解離3
ほぼ無人となりつつある闘技場の中で、叫びだけがこだましていた。
「ひ、ひいいい!?」
正気を失う寸前の緋島が、後退りながら言葉にならない悲鳴を上げる。
それもその筈だ。
何度も八つ裂きにされながらも尚、その魔力と精神を魔剣に食われ続けている。
このままでは、肉体が悲鳴を上げる前に精神が死に絶える。
「……ヒジマぁ、まだ?……ま、だ?」
そして、『ミヨ』と名乗るものはそれを狙っている。
もはや、緋島は敗北を認め決闘を終わらせることさえ忘れるほど追い込まれていた。
「く、来るな……来るなぁ!!」
その目にはもう一寸たりとも戦意は残されていない。
命乞いさえ満足にできはしない。
それでも、暴力の手は決して緩まない。
「……マヒル……マヒル、もういいよ……おかあさん……も、おとうさんも……いないよ、いないよ。
ああ……マガリ……マガリ……マガリ!!」
突然狂ったかのようにその名前を叫ぶと、手にした円月輪で緋島の体を切り刻む。
「なんで、なんで……?嫌い……嫌い、嫌い嫌い、嫌い!嫌い!嫌い!……いやだ、呼んでよ……呼んでよ!ミヨって!ミヨ!マヒルじゃない!ミヨ!」
修復される体に股がりながら、ミヨは叫び声を上げた。
「うあああああああああああ!!」
その時
一筋の光が、その右肩を貫いた。
「……ッ」
背中がぴくりと動いて、小さな穴の空いた肩に手を当てる。
すぐに消えていく傷を見下ろすと、弾丸の飛んできた背後を振り返った。
「……」
その少女は、四角い銃を向けながら険しい表情で言った。
「誰だか分かんないけど、私のマヒルを返して。今すぐ!」
動かない緋島を放り出すと、ミヨはふらりと立ち上がった。
「アユ、ム?」
「!?」
自分の名前が呼ばれたことに驚いたのか、少女、愛沢アユムは後退った。
「何で私の名前を……?」
「……アユムは……アユム?……アユムのこと……知ってる、覚えて、る……わたしのこと……好きって、言ってくれたから。アユムは、とってもやさしい……」
その時、彼女の目に言い表せない色が浮かんだ。
理解できない現象に対する、不気味な現象に対する、恐怖、嫌悪に似た色だ。
しかし、その直後にその色は怒りに変わった。
「これ以上悪さなんてさせない!マヒルを返して!」
「悪、さ?」
「そう。今すぐその魔法を解いて!じゃなきゃ、許さない!」
ミヨは首を横に振る。
「悪さ……?違う、わたしは……悪いことしない……よ?マヒル……マヒル、と……わたしの、ため。アユムの、ため。ジンヤの、ため。
みんな……大事、だから……ヒジマはいなくなる、だよ?
ね……アユ、ム……こわいよ……顔、とってもこわい……。アユムの、こと……きらいになるの、いやだよ。
だから、だから……だか」
更に三発の銃声で、ミヨの胸に穴が空いた。
アユムが歯を食い縛りながら、薄く紫煙を上げる銃口を向けている。
「もう、一回しか言わないから。
早くマヒルを、返して!」
怒鳴り付けられたミヨの肩が小さく跳ねた。
そして、胸の傷に手を当てながら震え始める。
「い……いたい」
すぐに修復される傷を見つめながら、ミヨの目からぽろぽろと涙がこぼれ始めた。
「なん、で?……なんで、こんなこと……。いやだ……アユムが、こわい……。マヒル?
……こんな、アユム……いやだ……きらい……。」
「……っ」
気配の変わったそれに、アユムは魔動機を構える。
ミヨは涙を落としながら、両手から円月輪を取り落とした。
「きらい……きらい、きらい……アユム、きらい、いなく、なれ……いなくなれ、いなくなれ、いなくなれ……」
ミヨの右手が突然炎に包まれた。
その炎は徐々に形を作り、一本の"矢"になる。
銀の鏃の黒い矢だ。
「何……それ!?」
その矢が放つ魔力に、アユムは全身に鳥肌が立つのを感じた。
魔動機であるようだが、あれは普通ではない。
何か恐ろしい物を感じる。
「いなくなれ……いなくなれ……いなくなれ!!」
絶叫し、矢を握ったミヨが突進してきた。
「『マイン』!!」
アユムは咄嗟に爆破の魔法を乗せた弾丸を放つが、ミヨがその矢をひと振りすると魔力弾が一瞬にしてに消え失せた。
「そんな……!?」
あの矢には、マヒルの魔力と同様に儀式を破綻させ魔法を破壊する力があるのか。
しかし、そうとは思えない。
今起きたことはそれとは次元が違う。
魔法を破壊しただけならば、その際に儀式に充填されていた魔力が漏れ出し、痕跡が残るはずだ。
だが、それが微塵も感じられない。
魔法が破壊されたというより、それを伴う現象そのものが消失したようだ。
『現象を消失させる矢』
いったい何の原理があってそんなものが成立しているのか理解できないが、とにかくあれを食らえば何が起きるか分からない。
すぐにでも動かなければならないのは理解している。
逃げなければやられる。
だが、足が動かない。
恐怖で頭が一杯だった。
その間にも強烈な殺気を伴った鏃が視界一杯に飛び込んでくる。
そして、アユムを貫こうと唸る。
終わりだ。
そう思ったとき、口から勝手に言葉が溢れた。
「助けて……マヒル」
気が付くと、目の前から黒い矢は消えていた。
いつの間にか座り込んでいたアユムは、目の前で起こった出来事に目を丸くする。
「……あ、れ?」
ミヨは肘から先が無くなった右手を見つめて、涙に濡れた目を何度も瞬いていた。
切断された腕は足下に転がり、ちょうど握られていた矢と共に消えていた。
対して、その左手に握られていたのは短刀型の魔動機だった。
アユム自身も調整を手伝ったのでよく知っている。
マヒルの『ホーネット』だ。
「……マヒル……?」
アユムが譫言のように呟くと、ミヨがよろよろと後ずさる。
「……マヒ、ル……あ、れ?なん、で?……あ……アユムが……」
ホーネットを取り落とすと、ミヨは自ら切り落としてしまった腕を見下ろしながら頭を振る。
「なんで……アユムは、わたしの……こと」
そこで、ミヨが突然固まった。
目を見開いたかと思うと、ゆっくりとアユムの方を見る。
「あ」
恐怖に満ちたアユム表情を見ると、ミヨは小さく震え始めた。
「ち……ちがう、ちがう……アユムは……アユムがいなく、なったら……いやだ……。そうじゃ……なく、て……わたしは……わた、しは……あ、」
ひざから崩れ落ちたミヨは、頭を抱えながら何かに向かって唱え続ける。
「あ……いやだ!やめろ、やめて……いたいのはいやだ……いやだ!……ああ、マヒル……?とめないで……とめないでおねがいとめないで……いたいよ……いたいんだよぉ……マヒル!!」
アユムはやっと立ち上がると、震えながら踞るその少年に恐る恐る近付く。
「ねえ、聞こえる?私だよ、アユムだよ!マヒルなんだよね?私のこと助けてくれたの。答えてよマヒル、マヒル!」
すると、その声に反応するかのように少年は身を捩って苦しみ始めた。
黒い髪の毛を掻き乱しながら、床の上で転げ回る。
「ああっ、あ……マヒル?マヒル?マヒル?
わたしは、マヒル?ちがう……ちがう、ちが、う、わたしは、ミヨ……。僕は……。
……マヒルは……僕だ!」
首から下げていた銀の指輪が再び黒い靄で包まれる。
アユムは息を飲む。
少しずつだが、マヒルの気配が戻ってくるのを感じる。
この調子でマヒルへ呼び掛け続ければ、この謎の魔法も解けて元に戻るかもしれない。
「そうだよ、マヒルはマヒルだよ!私の知ってる、とっても強くて、誰にでも優しくて、なんでもできる、雛由マヒル!
お願い、帰ってきてよマヒル!」
「僕は……僕は……とっても強くて、誰にでも優しくて、何でもできる……雛由マヒル……!」
『ミヨ』の冷たい気配が薄れていく。
だが、それが完全に消えようとする最後の一瞬
「なん、で……?」
ミヨの目がアユムの顔を見上げた。
その瞬間だけ、彼女はマヒルの名を呼ぶことを忘れてしまった。
「……そんなこと、言わない……で……」
とても寂しそうで、悲しそうで、今にも壊れてしまいそうな目が彼女を見上げて涙を落としていた。
「……」
「……がっ」
黒い靄が弾ける様に消えた。
倒れ込んだマヒルがむせ込みながら息を吹き返す。
「げほっげほっ……」
「マヒル!」
柔らかな白い髪と、少し曖昧だが柔らかな表情。
いつもの雛由マヒルが確かにそこにいた。
「大丈夫?何があったの、マヒル!?」
「……は無事……ですか……?」
「え!?」
マヒルの絞り出した声にアユムは耳を近付ける。
やっと呼吸を整えると、マヒルは消え入りそうな声で言う。
「緋島 ケイジは……無事ですか……?」
「……マヒル……」
アユムは呆然とした。
すると、マヒルは苦しそうな呼吸の中で微笑む。
「そうですか……良かった……。」
安心した様に言うと、アユムの抱える腕の中でくたりと気を失った。
「雛由ぃぃぃぃいい!」
「あ……あんた!?」
突然響いた雄叫びに、アユムはマヒルを背に庇って振り返った。
魔剣こそ手放しているが、その手にしっかりと自分のドライバを握り締めた緋島が目を剥きながら立っていた。
「そこを……どけ!!」
理性を失った獣のように吠える緋島へ、アユムは短機関銃型魔動機レパルドを構える。
「あんた、まだそんな事……!?
マヒルはあんたのことあんなに気遣ってたのに……」
「うるさいぃ!!」
緋島は唾を飛ばしながらサーベルを振るう。
「この俺を散々コケにしてただで済むと思うなよ!」
その表情に現れていたのは、憤怒や憎悪ではなく、焦りだった。
緋島ケイジは否定しようとしている。
自らの弱さ、敗北という結果を受け入れる訳にはいかないのだ。
そのまま焦点の合わない目で、ゆっくりと近付いてくる。
「許さん……許さんぞ雛由マヒル!お前はこの俺の手でしまつして……ごふっ!?」
「うるっさあーーーーーーいっ!!」
アユムが握っていた筈の魔動機が凄まじい勢いで緋島の顔面へと衝突して、床の上をカラカラと転がった。
「もう頭にきた!うるさいのはそっちだぁバカっバカぁぁぁ!この傲慢ちきの威張り虫の温室栽培ちんちくりん頭の金ぴかバーカ、馬に蹴られて死んじゃえばいい、バーーーカ!!」
愛沢アユムが、ぶちギレていた。
体の中で何かを爆発させたように、天井に向かって叫ぶと、銃を投げつけられてふらふらとよろめく緋島に指を突き付けた。
「あんたってサイテー!サイテーサイテーサイテー!!
ずぅっと前から言ってやりたかった!
緋島ケイジっ、よくよく聞けぇっ!!」
アユムが、緋島目掛けて疾走を始める。
途中で右拳へと防護の魔法を展開、床を思い切り蹴飛ばし、大きく宙へと舞い上がる。
「あんたのことなんか……!!」
落下の勢いに加え、更に腰の捻りによる回転も乗せ、その上に全体重をかける。
鋼よりも硬い防護壁でコートされた少女の拳が、その一瞬で凶器と化した。
「大っキライだあーーーーッ!!」
闘技場が、揺れた。
緋島ケイジの顔面を中心とした大きなクレーターの中から、アユムは無数の瓦礫を落としながら腕を引き抜いた。
「……。」
腕がかなり痛いが、心は今までにないほど晴れ晴れとしている。
そしてその腕の痛みも、粉々になった緋島ケイジと共に修復された。
「こ……この俺を……女ごときが……この、俺を……」
目を回しながらも、譫言の様に溢し続けている。
半ば気を失っているのにも関わらず、ここまでくると見上げたものである。
だがアユムが再び固めた拳を振り上げると、突然目を見開いて後ずさった。
「わっ、悪かった!すまない、この俺が悪かった!!
こ、この償いなら、何でもする!!何でもだ、緋島家次期当主の名に懸けて誓う!!頼む、許してくれ!!」
相も変わって、すっかり震え上がる緋島に、アユムはため息をついた。
「……呆れる。こんなのが次期当主なんて……緋島家の歴史もここでお仕舞いだね。
まあ、何でもするって言ったからには、本当に何でも言っちゃうよ、私。」
「そ、それは……」
「なにっ?」
「ひいいい!?」
緋島を黙らせると、アユムはステージ横の巨大スクリーンを指差した。
残り時間が、僅か50秒を切っている。
「あと少しで一本目が終わる。早く敗けを認めて、"この決闘は緋島ケイジの敗けです"って。」
「な……」
緋島は喉を詰まらせたような声を発する。
「そ、それは……」
「そう。だったら、残りの二戦は私とやって。こんなんじゃ、勝敗もあったもんじゃないよ。
もっとも、あんたがその状態でどこまでやれるかは見物だけど。」
「そんなこと俺に……」
「ジンはやったよ」
緋島の言葉を、アユムは強い目付きで遮る。
「あんたが無理だって言おうとしてること、ジンはやったよ。
全身ボロボロになって、本当に指一本動かせなくなるまで戦ってた。
それがあんたにできる?」
「……。」
緋島の手から、剣が落ちた。
「出来ないって言うなら、そんな覚悟が無いって言うなら、それはあんたの敗け。
あんたは、紅ヶ塚ジンヤの足下にも及ばないってこと。
さあ、決めて。あんたは、私に、あいつに、勝てる?」
その言葉の重みに負けたのか、緋島は膝から崩れ落ちた。
青ざめた唇が震えながらも、小さな声を吐き出す。
「俺の……敗けだ……」
ブザー
ステージ上で勝敗が決した。
雛由マヒルが、緋島ケイジに勝利した。
白葉寮が、緋島軍団を打倒した。
「はぁ……」
全ての終わったステージ上で顔面蒼白のままへたりこむ緋島を前に、アユムは安堵のため息をついた。
終わった。
ここで、今この瞬間に、終わったのだ。
「……うな……」
「ん?」
額の汗を拭っていたアユムに、足下から声がかかる。
やはりというか、緋島ケイジがブツブツと何かを言っていた。
ドライバと闘技場システムのお節介すぎる安全装置は、どうやらこんなつまらない人間にでも平等に働くらしいらしい。
「なに、まだ何か言いたいわけ?」
「これで終わると……思うなよ……!」
「は?」
アユムが再び拳骨を入れようとした。
しかし、それを遮るように無数の足音が飛び込んでくる。
そして、怒鳴り声。
「緋島先輩ーー!!」
「……!?」
緋島の甲高い笑い声が響いた。
闘技場に雪崩れ込んできたのは、緋島ケイジの舎弟たち、『緋島軍団』たちだった。
アユムは息を飲んだ。
誤算だった。
まさか、ここで軍団全員が駆けつけてくるとは。
緋島は倒れながらも大声を発する。
「諸君!目の前にいる、愛沢アユムと雛由マヒルだ!
やれ!二度と我々に歯向かえんように、徹底的に痛め付けてやれ!」
天井が崩れそうな程の雄叫びが轟いた。
「どうしよう……どうしよう……!!」
完全に算段違いだ。
この数ではマヒルを庇いながら戦うことは不可能だ。
だが、マヒルをここに置いていく訳にはいかない。
「どうしよう……どうしよう……!?」
その間にも敵はじりじりと迫ってくる。
勝算はない、作戦もない、頼る宛もない。
絶望的だ。
「どうしたら……!?」
アユムは、せめてもと意識のないマヒルを胸に抱く。
マヒルだけは渡さない。
たとえ何が襲ってこようとも、決して指一本触れさせない。
「たぁくなァ……本当よ。」
デジャブ。
不意に、アユムを取り囲む人の輪が割れた。
聞きなれた声。
少し腹のたつ、あの声。
「どうしようどうしようって?
んなん、どうにかしてやろうったって来てるんだろうが」
ステージの隅に突き刺さった黒い刀を抜き、その鞘を拾い上げ、すらりと仕舞う。
「このオレがな」
ざわめき。
もはや、悲鳴ともとれた。
この場にいられない筈の人間が、そこには立っていた。
彼らが最も危険視していた男が、最も恐ろしい得物を片手に立っていた。
観客席から、携帯型端末を放り出したユウキが手を振っている。
「闘技場内のロック、オール解除!いつでもオッケーだぜーー!
ひゃっはーーー!!」
興奮ぎみに余った白衣の袖を振り回すと、突如現れた彼に叫んだ。
「やったれぃ!バカわんこのアホジンヤぁーー!!」
「ウルセー。バカだのアホだの、後で覚えてろー」
それに気だるそうに手を振り返し、彼は鼻を鳴らした。
「白葉寮の喧嘩犬、只今参上……ってな?」
「紅ヶ……塚!?」
ふらふらと立ち上がった緋島に、ジンヤはニヤリと笑って見せた。
「おうよ、やっぱり泣き寝入りは性に合わんくてな。閉じた傷が膿んじまうぜチキショー。」
そう言うと足下に転がっていた緋島のドライバ、装飾華美なサーベルを蹴り転がした。
「この前の礼だ。生憎オレぁこのバカアユみてぇにいかなくてな……へへっ。」
「何の……真似だ?」
青ざめる緋島を前に、ジンヤは虫の悪くなるような、すこぶる気色の悪い笑みを満面に浮かべた。
「拾いな。構えるまでは待ってやる。もっとも、どれだけ待てるかぁオレにもわかんねぇがな。」
「……!?」
その目に秘められた肉食獣の眼光に、緋島は後ずさりそうになる。
その足取りをジンヤは見逃さない。
「どうした緋島ケイジ、オレが恐いか?」
「この……この!」
緋島は遂に、覆い被さる様にして剣を取った。
ジンヤの口の端がつり上がる。
「いいぜいいぜ、勝負だ緋島!!」
だが
「お……覚えていろ……覚えていろよ、紅ヶ塚ぁ!!」
「あ……!?」
剣を抱えたっきり、どこにそんな体力が残っていたのか緋島は脱兎のごとく駆けていってしまった。
「あ!こらぁまてまてー!」
「あぁ……もういいや。やめろバカ。」
その背中に銃口を向けたアユムに、ジンヤが拳骨を入れた。
アユムは涙目で頭を押さえる。
「いったぁ……何すんのアホジンヤ!」
「ルセー。撃つなっ言ってんだバーカ。」
消えてしまった背中に、ジンヤは腕を組む。
「マヒルを置いて行けるか。それに、無傷の敗走……奴にはお似合いのザマだ。」
「なに、カッコつけて。最初は敗けてたクセに。」
「何だと?ありゃあノーカンだノーカン、実力の半分も出せねぇ試合だぞ?」
「どーでもいいし!」
「バカアユァ……てめぇとはきっちり話つける必要があるなぁ……まあ、どうでもいいのは同感だが。」
ぷいっと顔を背けると、ジンヤはすらりと刀を抜いた。
鍔本から鋒まで、照明をうまく使いながら丹念に見つめると、眉をぐっと寄せる。
「野郎……メタクソに使いやがって。
見ろ、この辺とかちっとくすんでんじゃねぇの?ホラ、ここんとこなんて絶対そうだ!
オレの大事な財産をよくもなァ……。
あぁあぁ、こりゃあな~?」
また件の凄まじい笑みを浮かべると、周りを取り囲む生徒たちを見回した。
緋島が退散し、彼らも引き際を見失っている。
それを敢えてジンヤはつつく。
「こりゃ何人か斬らなきゃ戻んないかもなァ……?」
戦慄が走った。
全員が第五白波学園が誇る問題生徒、紅ヶ塚ジンヤ、実力にしてランキング13位の殺気に、迫力にあてられてしまった。
黒い刀身が鈍く光る。
「砥石になってくれるのはァー、だぁれぇだァァァーー!?」
うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!
それからまるまる一時間。
闘技場から悲鳴が途絶えることはなかった。
こうして、緋島軍団と紅ヶ塚ジンヤ及び白葉寮の騒動は終結した。
否、
したかに思われた。
「……はぁ……はぁ……」
一方的な暴力の嵐と化した乱闘を抜け出した緋島は、闘技場を取り囲む野次馬と観客を避けるようにして、人気のない路地に転がり込んでいた。
父親から受け取ったサーベル型のドライバ、緋島家当主としての誇りを杖に、荒い呼吸のまま路地を進む。
「紅ヶ塚め……俺の顔に泥を塗って……ただで済むと思うな……ゆるさんぞ……ゆるさんぞ!」
言いそびれた捨て台詞を口からぼろぼろと溢す姿は、敗者に他ならなかった。
辛うじて動く脚を必死に動かす緋島だが、そこに軽やかな声がさす。
「やあ、こんな騒ぎの中で偶然もあるものですね。『緋島ケイジ』先輩。」
見上げた緋島の顔から血の気が失せた。
「お……お前は……?」
見間違えようもない。
彼は今、死神を見たような気分だった。
右腕に逆さに着けた腕章と、片手に持ったヘッドフォン。
青みがかった銀髪を揺らしながら、彼女は奥底の知れない笑みを浮かべていた。
「いつもは省くところですが、貴方になら自己紹介をしてもよろしいでしょう。
どうか、怖がらずに聞いていただけますか?」
「な……なぜ、こんなところに!?」
すっかり腰を抜かしたのか尻餅をついて後ずさる彼に、彼女は一歩だけ足を進めた。
「どうも、第五白波学園風紀委員会 第零班班長……うむ、こちらは覚えづらいようですので、別の肩書きにしましょう。
では、改めまして。
どうも、皆さんご存知、裏風紀委員長の藍川フユノです、先輩。」
紹介されるまでもなかった。
彼女は裏風紀委員長の藍川だ。
仕事は、風紀委員長が直接手を出せないような問題、つまり自分達『緋島軍団』のような危険分子の処理などを執り行う。
風紀委員長、生徒会長に次ぐ実力を誇るという話の他にも、彼女には恐れられる理由がある。
彼女には『即時執行権』と呼ばれる権限が学園から与えられている。
風紀委員長からの指示があれば問題生徒を現行犯でなくとも、審議による処分が下る前に鎮圧できるという権限だ。
「あ、藍川……お前、こんなところで何をしている!
闘技場を見ろ、ひどい騒ぎだぞ!それに、雛由だ!奴は、奴は……と、とにかく早く行け!」
「却下です。」
微動だにしない笑顔がそう言った。
「実は、先輩には前から処分命令が下っていまして。
というわけで前回の決闘の件を先輩の実家の緋島家に報告、学園を通して協議をさせていただきました。
結果、風紀委員会による特別指導の後に緋島家の管理の元、無期限での謹慎処分という形での処理が決まりました。
いやはや、流石に紅ヶ塚家の伝家の宝刀に触れたのは問題でしたね。緋島家も対応に追われているようです。」
「そ、そんな……!?」
最後の後ろ楯であったはずの実家までもが、もはや敵に回ってしまった。
軍団も今起こっている騒ぎでほぼ瓦解状態。
もう、彼の中には何も残されてはいない。
「あ、ありえない……この俺がこんな目にあうなんて……あり得るわけがない!」
緋島は藍川に背を向け、這うようにして逃げ出す。
だが、その先を長い影が遮った。
「緋島ケイジだな。」
見下ろすのは鬼の双眼。
腰に挿さるのは二本の剣。
そこに立っていたのは、風紀委員会委員長補佐、鷹野アキラだった。
「鷹野アキラ先輩。どうしましたか?こんなところまで。」
藍川フユノの質問に、アキラは腕を組ながら答える。
「何、嫌な臭いを嗅ぎ付けたものでな。
ヘドが出るような卑怯者の臭いだ。」
早くも剣を抜いた彼女に、藍川はなだめるように言う。
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。
緋島先輩が気を失ってしまいます。それに、鷹野先輩は、僕のような権限をお持ちではないでしょう。
それなのにまだ罪状の出ていない生徒に抜刀とは、あまりよろしくはないかと。」
「……。」
一瞬だけその目に殺気が宿ったが、藍川が「抑えてください」と目で合図するとそれも収まった。
だがそれも一瞬のこと。
つぎの瞬間には、その表情に見る者を凍り付かせるような笑みが差していた。
「確かに罪状は出ていないがな……緋島」
「ひ……な、なにを……!?」
抜刀したままずかずかと距離を縮めると、遂には疾走を始める。
猛禽の急降下のような神速の剣が緋島に迫る。
「や……やめーーーッ!?」
少女の体躯が風の様に駆け抜け、幾つもの剣筋を刻んだ。
「……ーーー」
「緋島ケイジ」
魂の抜けたような顔で振り向いた緋島の頭は見事に丸められており、金色に染めた長髪が辺りに散って行った。
「その髪型は校則違反だ。ランキング上位者たる者、常に他の生徒の模範になるよう心がけるように。」
最後に振り向き様の一閃を見舞うと、その額にシールで止めた違反切符が叩き付けられた。
「その切符を持参の上、風紀委員会の本部に出頭。今日中に違反日誌を受け取るように。
指導期間内は毎日提出しろ、私が直々に受け取ってやる。覚悟しろ。
……以上だ。」
失神した緋島が路地裏に伸びた。
その腕前に藍川が拍手する。
「流石です先輩。見事な剣さばき、そして素敵なヘアスタイルです。」
「ふん、男は五分に限る。チャラチャラと髪を伸ばすなど……みっともない。」
「その硬派なセンス、少し憧れますね。」
動かない緋島に対し、一応特注の手錠をかけながら藍川は笑った。
「だが、よかったのか?向こうにスナイパーを二人も待機させておいて、お前もこの男には用があったのだろう?」
「先輩程じゃありませんよ。それに、僕は少々加減が下手でして。
なぜこんな権限がいただけたのか不思議なくらいです。」
そう言いつつ、腕章に仕込まれた通信機に向かって緋島の確保を報告する。
「では先輩。これからどうしますか?
お望みなら闘技場までご一緒しますが。あの二人の方も恐らくOKでしょうから。」
「いいや」
アキラは首を振り、自分の通信機で報告を入れる。
「闘技場に向かう全風紀委員へ。少し遅れて来て結構だ。準備は抜かりなく、じっくり時間をかけろ。」
そんなアキラに藍川フユノは珍しく肩を揺する。
「ふふっ……今日は随分とお優しい。何かいいことでもありましたか、先輩?」
「さあな……。そうだ、藍川。」
悲鳴と轟音と時折爆発し煙の上がる闘技場をどこか楽しげに眺めながら、鷹野アキラは藍川へ言う。
「紅ヶ塚の件といい緋島の件といい、加えて雛由の監視。色々と任せきりで悪いが、今度は私個人から頼みたい事がある……構わんか?」
その表情に何を察したのか、藍川はくすりと笑った。
「ええ、もちろん。ジンヤとは世間話をしただけですし、雛由マヒルに関してもいい暇潰しになりましたから。いやはや、彼らは本当に面白い。
それに、今日は僕も気分がいいんです。何でもお請けしましょう。」




