第19話:血色よくないやつは体調崩しても気づかれにくい
「あー暇ねぇ、なんか面白いこと起きないかしらー」
リーダーが荷台で仰向けになり、眩しいのか顔に手をかざしてつぶやく。
天気は崩れることなく涼しいそよ風が荷台の空気を入れ替えてくれる。
連日の疲れが少し残っているが、今日は街道崩れも車輪の異常もない。すでに太陽は頭上を過ぎ去っており、四日目ともなるとだいぶこの道程にも慣れてきた。
このまま何事もなく進んでほしい。切実に。
「ねえディア、私の新技に名前つけてよ」
リーダーが起き上がる。技に名前つけるのは勝手だがそろそろ戦闘中に声を出して言うのを少しくらい恥ずかしがってもいいと思う。
思春期真っ盛りだったころの自分を思い出して俺まで恥ずかしくなるんだ。地味に精神を削ってこないでくれ。
「いいぜ、新技ってどんな技だ?」
「光弾を螺旋状に飛ばすやつ。こないだ編み出したの。かっこいい名前が欲しいのよ」
「螺旋光弾でいいんじゃないか」
「安直。そのまますぎるでしょ。もっとこう、詩的なやつ」
「詩的?」
「そう、例えば……天を貫く天空の矢、とか?」
天がかぶっているぞ、頭痛が痛いみたいになっているからやめとめ
「あたしに詩的センス期待すんなって、……じゃあ光降りし浄化による空からの渦……とか?」
「それは長すぎるわ、もっとこう強さを秘めた、アルティメット・スカイ・ピアサーみたいな」
そのまますぎるのがダメで、詩的すぎると長いって言うんだから、何が正解なんだ。俺には分からん。
リーダーのセンスが独特っていうか思春期で止まっていてセンスについていけない。もっともついていく気もないが
二人の言い争いは続いている。リーダーがレヴィに振った。
「レヴィ、何かいい名前ない?」
「え、あの、螺旋状に飛ぶんですよね」レヴィが真剣な顔で考えた。
「だったら螺旋穿光とかどうですか。穿つ、貫くイメージで」
「あたしの螺旋光弾と同じで安直って言われるぞレヴィ」
「螺旋穿光……いいわね!」
「ちょっと待てよリーダーあたしの光弾と同じで穿光も地味じゃないか」
「地味じゃないわ、上品なの。螺旋穿光スパイラルレイで決定よ!」
「納得いかん」
ディアが腕を組んだ。会話に参加していないが俺もそれは納得いかないぞ、螺旋光弾と螺旋穿光ほぼ一緒じゃないか。
しかもなんか別の読み方つけているし、敵ぶっ倒すための技名に下品も上品もないだろ。
「じゃあディアの技に名前つけてあげる、今度は私が」
「え゙っ、あたしはこの間もらったからさ、別に名前なんていらないよ」
めちゃくちゃ目が泳いでいる! 俺は知っているぞ。ディアはリーダーに合わせているだけで、本当は技名に名前なんてどうでもいいと思っていることを
そんなことは知らないリーダーがぐいぐい攻めていた。また勝手に名前つけられるんだろうな、ご愁傷様です。
「いいから。ディアが敵を一撃で吹き飛ばす時の、あのぶん回すやつ。嵐の鉄槌って書いてストームハンマー!」
「まあ……まだましか、ありがとうリーダー」
「でしょ! レヴィのも考えてあげる」
今日のリーダーは止まらない。止まらないのはいつもか
標的がレヴィに移る。
「え、私ですか」
「レヴィが魔獣を観察する時の目つき。ヴィレイネスアイ!」
「あの、私は別に技じゃなくて普通に見てるだけなんですが」
「細かいことは気にしない!」
その名前って、つまりレヴィの目つきが悪いって言ってるわけじゃないんだよな。俺の考えすぎでほんとに悪意ないんだよな?
メイが下を向いて刀を磨いていた。会話には参加していない。
「メイは……閃光一閃!」
メイは顔を上げなかった。
「……普通でいい」
「普通って何よ」
「……名前はいらない」
また磨き始めた。
俺は魔力糸を積荷に触れさせたまま聞いていた。正直聞きたいわけじゃないが荷台が狭いので全部聞こえる。
「モブは?」
「俺も遠慮しとく」
「えー、糸の達人!」
「それそもそも技じゃないだろ」
キャラバンが揺れ始めて悪路に差し掛かる。荷台が大きく揺れる中、糸で積荷のバランスを確認する。技名どころじゃない。
下を向いて作業していたメイが刀を磨く手を止めた。刀を鞘に戻して荷台の縁を掴み顔をあげる。
……こいつこんなに血色悪かったっけ?
「おい、顔色悪いぞ」
ディアがメイを覗き込んだ。
「……問題ない」
「問題ある顔してるぞ」
「……問題ない」
荷台がまた跳ねた。メイが縁を掴む手に力を入れた。
「止まった方がいいんじゃないか」
「……問題ない」
言ってる間にどんどん顔色が悪くなっていく。
完全に乗り物に酔っているな。ずっと下向いて作業しているからだ。
メイはたまにアホになる。原因はだいたいが刀か武器関連だ。
「メイちゃんこういう時は遠くを見るといいんですよ。一緒に鳥型の魔獣を探しましょう」
レヴィさすがだこういう時、積極的に役に立ってくれる。
「あっ下みてください。この足跡はラプチャーちゃんに似ていますが実は違くてですね」
前言撤回、ダメだ役に立たない。逆効果だろ、下見せたら。
荷台がまた大きく跳ねた。メイが刀を取り落としそうになった。
刀より先に口を押さえた。
「メイ!?」
「……問題、な」
止めようとした瞬間、キャラバンが急停止した。
騒ぎから察してくれたのか? それかまたなんかトラブル発生か?
親方が「ちょっと待ってくれ」と降りたようで。俺たちも続いて荷台から降りる。
街道の脇に荒れた跡があった。
草が広範囲に踏み倒されている。木の幹に引っかき傷がある。地面に深い溝が何本も走っている。昨日の雨で地面が柔らかかったせいか、溝は深くはっきりしていた。
「なんだこれ」
ディアが荒れた跡を見渡した。引っかき傷の深さを見て、低く口笛を吹いた。
「でかいわね」
リーダーが木の引っかき傷を触った。高さが人間の倍近くある。
レヴィがしゃがんで地面を確認した。
「複数、それも大量の。少しここ調べてみますね」
メイが荷台から降りた。
一歩踏み出して、立ち止まった。
「……っ」
吐いた。
全員が静まり返った。
メイが口元を拭った。表情は変わっていない。
「……問題、な——」
「問題あるわよ!」
リーダーが遮った。
「…………問題……あった」
知ってた。否定する体力も残っていなかったらしい。
「大丈夫か、水持ってくる」
ディアが荷台に戻って水を持ってきた。メイが受け取って飲んだ。
まだ顔色は優れない。横にさせた方がよさそうだな
「メイ、荷台に戻って休んでろ。この後また出発するから少しでも回復させとけ
「……ごめん」
ディアが支えながらメイを荷台へと返した。
レヴィを見るとまだ観察を続けていた。
「どうだ、何かわかるか」
「この辺の魔獣の生態域からすると、獣道の可能性が高いですね。定期的に通る魔獣がいると思います。規模からするとかなり大型ですが、街道に出てくる習性はないはずなので問題ないと思いますよ」
「なら大丈夫ね! メイが気がかりなだけで」
親方が少し考えてから口を開いた。
「工程には余裕があるし、今日は少し早めに野営にするか。お嬢ちゃんのこの様子じゃ、一回回復させないと使い物にならんだろ」
「助かるわ! メイにあと少しだけ頑張るよう言ってくる」
リーダーが頭を下げてから荷台に戻った。
親方も御者台に戻って行って、残るは俺とレヴィか
「レヴィいつまで見ているんだ。親方出発するってよ」
「あっ、い、今行きます」
レヴィが立ち上がってスカートの裾を払って荷台に向かう。
すれ違うありで「ただ数がやたら多い気が」とつぶやいていたのが妙に耳に残って、俺は荒れた跡をもう一度見た。
レヴィが問題ないと言った。問題ないんだろう。
……まあ、そうだよな。
◇
「次の見張り、俺がやる」
夕食が終わった頃に言った。
「いいのか」とディアが言った。
「積荷の点検もあるから、どうせ起きている」
「そうか、じゃあ頼む」
ディアが毛布に包まった。リーダーが「おやすみ」と言いながら横になった。レヴィがペットを抱えたまま既に半分寝ていた。メイが無言で目を閉じた。だいぶ普段の顔色に戻っている。明日は回復しているだろう。
一人になった。
親方がまだ起きていた。焚き火の前で膝に手を当てて、火を眺めている。寝る前の習慣なんだろう。昨日もそうだった。長年街道を渡り歩いてきた人間は、こういう時間が必要なのかもしれない。
荷台に入って糸を積荷に伸ばした。一つずつ確認していく。固定は問題ない。位置はずれていない。今日は早めに野営したから揺れによるずれも少ない。
外で風が吹いたのか冷たい空気が流れ込んできた。暖かい荷台にいると温度差がより強く感じて体感寒くなる。
――違和感を感じた。
おかしい。荷台が暖かいだと?
風が遮られてるだけなのに?
いつからだ?
原因は?
俺は積荷を意図じゃなくて手で触って確認していく。
後半になり奥に入るにつれて熱を感じる。そして見つけた。一つの木箱が、温かかった。
手を当てた。熱い、というほどじゃない。ただ周囲の気温より明らかに高い。夜の空気は冷えているのに、この一つだけが温かい。隣の木箱は普通だ。その隣も普通だ。この一つだけだ。
すぐに外に出た。よかった親方はまだ寝ていないようだった。
「親方、少しいいか」
親方が振り向いた。
「どうした」
「積荷の一つが熱を持っているみたいで、確認してもらえるか」
親方が立ち上がってついてくる。木箱を案内して手で触れた。
「ああ、これか」
「知っているのか?」
「箱の素材だよ。黒金樹の木材で作った箱でな、この木は気温の変化で熱を持つ性質があるんだ。昼間と夜で気温差があると特に出やすい」
「普通のことなのか」
「よくあるわけじゃないが、珍しくもない。高い素材を使った箱だから、それなりの品が入っているんだろうな。贈呈品で壊れ物だから丁寧にって言われているし、大事な荷物なのは間違いない」
「危険性とかは」
「素材の話だから大丈夫だよ。何十年もこの仕事してるが、黒金樹の箱で問題が出たことはない。心配性だな、お前さんは」
「仕事なので」
「そりゃそうだな」と親方が笑った。「それが正しい」
親方が欠伸をしながら体を伸ばした。
「俺はもう寝るよ、おやすみ」
親方が毛布の方へ歩いていった。
俺は木箱をもう一度触った。
やはり温かい。黒金樹の木材。
そういうもんか。
見張りに戻った。
街道の脇に立って、暗い林を見る。風が木を揺らしている。
静かだ。
静かすぎると頭が動く。昼間の騒がしさが嘘みたいだ。技名つけのくだりも、メイのあれも、全部さっきの話なのに遠く感じる。
昼間の荒れた跡がよぎった。
草が踏み倒されていた。引っかき傷が木の幹の高いところまであった。レヴィが獣道と言っていた。
……でも、あの荒れ方、この間の雨の後にしては新しかったよな。踏み倒された草がまだ青かったし、引っかき傷の断面が乾いていなかった。近い所で通ったやつがいたことになる。今夜また通るかもしれない。
『ただ数がやたら多い気が』
……考えすぎか。
レヴィが街道には出てこないと言っていた。
木箱のことも思い出した。親方が素材の性質だと言っていた。信じていい。信じる。何十年もこの仕事をしている人間が言うんだから、俺が知らないだけで本当にそういう素材があるんだろう。
親方は嘘をつく人じゃない。昨日の会話を思い返しても、そう思う。
じゃあ何が引っかかっているんだ。
分からない。分からないから引っかかっている。
論理的に否定できないのに嫌な感覚だけが残っている。たちが悪い。
遠くで何かが鳴いた。
反応して振り向く。
虫だった。
……情けない。見張りが虫の声に反応している。
眠い。本当に眠い。早く交代にならないかな。
林の方をもう一度見た。
暗い。何もいない。風が木を揺らしている。
早く朝になんねーかな。




