↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/21

14話:休日勤務手当など、ない

 

 珍しく、全員が出かけた。


 リーダーが「気分転換に街をぶらつく」と言い出したのが朝飯の後で、ディアが「あたしも行く」と同行を申し出る。メイは刀のメンテナンス用品を買いに行くと言って、一人いつの間にかいなくなっていた。残ったレヴィもペットの散歩でいない。


 出がけにリーダーが「モブは来ないの?」と聞いてきたが、荷物の準備がある云々と答えて「そう、じゃあ留守番お願いね」と残して去った。


 留守番を頼まれた覚えはないが、まぁ別にいいか。


 扉が閉まる。


 外から鳥の声が聞こえる。風が窓を揺らす音がする。それだけしかない静寂。


 静かなる平野(サイレントプレーン)の拠点は街の外れの方にあるから周りの喧騒も何もない。


 ここって本来はこんなに静かな場所だったんだな。


 普段はリーダーの声がどこかから聞こえてくる。ディアが何かを叩く音がする。レヴィのペットが庭で鳴いている。メイが刀を磨く音がする。


 それが当たり前になっていた。

 静かだと逆に落ち着かない感じがするのは俺もあいつらに毒されてきているんだろうなぁ。


 十秒くらいそうやってボケーッとしていたがやらなきゃいけないことが脳裏によぎって、椅子から立ち上がる。


 あー面倒くさい、やることはあるしそれが溜まっているんだよな。


 先日ディアとリーダーがギルドに顔を出した際に、よさそうな依頼を見つけたらしい。

 王国行きの陸送護衛らしく、10日間の遠征になるそうだ。


 荷物持ちをやるまでは知らなかったが、遠征前には必ずやらなければいけない作業が意外と多い。


 各自の荷物の状態確認、消耗品の補充、紐や革ひもの交換、金具の点検。現地で道具が壊れたら洒落にならない。リーダーは「大丈夫よ」と言うだろうが、大丈夫じゃなかった時に困るのは俺だ。


 リーダーは別にどうでもいいが後の俺自身のためにもこうした作業は欠かせない。荷物持ちやる前はただ物持っていればいいだけの役割(ジョブ)だと思っていたんだがな。


 選ぶ役割間違えたか?いやこれくらいしかどのみち適性がなかったか、自分が剣を振り回している姿が想像できねーもんな


 まずはリーダーの荷物からか


 俺はいつもの皮手袋をはめて、リーダーの鞄に手をかけて開けた。


 ――瞬間に後悔した。


 ツンッと鼻を刺激する酸味のあるにおいとともに、いつのかわからん黒パンが出てきやがった。


 お前これカビ生えすぎて黒パンが白パンになっているじゃねーか!


 食べんのか!? あいつなんてもん普段持ち歩いてやがんだ! 捨てだ捨て!


 手に取った白パンを捨てて、鞄の発掘作業を続ける。


 護身用短剣の柄に靴下が巻きついていた。どういう経緯でそうなった。


 よくわからんオブジェ…これは後で捨てていいか聞くか。


 錆びた真鍮の鍵、どこのだ、ダンジョンか?


 割引券?とっくに期限が切れている。


 そのあとも様々ないらないものが出てきた。だいたいはそのままゴミとして捨てられるものが大半だった。


 そしてすべてを出し終えたそこには、ひっくり返ったポーションと底に漏れた中身が乾燥してへばりついていた。


 普段化粧ポーチだけ別にしたり意外と豆だなと思ったらこれだ。ズボラすぎて鞄自体の機能を失っただけかよ。


 俺は魔力糸を出して中身をひとつひとつ、状態を確認しながら並べていった。


 糸で細かい場所を払って埃を落とす。金具に糸を通して緩みを確認する。こういう細かい作業は手でやるより糸の方が早い。指が届かない隙間にも入れるし、力加減も細かく調整できる。


 リーダーの消耗品の残量を確認した。包帯が残り二本。少ない。最低でも五本は必要だ。解熱の薬草が切れている。虫除けも残り僅かだ。使ったら補充するという概念が、この女の頭には存在しないらしい。


 この後買いに行くメモリストに書き込んだ。


 次はディアの荷物だ。


 開けると、リーダーとは打って変わってこちらは逆に何も入っていなかった。


 着替えが一枚。それだけだ。


 あいつは遠征に行くつもりはあるのか?


 ディアの場合は荷物を持ちたがらない。身軽な方が動きやすいという理屈は分かる。分かるが、長丁場で着替え一枚はさすがに俺が困る。ディアは困らないんだろうが。食料も水も救急用品も替えの服も全部俺が持つ前提で考えているんだろう。俺の荷物の許容量にも限界があるんだが、その辺を考えたことは一度もないと思う。


 毎度のようにメモに書き込んだ。


 レヴィの荷物は開けて閉めた。ペットの餌が八割を占めていた。残りの二割に追いやるようにして本人の荷物が詰め込んである。


 まぁこれでいいんだろう。あいつはペットがいれば生きていける人間だから。


 メイの荷物は触らない。触るなと言われている。刀関係の道具が入っているのは把握しているがそれらを触られるのは気分がよくないんだろう。


 理由を聞いたことはないし、聞かない方が精神衛生上いい気がしている。


 最後に自分の荷物を確認した。革紐が交換時期だ。薬草は多めに持っておく。自衛用の火炎瓶などもストックを作っておくか。


 全部で銀貨十二枚分くらいの買い物が必要だ。


 遠征前の出費は必要経費だとわかっていても毎回痛い。ただ出し惜しみして現地で困るより、先に痛い方がましだ。


 さて、次はメモに書いたものの買い出しか、昼は屋台でなにか食べるかな。


 ◇


 買い物リストを持って街に出た。


 昼過ぎの市場は人が多い。主婦と商人と、暇そうな冒険者が混じって喧騒に包まれにぎわっている。


 揚げ物のいい匂いと馬の匂いが混ざって、どちらとも言えない匂いがした。俺は人込みを避けながら目当ての店を回った。


 包帯と薬草はいつもの雑貨屋で買う。虫除けは隣の薬屋だ。


 会計が終わって帰ろうとしたところ「遠征ですか」と店主が聞いてきた。


「まあ」


「でしたら一緒にこちらなんていかがでしょう?」


 しまった、世間話かと思ったら店主のセールスか、ここの薬屋は勧めてくる品が独特なんだよな。


「こちらです」と薬屋がカウンターの下から出してきたものは案の定独特な、…いや独特過ぎてわからんな、髑髏?を模した容器に液体が透けて見える。毒か?


「悪いがセールされても買わないぞ」


「まぁまぁ、話だけでも、実は最近王都で有名な発明家が作ったポーションでしてね、特別なルートで仕入れられたので今だけ格安でお譲りできるのですよ」


 情報がふわっとしすぎている。大丈夫な奴かこれ?


「これ髑髏だろ、毒とかじゃないのか?」


「そんな毒だなんて滅相もございません、誤って誰かが飲まないためのカモフラージュでございます」


「…で、結局これは何なんだ?」


 俺が聞くと薬屋は近づいてきて小声でこう言った。


「ちょー強力な媚薬でございます」


「帰るじゃましたな」


「ちょちょちょっと待ってください!レアなんですよ?本物なんですよ?気になるあの子もいちころですよ?」


 帰ろうとしたら店主がカウンター越しに袖をつかんで止めてきた。袖が伸びるから離してくれませんかね?


「使う相手もいないし使う気もない。」


 いやマジで俺が買ったところで使い道がなさすぎる。


「またまたぁ、サイレントプレーンと言えば最近噂の男が一人だけ、他は美少女だけで編成されたハーレムパーティじゃありませんか、知っていますよ夜な夜な女性をとっかえひっかえしているらしいじゃないですか羨ましい」


 薬屋が下卑たにやつき顔をしている。俺は客だが今こいつぶん殴っても許されるんじゃないか?名誉棄損だろこれ。


「あのなぁ、うちは別にそういうパーティじゃないんだよ、悪いがあんたが想像しているような――」


「今回は無料で差し上げますので効果を感じましたら是非!次回から購入してくださいませ!」


 話聞かないタイプかよ、無理やり持たされてしまった。


「……」


「次回もうちをどうかお贔屓に、お気をつけて」


 はぁ、しょうがないから持って帰るか、無料だしな。


 使わず適当に飾っておけばいい。容器のデザインはちょっとかっこいいし。


 そのあとも買い物を続けたがディアの遠征用品を揃えるのが一番手間だった。


 着替えが一枚しか入っていなかったので、替えを二枚追加する。なぜ俺が女ものの服を買っているのか…、周りの目線と店員の不審者を疑う視線が痛い。


 逃げるように服屋を後にした。


 携帯食料に水も買う。入れ物に穴が開いていないかも確認した。開いていたから新しいのを買った。


 ディアの分の出費が一番かさんだ。


 毎回のことだ。あいつの荷物の補充だけで毎度これだけかかる。荷物の管理が雑なんだよなリーダーの詰め込み癖とはまた別の雑さで物品の破損が絶えない。


 今も水筒の底に穴が開いていたし、戦闘をして服に穴が開いたまま放置していることはざらにある。ひどいときには鞄自体に穴が開いていたこともあった。


 なにが「身軽な方が動きやすい」だ。俺がディアの替えの服持っていなかったらこの間も全裸で街に帰ることになっていた。俺の準備のおかげで笑いものになっていないことを自覚してほしい。


 無理だろうな。


 帰り道、屋台の串焼きの匂いがした。腹が減っていた。


 買おうかと思っていたが、今日は思ったより出費が多いのでやめた。


 我慢した分だけ借金が減ると思うことにしている。実際には誤差程度にしかならない。誤差だと分かっている。それでもそう思わないとやっていられない。腹減った。帰ろう…。


 荷物を抱えてホームに戻り、各自の消耗品を補充した。


 全部終わって時計を見ると、昼とっくに過ぎていて俺の休日はほぼ終わっていた。


 まあ、やらなかったら遠征先で困るのは俺だ。誰かがやらなければいけないことを決められた人間がやる。


 さすがにこれには文句も愚痴も言えない。俺の仕事だしむしろ他のものにやらせないようにしている。


 ◇


 夕方、リーダーとディアが帰ってきた。


 それぞれ金髪と青髪をぼさぼさにして、二人とも微妙な顔をしていた。


「おかえり。何かあったか」


 リーダーが目を逸らした。ディアが「まぁその、色々あったんだけど、結果オーライってやつだ」と言った。


「結果オーライってどういうことだ?」


「色々あったけど全部解決した」


「何が起きた?」


「大したことじゃない」


「リーダー」


「なによ」


「顔に引っ掻き傷がある」


 リーダーがはっとした顔をして頬に手を当てた。ディアが「ね、猫だ!野良猫に引っ掻かれただけだ」と言った。


 たぶん嘘だな、経緯は気になるが、まぁ結果オーライっていうならいいか。


 こいつらも俺の知らないところでイベントがあったんだな、当たり前か。


「ところで遠征って来週よね」


 リーダーが切り替えるように言った。


「ああ」


「どんな依頼だったっけ?ディア?」


「リーダー一緒に行ったろ、商人の依頼だ。王都までの10泊かけての護衛依頼」


「護衛ね。楽そうじゃない」


「確かにな―、盗賊か魔獣でも出てきてくれればうれしいんけど、王都までの道中だから退屈しそうだよなー」


 縁起でもないこと言うなよ、せっかく舗装された正道のあるルートを通れる依頼なんだ。そこでもトラブルだなんてごめんだ。


 護衛依頼だ。魔獣が出たら困る側の話をしているんだよ。


「来週に備えて今週は無理な依頼を受けないこと!いいわね!」


「了解」


 まともなこと言っているけど、正直一番無理なことしそうなのはリーダーなんだよな。


「ディアも、リーダー命令だからな、聞いてるか?」


「おうっ聞いてる聞いてる」


 聞いてない顔をしていた。


 そこにレヴィがペットを連れて帰ってきた。ただいまも言わずに台所に直行した。しばらくすると、いい匂いが漂い始めた。肉と野菜と、あと何かスパイスが入っている。


 具体的に何かは分からないが、腹が鳴って昼に串焼きを我慢したのを思い出した。


「あ、レヴィ来週から遠征よ、準備は早めにね」


 リーダーがレヴィに向かって言った。


「知ってますよ。準備もう終わってます」


「え、早い」


「モブさんに言われてたので」


 リーダーが俺を振り返った。


 一応全員に早めに準備して置いてくれとは言ったんだけどやっぱり聞いていなかったか。


「……モブって本当にそういうところだけ抜け目ないわよね」


「そういうところだけ、の意味が気になるんだが」


「褒めてるのよ」


 全然褒められた気がしない。


 台所で何かを切る音がする。鍋に何かを入れる音がする。匂いがさっきより濃くなった。ディアが「腹減ったな」と言って椅子に座った。リーダーが「もうちょっと待ちなさいよ」と言いながら同じく椅子を引いた。


 メイが静かに帰ってきた。ただいまも言わずに居間に座って、鞘から刀を抜いた。刀を磨き始める音がする。


 全員が揃った。


 騒がしくはないが、静かでもない。誰かが何かをしている音が、それぞれの場所から聞こえてくる。昼間の静けさとは違う種類の音だ。


 ◇


 自室に戻り今日薬屋から渡された髑髏を棚に飾り、机に向かう。


 夜の静寂の中で、帳簿を開いた。


 今日の支出は銀貨十二枚。遠征に向けた消耗品の補充代だ。


 休日のため収入は当然ゼロ、開いたページに並ぶ借金の残高は依然として重く、眺めているだけで気が滅入ってくる。


 今度の陸送護衛の報酬が入れば少しは減るだろうが、それも全体からすれば微々たるものだ。


 逃げられない数字を前に目と頭が痛くなってきた。なんで休日の最後にこんな思いをしなくちゃいけないんだ、よし寝るか。


 数字と向き合い続けるのは精神衛生上よろしくないので、早々に視線を外して帳簿を閉じた。


 ふと耳を澄ませば、外からはレヴィのペットたちの鳴き声が響き、二階からはリーダーの話し声が絶え間なく聞こえてくる。夕食後からずっと喋り続けているが、果たしてディアが律儀に相手をしているのか、いつもの騒がしいホームの音だ。


 来週からは、いよいよ王国行きの陸送護衛が始まる。

 今日のうちに備品を揃えておいて正解だった。地味で目立たない仕事だが、いざ現地で道具が足りなかったり、水漏れが見つかったりしては目も当てられない。


「……遠征かぁ」


 思えば、今日は珍しく穏やかな休日だった。

 これが嵐の前の静けさでありませんようにと思いながら布団に入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。