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紅ヶ塚ジンヤ2

 

「ハァ……ハァ……」


 肩で息をしながら、ジンヤは膝を着いた。


 やはり、慣れないドライバで力を振るうのには限界がある。

 既に全身は高熱に苛まれ、握る剣も無理がきている。


 たった今放った渾身の一撃を讃える歓声が、耳のなかでくぐもる。


 このまま倒れてしまおうか。


 頭の片隅で何かが囁いたが、彼は剣の束を強く握った。


 まだだ、敗けるわけにはいかない。


 しかし、転機は突如として起こる。


 沸き上がる歓声を、軽快な拍手の音が裂いた。


「素晴らしい!」


 会場の視線が舞台袖の入場口に集中する。

 そんな中を芝居がかった足取りでステージへ上ってきたのは、腰にドライバと思われるサーベルを差した緋島ケイジだった。


 それを視界の隅に入れた護藤が狼狽する。


「緋島さん……」

「もういい、お前は下がっていろ」


 慌てて立ち上がった護藤を捌けさせ、剣を杖に片膝を着くジンヤを見下ろす。

 ジンヤの向ける鬼の形相など風にも感じさせず、笑みを称えたまま二三歩進み再び軽く手を叩きながら賛辞を口にした。


「まさかここまでやってくれるとは想像していなかった、紅ヶ塚ジンヤ」

「……ヒジマぁ」


 ジンヤは無理矢理に立ち上がり、その切っ先を緋島ケイジへと向けた。


「まだアイツとは終わってねェ……さっさと退きやがれ」

「いいや、もはや決着を着ける必要などないだろう?」


 犬歯を剥き出すジンヤに、緋島は腰の剣を抜きながら応じた。

 すかさず構えを直すジンヤ。


 細身のサーベルの切っ先を払い、緋島は魔力を放出し始める。


「シールドを破られた時点で、奴の戦略的優位性は無になった。

 それよりも、お前は俺と決着を着けなくてはならない。そうだろう?」

「……ああ、そうか。そうに違いねェ」


 挑むように魔力を放出するジンヤだが、そこで握った得物がモーター音の様な悲鳴を上げた。


「っ!?」


 刀身から大きく火花が散り、細い煙が上がる。

 刀身の熱が束まで伝わり、既にジンヤの手は赤く爛れ始めていた。


「……クソ……」


 噛み締めた歯の間から溢れた唸りは、周りにまで聞こえない。




「やっぱり……これが狙いだったか」


 観客席で、マヒルの隣でユウキは苦い顔をしていた。

 この距離から彼女の目は何かの不具合を発見したらしい。


「え?」

「マヒル、ジンヤの剣をよくみて」


 マヒルは身を乗り出して目を凝らす。

 かなり距離はあるが、昔から遠視は得意だ。


「……?」


 そんなマヒルの目に、ジンヤと彼の握る武器の異常は直ぐに見つけられた。


 刀身から煙が上がり、束を握るジンヤの手が妙に強張っている。

 ユウキが現状を口にする。


「オーバーヒートだ」

「オーバーヒート?」

「そう」


 復唱するマヒルに、ユウキは前の席の背凭れに爪を立てながら言う。


「ジンヤの注ぐ魔力があの剣の魔動機としての限界出力値を上回ったんだ。

 安全装置はとっくにイカれてるし、形状保持と過熱冷却も間に合ってない……。」

「つまり……?」

「ジンヤの剣はとっくに限界だ。今のあれは束からまるごと、熱々の焼きごてみたいになってる。痛覚抑制が機能しているにしても……まともに握ってられるのが不思議だ。」


 そう話している内にも、紅ヶ塚ジンヤ対緋島ケイジの一本勝負(シングル)の表示が全員のイメージスクリーンに送信される。

 周囲から歓声が上がる。


「そんな……」


 マヒルは継ぐ言葉を見失う。

 緋島ケイジという男が如何なる人間なのが、やっと見えてきた。


「……アイツの狙いは初めからこれだったんだ」


 カウントが始まり、舞台上の二人は一瞬の攻防に備える。


「これはもう決闘なんかじゃない……いいや、これは初めから一方的な私刑(リンチ)試合だ。」





 剣を握り絞める指の一本一本が悲鳴を上げている。

 剣の柄から伝わる高熱が手指を焦がし、抑制しきれない痛点を苛み続けている。

 脊椎から走る反射神経が得物を手放せと叫ぶが、それに応じるわけにはいかない。


 一度取り落とせば、恐らく最後。

 この赤熱の塊を再び握ることは困難だ。


 ジンヤの握力を支えているのは、もはや気力だけだった。

 沸き上がる怒りと『斬らなければならない』という使命感だけで剣を握りしめていた。


「行くぞ!」


 緋島の放つ声とブザーが重なる。


 サーベルを片手に構えた緋島が、一気に間合いを積めてきた。

 一蹴りでその体は驚くほどの加速度を持ち、次の瞬間にはその白刃がジンヤの眼前まで迫っていた。


「……ッ!?」


 反応が鈍り切っているジンヤに、それを回避するだけの余裕はない。


 激しい衝突が発生した。


 二つの刃と刃が、互いの形状保持魔法の効力を削りあい、常人には視認できない火花を散らす。

 しかし、剣に剣を打ち合わせたジンヤは一瞬で理解した。


 このままでは押し負ける。


 どうにかこの押しを受け流さなければ、剣が折られるか、若しくはそれを保持する肉体がやられる。

 だが、強張った指には刃先を緻密に動かすだけの柔軟性は残されておらず、今はただ堪える事しかできない。


 やむを得ず、ジンヤは背面から後方に飛び退いた。

 無論バランス感覚は崩壊し、勢いに押されて体勢を保つこともままならない。

 追撃覚悟で地面を転がったが、立ち上がったジンヤの視界に入ったのは、彼を弾き飛ばしたままの位置でゆったりと剣を構えた緋島の姿だった。


「そういえば……紅ヶ塚ジンヤ。俺はまだお前への要求を明らかにしていなかったな。」


 剣を杖にして立ち上がったジンヤは頭を振るう。


「ふざけてろ……!

 まだオレは立ってるぞ!」

「それもそうだが……何、興が乗ってきただけだよ。ここでひとつ、景況付けさせてもらおう。」


 再び緋島の攻撃が始まった。

 鋭い突きがジンヤの頭部を襲う。


「俺からの要求は一つ。

『紅ヶ塚の魔剣』だ!」


 会場にどよめきが走った。

 その名前を、悪名を知らない者はこの学園にはいない。


「ッ!?」


 間一髪で凌ぐが、そこから緋島の素早い剣撃のラッシュが始まる。


「小うるさい野犬は、牙を抜いておかなければな!

 それに、力を持つ剣は、力を持つ者の手にあってこそ!」

「メチャクチャ言いやがって……!!」


 襲う剣が防ぐ剣に弾かれ、その度に大きく火花が散る。

 その一つ一つがジンヤの得物の悲鳴となる。


「どうだ、これでもまだ立っていられるか!?」

「……イイ気に……なってるなよゴミ野郎!!」


 不意に、ジンヤの打ち返しのカウンターが緋島の肩口を薄く裂いた。

 赤い光の粒が剣風を伴いながら散る。


「こちとら……お前なんぞに……負けてらんねェんだよ!!」


 振り下ろした大上段が緋島をまっすぐに捉える。

 だが、それは緋島の掲げた剣で易々と防がれた。


「ハッ、魔剣無しのお前に何ができる!

 五分後もそうやって同じ言葉が吐けるか!?

 いいや三分後か!?一分後か!?三十秒か!?」


 防ぐ剣が先程よりも早く鋭い剣撃の嵐に豹変する。


「ほら、数えてみろ!二十秒……九、八、七……!」


 ジンヤの持つ剣に亀裂が走る。


「十秒!……八、七、六……!!」


 そして、緋島がサーベルを大きく引く。


「……一、零!」

「がッ!!」


 突き出された緋島の剣が、ジンヤの構えた剣の刀身を砕いた。

 貫いた刃先はそのままの勢いで、真っ直ぐにジンヤの胸へと吸い込まれていた。


 串刺しのジンヤが、膝を突いて崩れる。

 誰もが、緋島の勝利を見た。

 だが、


 試合終了の判定が下らない。

 ブザーが鳴らない。


「……なに?」

3(サンジュウ)……1(イチ)秒……」


 微かに動いた手が、胸に突き刺さった刀身をがちりと掴んだ。


「オラ……もういっぺん言ってやんよ……」


 未だ煮えたぎる怒りに充たした双眼が緋島の顔を見上げた。


「オレは……お前なんぞに……負けてらんねェんだよ……!」

「……まさか……お前!?」


 慌てて得物を引き抜こうとするが、サーベルの刃を掴むジンヤの万力のような握力がそれを許さない。


「こんなんでオレをやれると思ってたかァ……あァ!?」


 手放さずに片手に握っていた刃折れの剣が、極至近距離で振り下ろされる。


「……くっ、『バックラー』!!」


 紙一重で展開させた障壁魔法が、寸での所でそれを防ぐ。

 だが、それでも抑え込めない量のジンヤの魔力が押し寄せてくる。

 障壁に食い込む刃はガリガリと削れていくが、それよりも障壁に走る亀裂の方が大きい。


「クソ……この化け物!?」


「ヒぃぃぃジぃぃぃマぁぁぁァァァ!!」



 咆哮と共に、障壁が砕けた。

 貫いた剣が緋島の頭部へ襲い掛かる。


 しかし、突然その刃先が止まった。


「がっ……」


 最後まで剣を握っていた手が痙攣し、煙を上げる束が溢れ落ちる。


『ドライバの異常動作を検知、安全装置作動。

 オペレーションリンク遮断。緊急停止。』


 無機質な音声が読み上げ、ジンヤの肉体が赤い粒子となって散る。

 その一瞬後に、床の上に目を見開いたまま倒れたジンヤの体が構成された。


 ドライバへの深刻なダメージによるオペレーションの強制終了。

 つまり、戦闘不能。


 会場が静まり返る。


 そして、ブザーの乾いた音が響いた。



 紅ヶ塚ジンヤが敗北した。








 翌日


 雨は止まなかった。


 紅ヶ塚ジンヤが目を覚ましたのは、一晩明かして午後四時頃だった。


 寝起き早々、憂鬱な雨音があまり広くない自室にこだましていて、目の前にあったのは心配げに自らの顔を覗き込むマヒルの顔だった。


「やっと起きましたね……」

「……ああ……そうらしい、な」


ジンヤは額を叩きながら、ぼんやりとした頭を覚醒させる。


「オレ寝てる間、なんか変わりあったか……?」

「それは……」


言い淀んだマヒルに、ジンヤはそうかと思い出した。


「……敗けたよな……オレ」

「……。」


あれだけ続いた小競り合いが、終わってしまえば雨音と静寂である。

それがふとおかしくなり、口元から乾いた笑いが吹き出した。


「くだらねぇ……心底くだらねぇや」


「あの……」


マヒルが、やるせない表情で口を開く。


「アユムさんが……」

「ああ、知ってる。アイツ、どうせまたガラにもなくびーびー泣いてんだろ?」

「……」


黙り込んだマヒルに、ジンヤは再び笑う。


「ああ……くだらねぇ。くだらなさすぎて、もう笑えちまう……。

アイツに二度とあんな顔させねぇつもりが……たどり着いてみりゃこのザマだ。

……こんな笑い話……他じゃ聞けねぇよな、クソ。」


 体を起こそうとすると全身に鈍い痛みが走り、見えない何かに押さえつけられるかのように再びベットに沈んだ。


「……ってェ……」

「大丈夫ですか?」

「……クソッタレだぜ」


 今まではこんなことなど一度もなかったが、こうなって自然と言えばその通りだろう。


 本来ドライバとは使用者本人に会わせ緻密な調整を必要とするが、レンタル用となればそうはいかない。

 その場合、肉体には少なからず負担がかかってしまう。

 初のオペレーションでマヒルが疲労を訴えたのもそういう理屈だ。


 しかも今回はドライバの故障により、強制終了という形になったのも反動を強めた要因となっている。


 "強制終了"

 ドロップアウトとも呼ばれる。

 オペレーション操作中のドライバの故障や、修復魔法で間に合わない程の致命傷を肉体に負った場合、若しくは供給魔力が一定値を下回った場合に発動する機能だ。


 本来のオペレーション終了は、作用者に付加された補助魔法を一つずつ解消し、修復魔法などで肉体を操作前の状態へと巻き戻す事を意味する。

 しかし、強制終了の場合はその行程を行うだけの余裕がない。

 そのため『一度、肉体ごと分解する』事で省略化する。

 一旦全てを分解、データ化した後に、再び修復魔法で肉体を生成する。

 つまり、維持できなくなった肉体(ハード)を放棄し、DGSによってゼロから再構築するのだ。


 その結果、消費する魔力も大きくなり、魔力供給の不安定化などで構築に時間がかかれば肉体にも強い負担がかかる。


 起き上がる事を諦めると、ジンヤは首だけを巡らせる。


 いつも通りの殺風景が広がっている。

 帰って寝るだけの部屋だ。置くものなど思い付けなかったのだ。

 ほぼ空の棚と、殆どつくことのない机と、暫く袖を通していない制服の掛かったラック。


 だがそんな何もない部屋だからこそ、改めて無くなった物の存在が浮き彫りになる。


 いつも部屋の角に立て掛けてある筈の、黒い鞘が無かった。


『緋島ケイジに敗けた』という実感が、潮が満ちるようにじわりと押し寄せてきた。


「ジンさん……あの」

「……。」


 口を開いたマヒルに、ジンヤは部屋の角を見詰めるのを止めた。

 マヒルはジンヤの返事を待たずに言う。


「……あの試合はどう考えても不正でした。」

「……あぁ、分かってる」


 鉛が詰まったかのように重たい頭を掻きながら、ジンヤはぼそりと答えた。

 マヒルは身を乗り出すように言う。


「なら、今すぐにでも意見しに行きましょうよ!

 最悪、風紀委員にでも報告できます。そもそも、ジンさんは決闘を受ける権利を持っていない訳ですから、決闘の結果だって無効に……」

「無効にして……で、どうする……?」


 呻くような声が、マヒルの主張を遮った。

 その声には悔しさよりも、何処かほっとしたような、それでいて疲れきったような色が混じっていた。


「あれでヒジマの奴は満足したんだ。

 これでオレたちに手を出してくることもないだろうよ……。」

「でも、ジンさんのドライバが……」

「いいよ、んなもん。どうせ、実家から夜逃げついでに掻っ払って来ただけだ……。

 今更無くなったって……困るもんでもねぇし、これで全部丸く収まるなら、ちょうどいい出費だろ。」

「嘘です!」


 マヒルがベッドに強く手を着いた。


「今のは絶対に嘘です!あれはそんなに安いものなんかじゃない!

 僕、あのあと聞いたんですよ。あれはジンさんの最後の足掻きなんだって!」

「マヒル……お前……!?」

「『紅ヶ塚』に報いる為の、最後の切り札なんでしょう!?

 ジンさんにしか握れない、ジンさんだけの力なんでしょう!?

 それとも、まさかここまで来て諦めるんですか!卑怯な手で敗けたぐらいで、その程度で折れるものなんですか!?」

「やめろ!」


 ジンヤの手が、マヒルの胸ぐらを掴んだ。

 震える手に力は籠らないが、それ以上の物が宿っていた。


「……頼む……頼むからよ、もうよしてくれ……!」

「……っ!?」


 窶れたその顔は、溢れた涙に濡れていた。


「なんで……なんで皆オレなんかの下らない意地の為に酷い目にあってるんだよ!

 アユムも!お前も!おふくろだってそうだった!

 もう沢山だ、勘弁してくれ!こんな下らないことで傷つかないでくれ!オレはただ……皆が笑ってられればそれで良かったんだよ……。なのに気がついたらいつもこうで……情けない思いするのは……オレ一人で充分だってのに……」


 ジンヤは力尽きた様にベッドへと倒れた。

 乱れた呼吸の中から、細い声で溢す。


「全部忘れてくれよ……終わったんだぜ、もう?」


 マヒルは暫く俯くと、握りしめていたシーツを離して立ち上がった。

 部屋の扉へと向かうと、靴を履いてそこで立ち止まった。


「失望しました。」

「……。」

「僕はジンさんのこと、何者にも屈しない強い人だと思ってました。

 どんなに強いたげられても、何を犠牲にしても立ち上がれる、気高い人だと思ってました。」


 扉に手をかけたマヒルに、部屋の奥から声がかかる。


「……悪かった……。」

「……。」


 マヒルは手を止める。

 そして、最後に一つ溢した。


「貴方の意地は、下らないものなんかじゃなかった。

 ……情けないのは、今の貴方だ。」


 扉の閉じる音で、ジンヤはマヒルがいなくなった事に気付いた。


 全身が重く、意識がはっきりしない。

 ジンヤはゆっくり目を閉じる。

 そのまま、眠りの底に落ちていった。







 ジンヤの部屋を出たマヒルは、直ぐにドライバを学内ネットワークの掲示板に接続する。


 短いローディング画面の後、イメージスクリーンには沢山のポスター画面が現れた。

 部活関連、生徒会からのお知らせ、報道部の発行する電子新聞、今週の時間割りから、様々な項目がある。


 まずマヒルは閲覧数の最も多い報道部の物にアクセス、閲覧者のコメント欄へと素早く画面を走らせる。


 ほんの数秒で文面を作成、そのコメントを投函、そして次は生徒会からのお知らせ。

 そこでも同じ様にコメントを投函、文面は先程と全く同じだ。


 幾つもの記事へ同じ様にコメントを出すと、早くも足を進める。

 向かうのは地下室、魔工学部生の児哭森ユウキの元だ。


 今日済ませることは山ほどある。


 明日までに全てをこなさなければならない。


 階段を下りるマヒルの目は、深く淀んだ沼のように鈍く光っていた。


緋島(ヒジマ) ケイジ」


 明日中に、彼を排除する





次回は番外編 (Ex)の回になります。

それでは、お付き合いありがとうございました。

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