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紅ヶ塚ジンヤ 1

 空気が割れる様な錯覚。

 狂った様な歓声と熱の中で、学園屈指の問題生徒『紅ヶ塚ジンヤ』は双眼を薄く閉じていた。


 第二模擬戦闘訓練場。

 またの名を、『闘技場』。

 生徒たちが連日使用している模擬戦闘訓練場とは別に設けられた特別ステージである。


 通常の訓練場との違いは二つ。


 一つは、構造。

 通常の訓練場が多人数での同時運用を想定された建築なのに対し、こちらはひとつのステージを囲むように観客席や巨大モニターの設けられた完全なアリーナ仕様である。

 もう一つが、用途。

 この第二模擬戦闘訓練場は、基本一部のイベントを除いては、『決闘』にしか使用されない。


 つまり、文字通りの闘技場である。


 時刻十時五分。止む気配のないこの雨にも関わらず、観客席は集まった生徒たちで九割を埋める賑わいを見せている。


 その期待と興奮の渦中に立たされた紅ヶ塚ジンヤは、床を突いていた刀剣のドライバを持ち上げ、一振りし正眼に構えた。


 見据える先には、既に白装束の護藤が巌のように構えている。


「……」


 息を吐き、再び大きく吸う。


「……リロード」






「……全く、エライことしてくれちゃうよウチのわんこは……」


 マヒルの隣に座ったユウキは、観客に埋もれながら親指の爪を噛んでいた。

 ちなみに、今はきちんと魔工学部の制服兼作業着を身に付け、普段から纏っている白衣はその上から羽織っている。

 そんな奇抜な格好でも悪目立ちしないことからも、『紅ヶ塚ジンヤ』と『緋島軍団』というカードへの注目度の高さが窺える。


「……。」

「マヒル」

「……分かってます」


 座席の存在を忘れたかのように身を乗り出す『観客』の中で、ユウキは隣のマヒルに目を向ける。

 マヒルは思い詰めた表情で、首から掛けたドライバを手に取っていた。


 思う部分があるらしいことは、聞くまでも無いだろう。


「マヒルがあそこで決闘を受ける、なんて選択肢は無かった。百パーセント絶対。」

「……。」

「ただの喧嘩なら兎も角、ステージ上なら、マヒルはあの『護藤(ごんどー)』とかいうやつにだって勝てないだろうさ。

 そんなマヒルがヒジマとやりあうなんて、余計にジンヤを、追い詰めるだけ。」


 マヒルは頷く代わりに、自らの黒い指輪(ドライバ)を握りしめる。

 それはきちんと理解しているつもりだ。


 だが、どうしても腑に落ちない。


 その気になれば、ジンヤはあの場をやり過ごす事ができた筈だ。

 きちんと決闘を断ることも、いっそマヒルと協力して追い返すことも、不可能ではなかった筈だ。

 にも関わらずジンヤはあの場で剣を取った。


 その行動が、マヒルには理解できなかった。


 だからこそマヒルは考えてしまう。

 あのとき、自分になにかができたなら、ジンヤはこうならずに済んだのではないかと。


「……そういうこと、あとからネチネチ考えるもんじゃないぞ」


 ふと、そんな耳に声がかかった。

 ユウキは伸ばしっぱなしの長い髪を後ろに払いつつ淡々とした口調で言う。


「……いつかはこうなるだろうって、分かってたんじゃない?バカなりにさ……」




『決闘』


 この学園にはそう呼ばれる制度が存在する。


 正式な書面上にこそそのような記述は存在しないが、誰がどのようにしたか確かにそれは『制度』として機能していた。


「文字通りだよ、決闘。

 面倒ごとは『模擬戦』で決着をつけるって訳。

 ルールは模擬戦とほぼおんなじ。

 魔動機、戦略魔法、オペレーション操作の制限は無し。試合形式は一本勝負(シングル)三本勝負(トリプル)五本勝負(クインタプル)無制限(アンリミテッド)のうちどれで、確か今回は三本勝負。

 負けた方が勝った方の言い分、要求を飲む。ただ『それだけ』。

『それだけ』にして絶対。」


 ユウキがぼそりと溢した。


『記述のない制度』

 そんなあやふやで形のない物の何処に、お互い縛るだけの力が宿るのか。

 直前まで疑問視していたマヒルも、ここに座した瞬間に理解した。


 対する二人の決闘者に注がれる視線。


 ステージを囲む熱狂、この空間、集団の意識そのものが拘束力となる。


「こんな狭っ苦しい島なんだ。

 みんな『娯楽』に飢えてるんだよ。」

「……『娯楽』?」

「そう。プライドとプライドの衝突、手に汗握る熱い激闘、勝者の歓喜、敗者の絶望。そして突き付けられる非情な判決……。どうだい、これだけで十分生ドラマだ。」


 ユウキは皮肉ったらしく言う。


「行き場の無い負の感情ってのはスゴいもんだよ?在るはずの無い物さえ、在る物に変えてしまう。」


 ユウキが座席の上で胡座をかくようにしたその時、調度カウントダウンが始まった。


「まあ、今さらこの制度に腹立てたって仕方ないか。兎角に今は、ウチのわんこには頑張ってもらわなばなんないわけで。

 それにしてもあのでっかいの、図体のわりに根性のひん曲がったやつだ。」


 ステージ上、構えをとるジンヤの前で仁王立ちする護藤ヤスナリを見下ろし、ユウキはもどかしそうにする。


「ジンヤが堂々得物構えてやってるっていうのに、やつはちっとも手の内を晒そうとしない……不公平だ、アンフェア。」


 確かにその通りだ。

 相手の武器が分からなければ、対策の練りようがない。

 これでは、手の内を堂々と晒しているジンヤの方が絶対的に不利なのだ。


「くそ、結局最後まで隠す気か……いけ好かないやつめ!」


 ユウキが悔しそうに自分の膝を叩くが、ここからではどうしようもない。


 その間にも、カウントはゼロを切った。

 鳴り響くブザーが戦闘開始を告げる。



 三本勝負(トリプル)、第一試合。



「……づあッ!」


 それが鳴り止まない内に、ジンヤは相手の間合いを貫いていた。

 どうやら、相手が武器を展開する前に叩こうと考えたらしい。


 横薙ぎの剣激に腰の捻りを乗せた一撃が護藤の巨木のような胴体を狙う。


 それを見ながら、ユウキは顔をしかめた。


「ああ……あれならやると思ってたけど、やっぱり力押しか……」

「……え?」


 首を傾げたマヒルにユウキは歯噛みするように答えた。


「あの剣じゃ間違いなく……」


 続く言葉は、爆発のような衝突音に掻き消された。


 慌ててステージへ向き直ると、そこには常軌を逸した光景が広がっていた。


「ぬるいぞ、紅ヶ塚ッ!」

「ァァァァァァアッ!!」


 ぶつかり合う雄叫び。


 繰り出された刃を、護藤は拳一つで受け止めていた。


 マヒルは目を見開く。


「そんなっ!?」

「……やっぱりかよ、まったく!」


 そのままジンヤを弾き飛ばした護藤を見ながら、ユウキは頭をかきむしった。


「奴は最初から得物を展開してた、あの魔動機は銃でも剣でもない!

 シールドだよシールド!」

「シールド……?」

「ほら、あの両手首につけてるのが魔動機!見て、ほら!」


 マヒルはユウキの指差す通り、護藤が手首に装着した手錠を千切ったような腕輪を見る。


「たぶんコマちゃんなら感知できる……?いや兎に角……あの腕輪型の魔動機を起点に拳部と前腕部にシールドが発生してる。

 ……見えないからどうとも言えないけど……あの強度から見ると……物質化と固定の併用……?

 奴は自分の腕を硬くしまくってるって訳だ。つまり、奴の武器は自分の両腕と拳!」


 ユウキが喚くのを他所に、護藤はボクサーの様な構えをとった。


「どうした紅ヶ塚、まさかその程度とは言わんな?」

「……の野郎ォ……」


 対するジンヤは剣を握りこんだままじりじりと距離を取る。

 先程の一撃が防がれた時点で理解した様だ。


 この剣では、斬れない。


「フン、どれだけ喚いても所詮《紅ヶ塚の魔剣》無しでは何もできまい。」

「ウルセー……よッ!!」


 再び振り上げた剣が火花を散らした。



「紅ヶ塚の魔剣……?」

「うん……ジンヤの刀はそう呼ばれてる。」


 怒濤の勢いで切り結ぶ両者を見守りながら、ユウキは口にした。


「あのドライバ……いや、あの()はそんじゃそこらの魔動機とは訳が違う。」

「確かに……普通じゃない感じはしますけど……」

「うん。あれは、名家『紅ヶ塚』当主に代々伝わる代物だったんだよ。」

「文字通り『伝家の宝刀』……ってことですか?」


 確かドライバが実用化に至ったのはここ十年、ドライバと魔動機の一体化に成功したのはここ最近の話だと授業では聞いた。


「そう、その知識は間違ってない。でも、不思議なことにその刀はそれ以前には既に存在してたらしいんだ。」

「いったい誰がその刀を……」

「さあ?それについては議論が絶えないね。

 古代文明の遺産だとか、宇宙人の置き土産とか……。

 まあ、その稀少性や価値は言わずもがな……問題はその性能だ。」


 そう言うと、ユウキはマヒルのイメージスクリーンにある二つのデータを送信してきた。


「それは一般的な刀剣型魔動機。こっちがジンヤの魔剣。

 比べて欲しいのはこの数値だ。」


 ユウキは、二つのデータに記載された数値の一つを指す。


「『出力値』?」

「そうそれ。その魔動機の出せる威力の最低値と最大値。『燃焼率』とも言い換えられるね。

 ジンヤの今使ってる方、一般的な刀剣型魔動機が200~650。

 けど、『紅ヶ塚の魔剣』は……」

「……」


 マヒルはその数値に言葉を失った。


『860~5623』


 最低出力値が既に一般の最大値を上回り、最大値に至ってはその十倍近くある。

 ユウキがマヒルの視界からデータ画面を削除する。


「……因みに、最大値の方は暫定結果だと思った方がいいよ。

 計測にはジンヤ本人に協力してもらったんだけど……この数値はあくまで『ジンヤと計器の限界』。ここまで記録した瞬間にジンヤはぶっ倒れたし、間もなく計器もオシャカ……。

 この学園にはそうそう在りはしないだろうけど、『ジンヤ以上の魔力量と瞬間供給力を持つ人間』と『それに耐えうる計器』があれば、たぶんまだ出る。」


 そこまで説明すると、ちょうどブザーが鳴り響いた。

 歓声が上がるなかで二人が身を乗り出すと、ステージ上にあったのは、倒れたジンヤの姿だった。



「……」


 口を開けたまま茫然とするマヒルの横でユウキは呟いた。


「厳しいかな、かなり」





 同時刻、白葉寮。


「あの……マジでやるんすか……?」


 寮の裏、生け垣を乗り越えた少年は圧し殺した声で先輩である二年生の男子生徒の背中に言う。

 後輩の声に振り向いた彼は、険しい顔をする。


「……たりめぇだろ。逆らったらこっちが何されるか……」


 その表情は、怖じ気づく後輩を咎める気よりも、彼等を差し向けた『緋島軍団』に対する恐れの方が色濃く出ていた。


「……けど……流石にこんなこと風紀委員バレでもしたら……」

「なら逃げようってのか?冗談じゃねぇ、お前本気でシゴかれんぞ!

 ……それに、今は風紀委員だって敵じゃねえ」


 額から流れる汗を拭い、彼は何とか言い切った。

 緋島ケイジの手は、今や風紀委員会の内部にまで浸透している。

 この程度のいざこざならどうにか揉み消せる筈だ。

 それを再度、しっかりと口に出して説明する。

 それは後輩に向けたものなのか、はたまた自分自身に向けたものなのかは、もはや本人にも分からない。


 彼等に下された命令は一つだった。


『愛沢アユムを連れてこい』


 連れ出した彼女を何に使うのかは、彼等は考えない。

 あの緋島の事だ、きっとまたとんでもない事に利用するに違いない。

 自分に楯突く者、特に『紅ヶ塚ジンヤ』に対して、彼は容赦と言うものを知らない。


「とにかく、さっさと……」


「さっさと何だって?」


 一瞬にして肝が凍りついたような錯覚を、二人は同時に感じていた。


「……ひ」

「……うそだろ……」


 声が聞こえたのは、二人のほぼ真後ろ。

 背後も背後、すぐそこからだった。

 視界の端で白いコートの裾が踊る。


「全く、他所でやれと言った筈だが……分からんガキどもだな」


 明らかに生徒ではないその男に、二人は尻餅を着いて後ずさる。


「な……何だよお前!?」


「何だよって?ここの管理人だよ馬鹿。」


 コートのポケットに手を突っ込んだままずんずんと近付いてくるその男に、二人はやっとのこと立ち上がりドライバに手をかけた。


「こ……こうなったら仕方ねぇ!オペレーション!」


 自棄を起こした二年生徒が、遂に戦闘体制に入る。

 その様子を、男は腕を組ながらあくび混じりに見ていた。


「オイオイ、訓練以外でのオペレーションは禁止だろが。やめとけ、怒られるぞ。」

「ウルセー!ぶっ飛ばされたくなかったら引っ込んでろ!」


 男の眉がピクリと動いた。


「引っ込んでろとはまた……」


 その一瞬で男の雰囲気が一変した。

 いや、雰囲気だけではない。


 肌を刺すような殺気を伴った魔力が、まるで間欠泉の様に吹き出す。


「……モノの言い方を知らんガキだな……」


 薄い色の瞳が爛々と光り、薄い飴色だった髪の毛が根本から白く染まっていく。


 常軌を逸した光景に竦み上がる二人を前に、男はにっと笑った。


「脅かしてやるよ。お前ら、その『緋島先輩』とやらより恐いモンを知らん様だからな。」


「……な、何だよコイツ……何だよコイツ!?」


「俺か?何度も言わせるな、ここの管理人だよ。」


 男の足下にある土の地面が焼け焦げる様にして剥がれ、錆びれた金網の床が現れる。

 途端に、辺りは燃え盛るような熱気に包まれ、火の粉と煙が薄く舞い始める。


「まあ、もっと言うなら……そんじゃそこらの管理人さんではない、とだけ教えといてやろう」


 片手を何か掬い上げるように動かすと、金網の床の下から無数の有刺鉄線が触手の様に伸びる。


「ふ……ふざけんじゃねえ!!」


 遂に自棄を起こしたのか、刀剣型の魔動機を展開した二年が男へと飛びかかった。


 だが、男はその姿を一瞥する事もなく指を鳴らした。


「遅い。落第点だ。」


 男の足下から伸びた有刺鉄線が鞭の様にしなり、男子生徒を一撃で撥ね飛ばした。


「うがっ!?」


 武器を取り落とした少年は地面を転がり、そして左腕を押さえる。


 そして、その手のひらに広がった感触に顔を青くしていた。


「何で……何でだよ!?」


 ぬるりとした生暖かい感触。

 切り裂かれた皮膚から滲み出した、自らの血液の感触だ。


「擦り傷一つで偉い驚きようだな。まあそれもそうだろうが。」


 何が面白いのか、その声は心持ち笑みに上ずっていた。

 男は無数の有刺鉄線を踊らせながら、いましがた繰り出された一本を手元に寄せる。


「ちょうどいい。驚いたついでに一つ賢くなってみるか?

 その道の専門家による課外講座だ。」


 そのままなに食わぬ顔で近付いてくるその男に、二人は悲鳴をあげる。

 だが、それには構わない。


「さて、お前らが驚いているのはそう、その傷だ。

 基本的に、オペレーション中にはダメージを受けても傷という傷は負わない仕組みになっているはずたからな。

 その仕組みは授業でも習ったよな。現代魔法の必修分野のひとつだし。

 出血や感染症、その他二次被害を防ぐ『界面保護の魔法』と損傷を素早く治す『修復の魔法』、加えて『感覚神経補助の魔法』による痛覚の抑制と欠損部の感覚補助。これらの魔法が肉体へのダメージに反応して発動することにより、傷を負っても問題なく活動でき、時間をかければ元通りに治る。

 ま、これらが上手く働くのも俺の作っ……いや何でもない……先人の生み出した叡智の結晶《DGSドッペルゲンガーシステム》のお陰だな。」


 がたがたと震える二人の顔など気にもとめず、講義は続く。


「このシステムソフトに関しても一年のテストに出たな、たしか。

 オペレーションと同時に発動し、コンマ〇二五秒おきに使用者の肉体情報を演算、常に使用者の『正常状態』の肉体をデータ上の《二重の自分(ドッペルゲンガー)》、つまり使用者のコピー体として再現し続ける。

 このシステムとドライバとが常にフィードバックし合うことによって肉体の強化や修復、その他の魔法が常に使用者に最適な状態で発動されるわけだ。

 この仕組みは、よく『影』に例えられるな。」


 有刺鉄線の鞭を不気味にしならせながら、男はにんまりと笑った。


「影はいくら切ったって、"体"つまりDGS内のコピー体が無事ならなんの影響もない。だが仮に……もしものもしも、仮にだ。このコピー体に直接干渉される、としたら?」


「……」

「……」


 その意味を理解した二人の表情が、ほぼ同時に凍りつく。


「その通り、ベースとなるコピー体が傷つけば、修復も保護も痛覚の抑制も正常には機能しなくなる。つまりは生身で直接攻撃を受けるのと一緒というわけだな。

 さて……」


 彼は腰を低く下ろすと、尻餅を着いたまま寮の壁に背中を押し付ける二人の頭に手を置く。


「皆まで言わすこともなかろう。まだ俺と喧嘩するか?」


 答えるのに、時間も言葉も必要は無かった。


 二人は喉が裂ける様な悲鳴を上げると、半狂乱になって転げるように逃げ出して行った。


 それを見送ると、男も立ち上がる。


「ふう、全く。俺を働かせるとは、ガキの癖に大した連中だな『緋島軍団』」


 欠伸を交えつつぼやくと、濃密な魔力も有刺鉄線も、全て幻の様に霧散し、髪色もくすんだ薄い飴色に戻った。


 すっかり平生の白葉マサヨリへと戻ってしまった彼は、内履きのスリッパで地面を鳴らしながら寮の正面玄関までまわる。


「……にしても、だろうなと思ってたら本当だったな……あの風紀委員会の腐敗……」


 コートのポケットから、今ではなかなかお目にかかれなくなった折り畳み式の携帯電話を取り出す。


「……とりあえず委員長ちゃんには報告しといてやるか」


 僅かな呼び出し音を溢しながら、白葉は寮の玄関へ消えていった。






 ジンヤの修復が完了し、再びカウントが始まる。


「ジンさんが……負けた?」


 観戦席の熱気の中で、茫然としていたマヒルはやっとのことで溢す。

 だが、ユウキの目はまだジンヤの勝機を見失っていなかった。


「……いや、まだ一本取られただけだ。」


 言下に、ジンヤはきちんと立ち上がり、今度は剣を下段に構える。

 その目から戦意が失せた気配は微塵もなく、むしろ更に激しさを増した何かが迸っている様にも見えた。


「さて、そろそろやるよ。あのバカは。」







 魔力は、発生源となる個体の精神状態に大きく影響を受ける。

 人類が魔力による発展を遂げたのはそれが要因であり、またそれ以外の生物が発展を望めなかったのもこの『精神』という概念を持ち合わせなかった為であると言われている。


 そして、彼の生み出す魔力の根元は大きく一つ。


『憤怒』


 それが『紅ヶ塚ジンヤ』という生き物の原動力である。


 そう気がついたのは、確か九つもそこらの時だった。


 あの『跡継ぎ騒動』が終わった日だ。




 ーーー



 (サザナミ) ジンヤ

『紅ヶ塚 ジンヤ』の名を強いられる前の彼の名前だ。


 十年前の彼は、名家『紅ヶ塚』からは程遠い一般人の母親と二人で生活していた。

 パートを幾つか掛け持ちする母一人の稼ぎは満足とは言えず生活は貧しかったが、それでもジンヤにとっては『幸せだ』と胸を張って言える瞬間だった。

 毎日学校に行き、帰ってきた食卓ではその出来事を目を輝かせながら母に話す。

 たまに派手な喧嘩をしてきて説教を食らい、そしてそれよりもたくさんのことで誉められた。


 こんな日常が、きっといつまでも続くのだ。

 そのときのジンヤはそれを疑うことを知らなかった。


 しかし、そんな日常はいとも簡単に少年を裏切る。


 顔を合わせたことさえない『父親』の死の知らせが、漣家に届いた。


 一枚扉の玄関で、スーツを着た男たちと母親が言い合っている光景は今でもはっきりと覚えている。


 父親の名を知ったのはその時だ。


『紅ヶ塚 ジュウゾウ』


 紅ヶ塚家の次期当主の名だった。


 あのとき、幼いジンヤがその名の意味を理解することはできなかったが、母親はその名前一つで全てを理解した様子だった。


 男たちの引き上げたその夜、母親はジンヤへ尋ねてきた。


『もし、ここよりもずっと大きなお家で、うんと贅沢をできるなら、ジンはどうする?』


 母の言葉に何を感じ取ったかは分からない。

 だが、この時幼いジンヤはこう答えた。


 "そこに母さんはいるのか"と。


 回答は、それだけで十分だった。


 ジンヤは最低限の荷造りをした母親に手を引かれ、誰にも事を告げずに家を出た。

 何故、この家から出ていくのか。

 何故、お隣にも、学校の先生にも何も伝えずに行くのか。

 幼いジンヤは繰り返し母に尋ねるが、彼女は何も答えず、ただ『大丈夫だから』『お母さんも一緒だから』と小さな手を握るばかりだった。

 それが一層ジンヤの不安を、恐怖を煽った。


 だが、それでも現実は待ってくれない。

 訳も分からないまま、ジンヤは母親の後に着いていくことしかできなかった。






 紅ヶ塚家からの使いから逃げ続けて三年。

 誰に聞いたでもなく、ジンヤは自然と事の成り行きを知った。

 知りたくないことばかりだった。


 昔、母親が酒場で働いていたこと。

 その頃に、急に迫ってきた紅ヶ塚ジュウゾウと一度だけ関係を持ってしまったこと。

 その間に出来たのが、漣 ジンヤであったということ。


 ここからは想像に易い。


 名家の人間がどこの誰とも知れない女を妊娠させたとなれば、致命的なスキャンダルとなる。

 ジンヤを産むことに関して、母がどれだけ反対されたかは想像がつく。


 それでも、母親はジンヤを産んだ。

 昔の仕事からは足を洗い、住まいも改めた。

 真っ当に生きようとの決意だったのだろう。

 きちんと子供を育てようと、片親が無くとも、例え周りに望まれなかった子であろうと、愛していこうと。


 だが、紅ヶ塚ジュウゾウの死で風向きが変わった。


 あの男が自らの立場を利用し女漁りに興じるろくでなしだったという話ならよく聞いている。

 だが、肝心な跡取りは未だ残していなかったという。


 名家において、最も重要視されるのは他でもない『血』だ。


 そこで白羽の矢が立ったのが、道は外れど紅ヶ塚の血をその身に引いたジンヤだった。




 ーーー




 地面を踏みしめ、ジンヤは咆哮する。


 果ての無い怒りが、魔力となって全身を燃やす。


 怯むな、屈するな、怒れ、猛れ。


 一片の容赦もしない、ただ相手を叩き斬るだけだ。



 ーーー



 三年目に、母親は死んだ。

 死因ははっきりしない。

 ただ徐々に弱っていき、そして最期には枯れ果てるように死んでいった。


 母が最期に目を閉じる間際に、ジンヤは訊ねた。


『なんでオレを連れて逃げた』と。


 ずっと聞けなかった事。

 聞いてしまえば、何かが壊れてしまうのではと恐れていた事。


 "もっと早くに、母親が自分を諦めていれば、きっとこんな最期は迎えずにすんだのかも知れないのに。"

 母が、もしくは自分がそう考えてしまうのが、どうしようもなく怖かった。


 だがそんなジンヤの思いに反し、彼女は優しく微笑むだけだった。

 そして、僅かな淀みもなくはっきりと言った。


『ジンのことが、大好きだった』と。


 ージンは、何にも持っていなかった私を『母さん』にしてくれた。

 ージンは、私の全てだった。

 ーだからそんな顔をしちゃ駄目。


 ー私は、ジンの『母さん』で良かった


 ーありがとう



 痩せ細った母の胸に顔を埋め、ジンヤは大声で泣いた。


 今まで恐れていたことが馬鹿馬鹿しくなった。

 こんな答えなど、聞くまでもなかったのに。

 気が付けなかった自分が情けない。


 最後の最期まで、ジンヤの涙は止まらなかった。



 ーーー



 ジンヤは地面を蹴る。

 回りくどい真似はしない。

 やることは極めて単純。


 ありったけの魔力(憤怒)を得物に乗せ、叩きつける。



ーこれ以上、奪われてたまるか


ーこれ以上、傷つけられてたまるか


「くどいぞ、紅ヶ塚!」


 繰り出された一撃を、護藤は再び拳で受ける。

 一瞬、刃と拳は打ち合ったまま拮抗する。

 しかしジンヤは尚も踏み込み、そして振り抜いた。


 派手な火花が散り、山のような巨体が押し返された。



 ーーー



 母が目を閉じ、二度と口を聞かなくなった瞬間に、母への思いは全て紅ヶ塚に対する怒りの炎に変わった。


 その後、頼る宛のないジンヤが紅ヶ塚の元に下るのに時間はかからなかった。


 何も分からず、為す術も無いまま『紅ヶ塚』の名を強いられた。

 将来の有力な魔術師としてあらゆる技術を叩き込まれ、あるいは血を残すための道具として生きることを強いられた。


 だが、徹底的な鍛練に関してだけは好都合だったのかもしれない。


 紅ヶ塚を潰す。


 その為に力は必要だ。


 ジンヤはその怒りの炎だけを原動力にひたすら腕を研き続けた。

 奇しくも、ジンヤの体を流れる忌むべき血は彼の怒りに呼応するように、驚くほど濃く色を見せた。


 底の知れない魔力量と爆発的な放出量が、まさしくそれだ。


 その力にものを言わせ、前三代に渡り振るうことさえままならなかったという『魔剣』を、ジンヤはことごとく自らの物にしてしまった。



 全ては仇の為に。

 全ては仇の為に。


 唱えては、その血を燃やす。



 ーーー








「なっ……!?」


 驚愕の表情に彩られたのは、もはや護藤一人ではない。

 闘技場全体が驚き、または歓声を上げる。


 それでもまだ紅ヶ塚ジンヤは止まらない。

 地面を擦って踏み止まった護藤目掛け、全力疾走からの突きを放つ。

 立ち直りかけの護藤に回避するだけの余裕は無く、間一髪の所で両腕を構えて防ぐ。


 剣先が腕を覆うシールドと衝突し、爆発音にも似た悲鳴を上げる。


 物質化魔力と分子間固定を併用したシールドが、ブレード一本に削られている。


 護藤の目に浮かんでいたのは、底知れぬ恐怖だった。


 何の小細工もない、単なる力押し。

 故に、そこには絶対的な差が顕著に現れていた。


 ーーとんでもない奴を怒らせてしまった



 後悔するも、もはや遅過ぎた。


 激しい音を立てて、シールドが崩壊する。


 正面から胸部を串刺しにされ、護藤ヤスナリに戦闘不能の判定が下された。



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