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第11話:種類不明でも可愛いらしい

 

「た、ただいま戻りました!」


 ある日の夕方、レヴィが紫の髪を左右に揺らしながら帰ってきた。


「おー、お疲れさん……なんだそれ」


 布に包まれた何かを両手で抱えている。よく見ると何かがもぞもぞと動いているのが見えた。


「い、いえ、別に! 何でもないです!」


「そんなに蠢いててなんでもないわけないだろ」


 嫌な予感しかしない。こういう時のレヴィは、決まって「想定外の仕事」を連れてくる。


「あ、あはは。バレました?」


 一度頬をかいたレヴィは、観念したように布を取り払う。


「やっぱりか」


 取られた布の下から小さめの雛鳥が顔を出した。


「モブさん、実は、迷子を保護しました」


 あーもう。

 魔獣使いであるレヴィのこの、捨て魔獣を見捨てられない質《たち》には、正直もう溜息しか出ない。


 保護活動はいいことだと思う。だけど保護期間が長引けば地味にパーティ費用に響いてくる。


「よしよし、もう大丈夫ですよー。ここは安心ですからねー」


 レヴィが雛鳥を撫でて抱えこむ。

 ……人の美点を利害で考えてしまうのは俺の良くないところだな。


 レヴィが抱えている雛鳥は幼体らしく、まだ羽毛が生えそろっていない。くりくりした目が俺を見上げている。


 かわいい。


 そして嘴が異常に鋭い。


 かわいくない。


 ……まあ、鳥だしな。


「まだ赤ちゃんみたいで、可愛いですよね」


「今度はどこで拾ってきたんだ?」


「街の外れの路地です。雨上がりで地面が濡れてて、この子一人でぐしゃぐしゃになってたんです。鳴いてもいなくて、体力を消耗したのか動きも弱くて」


「親は?」


「周りを見回したんですけど、見当たらなくて。しばらく待ってもみたんですが。このまま放っておいたら夜になって危ないですし」


「……そうか」


 まあ、それは拾うか。俺も即決はしないがきっと迷ったうえで保護する。


「種類は分かるか」


「鳥系の魔獣なのは間違いないですが、正直あまり見たことない種類で。成体と幼体で姿が大きく違う種類なのかもしれません」


 手がかりなしか。

 考えていると慌てたようにレヴィが近づいてくる。


「で、でも今は元気になってきてますよ! さっきより目もしっかりしてます」


 レヴィが幼体を俺の方に向けた。目が合う。


 見た目だけならちっちゃくてかわいいが、魔獣なんだよなぁ。


「はぁ、どうしたものか」


 ちょうどそこにリーダーが通りかかった。


「あ、なにその子! 可愛い!」


「あっリーダー、そうですよね! この子すごく可愛いんです。 迷子か捨てられていたので保護したんです」


「さっすがレヴィ! 世のため人のため、サイレントプレーンは救う対象を選ばないわ、それが魔獣であってもね!」


 二人が意気投合した。


 リーダーも結構動物好きだからなぁ。


「ちょっと触っていい?」


「どうぞ!」


 リーダーが手を伸ばした瞬間、幼体が嘴を向けた。


「ひっ」


「あーそいつ、ー人見知りするタイプなのかもな」


 もしくは動物だから本能的にバカっぽいのがわかったりするんじゃないか?


「な、なんでわたしだけ!」


「人見知りじゃなくて威嚇ですよ」とレヴィが嬉しそうに言った。


 追い打ちされたリーダーが頭を落としてしぶしぶ雛鳥から離れる。


 そのタイミングでディアが台所から出てきて幼体を一瞥した。


「なんだそれ?」


「迷子の魔獣です」


「また捨て魔獣の保護かぁ? 魔獣は小さかったり幼かったりしても特殊能力を持っていることが多いから不用意に近づかないもんだぜ?」


「はい」


 おおそうだもっと言ってやれ。


「でも放っておけなかったんです」


「ま、レヴィならそうするか、人間より動物大好きマンだもんなー。あたしも嫌味で言ってるんじゃなくて、レヴィが心配だから言ってるだけだから」


「はい、ありがとうございます。この子は私が責任を持ってお母さんのところに届けます!」


「だからそう言うことを言いたいんじゃなくて、あーいいや、モブ! 動くときになったら呼べ」


 不器用なやつ。素直に心配だから1人で抱えるな、あたしも手伝うと言えばいいのに。


 そんな助け舟を出す義理もないから俺からは言わないけど。


 ふと奥に目をやるとメイが居間から顔だけ出して幼体を一秒見てから何も言わずに引っ込んだ。


 居たのか。

 本当に、反応が読めない。


「とりあえず今日はここで預かるとして、落ち着いたら明日にでも詳しい人間に見せた方がいいんじゃないか?」


「わたしもそう思います。でも、本当に身寄りがなくて困っているようなら引き取ろうと思います。」


 そう言ってレヴィが庭に向かって歩きだした。途中、聞こえるかどうかくらいの距離で「居場所がどこにもないのは辛いですから」と小声で呟いたような気がする。


 レヴィが庭に出て行ったあと、リーダーが隣に来て小声で耳打ちした。


「ねえ、大丈夫かしら、結構気に入っちゃっている感じよあれ」


 その言葉で、ここにレヴィが来た当初を思い出す。

 前のパーティから追放されて人を信じられず、魔獣にしか心を許さなかったあの頃。


『人は自分のために嘘をつきます、利益のために人を陥れます。わたしは、あなた達を信じられません!』


「拾って来ちまったんだ、いまさらどうしようもないだろ。あとは明日考える。」


「……そうね」


 庭の方から「よしよし、ここがお部屋ですよ」というレヴィの声と雛鳥の短い鳴き声が聞こえた。


 ◇


 翌朝、レヴィが青い顔で居間に来た。


「モブさん、ちょっといいですか」


「なんだ」


「あの子、昨日より元気がなくて。餌も食べないんです」


 嫌な予感がした。昨日とは別の種類の嫌な予感だ。


 庭に出てみると、幼体が小屋の隅で丸まっていた。昨日はちょこちょこ動いていたのに、今は目を半分閉じてじっとしている。呼吸が浅い。


「餌は何を与えた」


「昨日の夜は虫や細かくした肉を少し。でも食べなくて。今朝も試したんですが」


「水は」


「少しだけ飲みました」


 レヴィがしゃがんで幼体の頭をそっと撫でた。幼体が薄目を開けたが、すぐ閉じる。


「どこか痛いんですかね。それとも怖いだけですかね」


 うちの魔獣専門家がそんな顔で言うな。こっちまで心配になる。


「分からん。早めに獣医に連れてけ」


「はい」


「付き合う。一人じゃ何かあった時に困るだろ」


 レヴィが「ありがとうございます」と言ったその声は不安からか少し震えていた。


 あの後すぐに俺とレヴィ2人で街の獣医の元へ向かった。


 魔獣も診てもらえるか受付で確認すると、一度奥に引っ込んでから「大丈夫です」と返ってきた。

 待合室には普通の犬や猫を抱えた客が並んでいて、端の席に座ると周りの視線が雛鳥に集まっていた。


 魔獣の雛なんて連れてたらそうなるよな。


 受付で「鳥系の魔獣の幼体なんですが」と言うと、受付の女性が少し固まる。


「……種類は分かりますか」


「分からないんです」とレヴィが言い、しばらくして落ち着いた雰囲気の獣医が出てきた。


「どうぞ、診察室へ」


 診察台に幼体を乗せると、獣医がまず外側からざっと確認した。目、嘴、羽毛の状態を確認する。


「……なるほど」


 獣医が慎重に幼体の足を持ち上げて爪を確認した。それから羽の付け根の辺りを触って止まる。


「少し待ってください」


 獣医が棚から分厚い本を取り出した。ぱらぱらとめくって、一か所で止まる。見比べて、また止まる。


「……あの」


 獣医がこちらを向いた。さっきより明らかに表情がこわばっている。


 この雛鳥の正体、いったい何だったんだよ。


「これ、どこで拾われましたか」


「街の外れの路地です」


「お一人で?」


「はい。雨上がりで濡れていたので」


 獣医がまた本を見た。それからレヴィを見た。


「……ちなみに、拾う時に親らしき個体は見えましたか」


「見えませんでした」


「そうですか」


 獣医が静かに本を閉じた。


「結果を説明する前に確認させてください。この子、お返しする意思はありますか」


「え?」


 レヴィが首を傾けた。


「……ええもちろん。この子、迷子なんだと思うんですが、何かわかりました?」


 獣医が一瞬だけ目をつむった。


「説明しますね」


 ここまで来たら引き返すとか、俺は関係ないとかそういう雰囲気でもないな。


「この子はおそらくグランドファルコという種の幼体です。魔獣の中でも鳥系の上位種になります。成体になると翼開長が五メートルを超えて飛行速度……いえ、そんなことは今はいいですね。生息域は山岳地帯が中心で、街の近くで目撃されること自体が非常に珍しい」


「……珍しいんですね」


「ええ。非常に珍しい。普通はあり得ないくらいに。それとですね」


 獣医が一拍置く。


「グランドファルコは雛が迷子になることがほぼありません。縄張り意識が強く、親が雛から離れることがない。もし雛が単独でいたとすれば、何らかの理由で親が一時的に離れていた可能性が高い」


「……つまり」


「親は近くにいると思います」


 沈黙が落ちる。


 レヴィが雛鳥を見た。そして雛鳥がレヴィを見る。


「じゃあ、この子は迷子じゃなかったんですね」


「おそらくは」


「親が戻ってきてたら、いなくなっていたから心配してますよね」


「……そうですね」


「早く返さないと」


 迷いなくレヴィが言いきる。


 気弱に見えて意外とレヴィは頑固だ。自分の中で優先順位が決まったら迷わないし、ぶれない。


「レヴィ」


「はい」


「……いいのか」


「本当を言えばもっとこの子と一緒にいたかったですけど、でも親が心配してるのに連れてたらダメじゃないですか」


 そうだな。そうなんだが。


「帰れる場所があるのに帰れないなんて辛すぎます」


 獣医に向き直って「この子は元気になって戻れますか」と聞いた。


「今の状態は環境の変化によるストレスが大きいと思います。親のそばに戻れば回復するでしょう。むしろ早い方がいい」


「分かりました。ありがとうございます」


 レヴィが雛鳥をそっと布で包み、小さく鳴き声が聞こえた。


 診察代を払って外に出る。


「モブさん」


「なんだ」


「お母さん鳥、怒ってますかね」


「……かもな」


「怖いですね」


「そうだな」


 レヴィが幼体を抱えたまま、少し俯いた。


「でも怒るのは当たり前ですよね。自分の子供がいなくなったんですから。この子には居場所があったのに……」


 俺は何も言わなかった。


 言わなくていい場面だと思った。


 ◇


 ホームに戻ると、リーダーとディアが居間にいた。たぶん俺たち待ちだ。


「どうだった?」


 リーダーが珍しく真剣な顔で聞いてくる。


「グランドファルコという種類だそうです」


 その名前を口にした途端。

 ディアが勢いよく椅子から立ち上がる。


「グランドファルコ!?それグランドファルコの雛鳥なのか!?」


「知ってるのか」


「知ってるも何も、山岳地帯の上位種だぞ。翼開長五メートル超えるやつだ。なんで街の近くにいるんだ」


「その理由はわからなかったんですが、親が近くにいる可能性が高いらしくて」


 ディアが雛鳥を見る。雛鳥は布の中で元気なくじっとしている。


「そりゃ親元に早く返した方がいいな」


「はい、明日にでも」とレヴィが言った。


「明日? 今日じゃないのか」


「この子が弱っているので、一晩休ませてから連れていきます」


 決心をしたような顔でレヴィが頭を下げる。


「なので明日わたしにお休みをください」


 昨日ディアに不器用なやつと評したが、ここにも不器用がいた。


 頭をかきむしりながらディアが口を開く。


「動くときになったら呼べっつったろうが」


「デ、ディアさん、でも迷惑をかけちゃ」


「うるせぇよ。山岳の上位種だ、機嫌次第じゃ洒落にならない。そうなったらレヴィ1人じゃ絶対に無理だ」


 ディアが腕を組んだ。


「戦闘も、覚悟しておいた方がいい」


「そうね、明日は全員で行きましょう」


 リーダーがそう言った瞬間、さっきまでの真剣な顔がどこかへ消えた。


「冒険みたいね!」


 冒険じゃない。子供を返しに行くだけだ。


 メイが居間の隅から「……山か」と呟いた。


 今回の依頼、でもないか。

 今回のことは参加の決を取るまでもないだろう。


 その日の夜、飯を食いながらディアが言った。


「しかしよく無事だったなレヴィ。グランドファルコの雛を拾ったら普通は親に追いかけられるぞ」


「親がいなかったから大丈夫だったんだと思います」


「……これは忠告だけど、今回は運が良かっただけだぞ、お前は魔獣使いかもしれないが危険なもんは危険なんだ」


「だったら拾って正解でしたね」


 ディアが何か言いかけて、やめた。


 魔獣に関してはレヴィに正論をぶつけても、こいつの正論で返ってくる。それがレヴィという人間だ。


 明日、返しに行く。

 どうか親が怒っていなく、何事もありませんように。

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