貴族義務
私は利他精神に少し懐疑的だ。何故ならこの言葉は弱者や少数者に我慢や無償労働を強いる時に使われる場合が多いからだ。
特に女性に対して完璧を求める風潮が未だに強い。ブスは徹底的に排除されたり茶化されたりする。子どもを産まなくて良い恋愛市場ですら年増は完全に除外される。賃金労働を頑張る女性に家事も育児も期待する。専業主婦を寄生虫と罵倒する。これに対して女性達が怒ると「フェミ」と茶化す。
女性は現在も利他精神を押し付けられている。個人の思想や希望は蔑ろにされる。そんな圧力で子どもを虐待するなと命じる方がおかしい。男性は筋力も経済力も有るのだから男性がワンオペ育児すべきだろう。今尚も男性は理性的、女性は感情的と言われているのだからやはり男性がワンオペ育児すべきだ。
男性の中にも弱い男性がいると騒ぐ人達がいるけれど、男女差は歴然としている。特に身体の作りと筋力差は非常に大きい。弱い男性は強い男性よりも弱いだけだ。弱い男性が平均的な女性よりも弱いわけではない。女性の中にも平均的な女性よりも更に弱い女性は沢山いる。皆、弱い女性を慮るべきだ。
健常者男性に弱音を一切言うなと命じるつもりは無いけれど、女性や障害者も弱音を言いたいのだ。健常者男性の本音だけが尊ばれて女性や障害者の本音が害悪な我儘とされるのは、差別でしかない。女性差別と障害者差別は今も深刻だ。
健常者男性は弱みや本音を許容してもらいたければ女性や障害者の本音も受け入れるべきだ。女叩きや障害者を茶化す風潮は害悪でしかない。女性と障害者は健常者男性が想像する以上に剥き出しの本音に耐えてきたのだ。
「職場に障害者が入ってきて邪魔だ」
「障害者というだけで生活保護で楽するな」
この二つの台詞を同時に浴びてきた障害者達がどんな気持ちでいるか分かるだろうか。
「女は無能だ。職場の邪魔。ババアもブスも消えろ」
「女は家にこもってないで働け」
この二つの台詞を同時に浴びてきた女性の怒りを健常者男性は本当に理解できないのだろうか。
本来、利他精神というのは弱者や少数者に思いを馳せて自立を助ける気概の事を指す。私はそう思う。弱者や少数者に我慢を強いるのは差別だ。
貴族義務という言葉が有る。特権的な立場にいる人達が義務を果たすべきだという意味だ。弱者や少数者に、
「義務を果たしてから権利を得ろ」
と、強要するのは間違っている。まず、義務を果たすべきは特権的な人達であり、弱者は権利を得ないと義務を果たせないし果たす理由もない。




