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〈連作版〉灰色姫の導き手  作者: 伽藍


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04. 『お姫さま』の賢い妹/前

 可愛らしいリタは、とある田舎町の小さな商店の次女である。


 一番上には兄がいて、二子には姉のイヴがいる。イヴが、この町で一番美しくて、一番賢い、みんなから好かれる『お姫さま』だ。


 可愛いイヴ。美しいイヴ。賢いイヴ。


 実際のところイヴは中学校のクラスメイトたちから苛められていたし、家では家事や育児を担っていたのでいつも手がぼろぼろだった。

 けれどそんなことは、町の人びとには判らない。だからずっとずっと、イヴはこの町の『お姫さま』なのだった。


 そしてリタは、そのイヴの妹である。だからリタは、小さな町の人びとから『小姫』と呼ばれていた。


 イヴが美しいように、リタも美しかった。同じく両親の美貌を受け継いでいるからだ。

 けれど並べてみれば、イヴとリタは明らかに違うのだった。眼の大きさも、鼻の形も、唇の艶めきも、額の秀で方も頬の滑らかさも、何もかもがリタはイヴに劣るのである。


 子どもたちの絵本からそっくりそのまま飛び出してきたような、絵に描いたようなお姫さま。それがリタの姉の、イヴという少女なのだった。


 イヴはいつでも微笑んでいた。けれどそれは楽しいのではなくて、曖昧に何もかもをやり過ごそうとしていた。

 イヴは誰にでも優しかった。けれどそれは本当に優しいのではなくて、他人から責められるのが嫌だからそうしているのである。


 イヴは誰よりも賢かった。大人たちが知らないことも当たり前のように知っていた。小学校や中学校の小さな図書室の本はあっさりと読み尽くしてしまって、それでも足りずに町の図書館に通っていた。

 けれどそれは自分を磨こうなどという気持ちではなくて、単にそれがイヴの逃避先だったのである。


 そういうことを、リタは知っていた。イヴの二歳年下の妹として、誰よりも近い場所で、誰よりも遠い距離で、イヴのことを眺めていたからだ。


 リタはイヴのことが嫌いだった。


 誰よりも美しいイヴ、誰よりも賢いイヴ。

 けれど実のところイヴは不器用で、愚鈍であった。料理をするたびにあちこちを火傷していたし、裁縫をするたびに指に傷が増えた。小さな頃から運動はずっとずっと苦手で、走らせればそこらの子どもよりも遅い。


 リタはそういう、イヴの愚鈍なところが、大嫌いだったのだ。


「イヴちゃん!」


 今日も、母親がイヴを呼んでいる。リタなんかはどれだけ呼んでも母親に応えないから、もう諦められているのだ。

 かじり付くように本を読んでいたイヴはびくりとして、名残惜しげに本をゆっくりと閉じて、諦めたように立ち上がった。


 どうせまた、母親がイヴに何ごとかを押しつけようとしているのだろう。それは些細な買い物であるかも知れないし、小さな弟妹が汚した部屋の掃除かも知れないし、商店で用意している贈答用商品の包装であるかも知れなかった。


 イヴが立ち上がる。小さく、細い体。

 イヴはいつからか成長が遅れて、子どものような姿から成長しなくなった。十五歳のイヴよりも、十三歳のリタのほうがずっと背が高い。


 不器用な足取りで部屋から出ようとリタの隣を通り過ぎるイヴを、リタは呼び止めた。


「行くの?」


 イヴが振り返って、微笑んだ。こういうときにイヴが何を言うのかを、リタはよく知っている。


「大丈夫よ」


 そう言って遠ざかっていくイヴの背中を見送って、リタは舌打ちした。


 イヴのこういうところが嫌いだった。母親の言うことなど無視すれば良いのに、言いなりになっているのである。

 これはイヴが母親を慕っているのではなくて、イヴが断ることを億劫に思っているうちに、母親がイヴに用事を言いつけるのが当たり前のようになってしまったのである。リタは、イヴのそういう一面を知っていた。


 イヴとリタの両親は、決して悪党ではない。リタはそういうことを、よく知っていた。

 けれどどうしようもなく無神経だった。無神経で、幼稚で、親と子どもが違う人間であるということを理解できていないのだ。


 だから悪気なく、イヴの生活を潰して色々な用事を言いつけてしまう。そしてイヴは、それに従ってしまう。

 ずっと昔からイヴの結婚相手まで、もう両親の中では決まっているのだ。その結婚予定のジャンが、もう何年もイヴを執拗に苛めていることを、両親だって知らないわけがないのに。


 イヴがどうなろうと、リタには関係がなかった。何かを手伝うつもりもない。助けるつもりもない。

 そういうことをするには、リタはあまりにも、イヴを嫌いすぎていた。


 くさくさとした感情のまま、リタは立ち上がった。中学校が終わってから今まで時間を潰していたけれど、夕方から用事があるのである。


 小さいながらも商店を営んでいるリタの家はそれなりに広い。外出しようと玄関に向かっているところで、母親と出くわした。

 相変わらず、指先まで美しい母親である。代わりに長女のイヴの指先が荒れていることに、この母親は気づいていないのだろう。


「あら、リタちゃん。どこに行くの?」


 何も考えていなさそうな、悪意も悪気もない声かけだった。ただそれだけのことにどうしようもなく苛立って、リタは母親を睨みつけた。


「お前に関係ある?」


 強烈に睨みつけられた母親はびくりとして、困ったように頬に手を当てた。


「女の子なのに、そんな言い方はないでしょう」


 その言い分はもう無視して、リタは足音荒く外出するのだった。


 リタが待ち合わせていたのは、近くの町に住む男爵の男性だった。年齢はリタよりも三十歳近く年上で、仕事のためにたびたびこの町を訪れる。

 リタはその男爵の恋人だった。リタが十一歳の頃からだから、もう二年の付き合いになる。


 ちなみに男爵には貴族出身だという夫人がいる。男爵には夫人と別れるつもりはないし、リタも男爵と結婚する気などサラサラない。

 リタが男爵と関係を持つのは、ひとえにお金のためだ。


 駅前で佇んでいる紳士をみかけて、リタは甘ったるい声をかけた。


「お待たせいたしました、男爵様」


 イヴの妹であるリタはこの町では有名すぎるので、男爵とでかけるときはいつも魔列車で別の町に向かう。田舎町でそんなに魔列車の本数が多いわけもないので、当たり前のように泊まりがけである。


 リタが男爵と並んで歩き始めれば、護衛や使用人たちが並んでついてくる。男爵という身分で考えれば過剰なように思われたが、見栄張りな男なのである。

 くだらない、とリタはいつも思う。けれどそれ以上にくだらないのは、こんな男に足を開いている自分だった。


 リタにはこういう、一晩の恋人というのが何人もいた。いずれも金持ちで、金払いの良い男である。

 リタが足を開く代わりに、男たちはお金をくれたし、美味しいものを食べさせてくれたし、可愛い服を買ってくれた。だからリタは、これは仕事なのだと割り切っている。


 あまり知られすぎればくだらない男まで引き寄せるので厄介だとは思うが、リタに後ろめたさはなかった。自分の持っているものを有効活用するのは当たり前のことだからだ。

 実際に今のところ、大きな問題になったことはない。金払いの良い男たちは、最初から田舎町の娘であるリタに執着なんてしないからだ。


 リタは賢く、美しかった。リタはこの町で一番賢くて一番美しい、イヴの妹だった。


 一晩、リタはめいっぱい男爵を喜ばせることに専念した。

 甘えて見せたし、いくらでも褒めたし、ベッドでは積極的になった。そういう頭の悪い女を喜ぶ男というのは、掃いて捨てるほどいるからだ。


 翌朝になって男爵と別れて、リタは早速男爵から渡された紙幣を数えた。たった一晩で、一般的な月収のおよそ半分。


「上々ね」


 上機嫌に笑って、リタは胸元に隠したネックレスに触れた。これはネックレスに見せかけた魔道具で、空間収納魔道具である。

 リタはその空間収納に、つい先ほど受け取ったばかりの紙幣を丸ごと放り込んだ。


 本来であればお金というのは、安全を考えて銀行に預けることを推奨されている。けれどリタは、自分のお金をいくつかの空間収納魔道具に分けて保管していた。


 銀行などに預けて親に知られれば、そっくりそのまま奪われかねないと考えているのだ。リタの両親は決して悪党ではないけれど、悪気なくそういうことをしかねない人間だった。

 いままさに、長女であるイヴを搾取しているように。


 リタは中学卒業までになるべく多くのお金を貯めて、貯めたお金を抱えて家から飛び出すつもりだった。

 この国での成人年齢は十八歳。十八歳になるまでは色々なことに親の許可が必要だが、それ以降は必要なくなるのだ。


 だからお金さえあれば、何とかなる。学歴を重視するこの国では教育制度が充実しているので、お金さえあれば成人してからでも教育を受けることができる。


 リタは、そういうことを考えていた。母親が姉のイヴに言っていたことを、強烈に覚えているからだ。


「イヴちゃんは、中学を卒業したらジャンくんのところで働くと良いわ。ウチは子だくさんでお金がないのだから、ジャンくんの商会であればお給料も良いし」

「……えっ」


 あれがいつもいつも母親に従順であるイヴが、初めて明らかに母親の言葉に嫌悪を示した瞬間だった。

 けれど母親は、そんなイヴの様子に気づかなかったらしい。何の悪気もない、あくまで善良な様子で、イヴに微笑みかけたのである。


「イヴちゃんが働くようになったら、ウチも随分と楽になるわねぇ」


 それは、イヴが働くようになってからも、永遠にイヴを搾取し続けると宣言したも同然の言葉だった。

 イヴは、母親の言葉を聞いて、黙って俯いていた。何も反論はしなかったけれど、肯定の言葉もなかった。


 さすがに見かねて、あのときリタはイヴに声をかけたのである。


「大丈夫なの? お姉ちゃん」

「……大丈夫よ」


 あのときの、あのときの、あのときの! イヴの表情と言ったら!


 だからリタは、イヴが嫌いである。足掻くこともせずに、自分が幸せになることを最初から諦めている、そういうイヴが、リタは大嫌いなのだった。


 不幸になるのならば、一人で勝手に不幸になれば良い。


 リタはイヴに対して、本気でそう思っている。手前勝手なイヴの不幸に、リタまで巻き込まれたくないのだった。


 リタが家に戻れば、イヴが廊下の窓を掃除していたところだった。リタの家は広いし、商店で稼いでいるのだから使用人やお手伝いさんくらい雇えば良いのに、両親は何もかもイヴに押しつけているのである。

 両親は悪党ではない。だから悪気はないだろう。単に、使用人を雇うくらいならばイヴに頼んだほうが安いと、そう考えているだけなのだ。


 いつものようにリタはイヴを無視して通り過ぎようとして、ふと足を止めた。イヴの片頬が真っ赤に腫れている。


「お姉ちゃん、その顔はどうしたの?」


 ゆるりと、イヴが振り返った。イヴの可愛らしい顔が腫れて歪んでいるのは、痛々しい姿だった。


 いつもいつも朝帰りを繰り返すリタを、イヴはどう思っているのだろう。

 リタはふとそんなことを考えて、すぐに止めた。リタは無駄なことは嫌いなのだ。


「あぁ……」


 イヴは腫れ上がった自分の頬に手を当てて、曖昧な表情をした。何も考えていないのかも知れないし、考えすぎて飽和しているのかも知れなかった。


「その、次男が問題を起こしてね」


 十歳で、今は小学校に通っている、次男の名をイヴが挙げた。


 どうにも、小学校で次男が同級生と殴り合いの喧嘩になったらしい。それで相手の同級生が大けがをしてしまって、謝りに行ったイヴが、大激怒した相手の父親に殴られたのだそうだ。


「は……?」


 リタは唖然とした。それほど大きな問題の謝罪なんて、さすがに十五歳の娘に任せることではないと思ったのだ。


「ちょっとそれ、お父さんとお母さんは何してたの……」

「あら、リタ。お帰りなさい」


 イヴに問い詰めようとしたところで、二人に声がかかった。声の方向に視線を向ければ、両親が並んでいた。

 相変わらず、非の打ちどころのない美しい両親である。リタが同級生たちから両親を羨ましがられるのは、珍しいことではなかった。


 そんなに良いものじゃないよと、いつもリタは言っているのだけれど。


 少しだけよそ行きの格好をしている両親に、リタは首を傾げた。


「どこかに行くの?」

「えぇ、次男の喧嘩相手のお家にね、謝りに行かなくちゃいけないの」


 いかにも納得いかないと言いたげに、母親が頬に手を当てた。


「男の子同士の喧嘩だなんて、そんなに大騒ぎすることでもないでしょうに。先方がね、慰謝料を寄越せだなんて大騒ぎしているのよ。困っちゃうわよねぇ」


 そしてなぜだか、イヴを睨んで呆れたように嘆息する。


「きっと、イヴちゃんが先方を怒らせたのでしょう。仕方のない子ね」

「ちょっと、お母さん……」


 リタはイヴと両親の間に割って入った。


「お姉ちゃんは怪我してるのよ」

「そんなの、自分が失敗したのが悪いのでしょう。被害者のような顔をして、大袈裟だわ」


 一つの悪意もなくそう言った母親の言葉を句切りに、両親は姉妹とすれ違った。


 この家はそれなりに稼いでいるので、いつも両親は小綺麗な格好をしている。謝罪という名目だからだろう、今日は一段ときっちりとした姿をしていた。


 人間が相手を服装で判断するのは事実なのだから、服装で舐められるのは勿体ない。いつも母親はそう言っていた。その意見に対しては、リタも全面的に母親と同意見である。

 けれど同じ家の子どもであるはずのイヴは、いつも近所の女性たちからのお下がりを着ていて、どこか見窄らしい格好をしているのだ。


 つまり両親は、イヴが周囲から侮られても構わないと思っているのだ。あるいはその可能性にすら、思い至っていないのかも知れなかった。


 両親の背中を見送って、リタはくるりとイヴを振り返った。いい加減に頭にきていた。


「このままで本当に良いの、お姉ちゃん」


 実のところ、イヴが高校への進学を望んでいることをリタは知っていた。そもそも学歴が重視されるこの国では、中学までの学歴では安い仕事しか貰えない。

 つまりとことん、両親はイヴを軽んじているのだ。高校に通わないことでイヴが将来仕事に困ったとしても、別に構わないと思っているのである。


 あるいはその可能性にすら、思い至っていないのかも知れなかった。


 詰めるようなリタに、イヴが曖昧に微笑んだ。いつも、いつも、リタはイヴのその顔が大嫌いだった。

 そしてイヴは、今日もまたリタの大嫌いな言葉を口にするのである。


「大丈夫よ」

「――もういいっ!」


 吐き捨てるように叫んで、リタは自室に駆け込んだのだった。

 気づいたら16,000文字とかになっちゃったので、さすがに前後編に分けまーす

 ついてきてくださっている方います?? 好き勝手に書きすぎて、そろそろ自信がなくなってきた

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