできない宿命なのだが、暴走した賢者はそれから脱することに成功した。


 つまり、永遠に始まりを繰り返すという歪な循環を産み出したのだ。


「天の公式の外……つまり"法則の通用しない世界"。理論だけで説明するのはほぼ不可能だけど、まあ奴の蘇りの種はそうだと見た。

 つまり、奴は天の公式を書き換えた訳ではない、あくまでその外側に逃れただけなんだ。」


 何故か店を出て道を急ぎ始めたマガリを追いつつ、白葉は頷く。


「話は分かった。だが、それが分かった所でどうする?終わりが無い相手を終わらせる方法……そんなもんあるのか?」

「賢者、あんたはひとつ大きな誤解をしてる。」


 道端に出たマガリは、ちょうど通りかかったタクシーを止めながら言った。


「終わりが"無い"んじゃない。"もたらされない"んだよ。」


「もたらされない……?」


「そうそう。ほら、乗る。」


 マガリは白葉の手を掴み、タクシーに引き入れながら話を続けた。


「奴はあくまで天の公式からもたらされる"終わり"が無効化されてるだけ。」

「正常な終わりを迎えられないってことか。」

「そう。正常な終わり……つまり」

「"死"か。」


 マガリが指示した場所に向けて、タクシーが出発する。


「"死"、天の公式から与えられる終わり。」

「故に奴はそれを終わりとして受け付けない……そして誕生を繰り返す。」

「ならどうする?」

「……公式の外に存在する終わり……不自然な終わり」

「そういうこと。」


 マガリは白葉に向かってウィンクをして見せた。


「天の公式外の終わり、それをぶつける。」

「軽く言うようだがな……」


 実のところ、ここまでの予測なら白葉もたどり着いてはいた。

 だが、大きな問題があった。


「天の公式の外にある"終わり"……そりゃいったい何だ?人間を死ぬこと以外で終わらせるなんて、簡単に言ったところで方法が無いだろう。」

「あるんだよ。」

「あ?」

「あるっつってんの、いまそれ取りに行くとこ」

「取りにって……」


 思わず間抜けな問答を繰り返すと、マガリはニヤリと笑った。


「まあまあ、マガリさんにお任せ。

 方法も道具も、あるんですよ~それが。」




「随分な大移動になったな。」

「まあまあ、足賃の心配はどうとでもなるから、ね?」


 白葉が見たこともないようなプラチナカラーのカードを見せながら、マガリは余裕の笑みを浮かべた。


「金持ちさまさまだな。」

「まあまあ誉めない誉めない。今晩抱いてくれれば結構」

「断る。」

「……即答っすか。マガリさんだって傷ついちゃぞコノ。」


 ため息で返答すると、白葉は目の前にそびえた高い壁を見上げた。


「何処だよここ」

刑務所(ムショ)。」


 さらりと答えるマガリ。


「……。」

「通称《地獄への縦穴》。無認可魔術師やら、その手の中でも特に厄介な連中がぶちこまれる場所。私もオイタが過ぎたらここに放り込まれちゃうかもね~」

「罪状がセクハラじゃないことを祈ろう。」


 白葉も噂にだけなら聞いていた。

 凶悪犯罪に手を出した魔術師が収容され、一度入れば最後、二度と出ることは叶わないと言われる程の施設だ。

 故に、呼ばれるようになったのは"落ちれば二度と這い上がれない《地獄への縦穴》"。


「で、ここに何があるってんだ?」

「ここの最下層の金庫。何年か前に私が作った魔動機がある。」

「魔動機か。」

「そう。それを取りに行く。」

「なるほど。で、そいつはまたファーストフード店のお持ち帰り感覚で取って行けるもんなのか?全くのアポなしだが。」

「いや。国家機密レベルだしたぶん無理かな。」


 さも当然というように口にしたマガリに、白葉は額を叩いた。


「じゃあどうすんだよ……入れてもらえるかさえ怪しいもんだぞ?」

「まあまあ、見てなって」


 マガリは肩で風を切るように堂々正面入り口に向かうと、重々しいゲートの前で小銃型の魔動機を構えていた警備員らしき男に声をかけた。


「……。」


 何を話しているのか白葉の位置からでは聞き取れないが、身ぶり手振り何かを言うマガリに警備員が困ったように首を傾げている。


「……駄目だな、あれ。」


 そう呟いた数分後。


「よお、おかえり。」

「……。」


 マガリが戻ってきた。


「どうだったよ、入れてもらえそうか?」

「……あの野郎、人をハエかなんかみたいに追っ払いよって……覚えてろよ……」

「ああ。十中八九そうなるだろうなと思ってた。」


 ため息をつくと、白葉は着ていた白いコートの襟を正した。


「ついてこい。どうにかやってみる」


 こうなったら力業で行くしか無さそうだ。

 マガリを後ろに従えながらゲートに近付くと、警備員に向かって片手を上げる。


「よお、仕事中悪いが聞いてもらえるか?」


 声をかけられた警備員は、非常に迷惑そうな顔で魔動機を握る。


「先程彼女に申し上げた通りです。手続きのお済みでない方を通す訳には行きませんよ。お引き取りください。最悪、然るべき場所に通報することに……」

「ハイハイ"黙れ"。」


 白葉が一言口にすると、警備員は喉を詰まらせたかのような音を立てて黙る。


「……!?」

「生憎、どうしてもこの一番下に用事があるんだよ。"通せ"。」


 何時もなら、この時点で白葉の魔法の餌食になるところだが、今回はそうもいかない。


「……そ、それは……」


 どうやら魔法に対抗する訓練を積んでいるらしく、効きが悪い。


「ああ、面倒なやつめ。往生際が悪い!」

「もがっ!?」


 遂にその顎を掴むと、額を叩きつける用に顔を近づけた。


「いいか、俺の命令は絶対だ。"俺たちを通せ"、"今すぐにゲートを開けろ"。お前に拒否権はない!」


 頭の中に直接手を突っ込み、脳みそをかき回すイメージ。


 叱声を受けた警備員は魚のように目を見開き、無線機を手にした。


「……ゲートを開けろ……」


 しかし、無線機からは戸惑いの声。


 《今日は何の報告も入っていませんが……》


「『何かの手違いだ、問題ない』」

「何かの手違いだ……問題ない」


 白葉の囁き通りに警備員が口にすると、爆撃でも凌ぎそうな鉄のゲートがゆっくりと開いた。


「おほ……すげぇ」

「賢者さまをなめるな」


 案山子のようになった警備員に振り向くマガリを従えながら、白葉はゲートをくぐった。


 だが、何も関門はゲートだけではない。

 むしろここからが問題とも言える。


 持ち物の検査やら、三人がかりでのボディチェックやら、エックス線やら、様々な関門で止められては記録を残すことになっている。

 それでは都合が悪い。


 しかし、白葉は止まらない。


「よせ、いらん、パスだパス、ご苦労、通せ通せ、急いでるんだ俺たちは……」


 呼び止められる度に白葉の無意識の支配が働き、制止の手を半ば無理矢理押し込めていく。

 そしてそれを食らった職員たちはそれにすら気付かない様子で持ち場に戻っていく。


「やっぱり賢者はすごいねぇ……これは是が非でも抱いてもらわねば。」

「お前の思考がわからん。」


 遂に刑務所内の中央部にたどり着いた二人は、そんなやり取りをした後で口を開けた。


 穴だった。

 巨大な鉄の縦穴。


 完璧な円形の穴が、底が見えない程深さまで真っ直ぐに伸びている。

 その壁面にはいくつものガラスの枠があり、ここからでの視認は難しいが収容者と思われる影がちらほら見える。


「……直径確か300メートル……全部で100階層……。」

「……ふざけたもん作りやがって、小便チビるかと思ったぞ……。そんなに深くして、いったい何人突っ込む気だ?」


 怒っているのだか怖がっているのだかはっきりしない白葉に、マガリはその穴の底を見下ろしながら淡々と説明を始めた。


「収容者自体はそこまで多くないって。だけど、警備レベルで言えば最高峰だからね……色々と仕舞う物があるんでしょーよ。マガリさん印のおもちゃとか。」


 易々潜り込んできた矢先にぬかす奴もいるものである。

 しかし、聞き捨てならない単語を白葉は逃さなかった。


「"おもちゃ"?"マガリさん印"?」

「うん、そう。私が設計した魔動機とかの設計図、あと研究資料とかもここに放り込まれててさ。いやあ……何もそこまでせんでもね、世知辛いわぁ……。」

「お前な……」


 こんな限界体制で管理されるような品を玩具感覚で作るなど、やはりこの女はイカれている。


「仕方ないじゃん思い付いちゃうんだから~!」


「分かった、分かったから黙れ。で、ここからどうするよ。二人で仲良く飛び降りるか?」


 この高さのせいか苛立ちを見せる白葉に、マガリは縦穴の中央部を指差して見せた。


「あれ、エレベーター。」

「は?」


 ここからでは細い管にしか見えないが、確かに穴の中央を一直線真下に向かっている。


「あれか?あの……酷く頼りない。」

「遠近法よ遠近法。通称《蜘蛛の糸》。地獄から登る唯一の道。」

「随分なネーミングだな……クソ」


 芥川氏の書く原作ではプツンと切れて、再び地獄へと真っ逆さまなのだが。

 両足が全く動かないまま、渋りに渋る白葉。


「兎に角、乗らないと。」


 早くもエレベーターへと伸びる細い連絡橋を渡り始めたマガリに、白葉は頭をかき回す。

 数秒後、何やら意を決したような顔でそれに続いた。


「二名様、地獄の底へご案内~」

「よせ、マジで殴るぞ。」





 そんなエレベーターが突然停止した時の白葉の叫びようといったら、それはもう一生に一度聞くかどうかというレベルの物だった。


「うをっ、止まっ……え!?」


 軽微な揺れに壁へ背を着くマガリ。


「な、何だ?何だってんだ!?あ!?」


 尻餅を着いて目をひんむく白葉。


「落ち着けよ賢者。ギャップ萌えでも狙ってんのか?安心しろマガリさんはいつだって……」


 と、言いかけたその時、エレベーターの外からサイレンの音と赤色灯の光が飛び込んでくる。


「これって……」


 最悪の展開が脳裏を過る。


「バレたかな、賢者?」

「い……いや、分からん……まさかとは思うが……」


 もし二人の不法侵入がバレたとしたら、とんでもないことになる。


「捕まったら間違いなく出禁だよな、賢者?」

「それって"出入り禁止"か?それとも"出るの禁止"か?」

「知らないけど両方困る!」


 そう言い終えるや否や、マガリはポケットから普段滅多に使わない値の張りそうな口紅を取り出した。


「マガリ……お前な、こんなときに……」

「女子力だよ女子力」


 外したキャップを投げ捨てると、エレベーターの扉に目一杯に出した先端を押し付ける。


「ハイハイできましたっ、と!」


 描き上げられたのは、難解な文字や数字、図形で構成された円のような模様。


 白葉にはそれが何だかすぐに分かった。


「まさかお前っ……よせよせよせよせ!」

「いくぜ女子力!!」


 マガリが指を鳴らすと、魔法の印の刻まれた扉が熱白色に燃える。

 そして、轟音を伴って爆ぜた。


 簡易的な爆破の魔法。


 吹き飛んだ扉と共に、マガリは白葉の手を引きながら外に飛び出した。


「ひゃっほおおおおい!!」

「マガリお前えええああああああ!!」


 空中に投げ出された二人は、手を繋いだままそれぞれの叫びを上げる。


「マガリぃぃい!お前ふざけてるのか!?密室で爆破か!?エレベーターで爆破か!?あぁ!?」

「大丈夫ー!威力も方向も調節してあったしー!」


 額に青筋を立てながら、あるいはケラケラと、落下は続く。


「ていうか、お前どうする気だああ!?どうやって止まる!?どうやって降りる!?」


 そんな白葉の問いに、マガリは満面の笑みで答えた。


「任せたぜ賢者さま!」

「お前とは一生エレベーターに乗らん!!」


 本来白葉が得意としているのは《内世界干渉》などの対人魔法。

 他人の意識に干渉したり、内世界的な部分や情報体としての面への攻撃には長けるが、実際に物を燃やしたり物質を形成するような魔法はあまり得意ではない。

 つまり、このような事態には滅法弱い。


「こういうときは……クソ!マガリこっちこい!」

「え……むっ!?」


 落下を続けながら、白葉は突然マガリの手を引き寄せる。

 そして


「ぷはっ……えぇ!?」

「え、じゃない!!」


 キスをした。


 唇が離れると共に、マガリは真っ赤になって騒ぎ立てる。


「やだやだっ、空中キッス!?ロマンチック!マガリさんちょーときめいたよ!」

「うるせええ!イメージしろ!黙ってイメージ!!『お前は飛べる』!!」

「……あ?」


 思わず疑問符。

 遂に壊れたか、このぽんこつ賢者は。

 と、マガリは本気で思った。


 それを読んだのか、白葉はブンブン首を振る。


「違う!!術式!儀式の共有だ!今お前に打ち込んだ、頭の中にあるだろう!たぶんそれで飛べる!!」

「お、おう、ほんとだ!ある!すげえ!……でもたぶん……って」

「俺の専門外だ!つまり俺じゃ処理できん!代わりにお前がやれ!!」


 つまり、マガリに『恐らく飛べるかもしれない魔法』の儀式だけを与えた。

 出会った当時、マガリが白葉に『妨害の魔法』を打ち込んだように。


「分かった、任せろ賢者!!飛ぶ……飛ぶ……飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ飛ぶ飛ぶ飛ぶ」


 マガリは目を閉じたまま意識を集中させる。

 白葉から与えられた儀式を処理、展開、魔力を充填。


「飛ぶ、飛べる……キタァ!!

 マガリさんは、私は、飛べる!!」


「うお……イテェ……オェ……!?」


 繋いだ右手が思いきり引き上げられ、腕が千切れるような痛みが走り、急激な浮遊感が吐き気となる。


 間一髪空中嘔吐だけは避けたが、腕の中で何やら二三ほど千切れる感覚がした。


「ぎゃい……い……いってえええ」


 最悪の気分を味わう白葉の上で、マガリが歓声を上げている。


「あっははは!やったぞぅ!飛んだぞぅ!遂に、マガリさん、大空へ!あーっははは!」


「ち……畜生め……」


 最早怒鳴る気力さえ湧かない。

 そんな白葉をぶら下げながら、舞空術のように空を舞うマガリが徐々に高度を下げていく。


「いやあ、素晴らしいね賢者!!ああなんて気分がいいのだろう!

 ここまで来て叶える夢なんてないかなぁとか思ってたけどさ、やっぱりあるね!叶えたい夢!

 よしっ、あとはね、あとはね!

 イルカと泳ぐ!月面着陸!ハリウッド進出!賢者と×××(ヤラシイこと)!」

「死ねぇ……雛由マガリぃ……」


 唸るように言いながらだらりとぶら下がった白葉。

 その足が再び地を踏んだのは、約二分後。


 人生で最も長い二分だった気がする。






「ああ、これはいけない。警報ならしちゃったね。」


 少年は首を傾げていた。


 目の前に広がるのは、血の海と、物言わぬ死体の山。


『そりゃあ、こうもやれば鳴りましょうよ。逆に鳴らない方がビックリ。』

「まあ、そうだね。それはいいとして……」

『何か?』


 訪ねたのは、何かの機材を通したかのようなノイズを含んだ男の声。

 何処か不真面目な口調だが、少年は対して気にもとめない。


「いや……君にはわからないだろうけど。」


 黒い長髪を揺らしながら、少年は死体の内のひとつを持ち上げる。


 濁り切ったその眼孔を見下ろし、そして捨てる。


「……マサヨリ……あいつの気配がするんだよね。」

『ああ、白葉マサヨリ!白の賢者!』


 声の主は思い出したように言う。


『彼がここに?』

「そう……いるね、いるいる。なんでだろうね、警察ごときに捕まる奴でもないのに。」


 《地獄への縦穴》

 ここはそのゲートを過ぎた辺り。

 360度全面に広がる虐殺の舞台を中心に、少年は頬を掻く。


「嬉しいけど、少し寂しいような、残念なような。」

『確かに。随分準備して来ましたからねぇ。

 ……ふうん……プロポーズ前日に宝石屋で彼女とバッタリ遭遇しちゃったような、そんなところですかねー?』

「あぁ……それだ、それ。うまいこと言う。」


 邪魔だったのか、たった今手放した死体を足で隅へやり、彼は歩き出した。


「まあいいや。殺せるならここで殺す。殺せなくても、元々の目標はきちんとこなす。

 ……じゃあ、俺はマサヨリの方に行くから、よろしく頼むよ"ろっくん"。」

『ハイハーイ。それじゃあ、間違っても『死んじゃ』だめですからねー、黒の賢者さま?』


 愛想よく言うと、声は遠ざかっていった。

 少年は頬にうっすらと笑みを浮かべる。


「大丈夫、大丈夫。」


 足元からパキパキと霜が走り、歩く道を凍らせる。


()()()()、殺すよ?マサヨリ。」



実は高いところが苦手っぽい賢者さま。


次回、賢者同士、宿命の衝突……の予感。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ