05. 『お姫さま』の賢い妹/後
さて、王宮の使者だという人びとがリタの家を訪れたのは、そんな日々の中でのことだった。
応対したのは父親だった。いつも朗らかな父親だけれど、さすがに緊張しているようだった。
「この家に十五歳のお嬢様がいらっしゃるはずです」
そう言われて、同じ部屋にいたイヴがびくりと肩を揺らした。数人いる使者の中の何人かが、そんなイヴを流し見たようだった。
「えぇ、おりますが……?」
父親が困惑して、イヴを呼び寄せた。
イヴは父親に近づいて、けれどひと二人ぶんほどの距離を開けて立ち止まった。実の父娘にしては、明らかに不自然な距離感である。
「もう少しこちらに来なさい」
呆れた口調で父親が言った。少し焦っているようであった。
イヴはきょとりとして、片足の半分だけ父親に近づいた。おそらくイヴにしてみれば、完全に無意識なのである。
そんなやり取りに構わず、使者の一人が言った。
「イヴ嬢でいらっしゃいますね」
イヴが顔を跳ね上げて、困惑して、頷いた。『嬢』などと敬称をつけて呼ばれたことがないのである。
「あなたは十五歳ですので、聖女候補選定の対象者です。王宮から連絡が届いていたはずですが、いらっしゃる様子がないのでこちらから訪問させて頂きました」
イヴは困惑して、父親を見上げた。一つも知らないのである。
「いや、その……」
父親はさらに慌てたようだった。
「不出来な娘です。聖女はおろか、聖女候補にもなれません。お手を煩わせるわけにはいかないと思いまして……」
「それを決めるのはあなたではありません」
冷淡な口調で、使者は切り捨てた。
「聖女選定および聖女候補選定は、百年に一度この国の十五歳の全ての少女に課される義務です。あなたが勝手に判断することではありません」
「勝手にって……、わたしはこの子の父親ですよ!」
ちらりと、使者が父親を流し見た。
「父親であれば、子どもを正しく指導するのが役割ではありませんか? 義務から逃れようとすれば、罪に問われます。少女ご本人も、そのご両親もです」
「つ、……いや、しかし……」
罪に問われると言われて、父親が見るからに怖じ気づいた。
そんな父親の姿を、リタは奇妙な思いで眺めていた。いつも余裕のある様子を崩さない父親が、こんなにもやり込められているのは初めて見たのである。
そうしている間に、使者の一人がイヴの前に跪いた。父親に対するのとは打って変わって、柔らかな表情だった。
「イヴ嬢、お手をお貸し頂けますか? こちらの魔道具で、あなたの魔力を測定します」
ブレスレットのような魔道具を見せられるのに、イヴは従順に手を差し出した。それに使者がにこりと笑った。
ブレスレットを嵌めれば、中央の水晶が強い光を放つ。その様子を見て、使者たちは顔を見合わせた。
中央にいた一人が声を上げた。喜びに満ちた声だった。
「基準の魔力に達していれば、光る仕組みになっています。あなたはたった今から、聖女候補となります」
「おめでとうございます。この町では唯一の聖女候補ですよ」
使者たちが口々にイヴに声をかけるのを、イヴが眼を白黒しながら聞いていた。
驚いたのは家族たちも同じである。信じられないといった様子で、父親が声を上げた。
「本当に、本当にですか? イヴが聖女候補?」
明らかに、その声は喜びに震えていた。
見守っていたリタは内心でこっそり舌を出した。ほんの数秒前までイヴを貶めていたのに、一瞬で手のひらを返したのである。
使者たちもその様子を見て取ったのか、心なしかイヴと父親の間に入るように立ち位置を動かした。
コホンと一人が咳払いをする。
「つきましては、イヴ嬢には聖女選定の儀のため王都に来て頂きます。すでに日取りが迫っておりますので、今から移動することは可能ですか」
急な話に、家族はざわついた。母親が声を上げる。
「急すぎます! 横暴だわ」
「そもそも、あなた方が普通にイヴ嬢を教会に連れてきてくだされば当たり前に準備期間は与えられたのです」
言い返されて、母親が口ごもった。
使者の一人が、イヴの顔を覗き込んだ。
「荷造りのお手伝いをします。お部屋に案内して頂けますか?」
それは柔らかな、女性の声だった。硬直していたイヴが、それで警戒を解いたのか女性を連れて自室に向かう。
「困ります……! まだ三女は三歳で、五男は二歳なのよ。誰が面倒を見ると言うの」
思わずというように口にした母親に、使者たちがしらっとした視線を向けた。
明らかに、馬鹿を見る眼だった。
「それは、母親であるあなたの役割では?」
それからぐるりと部屋を見回して、使者の一人が言った。
「そもそも、随分と子だくさんのご家庭のようだ。これだけ家が広いのであれば、お金にも困っていないでしょう。シッターは雇わないのですか?」
「それは……」
当たり前のように問いかけられて、とうとう両親は沈黙した。そもそも、シッターを雇うお金を惜しんで何もかもイヴに押しつけていたのは両親である。
そこに長男が口を挟んだ。イヴよりも年上の一子で、いまは高校に通っている。
「イヴが望んでやっているんです! 両親が悪いような言い方は止めてください」
使者たちは口を噤んで、長男と両親を見比べて、互いに顔を見合わせた。
「……なるほど、よく理解しました」
そこに、イヴと使者の女性が戻った。イヴは小さなバッグを一つ持っている。
別の使者が首を傾げた。
「どうした、随分と早いな?」
「はい、その……」
言いよどんで、女性は言った。
「ホテルには一通り生活できる道具が揃っていますし、他に必要なものは行きがけに買えば良いかと思いまして」
女性が何を言いたかったのか、聞いていたリタにはよく理解できた。
イヴには私物というのがほとんどなくて、何度も繕った私服や、使い古して薄くなった下着くらいしか持っていないのである。荷造りをしようと思っても、そもそも持って出るものがなかったのだろう。
別の使者がイヴの前に跪いて、そっとバッグを受け取った。
「イヴ嬢も、それで構いませんか?」
バッグを持っていく使者の姿にきょとんとして、それからイヴははっとして何度も頷いた。
「はい、はい、大丈夫です……!」
その言葉を聞いて、リタはちょっとだけ思考を止めて、イヴに視線を向けた。
何度も、何度も、何度も聞いた、リタの大嫌いな言葉だった。だというのに、何故だか今だけは不快に感じなかったのである。
どうしてだか、リタはイヴと視線が合った。イヴが何か反応するよりも早く、リタは慌てて視線を逸らした。
イヴを自分たちの中心に引き寄せて、使者の一人が言った。
「イヴ嬢のご家族は、聖女選定の儀に参加することができます」
両親がちょっと浮き足だったようだった。そこに冷や水を浴びせるように、使者は続けた。
「ただし、すでにかなり危うい日程ですので……、今から間に合うように王都に行くのであれば、転移装置を使う必要があるかと思います」
転移装置を使うのは、他の移動手段よりもずっと高いお金がかかる。
「あら、旅費は出してくださるの?」
母親からの問いに、使者は、馬鹿なのかな、という顔をした。
「もちろん、聖女候補につきましてはわたくしどもと行動して頂きますので、旅費はかかりません。ただし、ご家族は実費となります」
「まぁ、だったら行かないわ。お金が勿体ないもの」
しごくあっさりと、何も悪いと思っていない顔で、母親が言った。善良な母親の表情で、イヴに微笑みかける。
「頑張ってくるのよ、イヴちゃん。結果が出たら教えてちょうだいね」
イヴがまた、曖昧に微笑んだ。リタの大嫌いな表情で。
そんなイヴと母親の間を、やはり使者が、さりげない動きで遮った。
「では、行きましょうか、イヴ嬢」
声をかけたのは、自室についていった女性の使者だった。短い間に懐いたのか、イヴはこくりと大きく頷いて、その女性と手を繋いだのである。
そうやって、あっさりとイヴは生まれた家から、町から、去って行ったのだった。
イヴが聖女候補になってからしばらく、両親や長男は随分と浮かれていた。イヴがお貴族様に見初められば、自分たちも恩恵を受けられると思っているのである。
「……馬鹿なのかしら」
こっそりと、リタは呟いた。
仮に、仮に、万が一、イヴがお貴族様に見初められたとしても、家族がその恩恵を受けられるかどうかなどイヴの胸先三寸なのである。
今までさんざんにイヴを搾取していた家族が、恩恵を受けられるなどと本当に思っているのだろうか。
使者たちに対してさえイヴを貶めたのを忘れたように、両親はあちこちでイヴの快挙を自慢しているようだった。
昔からそうだった、と思う。両親は飛び抜けて賢いイヴを疎ましがりながら、一方でイヴの賢さをいつもいつも自慢して回っていたのである。
「可愛げのない子」
何度も何度も、両親がイヴにそう言うのを聞いた。
家の外では賢くて美しい自慢の娘だと喧伝しながら、家の中では賢いイヴのことを、生意気だと蔑んでいたのである。
イヴが家からいなくなっても、リタの生活は変わらなかった。学校に行って、友人たちと遊びまわって、ときどき金持ちの男と寝る。
イヴが聖女候補に選ばれたことはあっという間に知れ渡って、リタはそれが少しだけ鬱陶しかった。
「自慢のお姉ちゃんだね」
そんなことを言われたって、リタにはほんの少しも、イヴが自慢などではないのである。
むしろ愚かな、鈍くさい、何もできない、大嫌いな姉だと思っている。本当に本当に大嫌いだから、二度とこの町にも、家にも、帰ってこなければ良い。
そうしているうちに、イヴの幼馴染みであるジャンがイヴを追いかけて王都に向かったと聞いた。
「イヴちゃんが心配だったんでしょう。これこそ真実の愛だねぇ」
町の人びとがそんな噂をするのを聞いて、げぇっ、とリタは内心で舌を出した。リタはイヴのことが大嫌いだったけれど、そんなイヴを執拗に苛めるジャンのことはさらに輪をかけて大嫌いだった。
そもそもあれほど執拗に苛めておいて、追いかけるとは何ごとだろう。実のところジャンがイヴを好きであることをリタは知っていたけれど、好きな女の子に付きまとってまで虐げたいものなのだろうか。
さて、そんな変化がありながらも、リタは日々を過ごしていた。信じられない知らせが飛び込んできたのは、イヴが王都に向かって三週間ほどが経ったころだった。
国民に対して、聖女が決まったことが告げられた。その聖女というのが、イヴだったのである。
名前はイヴ・クリーヴランドといって、知らない間に公爵令嬢になっていたけれど、新聞に載せられた写真はリタの姉のイヴで間違いなかった。
この町の『お姫さま』であるイヴが、聖女になったのである。
けれど町の人びとは、完全に喜ぶことはできなかった。なぜならほぼ同時に、悪い知らせも届いたからだ。
この町の『王子さま』であるジャンが、王都の警察に捕まったというのである。
何しろ小さな田舎町なので、良い噂も悪い噂もあっという間に広まるのである。それで噂好きの人びとがジャンの実家に殺到して、両親は短い間にすっかり窶れてしまったのだった。
話によれば、ジャンは王都の街中で出くわした聖女イヴにひどい無礼を働いて、あげくに聖女イヴに対して攻撃魔法をぶつけようとして、取り押さえられたのである。
いくら元から知り合いであろうと幼馴染みであろうと、イヴはすでに聖女である。そのイヴに対して、下手をすれば大怪我か、死んでいたかも知れない攻撃魔法を向けたジャンは、軽い罪にはならないだろう。
下手をすれば処刑になるかも知れないという話で、ジャンの両親は随分と追い詰められているようだった。どうにかお金で解決できないかと、保釈用のお金を抱えて王都に向かうそうである。
そういう話を聞いて、リタは素直にジャンの両親に同情した。ジャンの子育てには失敗していたけれども、ジャンの両親は純粋に善良なのを知っていたからだ。
そういう、とんでもなく良い話ととんでもなく悪い話が同時に飛び込んできたので、町の人びとはどう反応すれば良いのか困っていたのだった。
一方でリタの家族はといえば、イヴが聖女になったことを何も考えずに喜んでいた。
「リタ、あなたもお貴族様と結婚できるかも知れないわよ!」
随分と浮かれた口調で、母親はそう言っていた。随分と白けた気持ちで、リタはそれを聞いていた。
イヴは、すでにこの家の人間ではない。クリーヴランド公爵家の養女であるそうである。
イヴは仮にも血の繋がった家族に対して、一言の相談すらせずに、貴族家の養子に入ったのである。
それは、家族がイヴに見限られたという証左に他ならなかった。そもそもあれほどイヴを搾取し続けた両親が、イヴに恩返しをして貰えると思い込んでいることがリタには不思議でならなかった。
大喜びしながら、両親と長兄は王都に向かったようだった。
王都に行くには、転移装置を使うそうである。イヴの聖女選定の儀への付き添いについていくのはお金を出し渋ったのに、イヴから何か恩返しをして貰えるかも知れないと信じ込んで、お金を惜しむ様子もなく王都に飛んでいったのだ。
そういう家族を見送って、リタはひっそりと荷造りをしていた。
おそらく、イヴはもう家族の思い通りにはならないだろう。家族はイヴに別れを告げられて、すごすごと帰ってくるしかないはずだ。
そして、イヴがいなくなったこの家は、荒れるだろう。なぜならあらゆる家事を、料理も洗濯も掃除もイヴが担っていたし、まだ幼い弟妹たちの世話も全部イヴがしていたし、男の子であるために出先で問題を起こした弟たちのために頭を下げていたのもいつだってイヴだったからである。
そうして、イヴがいなくなって、イヴが担っていた役割を誰も負わなくなったときに――。
イヴと同じ娘で、イヴよりも二歳年下の十三歳である次女のリタは、家族からどのように見えるだろうか。
「こんな家の奴隷になるなんて、ごめんよ」
ぶつぶつと言いながら、リタは荷造りを続けた。
行く当てはなかったけれど、何とかなるだろうと思った。リタと体の関係がある男たちを頼っても良いし、全く知らない、行きずりの男の家に転がり込んでも良い。
けれど、学校にまともに通い続けられるかどうかは、もう判らない。
本当はこんな予定ではなかった。中学を卒業してから、リタは家を飛び出す予定だったのだ。
でも、予定が全部狂ってしまった。
「あの、馬鹿なお姉ちゃんの、せいで……!」
歯がみして、リタはイヴに怒りをぶつけた。理不尽であるのは知っていたけれど、自分の心を保つためにリタはイヴを恨んだのだ。
例えば、リタはこの家に残る手もあるだろう。この家に残って、イヴと同じように大人しく家族から搾取されていれば、とりあえず寝る場所と食べるものに困ることはないし、中学までなら通い続けることができる。
けれど、そのあとはどうすれば良いのだろう。
どうせこの家では、リタはイヴと同じように高校までは通わせて貰えないだろう。そして中学を卒業したら働かされて、家にお金を入れろと言われるのだろうか。
だったら、もう出て行ったほうがマシだと思ったのだ。これは、リタの心を守るための選択だった。
もしかしたら、リタの選択は間違っているのかも知れなかった。このまま家に残ったほうが、まともな人生を送れるのかも知れない。
男に媚びて、すり寄って、足を開いて、……その先に、リタに何が残るのだろう。若さを失ったとき、リタの手に何か残るものがあるのだろうか。
リタは泣いた。リタは男たちから巻き上げたお金で、自力で高校まで卒業して、それなりに給料の良い仕事をして、悠々自適な人生を送るつもりだったのだ。
その計画が、壊れてしまった。何もかも、この家からいなくなったイヴのせいで。
リタは泣きながら荷物を詰め続けていたけれど、いよいよ手が止まってしまった。玄関から知らない女性の声が聞こえてきたのは、そんなときだった。
「聖女イヴ様の妹君ですね」
随分と綺麗な身なりをした女性だった。リタの母親よりも服装は地味だったけれど、背筋が綺麗に伸びていて、だから高潔な服装がずいぶんとしっくり来るのだった。
泣きながら呆然としているリタを、女性は連れ出した。女性は魔動車の中にリタを連れ込んで、運転手にそこらを流させながら、リタに言ったのだ。
「あなた、救護院に行きなさい」
「それは、……無理よ」
女性の言葉に、リタは首を振った。女性が誰であるかは興味がなかった。
「だって、お姉ちゃんもわたしも、虐待を受けているわけじゃないわ。救護院は、虐待親や暴力夫から逃げ込むための場所だと聞いているもの」
実のところリタは、救護院のことを調べたことがある。何度調べてもリタが逃げ込める要素がなくて、諦めてしまったのだった。
「いいえ、入れます」
女性は言い切った。
「聖女イヴ様のご意向で、すでに手配してございます」
その言葉を聞いて、リタは唖然とした。あんまりに馬鹿らしくて、ふふ、と思わず笑う。
リタは一人で生きていくつもりだった。イヴみたいに家族の言いなりになって、家族の奴隷のようになって、生きていくつもりなんてなかったからだ。
けれど本当は、誰かに助けて欲しかった。何の憂いもなく学校に通いたかったし、友人たちと遊びたかった。
けれど、そんなことはできなかった。リタはイヴのような『お姫さま』ではなかったからだ。
リタは本当に、イヴのことを愚かだと思っていた。大人たちはイヴのことを賢いと褒め称えるけれど、愚かなイヴなんかよりも何倍も何倍も、リタのほうがずっと賢いと心から思っていた。
リタは賢かった。賢かったから、何人も何人も男たちに足を開いて、子どもではあり得ないような大金を貯め込んでいるのだ。
貯め込んだ大金だけを頼りに、リタは一人で生きていくつもりだった。
誰も助けてくれないと知っていた。誰かに助けを求めるにはリタはあまりに幸運だったし、だからといって幸せになるにはあまりに不運だった。
リタは賢かった。だから、男に足を開いたのだ。
お金のために。お金が欲しかったから。お金以外を信じられなかったから。
お金さえあれば、一人で生きていけると思っていたから。
だから、イヴから突然差し伸べられた救いの手を、リタは受け入れられなかった。それじゃあまるで、リタが愚かなようだからだ。
イヴよりもずっとずっと、リタは自分を賢いと思っていた。その思い込みは間違いなく、リタを支えていたのだ。
「――かに、……馬鹿に、馬鹿にして……!」
何度も何度も、低く繰り返して、リタは言い返した。ほとんどひっくり返った声だった。
「わたしは、お姉ちゃんの施しは受けない!」
魔動車の中だから立ち上がりこそしなかったけれど、ほとんどそういう気分で、リタは言い切った。
「お姉ちゃんみたいな馬鹿な女に、貸しなんて作るものですか。わたしは一人で生きていけるわ」
そもそも、とリタは鼻で笑った。
「お姉ちゃんだってわたしを嫌いなんでしょうに、今さらなんなの。聖女になったからって、結局、権力に頼るしかないだなんて――」
そう、権力だ。結局のところ世の中というのは、お金と権力が勝つのだ。
だからリタは、お金持ちの男たちに足を開くことを躊躇わなかった。お金さえあれば、何とかなると信じていたからだ。
そういう、リタの苦悩を、女性は黙って聞いていた。けれど、ぽつりと口を開いた。
「機会を無駄にするのは、愚かなことではないの?」
リタは女性を睨みつけた。
「わたしが間違ってるって言いたいの?」
興奮のあまり息を荒らげるリタに、女性はあくまで静かだった。
「あなたの受け入れ先は、領都中心部の救護院です」
リタは歯を食いしばった。生きていける、と思った。
当たり前だけれど、栄えた町のほうが仕事は多い。領都中心部の救護院に引き取られて、そこから仕事を探せば、少なくとも食いっぱぐれることはないだろう。
縋りつきたい気持ちを、リタは堪えた。自分の力ではなくて、姉の権力で救われるだなんて、リタの矜持が許さなかったからだ。
「リタ嬢と、三歳の三女を、受け入れて欲しいと要請が入っています」
はっ、とリタは短く息を吐いた。
今までリタは、三女のことなんか気にしたことがなかった。それよりも、自分のためにお金を稼ぐことが最も大切なことだからだ。
三女なんて、気にしていなかった。妹がどんな人生を送ろうと、気にするつもりなんかなかったのだ。
リタは一人で生きていければ、それで十分だと思っていたから。
でも、けれど。将来を心配しなくても良い環境で、ただ純粋に、妹を思いやることができたなら――。
このまま成長すれば、三女はきっとイヴと同じように搾取されるだろう。
愚かなイヴが、あの家庭で、娘という存在の立場を貶めてしまった。きっと三女を搾取したところで、両親も兄弟たちもそれを悪いことだと思わない。
だから、イヴは、どうしようもなく、救いようもなく、愚かだったのだ。
「ちなみに救護院では一般的に、高校は中堅校に通うことになるけれど」
何を思ったのか、女性が言い出した。
「たとえば良い成績を取って奨学金を貰えたり、自分で働いてお金を用立てたりできるのであれば、学費の高い高校に通うこともできます」
リタは息を飲んだ。
良い高校に行ける、と思ったのだ。何しろリタは、子どもには不釣り合いなほどの大金を貯め込んでいる。
たとえば、救護院の庇護のもとで、良い高校に行くことができたなら――。きっとリタは、思い描いていたよりももっと良い形で、生きていくことができるだろう。
リタにはお金がある。十三歳の少女が抱えているには、明らかに不釣り合いなお金が。
今まで数え切れないほどの男たちに足を開き続けて得た、大金が。
そのお金を使って、良い高校に行けたのであれば――、それは、リタの行いが無駄ではなかったという、証左にならないだろうか。
ぐるぐると考えているリタと、女性の眼が合った。どうしてだか、女性は、ひどく優しく微笑んだ。
「あなたは本当は、もっと賢いはずよ」
ちょっと小馬鹿にするような口調に、リタはカチンと苛立った。
リタは自分を賢いと自負している。あの愚かなイヴよりも、リタのほうが、もっともっと、ずっと賢いのだ。
だから喧嘩を買うような気持ちで、リタは決めたのだった。
「判ったわよ、行くわ。三女も連れて行く。いまちょうど両親と長男がいないから、出て行くなら今日ね。なるべく早く町を離れたいから、この魔動車でそのまま連れて行ってくださる?」
そうして啖呵を切るように、ひどく高慢に、リタは言い切った。
「あの馬鹿姉なんかよりもわたしのほうが、ずっとずっと賢いって証明してあげるわよ!」
それに女性が面白げに頷いたことで、話は成立したのだった。
少し冷静になったことで、リタは女性が誰であるのか気になった。
魔動車に運転手まで抱えているくらいだから、よほど裕福であることは理解できるけれど、見たことのない女性だった。もしかして、聖女であるイヴにつけられた使用人とかだろうか。
「あなたは誰なの?」
その問いに、ひどくおかしげにくすくすと笑って、女性は答えたのだった。
「わたしはあなたが誑かした馬鹿男爵の嫁よ。あの馬鹿の相手をしてくれてありがとう」
リタはぎょっとした。よくよく女性を観察しても、女性には少しもリタに怒っている様子はなかった。
女性はそんなリタを気にした様子もなく、にこりとリタに微笑みかけたのだった。
「あんな馬鹿にあなたは勿体ないわ。どうぞ、聖女様によろしくね」
もう二度と会う予定なんかないわよ、という反論は、リタの口の中に消えたのだった。
子どもを虐待する親なんか掃いて捨てるほどいるだろうけど、家族関係においてはむしろ『なんか噛み合わない』くらいのほうがしんどいこともある気がしますわね。親を見限るべきか否かの判断を迷っている間に、子どもがどんどん不幸になっていく
なろうテンプレ小説であれば、こういう妹は大概ざまぁ対象になるのかも知れません。ですがわたしは、心のどこかで『女性が自分の性別を利用して生きていこうとして、何が悪いの?』って思っている節があるので、、
もちろんこれって搾取構造に組み込まれるということなので社会的に良くないことであるのは事実なのですが、実際のところそうしなくちゃ生きていけない女性たちってのは少なくないでしょう。それを外野が居丈高に馬鹿にして否定するのって、最初から恵まれてるから出来ることでしょと思ってしまうのよね
最初から恵まれている『正しい』人間たちが、別に手を差し伸べるつもりもないくせに、『間違っている』人間たちを声高に非難して気持ちよくなってる。そういう動きを感じてしまって、どうにも気持ち悪く感じるのです
みたいなことを考えているので、今回はこういう着地にしてみました。賛否ありそー
テンプレ的な賢い姉と愚かな妹であるとか、姉妹格差であるとか、単純な姉妹の確執であるとか、そういうお話にはしたくなかったのでこういう形になりました。合い言葉はですねー、不快なかたはー、ブラウザバックプリーズ! なのだわ




