第7話 深刻な兵站不足と、対村人宣撫(せんぶ)工作
基礎トレーニングを続ける俺たちは深刻な問題を抱えていた。
「……ガス欠だ。これ以上の魔力循環は、肉体が自壊する」
「同感だ。フィジカルの成長に対して、明らかにカロリーと栄養素が追いついていない」
問題は『兵站』だ。
俺たちのトレーニング(肉体魔改造)は順調に進んでいるが、それを支えるだけの圧倒的なエネルギーが不足している。この世界の家庭で出される食事は、質素な麦粥や薄いスープが基本である。開拓者である父たちが時折持ち帰る収穫(獣や魔獣)でタンパク質摂取はギリギリ保っているが、軍事レベルの身体を作るためにはタンパク質もビタミンも到底足りないのだ。
「どこかで高カロリーのレーションを調達する必要があるが……俺たちの機動力で村の外の獣を狩るのは、まだリスクが高すぎる」
「……村を回ってみるか。利用できる資源があるかもしれない」
バルドの提案に俺は頷き、俺たちは連れ立って『村内偵察』へと出発した。
***
村のメインストリートは長閑なものだった。
だが、歩き始めて数分で、俺たちは周囲からの『視線』に気づいた。
「……アル、複数の視線を感じるぞ。警戒するか?」
「いや、殺気はない。……ただの、村人たちからの注視だ」
すれ違うおばさんや、少し年上のお姉さんたちが、なぜか俺たちを見て頬を緩め、ヒソヒソと嬉しそうに囁き合っている。
これまでは親バカやお世辞だろうと流していたが、彼女たちの反応を見ると、今世の俺とバルドの顔立ちはかなり整っている部類らしい。タイプの異なる俺たち二人が並んで歩く姿は、彼女たちの目に「可愛らしく絵になる光景」として映っているようだった。
とはいえ、俺たちに愛想を振りまく趣味はない。淡々と歩みを進め、村の広場に差し掛かった時のことだ。
荷車から野菜の木箱を降ろそうとしている、村のおばさんがいた。積み上げられた木箱はバランスが悪く、今にも彼女の頭上に崩れ落ちそうだ。
俺たちは顔を見合わせることもなく、無言で動いた。
バルドが滑り込むように木箱の下に入り、その小さな背中でガッチリと落下を支える。同時に俺が横から箱の重心をずらし、的確な位置へとスライドさせて全体のバランスを安定させた。
「あらあら! まあ、すごいわねぇ!」
おばさんが目を丸くして、パチンと手を合わせた。
前世の習性だ。
軍人として、民間人(非戦闘員)の危機や周囲の危険要因を見過ごすことはできない。
おばさんは、荷車の中から真っ赤に熟した拳大の果実を二つ取り出し、俺たちに手渡してくれた。
「アル君とバルド君ね。ありがとう、お礼よ。二人で食べてね。」
「……」
俺はその果実を受け取り、一口かじった。
(糖度とビタミン、おまけに微量だが大地に流れる魔力まで含有されている……。そして、うまい。)
「ありがとうございます。とても美味しいです。」
その後も、村を回る中でいくつか同じようなことが起きた。
道端で絡まっていた馬の繋ぎ縄をバルドが無言でほどき、俺が荷台の車輪のガタつきを見つけて持ち主に指摘する。
そのたびに、村人たちはお礼と称してお駄賃をくれた。
前世の俺たちは民間人たちから忌避され、恐れられていたため、誰かを助けてもお礼を言われることはなかったし、俺たちもそれを求めていなかった。ただ、軍人として民間人を保護するというだけだ。
(この村は、お人よしばかりだな)
夕暮れの帰り道。
両手に抱えきれないほどの果実や野菜を持ったバルドが、ポツリとこぼした。
「……俺たちみたいなガキが勝手に手を出したのに、誰も警戒しねえんだな」
「……そうだな。しかも、やけに頭を撫でられた」
「……前世ではありえねぇ状況だ」
「……そうだな。」
バルドのガサツな言葉の裏には、俺と同じ『戸惑い』が滲んでいた。
俺は手の中の果実を見つめた。
当然の行動に対する、過分なお礼。それを口にした時の味覚とは別の不思議な感覚。
「……バルド」
「ん?」
「今日から俺たちは、この村の連中と良好な関係を築くことを選択する。」
「……らしくない選択だな?」
「好印象を与えるだけで得られるリターンが大きいからな」
「……そうだな。」
冷酷な軍人だった前世の記憶と、今世の温かな日常の狭間で。
俺たち不器用なエリートは、自分たちの内面に芽生えた戸惑いを隠すように、村人たちとの『打算的名目の交流』をスタートさせたのだった。




