第13話:おととい焼き鳥喰ったことは黙っておこう 前編
グランドファルコが雛鳥を連れて空に消えていくのを全員で見送った。
雛鳥のピィーっという高い鳴き声が空から聞こえてくる。
グランドファルコが一度だけ首をこちらに向けて振り返った。
誰を見たのかは分からない。
それが感謝なのか、あるいは「次は殺す」という警告なのか、俺には判別がつかなかったし、正直に言えば判別する気も起きなかった。
そしてすぐに加速して姿が見えなくなる。
「……行ったな」
ディアがぽつりとこぼす。
「行っちゃいましたね」
レヴィが自分の両手を見る。
さっきまで雛鳥がいた場所だ。
「……疲れた」
「親元に戻れてよかったわね」
メイとリーダーがレヴィの肩に手を添える。
みんなが感傷に浸る中、俺は一人振り返った。
地面に転がっている男が七人。
縛ってある。数人はまだ意識がないまま時折うめき声が聞こえてくる。
目が覚めている奴らは俺たちを睨みつけていた。
リーダーたちは命をとったりはしていない、全員時間がたてば動けるだろう。
多少の生傷と土に汚れた連中の目はまだ闘志に燃えていて、きっと縄をほどいたら今にも襲い掛かってくるであろう雰囲気を醸し出していた。
さて、面倒くさい事後処理のターンがきてしまったか。
「リーダー、こいつらどうする?」
「決まってるわよ」
リーダーが七人の前に向き直る。
声が三段階下がった。
あっこれ本気で怒っている時のやつだ。
「衛兵に突き出す前に、少し…話してもらいましょうか」
笑顔で言ってるけど、その目は全く笑っていない。
男たちは固唾を呑んでリーダーたちの剣呑な雰囲気を感じ取っているようだが、それでも黙っていた。
悪いことは言わないからさっさと事情やバックボーン全部吐いてくれ、実力行使にでたら俺じゃ止められる自信がない。
余計な血を見ないためにもさっさとゲロっちまえ。
ディアが首をごきりと鳴らしながら横に立ち、「はーん、黙ってんのか」と言いながらにやつきが止まらない。
ダメだ、こいつの中ですでに暴力に訴える前提になっている!
こいつは本当にこういう時が一番楽しそうだな。
ディアと同じくスラム出身だが同列に扱われたくないな。
メイも無言で刀の柄に手をかけている。
たとえ抜いてはいなくとも、真剣に手をかけている事実で圧には十分すぎる。
全員で圧を送る中嫌な緊張感と硬直に包まれる。
そこまできてようやく、男の一人が震える声を絞り出した。
「……へ、へへっ言わないとどうするってんだ。俺たちは拷問にだって耐えてやるぞ。それくらいの覚悟はある」
場が静まり返る。この場の温度がさらに数度下がった気がした。
拷問、か。
こいつらは分かっていない。
リーダーたちが悪意を持って痛みを与えるなんて、そんな面倒な工程選ぶはずがないだろ。
リーダーがゆっくりと目を細める。
口元は貼り付けた弧を描いたままだ。
「拷問? そんな非効率なことしないわよ」
リーダーの言葉にディアの笑顔が深くなる。
メイの指が柄をわずかに押し上げた。
「ここら一帯を焼き払って何もなかったことにしちゃうの」
あぁ始まってしまった。
普段ディアやメイに隠れているが、命を最も区別して生きているのはリーダーだ。
勇者と魔王、おとぎ話の|《勧善懲悪》ルールだ。
はるか昔から勇者に憧れているらしいこいつは、自称勇者の通り一般人や力を持たない者の味方の側面と。
裏の側面として、敵と判定したものに対する情というのがほぼ持っていない。
むかし、それに突っ込んでみたことがあるが返ってきたのは『勇者はそういうものじゃない。何言っているの?』だった。
あまりにも純真無垢に言い切るその姿を見て、いろいろ諦めた記憶を思い出した。
今言ったのもきっと脅しとかじゃなくて本気で実行を考えているんだろうな。
だからいつもそうならないように。そうさせないようにしているのが俺だ。
そう思っていると何人かが強気になりだす。
「焼き払うだぁ?脅しは効かないと言ったろ!」
「そ、そうだ!そんなことをしたらお前らのギルドや国が黙ってないだろうが」
「あまりふざけたこと言ってんじゃねーぞ!」
俺の顔に冷や汗が伝った。
バカかこいつら、リーダーの『本気』をただの『脅し』だと思いやがった。
リーダーを見ようとするが錆びついた鉄のように首が回らない。俺の体が拒絶している。
ようやく向けた視線の先で見ることができたリーダーの顔は、建前の笑顔すらなくなり完全な無の表情をしていた。
「焼き払うわ。焼き払ってまっさらにして何もなかったってことにするの、最初から悪人はいなかった。あなた達の組織にも警告になるでしょ?」
やっぱり本気だよなぁ。
どうやって止めるか、今すぐにでもこいつらが口を割ってくれれば問題ないんだが。
「拷問するよりよっぽど人道的で簡単じゃない!」
俺が何か考えようとする間に、もうリーダーの中で結論が出てしまったらしい。
人間が言葉通り消し飛ぶことを決して人道的とも言わないし、勇者としても失格なんじゃないかそれ。
「はっ、正気かお前ら」
さすがに本気で言っているとようやく理解したらしく密猟者の顔から、一気に血の気が引いていく。
ディアが横で「はは、いいなそれ! 人間がどこまで炭にならずに耐えられるか賭けようぜ!」と楽しげに笑う。
まじでお前ら頭がおかしいと思います。
「というわけで『奥の手』を使うからみんな下がり――「ダメだ」
被せるように俺が口を挟む。
リーダーが呆けたような顔をする。
「なさ、い?」
奥の手はダメだ。
それだけはもう使わせない。前に使ったときにも言ったのにもう忘れてんのかこのバカは。
「さすがに更地はまずいだろ、たとえ相手が犯罪者であっても」
それに人権無視する勇者とか聞いたことねぇよ、勇者に退治される側だろそれ。
「じゃあどうするのよ」
「俺が聞きだす」
リーダーを押しのけて前に出た。
「お前ら、ここまで追い詰められても言う気はないんだな?」
「あ、当たり前だ! 俺たちにだって仲間意識くらいはあるんだ、売るわけがな――」
喋っている途中で悪いが、言っても全然聞かないバカにちょっとイライラしているんでね。
意思を確認した以上時間はかけてらんない。
魔力糸を指先から出して男たちに向ける。
「そうか、なら言うまで付き合ってもらうからな」
俺は出した魔力糸を男の脇腹のあたりへ添わせる。
五秒後、男が笑い出した。
「ちょ、な、なんだこれ、やめ、やめろ、わ、笑えない、やめ――っ!」
「いいやお前には思う存分笑ってもらおうか、この魔術糸くすぐりでな」
「ひゃーはっはははは、はーっ」
「ほら糸は一本だけじゃなくてまだまだあるぞ、まとめて相手してやるよ」
数秒後大の大人のあまり聞けないような笑い声が重なって聞こえてくる。
あぁこれが美少女相手とかならやる気でるのになぁ、なんで俺はおっさん相手にやってんだろうなー。
そんなことを思いながら無心で作業を続けていると、俺の耳にひそひそと声が聞こえてきた。
「ねぇあれってモブの趣味かしら」「あーそうじゃねぇのか?じゃないとあんな精密な動き出来ないだろ」「てことはあの動き夜な夜な練習されていたんですかね」「………異常性癖」「引くわー」
お前らの手を汚さないためにやったってのに、俺が何をしたっていうんだよ。
泣きたくなる。
「わかった! 話す! 話すから!!もう勘弁してーはははは!」
数分後、密猟者たちは、誰が最初に裏切るかを競うようにして、雇い主と拠点の場所を吐き散らした。
◇
結局あの後洗いざらい情報を吐いた密猟者たちは、現在俺たちの手で詰所まで同行してもらっている。
手だけ拘束して互い縄同士を結んでいるが男たちの足取りに力はなく、トボトボと俺たちに合わせて歩を進めていた。
男たちの先ほどまでの燃えるような目は現在、笑い疲れか、はたまたプライドがへし折れたのか知らないが、一様に死んだ目をしておとなしく連行されていた。
最初からゲロっていればこんなことにはならなかったし、俺も変な疑いかけられることはなかったのに。
密猟者だと思っていた男たちの素性は、どうやら街の東の倉庫街に本拠がある犯罪組織の下っ端らしく、好事家からかなりの高値でグランドファルコの注文がついたらしい。
親鳥に不意打ちを仕掛けてなんとか犠牲(余談だが何人か食われたらしい)を出しながらも捕獲に成功したのだが、親鳥が捕まる前にあの雛鳥を逃がしたのが事の顛末だそうだ。
あの鳥やっぱり人間喰うじゃねーか! 怖っ!
捕獲に成功して輸送中、ちょうど一息ついたところに俺たちが遭遇したという流れらしい。
「ふぅ、やっと着いたな」
衛兵所に着くと、担当の衛兵が七人の男を見て何事かと顔色を変えて近づいてくる。
「グランドファルコの密猟をしていた犯罪組織の下っ端です。情報もあります」
手帳のメモを渡した。
衛兵が読んで、また顔色を変えた。
「これは私ではなんとも……少々お待ちください」
衛兵は男たちを連れて奥に引っ込んだ。
早めに戻ってきてくれると嬉しいが役所系は長いのが相場だからなぁ。
待合の長椅子にディアが腰を下ろして腕を組んだ。
メイが壁際に立って目を閉じている。
リーダーは俺の隣でそわそわしている。
「報奨金もらえるかしらね」
金の心配かよ。でも確かに言われてみればレヴィの迷子探しの手伝いで結果金もらえるなら棚ぼたか。
そのきっかけのレヴィはどこだ。
あたりを見回すと衛兵所の入口近くで布を手に持ったまま立っていた。
「レヴィ」
「はい」
「それ、まだ持ってるのか」
レヴィが布を見る。
それはさっきまで雛鳥を包んでいた布だった。
「……気づいてませんでした」
「雛鳥がひっかいてボロボロだな。捨てるか?」
「いえ、持って帰ります」
「そうか」
それ以上はお互いなにも言わず、沈黙が落ちる。
リーダーが近づいて話しかけてきた。
「ねねっモブ、今回の件、報奨金とかどれくらいもらえるかしら」
「さぁな、でもまぁ少なくとも勇者的な行動だったんじゃないか?」
「勇者! ふふ、さすが我らがパーティね、みんなお疲れ様!」
リーダーが胸を張り、満足げな顔をしてみんなを見る。
「特にレヴィ!今回はあなたのおかげで無事に親鳥に返してあげることができたわ」
「いや全くだ。モブなら喰われてただろうな」
ディアがにやついてこちらを見てきた。
縁起でもないことを言うなよ。
ディアのいじりに呆れつつ、リーダーの満足気などや顔を見ていると「今回はモブの功績も大きいわね!」と言ってくれた。
「モブ!、ほめて遣わすわ!」
「はいはいどういたしまして自称勇者様」
「自称じゃないわよ!」
じゃあさっさと本物になってくれよ。
リーダーとくだらない会話をしていると、いつの間にか衛兵が戻ってくる。
「情報料として報酬が出せます。本人たちに事実確認するのでお時間をいただければ」
「報酬キター! やったわね!」
またこいつは…、衛兵が目の前にいるんだからあまりその場でいうのはやめてほしい。
「消し炭にしないでよかったわねモブ!」
バッカお前!
衛兵が困惑する。
「消し、え?」
「身内の話しです。晩飯で使う炭の」
「はぁ」
一応は誤魔化せたみたいだが本当にやめてくれ。
有頂天なリーダーに代わってディアが前に出た。
「なぁ衛兵さんよ、報酬もらうまでにどれくらいかかるんだ?」
「3日後くらいには確認が取れてお渡しができるかと」
「おっ思ったより早いな、なら今日は豪勢に打ち上げしようぜ!」
晩飯か、さっき言葉に出したせいか確かに腹が減った。
「……お肉がいい」
「「賛成」」
「買って帰るか、では三日後に来ます」
思わぬ報酬だ。
借金はあっても今日くらいは贅沢しても罰は当たらんだろ。
みんな頑張ったのは事実だしな。
結果論とは言え金になった密猟者どもには少しだけ感謝しよう。
衛兵所を出ながら、俺は先ほどから黙っているレヴィをちらりと見た。
だが、髪が影になっていてその表情はわからなかった。




