第18話:家族みたいなもんだから、それ以上はない
「ふわぁ~ねみぃ」
昨日の騒動の後、普通に部屋に戻って就寝した。冒険者たちがあのあとどうしたかは知らない。
店主に弁償もしたしもう関係ないしな
太陽が昇る前に起きたあと、すぐに出発して宿場町をあとにした。案の定レヴィは何も覚えていなかった。
陸送は十日間あってもゆっくりしている暇なんてない。
三日目ともなると積荷の衝撃管理も慣れてきて俺の気も緩み始めた。
この感じなら割かし楽に終わりそうだな
王都では少しゆっくりしてから帰りたい。あとでリーダーに提案でもしてみるか
シートの隙間から外を見ると昨日の雨が嘘のように空が青い。泥の臭いは感じるが道も乾いてきている。雨はしばらく降りそうにもなかった。
今日は昨日より楽に進めそうだ。
そのはずだった。
「止まるぞ」
親方の声が聞こえてきてキャラバンが止まった。
「なにかしら?」
「親方ー!何かあったんですか?」
「ああ、ちょっとトラブル発生だ!」
「私様子見てくるわね、ディア!行きましょう。レヴィとメイは万が一に備えて待機!モブは荷物を保護!」
戦闘関係かと思ったけど盗賊や魔獣にしては外が静かだから何か別のトラブルか?
リーダーたちが出ていったから報告を待つか、今くらいの真面目さがリーダーに備わっていればなぁ
いや普段から真面目なリーダーとか逆に気持ち悪いな、調子狂いそうだ。
少しして、外からリーダーの声が聞こえてきた。
「モブ―!ちょっと来てみて―!」
「はいよ」
この感じだとどうやら盗賊などとは違うみたいだな
入り口のシートをまくって外へ出る。
前方を見た瞬間に事態が理解できた。
進行方向の街道が崩れている。斜面から土砂が流れ込んで、道の半分以上が埋まっていた。
昨日の雨で地盤が緩んだのか、これじゃあキャラバンが通れる幅がない。
腕を組んでいる親方に話しかける。
「これ、回り込むとかは」
「ああモブか、見てみろ、無理だ」
ちょうど谷を埋めるように崩れている。掘ったりも難しそうだな。
「迂回するしかないよな、さすがに」
親方がうなだれている。
「うちのパーティじゃ力不足だ。申し訳ない」
「いやいや!あんたらが気にすることじゃねぇよ。これはあれだ、しょうがないってやつだよ」
「なんだか冒険っぽくなってきたわね!」
リーダーが目を輝かせた。親方の前で言うなよ、複雑な顔しているだろうが
荷台からディアとレヴィも降りて近づいてきた。
「迂回っていっても道は大丈夫なのかよ?正道外れるんだからガタガタだろ」
「キャラバン、大丈夫ですかね。昨日の雨で迂回路の地盤も緩んでいるかもしれないですし」
「ディアとレヴィの懸念はもっともだけど、何とかできる人間がいない以上は迂回しかないだろ」
時間かければどうにかできるかもしれないが積荷がある以上は期限を延ばせないし、親方もそれが頭にあるから迂回を提案したんだろう。
「慎重に行くしかない」
俺が言うと、レヴィが「そうですよね」と頷いた。
「そういえばメイはどうした?」
「メイちゃんならまだ中で刀磨いていると思います」
「相変わらず自分のペースで生きているなメイは」
「いいですよね、しっかり自分があるって感じで、少し羨ましいです」
あれはマイペース過ぎるからな、レヴィまでああなったら収集つかなくなるからやめてくれ
いや、魔獣が絡むとだいぶレヴィも自分のペースじゃなかったか?自覚なしかよ
「親方、迂回するとして行けそうな道は?」
「一本東に入れば合流できる。ただキャラバンが通るには少し狭い」
「少しというのはどの程度か」
「まあ、何とかなる程度だよ」
何とかなるか、ここで立ち止まるわけにもいかない。
「行くから全員キャラバンに戻ってくれ」
キャラバンが動き始めた。
◇
何とかなる程度、という親方の言葉は正確だった。キャラバンの車輪が道の端ぎりぎりを通る。木の枝が幌を叩く音がする。地面は昨日の雨でまだ柔らかく、車輪が少しずつ沈みながら進む。親方が手綱を慎重に操作している。速度は昨日の半分以下だ。
大小様々な石を登りながら進むため振動もひどく気が抜けなくなった。朝の緩い感じを返してくれ
「…………揺れすぎ」
言葉に反応して後ろを見るとメイが荷台の縁を片手で掴んでいた。揺れても表情が変わらない。こういう時のメイは岩みたいだ。
この揺れじゃ刀磨きはさすがにできないらしい。抜刀したら危ないから全力で阻止するがな
「っち、道が崩れるなんてついてねー」と悪態をついているのはディアだ。
「見てみてレヴィ、力を抜くくくくとととしんどううううででおもしろろろろ」
「わ、わぁ、す……すごい?ですねぇ」
リーダーがあほモードに入っている。レヴィがめちゃくちゃ困っているじゃねぇか、リアクションしにくい感じで絡みに行くのやめてやれよ
急にギィギィと何かがきしむ異音がした。
なんだ?
次の瞬間鈍い何かが割れるような音が聞こえて、同時にキャラバンが左に傾いた。
「止まれ!」
親方が手綱を引いたのだろう。キャラバンが止まった。
なんでこうも順調に進ませてくれないんだ。何か王都まで進ませたくないという意思を感じてしまいそうになる。どうせまた面倒ごとだろうな。
積荷はとりあえず大丈夫そうだったので荷台から飛び降りた。左後ろの車輪を見た。
なんてこった。車輪の骨が一本折れている。折れた拍子に車軸に負荷がかかったのか、車輪全体が歪んでいる。このまま走れる状態じゃない。
「どうした」
ディアが降りてきて覗き込んだ。
「車輪が壊れた」
「直せるか」
「見てから判断する」
しゃがんで車輪を確認した。魔力糸で内部を確かめる。骨が一本折れて、車軸の接合部にもひびが入っている。完全には直せないが、王都まで持たせる程度ならいけるかもしれない。
「おい何が起きたってんだ!」
「モブ曰く車輪が壊れたらしいぜ」
「まじかよ、この間メンテナンスしたばっかだぞ」
「直せないの?」
リーダーが荷台から顔を出して聞いてくる。
「直せるかもしれない」
「さっすが。じゃあ直して!」
簡単に言ってくれる。
「わかりましたよお嬢様」
「いいわねそれ! たまにお嬢様とかお姫様扱いしてもらうの」
リーダーは荷台に座ったまま、空を見上げた。満足そうな顔をしていた。
気楽でいいご身分だな。皮肉も通じやしない。俺の負けだよお嬢様。
親方が「荷台に工具と端材がある、全部使っていいから頼む」と言ってくれた。工具があるのとないのとじゃ話が根本から変わる。
助かる。
工具を取り出して作業に入ろうとしたところで、ディアが隣にしゃがみ、車輪に手を伸ばしてきた。
「……ディア、手を止めてくれ」
「なんでだ?ここを押せば」
「そのまま押したら割れる」
ディアの手が止まる。悪意がないのは分かっているが、力任せに手伝われるのが一番困る。
ごり押しでさらに破壊する未来しか見えない。
「申し訳ないがリーダーの相手をしていてくれ」
「リーダーのか?」
「一人にしておくと何をするか分からない」
ディアが荷台に寝転がっているリーダーを見た。リーダーが「あら、ディア、暇?」と手を振った。
「わぁったよ」
ディアが渋々立ち上がってリーダーの方に歩いていった。
静かになった。
工具を動かす音と、風の音だけが聞こえる。集中して作業ができる。
没頭しているといつの間にかメイの顔が隣にあった。
いつからいたんだ、まったく気配がなかった。
メイはしゃがんだ姿勢のまま自分の膝を抱えて、俺の手元を見ていた。
「そんな見てても面白いもんじゃないだろうに」
「…………面白くはない」
「じゃあ何か目的でもあるのか?」
「……別に」
メイはそれ以上、何も言わなかった。ただ、じっと俺の手元を見つめ続けている。
邪魔するんじゃないならいいか。
俺は再び、工具を握り直した。
◇
修理は順調に進んでいた。
骨の仮固定が終わって、車軸の補強に入っていた。メイがまだ隣に立っている。レヴィは道端に座ってペットと遊んでいて、リーダーとディアの声が遠くから聞こえる。
このペースなら午後には終わるか。
「…………っあ」
メイが小さく言った。
反応した。
視線を荷台に向けた。積荷が動いている。キャラバンが傾いたまま止まっているせいで、積荷の一番上の木箱が滑り落ちそうになっていた。
固定が甘かったか
魔力糸を出して木箱が滑り落ちるのを止めた。何本かの糸を操作して固定具を荷物に巻き付けてこれ以上動かないようにした。
木箱の支えと固定具の手繰り寄せと固定まで同時進行でやったため三十秒ほどですぐ終わった。
「メイ、おかげで落ちる前に気づけた。助かった。」
「……どういたしまして」
「……すごいな」
親方がいつの間にか近くに来ていた。作業を見ていたらしい。
「なるほどな、ちゃんと見せてもらうのは初めてだったがいい生活魔術だな」
「ああ、細かいことができるし、まぁ手足が増えたみたいで便利なんだ」
戦闘ではからっきしだけどな。
「あんた実は戦闘要員で糸で戦ったりするのか?」
「いや俺に戦闘能力はほとんどないよ、この糸の強度も綿の糸とあんまり変わらない。すぐに切れるし速度だって俺の腕と同じくらいさ」
懐かしい。これを編み出した時には糸で切断とか盾作ってみようとかいろいろ試したっけな、どれも実現する魔力がなかったけど
「ぶっちゃけ糸で殴ろうとか攻撃を考えるなら自分で殴った方が早い。その程度の能力だ。でも結構気に入っているんだこの力」
「気に入っているのは伝わってきたぜ、あんた糸を使っているとき俺と同じ顔していた。プライドを持っている職人の顔だ」
「……そこまで大それたもんじゃないさ。ただ、才能ない人間が絞り出した試行錯誤の結晶ではある。ほめてくれてありがとう、親方」
それ以降会話はなく、親方は一度俺と顔を見合わせると、後ろを振り返りラプチャーのいる御者台へ戻っていった。
気に入っているのは本当だ。別に劣等感もありはしない。だけど、やっぱりたまに俺にも戦闘できる力があれば、と思うことがある。
『お前がいくらお行儀よくしてもなぁ!魔力の才能がゼロなら何やっても意味ないんだよ!出ていけよここから』
ふと、昔の記憶が掘り返された。才能か。
自然と手に力が入っていた。
あるもので最大限工夫をすることも、才能なのだろうか。
俺は記憶をまた隅に追いやるように一つ、手元の作業に視線を落とした。
それからしばらくして、修理が終わった。
「行けそうか」
親方が聞いてくる。
「慎重に走れば王都まで持つ。飛ばさないでくれ」
「任せてくれ」
キャラバンがゆっくりと動き始めた。
迂回路を抜けて、元の街道に合流する。道が広くなった。
「やっと普通の道ね」
今日の午前だけで街道崩れと迂回と車輪の修理と積荷の危機を処理したんだ、午後は何事もなく進んでほしい。
そう思いながら糸を積荷に触れさせた。
◇
三日目の夜は野営になった。
日が傾く頃、御者台の方から「今日はここらで止まろう」という親方の声が聞こえてきた。
外を見ると辺りは既に薄暗く地面が陰になって見えにくくなっている。たしかに今日はこの辺が限界だろうな。
本日キャラバンが停車したのは街道脇の開けた所だった。木々が風を遮ってくれる。
「いやぁ〜腹減ったぁ」
荷台から降りたディアが、お腹をさすりながら空腹を訴えたのを皮切りにリーダー達が話し出した。
「ほんとうぺこぺこよ! 携帯食だけじゃお腹は膨れないわねー」
「栄養と満足感は別物ですもんね。携帯食だけじゃ痩せちゃいそうです」
リーダーがレヴィの胸付近に視線を落とした。
「栄養ね……、レヴィは栄養蓄えてるから大丈夫よ、でしょ、モブ」
なんでその流れで俺に振るんだよ、今一番振っちゃダメな人選だろうが。
言い返そうかと思ったが留まる。
待て、これはトラップだ。下手げに返答すると2人のどちらかにセクハラ扱いされるのが目に見えてわかる。ここでの俺の正解は沈黙。これだ。
「何よ黙っちゃって、むっつりめ」
沈黙もダメだったか、どうしろっていうんだ。正解があるなら教えて欲しい。いやそもそもそういう話しを俺に振るなよ。
「胸についた脂肪はいざという時栄養に変換できるのでしょうか?」
レヴィはレヴィでなんかずれてないか?リーダーにセクハラされてる自覚なしか、それでいいのかお前
「ところで今日のご飯担当は誰だっけ?」
「……モブの、はず」
俺だったか、なんか色々やってたからすっかり忘れていた。
「材料はまだ余ってるから何か要望あるか?」
「肉!」「魚!」
リーダーとディアが同じタイミングで言って睨み合う。
「ここは肉でしょう! さっきお腹すいたって言ってたじゃない、お腹満たすなら肉しかないでしょ!」
「何言ってやがんだリーダー、肉は昨日も一昨日もだったじゃねーか、肉肉ってきたら次は魚に決まっているだろ? バランス考えろよ!」
「あなたとは分かり合えないみたいね、ディア」
おいなんで剣を抜いた。
「譲る気はないみたいだな、リーダー」
そんでなんでお前は構えをとっているんだ。
こんなくだらないことで争うなよ、どっちだってよくないか?
「ちなみにメイは?」
「……なんでも」
なんでもいいがお母さん一番困っちゃう
でも実際メイがこう言うときはマジでなんでもいい時だ。食に関心があまりないのか滅多に要望は言ってこない。
普段から顔色良くないんだからお前はいっぱい食った方がいいんだぞ
「わ、わたしはラプチャーちゃんの所行ってきます」
あっ逃げた。俺もついてっていいですか? 飯作らなきゃだからダメですよね
リーダーとディアが衝突するかというところで親方が近づいてくる。
「親方も夕飯の要望が?」
「そうじゃなくてな、いや似たようなもんか」
「親方といえど肉は譲れないわ」
「だから今日は魚だって言ってんだろ!」
「二人とも腹減って虫の居所悪いのは分かるから、とりあえず落ち着け」
親方が2人の言い合いを止める。何か案あるのか? ほっといて肉でも魚でもてきとうに作る方がいいと思うが、文句言ってても飯を目の前にしたら大人しく食うだろ
「肉も食いたい。魚も食いたい。なら一緒に食えばいいじゃないか。こっちでは肉と魚一緒に調理する文化ないと思うが、一緒に煮込んで作る料理を知っている。安心しろ味はたしかだったよ」
リーダーとレヴィが顔を見合わせる。表情から察するに納得したみたいだ。
年の功というかこれは完全に親方の商人として旅をしてきた経験だな。
しばらくして、薪をみんなで集めて戻ってきた。薪を地面に置いて火を起こす。この前の失敗を思い出して俺がやった。
「下処理は終わったか?」
「……ある」
「できてるぞ」
炎が周囲を照らしている。夜の空気が少し温かくなった。全員が焚き火の周りに集まった。
「よし、それじゃ焼くぞ」
肉と魚の両方が焼ける音がした。
食欲をそそるいい匂いが香ってくる。みんな焚火の中の料理に注目している。
親方が料理している姿を全員で見つめている中でディアが話し始めた。
「昨日の喧嘩は楽しかったなー」
「あのくらいならもっと派手にやりたかったわね」
リーダーが同調した。派手にやった結果が宿の弁償だろうが。
絡んできた冒険者たちがそこそこいい装備を持っていなかったら俺たちも一緒に破産していたんだけど、リーダーが気にするわけないか。
「次はもっと暴れていい?」
「勘弁してくれ」
俺が即答すると、リーダーが「なんでよ」と言った。
「暴れた後の弁償代、リーダーが何とかするんならいいぞ」
「うっ」
それだけで黙った。財布が一番効く。
「あの、そういえばなんですけど」
レヴィが首を傾けながら言った。
「あの後どうなったんでしたっけ。わたし気づいたら宿の外にいて、巻き込まれないように逃げていたんでしたっけ?」
静かになった。
レヴィ以外の全員が顔を合わせる。
リーダーとディアがお前が言えよと目で訴えてくる。なんでこういうのも俺の役割なんだよ。言ってもいいけどレヴィはたぶん事実を認めないと思う。
「「「…………」」」
「え、あの、なんですか? もしかして、何か問題がありましたか」
「モブが知っているわ」
「そうだぜレヴィ、モブが説明してくれるみたいだぜ」
レヴィがこちらを向いてくる。わかりましたよ、俺が言いますよ。
「昨日いつの間にか酒飲んで酔っ払って隣の冒険者に水ぶっかけて喧嘩の火種になった」
「なに言っているんですかモブさん? わたしがそんなことするわけがないじゃないですか」
「……そうだよな、すまん俺の勘違いだったわ」
リーダーとディア、親方が唖然と言った顔で俺を見てくる。いいんだよ、本当のこと言ってもレヴィは認めないんだから
◇
揺れる火を見つめて会話をボーっと聞いていると、ふいに鼻腔をくすぐられて正気になる。
焚火って見ているとどうしてこんなにも無心になってしまうのだろう。
これも一種の催眠か
座っていると横から椀が出てくる。いつも間にか夕飯ができていたのか。横を見ると親方がいて俺の分をわざわざ持ってきてくれたみたいだった。
「ほら、お前の分だ。熱いうちに食いな」
差し出された椀からは肉と魚の匂いが見事に調和し、食欲を誘う香りを放っている。ぐぅーという腹の音まで聞こえてきた。
手で受け取ると出来立ての温度が伝わってくる。ゴロゴロとした具材が見えている。親方の言う通り熱い内にさっさと食べるか
「ありがとうございます」
受け取って一口飲んだ。体に染みた。日中は暖かいとはいえ夜はまだまだ肌寒い。三日目の夜にこれは助かる。
舌鼓を打ちつつ味わっていると親方が隣に腰を下ろしてきた。
「俺も一緒にいいか?」
「ええもちろん」
特に会話はなく、黙々と焚き火の4人を親方と二人で眺めながら食事をする。
もう椀の中が空になるころ親方が口を開いた。
「なんとも頼もしいパーティだな」
と静かにそう言った。
「そうっすかね」
「ああ。喧嘩も強いし、いざという時に動ける。お前も戦闘要員でなくとも信頼されているのがよくわかる。あんたのとこのパーティはお互いのできないことを補い合っている」
「信頼じゃなくて面倒ごとを押し付けられているだけだよ。あれは」
「はっはっは、そうかそうか」
「なんならやめてもいいなら追放とかしてもらいたいくらいだ」
「追放か、またえらい冷めているじゃないか」
親方が言いたいことがよくわからない。なんだ?
文句じゃないってのは雰囲気からわかるんだが
「きっとどのパーティも同じような感じだろ。パーティ内でお互いのできないことをやるのは当たり前で簡単なことだよ」
「それがなかなか簡単にできないのさ、補い合ったり信頼ってのは」
「親方の言う通りだとしてもたまたま出来てるだけだよ」
「偶然だとしてもちゃんとできていんだ。実力だよ。信頼しあった結果のな」
親方が椀を傾けて中身を一気にかき込んだ。
「なぁモブ、ちょいと昔話に付き合っちゃくれねぇか」
「どうしたんだ親方、改まって」
「なにお前たちを見ていたらつい昔を思い出しちまってな。俺もいい歳だから語りたいんだよ」
中身が空になった椀を足元に置いて親方を見る。ぽつりと、親方は話し始めた。
「実は俺にもパーティがあってな」
「親方も冒険者だったのか」
「ああ若い頃の、今みたいにキャラバンを引くより何十年も昔の話だ。山を越えたり、遺跡に入ったり、無茶なことをたくさんやった」
「小人数でか?」
「ああ、お前たちと同じ五人だ。男三人、女二人。そのころは俺が一番年下でな、いつも引っ張ってもらっていた」
親方が焚き火を見た。炎が顔を照らしている。
「何やっても足手まといに思えちまってな、どうやったら戦いの役に立てるかって焦って……先走っていたんだ」
そういいながら靴をずらして裾をまくり上げた親方の足には肉を抉り取ったような、大きな傷跡が見える。
素人目でもわかる。その足はきっと戦場で走ったり踏ん張ることができない状態だ。
とっさに同情の声が出そうになったがそれは親方が聞きたい言葉じゃないと飲み込んだ。
そして親方が続ける。
「ある日、役に立たなきゃと功績を焦って一人突っ走ってドジを踏んじまった。一回の、それも一瞬の判断ミスでこの足だよ、おかげで冒険者は引退。晴れて今はベテラン商人ってわけだ」
「そのとき俺が思っていたのはな、俺は足手まといじゃない。お前たちに頼らなくてもできるだ。笑えるだろ?」
「俺は自分のことしか考えていなかったのに、見捨てればよかったのに危険を承知で全員で俺を助けに来たんだ。要するに足手まといと思っていたのは俺だけだったってわけさ」
「当時の仲間は今はどこに」
「散り散りだよ。一人は王都で店を出している。一人は故郷に帰った。一人はその時に……まあ、色々あった」
それ以上は言われなくても、ましてやわざわざ確認しなくても分かった。
しばらく二人で焚き火を見ていた。
「仲間と旅をしていると、後悔することもあるか」
親方が唐突に言った。
「それはどういう意味で?」
「あの時こうすればよかったとか、もっと一緒にいればよかったとか。散り散りになってから思うことがあるか?」
「あります」
答えてから、自分に少し驚いた。即答するつもりじゃなかった。
たぶん後悔する該当が多すぎるせいだ。昨日のことだって、レヴィを見て酒を飲まないようにすればよかったとか後悔することが多すぎる。
親方が横を向いた。
「そうか」
「仲間ってのは不思議でな」と親方が続ける。
焚火の火が弱くなって陰が強くなり、表情がうまく見えない。たぶん真剣な表情だと思う。
「一緒にいる時は当たり前だと思っているのに、いなくなってから初めて分かることがある。声とか、笑い方とか、飯の食い方とか」
「それは後悔ですか」
「後悔とも違うな。ただ、もう少し見ておけばよかったと思う。当たり前のうちに」
焚き火の向こうで、リーダーが笑った。ディアが何か言い返している。レヴィがペットを抱えたままうとうとしている。メイが黙って空を見上げている。
「お前さんは、あの4人のことをどう思っている」
「どうって」
「大切か」
少し間があった。
『いずれみんなを照らす勇者になる女よ、あなたは?』
「……さあ」
「はぐらかすな」
「ただのパーティメンバーだよ。腐れ縁の」
親方の口角がわずかに上がった気がした。
「今はそれでいいさ、それをしっかりと覚えておけ。先駆者からの助言だ」
親方が椀の残りを飲み干した。
「あー、若い冒険者捕まえて昔話をして、何をしたかったんだろうな俺は、もう戻らないのに」
そうかと前置きして
「たぶんあの日の俺に足りなかったものを今持っているお前と、お前たちに嫉妬みたいなものを覚えちまったのかもしれねぇな」
焚火が消えかけて顔が見えない。
「年甲斐にもなく恥ずかしい」
うっすらとした月の明かりの元で、親方の顔が輪郭程度しかわからない。
「お前のパーティ、いいな」
何かを答えないといけなかった。けどすぐに答える言葉が見つからなかったから、曖昧な言葉でぼかした。
「そうですかね」
「ああ。俺にはそう見える」
親方が立ち上がって、キャラバンの方へ歩いていった。おやすみも言わずに。
俺は消えた焚き火の奥にいる4人に視線を戻した。
リーダーがまだ喋っている。ディアが欠伸をしている。レヴィが完全に寝ている。メイが空から視線を下ろして、また肉を食い始めた。
だれも薪を足そうとしないのかよ。消えたぞ、焚火。




