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白の賢者と第四白波学園事件2

「賢者~!!」


 来た。


 その気配を察知できた頃には、すでに距離は五メートルを切っていた。

 ここまで詰められれてしまえばもはや回避の余地はない。

 対策方針を『未然防止』から『被害規模の縮小』へと移行する。


「愛っし~てるぜえ~っ!!」


 彼女の並外れた跳躍力は、その五メートルの距離と間にあったテーブル席ひとつという壁を一瞬にして貫き、辛うじて割れ物のコーヒーカップを危険区域外へ逃がした白葉マサヨリの上半身に飛び付いた。


 がたん、と。


 テーブルが揺れてカップの中でコーヒーが暴れた。


「ぜ……全員、"気にするな"!見ちまったやつは"今のは見なかったことにしろ"!」


 間一髪で、白葉は二次災害の防止までをこなせた。


 さて、三ヶ月前にこの雛由マガリという変態美女にコーヒーを奢って以来、行きつけになってしまった喫茶店。


「おぉう賢者~!もうすっかり馴れてきたねぇ、マガリさんの迎えかた!」

「うるっさいなお前は……!!毎回毎回キチガイ入店しやがって、対処する俺の身にもなれ!」

「おう、今夜私を抱くってんなら考える!」

「あああ……もうマジでこいつ嫌いだ……!!」


 そして今日も、彼は向かいではなく隣の席にコーヒーをもう一杯頼むのだ。


「ああ……くそったれ」

「どうした、賢者?情けない声なんて出して、いーでぃーか?」

「うるせぇよ……」


 白葉は飲み干したカップをテーブルに置く。

 そして、何故か自分の膝の上に座っているマガリを見る。


「うん?遂に私に惚れたりした?」


 その視線を受けたマガリは艶っぽく目を細める。

 だが、こんなじゃれつきにも白葉は慣れつつある。

 迷惑そうに顔をしかめつつ、ハエを払うように手を振った。


「するか。しない。万が一にもありえん。」

「なぁんだ、この甲斐性無し。こんなに美人なマガリさんにも反応しないとは、お前はどこの坊さんだ!ええいこれでも食らえ!」


 そう言って、むぎゅうっという効果音が聞こえそうな勢いで白葉の体に抱きついた。

 堪らず奇声を発する白葉。


「お前っ……!?」

「どうだあ!マガリさんの超絶わがままボディだぞぅ!出るとこ出て絞まるとこ絞まってんぞぅ!ヘイヘイやわいぞきもちいぞぅ!」

「やめっ、やめっ!!お前に人間としての尊厳ってもんは無いのか!?」

「うるせぃやい!種無し野郎の白葉マサヨリがマガリさんに構わないのが悪い!ていうかどうせ賢者が魔法でなんとかするし!

 それよりどうした坊主気取り!あんたのソレはお飾りかあ!?とっとと私を襲っちまえ!」

「ナメんなよこのクソガキ……!!」


 結局鉄線をわんさかと召喚してマガリをぐるぐるに縛った。

 床の上でマガリがぐねぐねとしている。


「うえぇ~ん、いったぁい~!賢者がひどいことするぅ~!」

「黙れ!反省するまでミノムシの刑だ、このでっかい中学生!」

「お前の中学生にこんな立派な乳はついてんのかぁ!?」

「吊るしてくぞ、逆さに!」

「いやんごめん~!」


 椅子の上から蹴飛ばしながら叱りつけると、やっとマガリはおとなしくなった。


 これを三ヶ月である。

 三ヶ月もこんなことを繰り返してきたのである。


 我ながら忍耐に富んだ人間であると思う。

 絶対に頼むことはないであろうデザートの品書きを眺めながら、白葉はぼんやりとしていた。


「でもさあ……」


 足下でミノムシの刑に処されているマガリが言う。

 白葉は眉根を歪めながらそれを見下ろした。


「反省したか?」

「うん、私めっちゃ反省しました。マガリさんは結構素直だぜ?」

「……で、本心は?」

「隙あらば全身全霊をもってセクハラ行為に走って行く所存です。」

「刑期延長。」


 白葉の視線が品書きに戻った。

 頬を膨らませるマガリ。


「ええ~?ていうか聞きなよ賢者。結構大事な話。」


『大事な話』

 これが合言葉となっている。

 白葉は品書きを置くと直ぐに魔法を展開した。


「ああ、全員"俺たちの話を聞くな"……何だ?」


 巻かれっぱなしのままでマガリは白葉を見上げる。


「賢者が私の手にくっつけた魔法の件。

 "ある男を殺してほしい"とは言ったけどさ、全然来ないじゃん?その男。」


 マガリは、魔法の刻印が刻まれた手首をくいくい動かした。

 巻かれている癖に器用な奴である。


 古典魔法《ゲイ・ボルグ》

 死の槍の魔法だ。

 死の概念を物質化した槍を展開する魔法で、生の概念を持つ者が受ければ死を免れない。


 だが、一人の人間が放てるのは一生に一回という制約がかけられている。


「ああ、いつ来るかは全然分からんからな。

 明日かも知れないし、百年後かも知れない。」


 その言葉にマガリは舌を出す。


「うげえ……さすがに百年後はマガリさん無理だわ。ものすごくおばあちゃんよ?」

「ああ、そうだな。……ていうか、お前はそこまで生きてるつもりなんだな?」

「まあね。私、天才だから。賢者さまの不死身に比べたら可愛いもんよ、できるできる。」

「……いや、不死身じゃあないんだけどな。俺だって、年食わないだけで、殺されたら死ぬ。」

「まっさか~、賢者白葉マサヨリさまを殺せるやつなんていないっしょ?そんなの不死身と変わりゃしないよ。」


 だが、そんな言葉に白葉は遠くを見るような目をした。


「……いるから頼んでるんだよ、お前に。」

「あ、それもそね。」


 マガリがぽかんと口を開けると、ふとその拘束が解かれた。


「おう、今日は厭にヌルいな賢者?」

「……まあな。ちょいと疲れた。」


 肘で小突くようにじゃれついてくるマガリに、白葉はまたぼんやりと斜め上を見上げていた。


 こいつには、本当に必要最低限の事だけを話した。


 自分には、殺さなければならない男がいるということ。

 そいつがいつどこに現れるかは全く不明だが、確実に自分を殺しにくるということ。

 自分は、絶対にそいつに殺される訳にはいかず、また自分は確実にそいつを殺さなければならないということ。

 そして、マガリに与えた魔法はその男を殺すための一度しか使えない切り札であるということ。


「……あのねえ、賢者?そろそろ教えてくれたっていいんじゃない、その男の正体。」


 考え事に耽っていた鳥の巣頭を、しなやかな指がつついた。

 ここ数日繰り返されている質問だ。

 そろそろ頬を膨らませるマガリに、白葉はここ数日と同じように繰り返す。


「断る。お前が知る必要はない。」

「なにそれ、パートナーとか言っちゃって水臭くない?」

「そういう条件でのパートナーだ。」


 頑なな白葉。

 マガリは行儀もへったくれも無いような態度でテーブルのうえに座る。


「……賢者が長生きしてる理由だったりするでしょ?」

「……。」


 ふと、マガリが探るように言ってくる。

 また始まった。

 白葉は目を閉じて黙った。


 だが、マガリは止まらない。


「その男って、たぶん賢者に近い人間だよね?……友達か……それ以上?何か大切な関係を持っていたのは確かだね。」

「……。」

「やっぱりか。だって、その事を話すと賢者は目付き変わるからね。何か思い出すような目になる。でもって……そうだね、懐かしがる感じ?惜しむ感じともとれるかな。」

「……。」


 これだからこの女は困る。

 一見、不規則で不安定でちんちくりんで、何も知らない風を装ってはいるが、裏を返せばこの通りどこまでも見透かしている。

 恐ろしい道化もいたものだ。


「それでもって白葉マサヨリを殺せるだけの力を持っているとしたら……そうだね、あなたと同じ、『賢者』の一人。正解?」

「……。」


 反応するな。

 どんなことを言われても反応だけはするな。


「……そうかそうか、間違いないか。じゃあ……」

「……やめてくれ」


 遂に遮ってしまった。

 白葉は両手で頭を掻き回しながら低い声で言う。


「……お前は、案外おもしろがってるのかもしれないが……これはそんな話じゃないんだ。

 お前が知っていい話じゃない。」


 白葉はマガリを睨む。

 だが、白葉は知っている。

 奴のことだ、またあっけらかんとした笑顔がそれを見つめ返すのだろう。


 だが、その読みは外れた。


「お前の嫁さんは知ってたのにか?」


 睨み返された。


「……お前」

「賢者。言ったよね、嫁さんは死ぬ前に指輪を灰にしたって。てことは、嫁さんもあんたが不死身だって知ってたわけだ。

 いいや?それだけじゃなく、不死身にならなきゃいけなかった理由も、全部知ってたんだよな?私にはそういう風に聞こえたね。」

「マガリ、怒るぞ」

「ああ、怒れよ。好きなだけ怒ればいいじゃん。」


 その言葉に気圧され、白葉は言葉を止める。


「なあ、賢者。白葉マサヨリ。」


 マガリの顔がぐっと近づいてきた。

 その目がいつになく真剣で、白葉の視線は固められる。


「……私には話せないか?私じゃ役者が勤まらんか?嫁の代わりとは言わないけどさ、せめてお前の気休め程度にでもなれないか?」


「……俺は……」


「なあ、賢者」



 マガリの口から溢れた言葉が、白葉の胸の深くにまで染み入った。



 ーーお前、辛いんだろ?



 白葉は、一瞬だけすべてを忘れてしまった。

 自分の奥底までを見透かすような目。


 死ぬ前の嫁に、そっくりではないか。


 マガリは続ける。

 臆することなく言葉を連ね続ける。


「初めに言ったよな。賢者、お前は私の白馬の王子さまだって。

 けど、なんか今じゃ違う気がするんだよね。なんなら、私がなってやれないかな?賢者の王子さま、さ?」

「マガリ……お前」

「正直、何が何なのかさっぱりよ。どうしてたって、たった一人で寂しく生き残ってまで友達殺さなきゃなんないのかって。正気じゃないよな、辛くてしょうがないよな。

 けどさ、『蕀の監獄に囚われた賢者を救う、白馬の姫騎士』っていうのも……なんかかっこいいじゃない。」


 白葉は言葉を紡ごうと躍起になるが、どうもうまくいかない。

 どうにも胸のなかで凍っていた物が溶けたようで、それがあとからあとから溢れてくる。

 そんな白葉を、マガリは胸に抱いた。


「大丈夫だって、マガリさんがついてるんだから。

 何かあるなら、マガリさんに任せなさいって!」


 ひょっとしたら、この行いが後悔になるのではないかと薄々思ってはいた。

 だがそれでもいい気がした。


「……終わらないんだ……」


「ん?」


 マガリに抱かれながら、白葉は溢した。


「終わらないんだよ……俺の殺しは……永遠に終わらない……」







 名前はよくわからないがそこそこに値の張りそうな酒が、グラスの氷を溶かしてカラリと鳴らした。


「これ……洋酒……だよな?何て言うんだ?」

「え、賢者知らないの?ダサぁ~。」

「……。」


 昔から酒には疎い。

 味の良さはよく分からんし、アルコールには弱いし、こんな人並み外れた力を持つ故に酔うと何をしでかすか自分でも分からない。


「まあ飲みなって。酒は語りの潤滑油よ~。」

「お前はもう滑りに滑りまくってるがな。」

「ん~、そうかぁ~?……ヒック……うへへぇ」

「……。」


 開始十分にして、開封したてのボトルがそろそろ空だ。

 いったいこの細い女の何処に酒は消えていったのだか、こればかりは賢者の知能をもってしても謎である。


「ほらほら、飲めよぅ賢者~?しこたま酔わせてそのまましっぽりっつー算段なんだからぁ~?」

「オイオイ、俺を酔わすとロクなことないぞ?居酒屋まるまる消し飛ばしたことがある。」

「だいじょぶよ~、マガリさんだって新築祝いで酔っぱらったあげく自分ん家吹っ飛ばしちゃったんだから!

 ぅんでぇ、ここに住んでんのよ~、あっはははぁ~!」

「……随分とダイナミックなお引っ越し劇だな。」


 ここは都内の高級マンション。

 雛由マガリが二年前に一棟まるまる衝動買いしたのだという。


 その一室にて、招き入れられた白葉は主の酔っぱらいに付き合っているのである。

 なみなみ注いだグラスを傾けながら、酔っぱらいこと雛由マガリは機嫌良く白葉の肩を揺さぶる。


「いやあ、この職の前にも株で何発かぶち当てたり~それで掘っ立てた企業が幾つかかっ飛ばしたり~?マガリさんよく分かんないけどぉ、今じゃこの通りよぉ~!うらうらぁ、笑え!飲め!あははは~!」

「……天才っつか……もうあれだな。生きた自然災害だぜお前。」


 白葉は仕方なくちびりとグラスに口をつける。


 雛由マガリ。魔法にしか恵まれなかった自分とは偉い違いだ。

 ひょっとしたら、その点では曲者の寄せ集めの賢者なんかよりもよっぽど恐ろしい人間なのかもしれない。


「あ~いいねぇ?やっぱり酒は豪快にね、これほど気持ちいいことはないねー!」

「ああ、ならもう帰っていいか俺?」

「嘘よぅ、このままじゃマガリさん悪酔いしちゃぁう?構って構って~賢者~?」


 突然すり寄ってきた酒臭い生き物に、白葉は盛大にため息をついた。


「で、お前は俺の話が聞きたいんだろ?その為に俺をここに入れた。」

「ん、そだよぅ?だからねぇ、今夜はもうぜぇんぶ吐き出してっていいのよ?マガリさんがまとめて抱いたげるぅ。」


 本当に聞く気があるのだろうか。

 正直不安になる。

 それに気が付いたのか、マガリは手にしていたグラスを置いた。


「……だいじょぶよ。演技演技?実はそんな酔ってないし。つか、もうがっつりシラフだわ。」

「……逆にびっくりだぜ。」

「うん……でもね。その方が楽だよ?」


 まあ、その通りだろう。

 白葉はグラスを一気に空けると、マガリの前に突き出した。


「うら、注げ。ないなら開けろこの三文役者が。」

「それでよし。」


 また酒を煽ると、白葉はやっと語り出した。


 何十年も前から続く、自らの宿命を。


「……これは、誰よりもこの世界に尽くした男が、その世界に裏切られて、とことん狂っちまうまでの……クソ腐れ切った話だ……。」


 白葉は語り始めた



 もう何十年も昔、現代魔法が確立されるよりも前の話だ。

 世界は混沌の中にあった。


 化石燃料は遂に底を尽き始め、残りわずかな資源を廻り、世界は徐々に崩壊へ向かっていた。


 その波はこのちっぽけな島国にまで及び、国家も遂にある計画に出る。


『歯車計画』


 石油などに代わる資源を《天の公式》の外側、つまり魔力の領域へと求めたのだ。

 その為に集められたのが、五人の天才たち。


赤峯(アカミネ)』『青海(アオミ)』『灰原(カイバラ)』『黒絃(クロイト)』『白葉(シラハ)


 国家から新たに名を受けた五人は《賢者》と呼ばれ、その計画の中心として置かれた。


 そして、四年という時間をかけて計画は確かな成果を生んだ。

 魔力のみを原動力として駆動する《魔動機》という機関の基礎と、更にもうひとつ。


 莫大な魔力を生成し続ける永久機関、《歯車》だ。


 この技術を応用できれば、燃料資源に依存しない世界が誕生する。

 だが、この発明に対して国家が下した判断は非情だった。


『この技術全般は、国家機密とする。』


『歯車計画』は即時中止となり、賢者たちは全ての研究資料を没収された。


 その数ヵ月後だ。

 一人の賢者が狂気にあてられたのは。


 処分の決まっていた《歯車》を、ある男が起動させたのだ。


 計画の中でも、最も開発に貢献した人物。


 彼は、誰よりもこの世界を愛していた。

 誰よりもこの世界を救おうとしていた。


 だがあの日、彼は声高く宣言した。


『この世界を終わらせる』


 その賢者の暴走を阻止し殺害したのが白葉マサヨリと、そして旧姓『灰原』白葉ナギである。


 だが、その暴走した賢者が残した爪痕は大きかった。


 白葉ナギは重傷を負い、その場で死亡。

 そして、その暴走した賢者も死の直前にある言葉を残した。


『俺はこの世界を許さない。全てを終わらせるまで、許さない。』


 その言葉の意味を理解した白葉ナギは、死に際に夫である白葉マサヨリにひとつの魔道具とある"呪い"を与えた。


 それが、白葉マサヨリの"不死身"の正体。





 翌朝





 白葉はある日課を手早く済ませると、直ぐに顔を洗いに行った。

 こうしないと、とんでもない顔で一日を迎える羽目になるからだ。


 昨日は結局、マガリの部屋で一晩を明かした。

 でもってその枕の質感に驚愕し、その内通販で探そうと心に誓った。


 馬鹿みたいに広い洗面台で顔を洗っていると、鏡に惚けた目をしたマガリの顔が写った。

 これは、かなり面倒くさい。


「……。」

「おはよぉう~けんじゃあ~」


 酔いが残っているのか、寝起きだからか、妙に甘ったるい声で腰にぴたりと抱き付いてくる雛由マガリ。

 お陰で白葉はタオルが取れない。


「マガリ。おいマガリ。タオルが取れん。」

「なぁにぃ~?ぅんん……それよりけんじゃぁ~?昨日はすごかったね~……もうあんなにはげしくってぇ……やあん、思い出すだけで背筋ふるえちゃあう……」

「ほう、残念だったなマガリ。俺は昨日の事は、間違いなく確実に記憶している。そういう魔法を使用している。ので、昨晩そんな事実がなかったということをしっかりと証言できる。」

「チッ……」


 舌打ちすると、マガリは先程までのとろけた雰囲気を一蹴しさっさと消えていった。

 やはり、寝惚けてもいないし酔ってもいなかった。

 ついでに昨晩は本当に何もなかった。


「俺の勝ちだ、クソガキめ。」



 今日もマガリは職場に出向く。

 一応彼女は公務員だ。

 こんな凄まじい女でも公務員だ。


 服装がどうでも、態度がどうでも、職場に出向いて公務を果たさなければなるまい。


 本来なら年中寝ていても金が入ってくるはずの彼女が、何故そんなことをしているのか。

 いつか白葉が聞いた話ではこうらしい


「つまらないから」


 だそうだ。

 どれだけ成功しても、どれだけ稼げても、とてもつまらない。

 何でもできてしまう彼女にとって、それは当たり前なのだ。


 それが彼女には堪えられないらしい。


 当たり前じゃないことをしたくて、この道に踏みいる決意をしたという。


 だが、結果はこの通り。


 やはりつまらないのだと。


 周りに溢れるのは凡人ばかりで、相手をするのもやはり凡人。

 そこに彼女は何も感じられなかった。


 そう思うと、彼女が白葉マサヨリという人間に執着するのにも納得できる。

 彼は明らかに『当たり前』ではないのだ。


「はあ……」


 結局何一つ予定のないその一日を、白葉はマガリの部屋で過ごした。


 今日という日が、また何事もなくゆっくりと終わっていく。

 いつもならそれはほんの当たり前のことで、永遠の時間を持つ白葉にとってはもはやなんの感動もない。


 だがビルの谷間を日が沈むのを見ながら、白葉は自らの変化に気づくのだった。

 何かの気配が近付いてくる。


 やつめ、また訳の分からない隠密スキルを高めてきたようだ。


 距離は昨日よりも短い三メートル。


 だが、今日は白葉も諦めない。


「愛してるぜ~ぃ!賢じ……!」

「遅い!」


 マガリ通るであろうルートに予め刻んだ印が光を放つ。


「無を以て現世に命ず、固定結界『逆柱(サカバシラ)』!」


 地面から床から突き出した黒い墓標が、飛び上がったマガリの体をその表面にぴたりと貼り付ける。


「なっ、なにぃ!?」

「どうだ、恐れ入ったかクソガキめ。確かに俺は認識干渉などの魔法を得意とするが、だからといってそれ以外が使えないというわけではない!

 物質化魔法による拘束に関しては完全にノーガードだったようだからな。どうだ、今の気分は!?」


「ま……M(マゾ)っ気を猛烈にくすぐられておりますっ!もうメッチャいいとこグっサグサぶっ刺されて、ああなんか今なら視線だけでいける気が……あっ……ああ、賢者さまあー!」


「うわキモっ……?マジでやめ……」


 まさかの反応に怯んだ白葉の一瞬の隙を、マガリは突いた。


「かかったな賢者め!オラァ反対式、無効化だあ!!」

「お前っ……仕事上がりの癖にどんだけ体力有り余ってんだよっ!?」

「あんたと一晩燃え明かせるくらいの体力ならいつでも蓄えてるさ!天才ナメんな!!」

「やめろ!寄るな、触るな!ええい、これでも……!!」


 かくして、部屋をめちゃくちゃにするまでその魔法合戦は続いた。




 いつからだろうか。

 白葉マサヨリは、いつのまにかそんな日々を楽しんでいた。


 こんな気分は、全てが始まる前、何もかもが狂ってしまう前以来だ。

 横には古くからの悪友がいて、手のかかる嫁がいて、その先には目指す場所があった。


 あの時も、きっと今みたいに何も考えてはいなかった。


 そう思った瞬間に、ふと寂しいような恐ろしいような、冷たい物が胸の底をさらっていった。



ーー今日という日がいつまでも続けばいいのに


 その感覚から逃げる様に、頭の端で願った。




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