第12話:魔獣使いレヴィは芯が強い
早朝。
リーダー、ディア、メイ、レヴィ、俺のいつもの5人。それと布に包まれた雛鳥。
全員で街の外に出た。
昨日と同じく、雛鳥の目に覇気がない。
レヴィの腕に抱えられながら、布の隙間から首を出して力ないままちょこちょこと動いている。
その姿をディアが訝しげに覗き込んだ。
「ひな鳥に任せるって大丈夫なのかよ? 確かに同じ方角をじっと見ているけどよー」
「分かると思います。昨日の夜もずっとこっちの方向を向いてましたし」
「……北か」
「はい、同じ方向をずっと見つめるなんてことは理由があるからだと思います」
「あーまぁいいか、本当に親鳥に向いているなら探す手間省けてラッキーだし」
先行して歩いているレヴィに続いた。
街道を外れて、しばらく行くと木が増えてくる。道が細くなり獣道になる。
たいかこっちは山の方だな。
「冒険っぽくなってきたわね」
リーダーが嬉しそうだ。相手は山岳の上位種だぞ、勘弁してくれ。
◇
一時間ほど歩いたところで、ディアが唐突に先頭を行くレヴィの袖を掴んだ。
「……待て」
全員が、連動するように動きを止める。
少し遅れて不快な匂いがした。焚き火もあるがそれ以外のもっと雑多な、獣と汗と金属が混ざったような匂いだ。風向きのせいで今まで気づかなかっただけで、相当近い。
「何だ?」
「……焦げ臭いな。それと、金属だ」
ディアが低く呟き、茂みを掻き分けて少し進んだ。俺たちも呼吸を殺して後に続く。開けた場所に出た瞬間、足元の感触が変わった。地面が不自然に踏み荒らされている。複数人分の足跡が複雑に交差し、重い荷物を引きずったような深い溝、そして不完全な形で消し切れていない火の跡。そして湿った土の上に無造作に放り出されている、太い鎖。
あれ、魔獣を繋ぐやつだ。
「……これ、魔獣を繋ぐやつですよね」
レヴィの声が、これまでに聞いたことがないほど固い。
「そうだな」とディアが言った。表情が変わっている。
グランドファルコの親鳥が街の近くにいた理由。雛が一人でいた理由。親が離れていた理由。最悪な形で全部繋がる。繋がってしまった。
「奴隷商か、それとも密猟か」
「どっちにしても碌なもんじゃないな」
ディアが鎖を拾い上げた。太い。大人でも一人では扱いきれない重量があるはずだ。引きずった溝の幅も広い。これだけの鎖が必要な相手となると。
考えたくない。
「この先に連中がいるかもしれないな」
「親鳥もですか?」
「可能性は高い」
レヴィが雛鳥と視線をかわす。
「助けに行きます」
また迷いなく言う。
「…これはもう迷子を親元に届ける話とは違う。連中が武装してたらどうすんだ」
人間相手の戦闘があることは想定して準備していなかった。
本来はここで引き返しギルドや王国騎士団にでも報告するのが普通の流れなんだが。
「そんなの関係ありません。助けに行きます」
レヴィは決意したら聞かないんだよな、普段は常識人っぽいレヴィもなんだかんだうちのメンバーだ。
もうこの流れで助けに行くんだろう。今更俺が戻ろうと駄々こねてもしょうがないか
「……リーダー、どうするんだ?」
「決まってるわ」
リーダーが腰の剣に手をかけた。
「行くわよ」
リーダー、ディア、メイが頷いた。レヴィが雛鳥を抱え直し、その顔つきが鋭くなる。
俺は持ってきた荷物の準備が足りなかったことを後悔しながらみんなについていった。
◇
連中はすぐに見つかった。
木々の間から見えたのは、泥に汚れた粗末な天幕と、その前にたむろする男達だった。
人数は七人程度だろうか、革鎧を纏い、そばに武器を置いている。
焚き火の前で、ぎゃははと下卑た笑い声を上げながら飯を食っている。
不快になる笑い声だ。どうして悪人っていうのは悪人と分かる立ち振る舞いになるんだろうな。
背景の立ち振る舞いの俺が言えることじゃないか。
馬車の脇、太い杭に繋がれた巨大な影が、そこにあった。
翼を不自然な角度で折り畳み地面に伏せている。動かない。
いや動けないのか、首と両足にあの太い鎖が幾重にも巻かれているのが見えた。
あれが親鳥か。
伏せている状態でも圧倒的にでかい。立ち上がればこの一帯の木々をなぎ倒すだろうな。
家の一軒くらい爪一つで紙細工のように簡単に引き裂くはずだ。
ただの迷子の魔獣保護からまたずいぶんと厄介な展開になったもんだな。
「七人か」
ディアが鼻を引くつかせて獲物を狙う獣のような低い声を出した。
おいお前もしかして今、嗅覚で人数把握したか? 獣かよ。
獰猛な獣と言っても差し支えない顔でにやついている。
こいつはこういう時が一番生き生きしているな。
「まだ距離がある。隠れたまま移動して、横から回り込んで一気に叩いた方がいい」
「そうね、行くわよ」
聞いていたか俺の話し。
リーダーが剣に手をかけ飛び出す直前、レヴィが「お願いします」と俺の腕に雛鳥を差し出してきた。
「ちょっ待て、なんで俺に」
拒否する間もなく、ずっしりとした重みが腕に伝わる。
「頼みます」
どこか腹をくくったようなレヴィの声色。
何か声をかけようとしたが、腕に感じる布越しでも分かる鋭い爪の感触に、俺は落とさないよう必死に両腕で抱え込むしかなかった。
直後雛鳥が鳴く。
「っ!?」
反射的に布越しにその口元をそっと指で覆った。
雛鳥が一度こちらに顔を向ける。
頼む、今は鳴くな。親鳥が暴れだしたら本当にやばい。
みんなから離れ、近くの木の陰に身を隠して親鳥から見えない位置につく。
親鳥にバレはしなかったみたいだ。心臓に悪過ぎる。
「サイレントプレーン、アッセンブル!」
リーダーが叫んで茂みから飛び出した。
おい何だ今の掛け声、聞いたことないぞ、また勝手にノリで決め台詞作りやがったな。
ていうかそんな大声出したら――
「なんだ、お前ら……おい敵だ!」
「敵襲っ!」
バレるに決まっているだろ! 今まで身を隠していた意味は!?
見張りの男が俺たちに気が付いて叫んで武器を手に取る。
「っしゃあ!」
ディアがリーダーに続いて地を蹴って一直線に敵に向かう。
メイは既に気配を消して横から回り込んでいた。
ちゃんと隠密しているのはメイだけかよ、このパーティ忍ぶのに向いてなさすぎる。
レヴィも杖に手をかけ、視線をリーダーたちの方へ向けた。
あいつ、様子がおかしいと思ったら自分もあの中へ突っ込む気か。
魔獣のことになると本当に見境がなくなる。
「レヴィ、下がってろ!」
「でも!」
「でもじゃない。お前の役目は戦闘の後だ」
「戦闘の、あと……」
飛び出そうとするレヴィの服の裾を、雛鳥を抱えて塞がった腕の肘で強引に押さえつける。
「そうだ、お前にしかできない役割がある」
そんな焦らなくても一番重要な役割が待っているから安心しろって。
むしろそれまでに怪我でもされたら俺が困る。
雛鳥を預かっている以上今は隠れている方が安全か。
レヴィとともに大きな木の幹に背を預け身を隠した。
木に隠れているから戦闘組の様子は見えないが、戦闘している音が響く。
金属がぶつかる音、怒鳴り声、地面を踏み鳴らす振動が伝わってくる。
みんなを心配するまでもなくどちらが優勢なのかは、ディアの「はははははっ!もっとだ!」という笑い声で理解できた。
笑うなよ。どっちが悪役かわからなくなるだろ。
木の側面から少しだけ顔を出して親鳥を見た。
騒ぎに反応して興奮しているのか、その巨体を持ち上げようとしている。
全身に巻き付いた鎖が、ジャリ、と不吉な音を立てて張った。
立ち上がろうとして、重い杭に阻まれて止まり、グランドファルコの顔が騒ぎの方ではなく俺の方を向く。
その鋭い眼光が、正確に俺を捉えた。
隠れているつもりだが無駄だったらしい。雛鳥の気配を察知したのか、親鳥の目が燃えるように鋭くなった。羽がわななき少し開いた。
怒り、憤怒、そういった感情が魔獣の瞳から伝わってくる。
これはまずいか?
親鳥の気配を感じているのか雛鳥が布の中でもぞもぞしている。
今にもまた鳴きそうだ。
「もう少しだけ待ってくれ、頼むから」
雛鳥に言った。通じるわけがないが頼むしかない。
親鳥がまた立ち上がろうとして鎖が軋んだ。
早く終わってくれ。
◇
「ハッハー! これでラストだぁ!」
拳を思いっきり引いたディアの元に「やっちゃって!」とリーダーが男を蹴り飛ばす。
鈍い音が最後に立つ男の顔面に深く刺さり、崩れ落ちる。
七人の男を無力化し、地面に沈めるまで時間はかからず、決着はあっさりついた。
「みんなお疲れさん、怪我は?」
「あるわけないわ。モブ、レヴィ! 後は任せた」
さぁ本当の難所はここからだ。
この雛鳥を怒り狂っているだろう親の元へ返さなくてはいけない。
親鳥は未だ杭に繋がれたままで、激しく肩で息をしながら、その燃えるような瞳を執拗に俺の手元の雛鳥へ向けている。
地面に打ち込まれた杭が、親鳥の巨体に引きずられて悲鳴を上げるように軋んだ。
頼むから雛鳥を返した瞬間、その嘴でパクッとなんてことにならないでくれよ。
とかもう流石にふざけてられないか。
「レヴィ」
「はい」
レヴィの迷いのない返事。
俺が言おうとすることがもうわかっているようだった。
「親鳥へ返すの……頼んでも大丈夫か?」
「はい、これがわたしの役割ということですね。さっきは先走ってすみません、食べられちゃうからモブさんに行かせるわけにはいかないのに」
俺は腕の中の雛鳥を、ようやくレヴィに返した。
ん? 今俺に行かせたら親鳥に食べられるって自然に言ってなかったか?
解放された両腕の痺れを自覚する暇もなく、レヴィは雛鳥を受け取るとゆっくりと親鳥の正面へと歩み寄る。
雛鳥を拾ったレヴィが親鳥に返す。
これこそが、魔獣使いである彼女の今回の役割だ。
「ごめんなさい。あなたの大切な存在を、あなたの子供を勝手に連れ去りました」
グランドファルコの目が頭を下げたレヴィを見る。
「都合のいい話しかもしれませんが危害を加えるつもりはなかったんです」
グランドファルコが雛鳥を見た。
互いに鳴き声を交わし始める。
レヴィが俺を見て、力強い目をしたまま頷いた。
「なぁディア……この杭、外せるか」
「外せるが、外したら暴れるかもしれないぞ」
「レヴィが大丈夫って合図送ってきた。暴れたときはお前に守ってもらう」
「なんだそれ、そん時は酒おごってくれよ」
ディアが杭に手をかける。
お前は魔獣使いだもんな、信頼するぞレヴィ
「っふん!」
ディアが渾身の力で杭を引き抜いた。
自由になった重厚な鎖が、ジャラジャラと金属を擦る音を立てて地面に落ちる。
親鳥が解放された反動で一気に立ち上がりひと際大きく鳴いた。
チュンチュンやピィなんてものじゃない、まさしく怪鳥と呼ぶにふさわしい地面を震わせる重圧を伴う咆哮。
「っく、耳が!」
大きすぎる音にたまらず耳をふさいだ。
グランドファルコの巨大な翼がバサリと音を立てて開く。
視界のすべてが灰色の羽で埋め尽くされ、巻き起こった強烈な風圧で砂埃が舞い目をつぶる。
砂埃で思わずむせそうになるのをこらえ、親鳥の姿を薄目を開けてなんとか確認する。
地面に伏せているままじゃわからなかった姿。
これがグランドファルコ|《偉大なる隼》か。
「レヴィ! これヤバいんじゃないのか!」
「おいモブあぶねぇって、こっちに来い!」
レヴィに向かう前にディアに腕を引っ張られて止められる。
戦闘になるかもしれない。
全員が警戒し始める中、そんな思いを否定するかのように凛とした声が聞こえてくる。
「大丈夫です」
レヴィが一歩も引かずにグランドファルコと目を交わす。
そして雛鳥を上に向けて差し出す。
「レ……」
レヴィと声に出そうとしたができなかった。
レヴィは雛鳥を上に掲げたまま俺たちの方を見ていた。
その目は有無を言わさない、強く、芯のある瞳が大丈夫であると訴えていた。
グランドファルコが先ほどの咆哮とは違い、小さく鳴いて翼を閉じる。
雛鳥がレヴィの手から零れるように、親鳥の柔らかな胸元の羽毛へと飛び込んだ。
グランドファルコが長い首を曲げて、愛おしそうに雛鳥の頭を嘴でつついた。
「……よかったぁ」
レヴィが消え入るような声で呟いた。
誰も何も言わなかった。
たぶん全員レヴィと同じ気持ちなんだと思う。
安堵した表情でレヴィが胸をなでおろす。
言葉の通じない魔獣だ。レヴィも絶対に大丈夫だとは思っていなかったはずだ。
でも自分を信じた。自分が信じたい魔獣のことを信じ切って見せた。
魔獣使いレヴィは芯が強い。
こいつのことを改めて認識できた気がする。
安堵した。と同時に視界の端の倒れた男たちを見て、事後処理の手間が頭をよぎった。




